現実はこんなもの
私、アイシャには小さな頃から何故かいつも一緒だった男の子がいた。
彼の名はブレイク=ワード。
ブレイクの父親は魔術師だ。
母子家庭のわたしと、父子家庭のブレイク。
お互いそれぞれ早くから託児所に預けられ、偶然そこで出会ったという訳だ。
託児所の次は初等学校。
初等学校の次は中等学校に進んだ訳なのだが、私たちはその間もずっと一緒だった。
それはいつしか幼いながらも恋心に変わり、私たちはそれを互いに素直に伝え合い、想いを深めていった。
だけど別れは突然だった。
ブレイクの父親が王宮魔術師団の入団試験にパスし、王都に移り住む事になったのだ。
お互い三つの頃から十一年。
十一年一緒だったのに、別れは唐突に訪れた。
私も彼も分かっていた。
離れてしまえばそれで終わりだと、子どもながらに分かっていた。
そして大好きだった気持ちも段々と消えていってしまうのだと。
だから彼が私にこう言ったのだ。
「俺、将来必ずこの街に戻るから。その時にまだ、お互い一人だったら結婚しよう」と。
別れが寂しくて、ブレイクもそんな言葉に縋りたい気持ちだったのだろう。
そうして彼はこの街を去った。
それから十年。
母は魔法省の職員と再婚し、私の姓が変わり、
その義父の縁故採用で魔法省に勤め出した。
初めの方はブレイクと手紙のやり取りをしていたけど、母が再婚したと同時期に何故か向こうからの手紙が届かなくなった。
私から出しても返事がない。
魔術学校に入学したと言っていたから、
手紙を書いている余裕がなくなったのかもしれない。
その時点で私とブレイクを繋ぐ糸は切れてしまったのだ。
なのに私は、未だに淡い初恋の思い出に縛られている。
だって……
ーー彼は戻ると言っていた。
もう十年も経っているのだ。きっと向こうは王都暮らしに慣れ、離れられなくなっている。
ーーもしかしたら彼も私の事を想ってくれているかも。
そんな筈はない。もうきっと、顔すらぼんやりとしか覚えられていないだろう。
もしかして…と、そんな筈はない、という言葉がいつも私の頭の中で繰り返される。
そんな日々を過ごして来た。
だから彼が戻って来たと知った時、本当に嬉しかったのだ。
やっぱりあの約束を覚えていてくれたのだと。
私達を繋ぐ糸は切れていなかったのだと。
……でも、現実にはそんな甘い、恋愛小説のような事は起きなかった。
ランチタイム。
魔法省の食堂は、本省から赴任して来た新しい高官の話題で持ちきりだ。
「情報部のワード次長、明日からだっけ?」
「そうそう。凄いイケメンよね!情報部の子たちがきゃーきゃー色めきだっていたわ」
「でも奥さんいるんでしょ?」
「奥さんか、婚約者か、恋人か、とにかく凄い美人と一緒にこの街に移って来たんだって!」
「なーんだ、もう売約済みかぁ……残念」
……………。
そうか。
売約済みなのか。
奥さんか婚約者か恋人と一緒なんだ。
しかも凄い美人なんだ。
じゃあ、この街に戻って来たのはただの偶然?
………………。
やっぱり、初恋が実らないって本当なのね。
私は人知れず小さく嘆息し、食堂を後にした。
「………仕事に生きよう」
もしかして……!という期待に膨らんだ私の胸は、
敢えなく一瞬で萎んでしまった。
まぁ現実はこんなもの。
こんなものよね……。
向こうはもちろん私が魔法省に勤めている事なんて知らないし、
私は経理部で彼は情報部。まず接点はないだろう。
絶対に遭遇しないようにしよう。
波風立てずのんびり穏やかに……というのが私の信条だ。
「今晩は自分のためにケーキでも焼こうかな……」
私はそうひとり言ち、仕事に戻った。