王命
穏やかな日常だったはずなんだ。姉様に従い魔道具を作るお手伝いをしていると、王家からのお達しが来た。
ーヴィクター・ダーンリーを王配候補とするー
NOーーーー!!! 姉様の叫び声が屋敷中に響いたのは、ダーンリー家の秘密だ。姉様、外では淑女の見本みたいに過ごしているからね。でも、まだ候補だ、候補。まだ大丈夫……とブツブツ言っていたのも秘密。
王命を伯爵家が断れるわけもなく、慎んでお受けします、と父様がお返事していた。僕はまだよくわかっていないけど、姉様の野望が崩れそうっていうことだけはわかった。だって、姉様がそう呟いているから。
でも、僕、自分で言うのもなんだけど、のんびりしているのに、父様がお返事してからというもの、王配教育が始まり、のんびりと魔道具を作る時間がなくなっちゃった。きちんとやらないと家庭教師の方々が怒るんだもん。
辛くて泣いちゃった日には姉様に抱きしめてもらうんだ。姉様はギュとして、頭を撫でてくれて、僕が出来なかったことを優しく教えてくれる。姉様だーいすき。
そんな中で、エリザベス様が我が家を訪問する日がやってきた。僕は整えられ、数日前から家中がてんやわんやだ。姉様はメガネを掛けろ! と怖い顔で言ってくる。もちろん、従順な僕は言う通りにする。
眩しいくらいの輝きを全身から放っているエリザベス様が到着した時は、みんな目を細めたよね。僕はメガネをしていたから、まだ耐えられた。
父様母様姉様と一緒にしっかりご挨拶をして、父様達とエリザベス様がお話する。エリザベス様のご要望で、僕と二人になる。姉様は最後まで抵抗していたけど、母様に引きずられて行った。
「エリザベス様、本日は足をお運びいただき、誠にありがとうございます。改めてお礼を申し上げます」
のんびり屋の僕だって、怖い怖い王配教育で、それなりの形にはなってきてるんだから! 初対面の時のようなことはしない。
「ふむ、見違えたな。息災ない。よし、そのメガネを外せ」
そう言えば、前にお会いした時、エリザベス様が許可を出すまでメガネを外すなと言っていた。僕は従順だから、言われた通りにメガネを外させてもらう。ふぅ、耳がすっきり。すっきりしたから、微笑んじゃった。
改めてエリザベス様を見やると、ハッと息を飲む音が聞こえる。お顔が赤い?
「エリザベス様? どこか、お身体の具合が悪いのですか? お顔が赤いです!!」
さっきまでお元気そうに王者の貫禄を纏っていたのに、僕の家に来て具合が悪くなったなんて、恐れ多すぎる!!
慌ててエリザベス様の側に寄り、触れます! と言って、おでこに手を当てる。
熱はなさそうだけど、ますます顔を赤くするエリザベス様に、僕はどうしていいかわからず、涙目になるのを止められずエリザベス様を見上げる。
「ぐっ……! 妾は大丈夫だっ!! こっ、このように無闇矢鱈に近づくではない!!」
あ! しまった!! 先生に婚約者以外のレディに触れてはいけないって言われたんだった。でも、僕は王配候補で、でも候補だから、まだダメなんだ!
「はっ! 申し訳ございません!! エリザベス様のお身体を心配する余り、尊いお身体に触れるなど! 王配候補にしか過ぎない私めには出過ぎたことをしました。大変申し訳ございません!!」
お、怒られる!! ううん! 嫌われるかも!!
「いやっ! っ良い! 妾が騒ぎすぎたのだ。おまえは触れても良いが、急に近づかれると、妾の心臓が持たぬっ」
「!!! 胸が苦しいのですか! あわわ! 大変だ!」
「待てっっ! 大丈夫だ! 心配には及ばぬ!」
と言って、僕の腕を力強く掴んで、隣に座らせる。ちょっと痛い。でも、エリザベス様が大丈夫と言うなら、大人しく隣に座って、顔色を伺う。
まだ少し顔が赤いけど、僕を真っ直ぐに見て、頭を撫でてくれた。
「心配かけたな。ヴィクターの優しさに触れて、妾は嬉しいぞ」
あ、エリザベス様の瞳がピンク色に見える。本当に綺麗だな。頭を撫でる手も優しくて気持ちいい。結局、大したお話はしていないけど、エリザベス様は僕に、今後一切、エリザベス様と家族以外の前でメガネを外してはいけないと指示して帰られた。
エリザベス様が帰られたあと、姉様がまたブツブツと言っていた。絶対にバレてる、この至極の宝石のようなヴィクターがバレてる! なんで? 隠したのに! あぁ!! と崩れ落ちていた。