転 自棄酒宴
その後の夜会は、ただひたすらの混乱の場になった。
これまで貴族達の派閥で主流派だったのは第一王子派。それが突然担ぐ神輿が無くなったのだ。当たり前だろう。
彼らが次にした行動は、第二王子の僕に恥も外聞もなくすり寄る事だった。
妾の子と、これまで僕を見下していた連中まで、手のひらを返して媚びてきたのだ。気分は良かったが、同時に人間不信になりそうだった。
彼らを適当に相手しつつ、乳母であるアイアンメイデン家以下、数少ない元々の僕の派閥の人間達の忠誠を再度確認した。皆、突然降ってきた立身出世のチャンスに、やる気に満ちているのが救いか。
「御運が開けましたな、殿下。我がアイアンメイデン家とその一族郎党、身命を賭して殿下の手足となりましょう」
育ての父の乳父上など、感極まって涙目になっていた。正直、こっちも色々な意味で泣きたくなっているが、それはそれとして、忠誠心が高いのはありがたい。
その後夜会はお開きになり、僕とネペンテスは僕の部屋で、二次会こと、僕の失恋のやけ酒をする。男女が同じ部屋で2人きりというのはどうかと思うが、僕とネペンテスはきょうだいの様なものだ。あまり気にする事はないだろう。
「……パピヨン様は、昔から詰めが甘いよ」
酒とつまみをたっぷり持ち込んで、部屋に入ってから、かなりハイペースで飲んでいるせいか、お互いすぐに酔いが回って来た。
普段、彼女は丁寧語だが、昔の様に、故郷の領地の訛りの強い、砕けた口調になる。子供の頃に戻った様でなんだか懐かしい。
「それに本来、真面目な性格のくせに、変に策士気取ってるせいで損する所とかも! 今後は特に気をつけて欲しい。将来国王になったら命取りになるよ、ほんと」
「本当にな、返す言葉も無い。今回で懲りたよ」
「ほんと懲りたの?……まぁ、いいや。今夜は飲みあかそう」
「おう、乳兄弟の愚痴に付き合ってくれ。僕が最も信頼する側近さん」
「……ええ。付き合ってあげるよ。朝まで、いや、永遠でも付き合ってあげる」
「そこまでくると重い」
「軽い女よりは良いでしょ」
ハハハと笑いつつ、僕は杯を開けた。それに、ネペンテスは、変わった瓶に入った酒を入れた。
「見慣れない酒だね」
「ああ、これか。個人的なルートで珍しい酒を手にいれてね。パピヨン様に献上しようとして、そのまま忘れてたの。せっかくだから、今日開けたんよ」
「それは、わざわざありがとう、味わって飲むとしよう」
そう言って、僕は酒に口をつけた。かなり癖の強い酒で、独特の味が広がる。
「なんというか、悪くは無いが……失礼だが、そこまで旨くも無いな」
「ああ、分かる。私も少し飲んだんだけど、正直あんまり好みではないなって」
「こいつぅ、献上品とか言って、自分がいらないもの押し付けただけだろ」
「それなりの高級品ではあるんだよ? 捨てるのも勿体ないと思ってさぁ。いらないなら、下げるけど」
「いや、せっかくの乳姉妹からの贈り物だ。最後まで飲もう」
「ほんと、変な所で真面目なんだから」
そう言いつつ、僕は杯を傾けた。本当に変な味だなぁ、この酒。
「しかし、今回の計画、どこから漏れたんだか……この計画を知っていたのは一部の人間だけだったのに……」
「どうせ、あのアホの第一王子がうっかり漏らしたんじゃないの? そこから以外ありえないでしょ」
「やっぱそうだよなぁ……あの愚兄め……」
兄への怒りが再燃した所で、段々と睡魔に襲われた。まずい、さすがにハイペースで飲み過ぎたか……。
「あらら、もう眠くなってきたの? 」
「……あぁ、すまん。先に寝落ちするかも」
「最後に聞きたい事が」
「何? 手短に頼む」
「私の事、好き?」
「ああ、(家族として)好きだぞ」
「そうか、私の事が好きなんだ。……それなら問題ないよね?」
「……?」
ネペンテスが変な事を言った気がするが、眠気に支配された頭では、それがどういう意味なのか、判断するのは困難だった。
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気がつくと朝になっていた。
僕は、何をしていたんだっけ……そうだ、策略が失敗した後、ネペンテスと自棄酒をしていたんだ……。
「っ?!」
そこまで思い出した所で、目に映った光景に戦慄した。
酒瓶やつまみの類はこぼれて散らばり、部屋の床を汚している。そして、その先には、ぐったりとした様子で嗚咽を漏らす、ネペンテスがいた。
服は無残にも引き裂かれて、本来隠されていなければいけない部分が露出しており、さらにそこからは、血と混じってピンク色になった体液が漏れだしていた。
「あ、ああ……」
恐ろしい想像をして、目の前が暗くなった。そして、この部屋には飲み始める前に鍵をかけた事、そして、僕の下半身が露出している事は、その想像が恐らく合っている事を示していた。
「ね、ネペンテス……僕は、僕は何をした?」
勇気を出して彼女へ聞いてみたが、その僕へ向ける怯えきった顔が全てを物語っていた。
それでも彼女は気丈に、口を開く。
「……あの後、突然パピヨン様が私に欲情されて、そのまま……」
「……」
想像通りだった。
最低だ。
最も近くにいて、信頼する家族同然の側近に乱暴を働いてしまった。
キャロル相手にしょうもない妄想ばかりしていたせいか? そう考えると、余計自分が情けない。
ともかく、僕は彼女に平身低頭、謝り倒した。謝って済む問題では無いが。
「あの、頭を上げてください。乳兄弟とはいえ、男性と2人で密室にいた私も悪いですし。それに、あんな事はされましたが、パピヨン様の事は、憎からず思っていますし……」
「それでも、何か償いをせねば、君を汚した僕の気が済まん! 僕に出来る事なら何でも言ってくれ! 」
「……そうですね」
ネペンテスは、少し考えた後、口を開いた。
「もし、差し支えなければ。今後は側近ではなく、私的なパートナーとして私をお傍に置いてくれませんか? もしも、今回の件で、子が出来ていたら、堕ろすのはあまりにも可哀想ですし、父親の居ない子にするのも不憫です。この際、公妾という立場でも良いので……。お願いします」
「うん、うん。するとも。公妾どころか、正式な妻にする! 」
「え? 良いのですか? 私、そこまでしていただけるとは、思っていませんでした」
「どちらにせよ、アイアンメイデン侯爵家は我が乳母の家。最大の支援者であり後ろ盾だ。より強い結束をするという意味でも、悪い婚姻ではない。どうせ、僕に婚約者はいないし」
そこまで言うと、ネペンテスは僕の手を取った。
「今日の事は2人だけの秘密です。世間や我が実家には、元々そういう関係だったのを、婚約破棄騒動をきっかけに発表したという事にします」
「ああ。墓場まで持っていく」
「よろしい」
ネペンテスはそう言うと、軽くほほ笑んだ。