遠い存在
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あれから私は、この魔法省地方局に着任したかつての幼馴染であるブレイク=ワード情報部次長を避けに避けまくって何とか再会を免れていた。
まぁたとえ鉢合わせをしたとしても、向こうは私とは分からないかもしれないし、忘れている可能性も高いんだけどね。
彼が初登省した日、じつはこっそりと彼の姿を拝みに行った。
ブレイクは私と同い年だから今年二十三歳。
どんな大人になっているか、どんな容貌に変化しているか知りたかったのだ。
遠巻きに彼の姿を確認して思った事はズバリ!
ーーか、かっこ良くなってる!
である。
昔から整った顔立ちをしているなとは思っていたが、
青年になった彼は更に精悍さも加わって素敵な大人の男性へと成長を遂げていた。
逞しい体なんだろうなぁと容易に想像できる引き締まった肢体。
身長もおそらく183センチは超えてると思う。
まぁぁ生意気に。
三歳でもオムツを履いていたくせに。
(わたしは三歳過ぎてもおしゃぶりしてたけど)
背も十二歳までわたしより少し低いくらいだったのに。
大きくなって。
立派になったね。
今現在の彼の姿を目に焼き付けて、私は踵を返して自分の持ち場へと戻った。
それから数日後、同じ経理で先輩のアルマ女史が私に言って来た。
彼女の趣味は省内の情報収集で、職員の恋愛事情や家庭の事情など、魔法省内の人間関係のあらゆる情報を集めるのに心血を注いでいるのだ。
彼女のポリシーは、情報部の人間よりも情報通に…ニヤリ…だそうだ。
そのアルマ女史は、旬の情報を仕入れて誰かに話したくてウズウズする時は必ずと言っていいほど私にそれを聞かせてくる。
今回アルマ先輩が仕入れた旬のネタはもちろん、時の人ブレイク=ワードの事。
「アイシャちゃん知ってる?ワード次長って、この街の生まれだったんだって」
「へ~そうなんですね」
「お父様が王宮魔術師になったから王都に移ったらしいわよ。でも魔法省の高官として故郷に戻って来るなんて、凱旋よね~」
「そうですよね~」
「ワード次長。着任早々、業務の効率化を図ったようで、残業が減ったと職員みんなが喜んだそうよ」
「それは良かったですね~」
「なによアイシャちゃん、全然驚いてくれないのね。じゃあこのネタはどうかしら?ワード次長は、この地方局に赴任するに当たって、自ら情報部に転属を希望したらしいわよ」
「え?そうなんですか?」
「あ、やっとノッてきてくれた。本省では法務局だったそうなの。それでね、どうやらなんか人を探しているらしいのよ」
「………え?」
「どんな人物なのかは誰も知らないそうよ。次長自ら情報を集めて探しているみたい」
「人を?探している……?」
誰を?
この街でブレイクが探し出して会いたいと思っている人物………
もしかして、 私?
でも何のために?
昔の約束を守れなかった事を詫びたいとか?
要らないなぁ。
なんて。まぁブレイクが探しているのが私とは限らないものね。
守れなかった約束なんて、もう忘れてくれていい。
私は本気でそう思っていた。
そして今、切実にそう願っている。
もう忘れて。
黒歴史なんでしょ?幼馴染とはいえ、子どもだったとはいえ、こんな地味な女にプロポーズをした事を。
そう思わずにはいられない光景が目の前に広がっていた。
私は今、私から少し離れた前方に、
ブレイクが王都から伴って来たという女性と一緒に居る姿を目の当たりにしている。
今日は定時に上がれたから、久しぶりに煮込み料理を作ろうと思って市場に寄ったら、運悪く女性と一緒に買い物をするブレイクと出会してしまった。
離れているので会話は聞こえないけれど、楽しそうな二人の笑顔。
彼女が選んだであろう食材を持ってあげている優しい姿。
あんな二人の間に、入り込む隙なんてない。
入り込むつもりなんてさらさら無いけれど、
私なんてお呼びでないのは一目瞭然。
本当、びっくりするくらい綺麗な女性。
素敵な人と結ばれたんだね。
良かったね、良かったねブレイク。
物理的な距離は縮まったけれど、以前よりも遠い存在に感じる。
私たちの糸は、もう繋がる事はないだろう。
「………お幸せに」
私は市場での買い物は諦めて、家路に就いた。