エピローグ 約束の果てに
「ふーん結局お魔力念写だけにしたのね~」
魔法省での私の先輩、情報通のアルマ女史が言った。
「そうなんです。式を挙げようか迷ったんですが、彼の方は親族はお姉さん夫婦だけだし、私の家の事情もあって結局は挙げない事にしました」
「まぁ昨今、平民では式を挙げずにその分のお金を新婚旅行に回したり、新居購入費用にあてたりする夫婦が増えてるらしいものね。でも魔力念写を撮る時はウェディングドレスは着るんでしょう?」
アルマ先輩は私がデスクに置いてるキャンディを入れた瓶から一つ摘んで口に放り込む。
その様子を見ながら私は答えた。
「ええもちろん。というか絶対に着て欲しいって彼が……」
「へーほーはーん、なるほどねーご馳走。でもアイシャちゃんのその魅惑のボインが正しく使われてお姉さんは嬉しいわー♡」
「た、正しくってなんですか……」
「正しくは正しくよ!おっぱいはただ体にくっついてるだけじゃないのよっ!」
「いやまぁそりゃそうですが……」
と、相変わらずの先輩だけど、私とブレイクが結婚する事を告げた時、心から祝福してくれた。
でも、私もアルマ先輩の情報を一つ掴んでいるのだ。
一生独身宣言をしていた先輩だけど、あの歓迎会で知り合った情報部の職員と交際をお始めになったらしい。
うふふ。じきに先輩からもよい知らせが届くのではないかと密かに期待している。
アルマ先輩にも報告した通り、私とブレイクは結婚式は挙げない事にした。
私がまだギード=クレイルを許せないでいるのが大きな要因だ。
式を挙げるとなればブレイクの魔法省での立場上、花嫁の父であるギード=クレイル次席補佐官を呼ばないわけにはいかなくなる。
だけど私はまだ、突きつけた絶縁宣言を取り下げる気にはなれないのだ。
それにあの義父とバージンロード歩くなんてとても出来そうにない。
だからもう、てっとり早く式を挙げるのはやめにした。
幸い私もブレイクもそういう記念儀式的なものにそこまで拘りはない。
それならば煩わしさしか生まないであろう挙式を、敢えて執り行わなくて良いだろうという結論に達したのだった。
魔力念写を撮る時は、ブレイクの異母姉であるジェシカさんとそのご夫君、そして私の異母弟のジュノンが来てくれた。
そして集まったみんなでささやかながら記念撮影をしたのだ。
ジェシカさんの事は遠目に見ただけだったけど、間近で見た彼女はさすがはブレイクの姉だと唸りたくなるくらい美しい人だった。
初対面から私の事をアイシャちゃんと気さくに呼び、妹が出来て本当に嬉しいと喜んでくれた。
私も一緒にいて楽しくなる、心優しいお姉さんが出来て幸せだ。
同じ街に住んでいる事だし、これからは頻繁に交流出来るだろう。
異母弟のジュノンは終始義兄となるブレイクにべったり。
勉強の事や魔術の事そしてその他、兄と弟らしい会話を沢山していた。
そして学園卒業後はジュノンも魔法省に入省し、この地方局への配属を希望すると息巻いた。
そうなればジュノンとも頻繁に会えるようになって賑やかになるだろうなぁ。
ふふ、楽しみ。
少し前まではこんな人生を送る事になるとは、とても考えられなかった。
幼い約束は思い出ともに消え去り、
ブレイクも私も別々の人生を歩んでゆくのだろうと思っていた。
まさか、本当にあの約束通りに結ばれる日がくるなんて。
夢みたいだ。
「……まさか夢オチなんて事はないわよね?」
「ん?何か言った?」
私のひとり言に、キッチンに立つブレイクが反応した。
私は慌てて首を振る。
「ううん、なんでもない。それより楽しみだなぁ、ブレイクが作る魔術学園学生寮の名物料理♪届かなかった手紙の中に書いてあって、一度食べてみたいと思ってたのよね」
「ロストレターとはまたカッコいい名前をつけたな」
「少しでも面白おかしくしないとやってられないもの」
「奥様はまだお怒りだ」
「当然でしょ!ねぇまだ?お腹空いた」
「はい出来たよ。代々の寮生たちが試験勉強の夜食として厨房でこっそり作った伝統のひと皿、“魔術師の卵パスタ”だ」
「わー、おいしそう!いただきます!」
“魔術師の卵パスタ”。
料理が出来ない男子学生でも作れる簡単パスタだ。
茹でたパスタに卵と粉チーズと塩胡椒と少量のマヨネーズを入れて混ぜ合わせる。
本当はベーコンやソーセージを入れたいところだけど、それを使うと翌朝に料理人たちに叱られるらしい。
その代わりコクを出すためにマヨネーズを少量混ぜるのが学生寮の流儀だとか。
まぁ世に言うカルボナーラっぽいパスタだけど、魔術学園で寮生活を送る生徒が作るから、“魔術師の卵パスタ”と呼ばれているのだそうだ。
魔術関連の卵たちと卵を使ったパスタ、この二つを巧く掛け合わせたネーミングね。
「うん!美味しい!」
「良かった。これなら食べられそうだな」
「悪阻って怖いわね、味覚の好みがコロッと変わるんだから」
「母体の神秘だ」
感動しながら言うブレイクを見て私は笑った。
あの約束を果たし夫婦となった私達は、ブレイクが購入した昔私が住んでいた家で暮らしている。
そして現在、私は妊娠四ヶ月。
長く続く悪阻に悩まされていた。
そんな私の為にブレイクは家の家事を率先してやってくれる。
父子家庭で大抵のことは出来る彼は、なかなかに優秀なハウスキーパーだ。
なので私はお腹の赤ちゃんと共に今は楽をさせてもらっている。
「出産後はやっぱり復職するのか?」
「うん。このご時世、安定した職を手放すのは不安で……」
産休と育児休暇の後に復職する意思は既にブレイクにも経理の上官にも伝えてある。
「そうなれば託児所に預ける事になるな」
「ふふ。私たちみたいな出会いがあったりして」
「男の子ならそれもいいと思うけど、娘だったら複雑だな……」
「え?生まれる前から嫁にはやらん宣言?まだどちらが生まれるかも分かっていないのに」
おかしくてけらけら笑う私の唇が、ふいに優しく包まれる。
ブレイクが私に触れるだけの優しいキスをした。
「可愛い娘がどこかの男にこんな事をされるのは、少し複雑な心境になるんだ」
自分はその“こんな事”をしておいてよく言うわと思うけど、そんな彼が愛しくてたまらない。
「私はやっぱり、生まれる子が男の子でも女の子でもこんな素敵な出会いをして、大好きな人と結ばれて欲しいわ」
「幼い頃に将来結婚しようと約束をして?」
「だって素敵じゃない?一途な想いって」
「確かに」
愛する者と結ばれる。
それに至るまではきっと私達のように様々な事があるだろう。
でも、それでも叶えたい約束があるならきっと乗り越えられる。
生まれてくる私たちの天使もそうだといいと、
私は心から願った。
「ブレイク、好き。大好き。約束を守ってくれて本当にありがとう」
「こちらこそ。アイシャ、本当に愛してる。俺と結婚してくれてありがとう」
そう言ってブレイクはまた、私にキスをした。
私達の天使は、次の春には生まれる予定だ。
おしまい
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ハイこれにて完結です!
今作もお読みいただき、また感想をお寄せ頂きありがとうございました!
しかし毎度毎度、短編はあっという間に終わりますね。
以前は一日一回の更新でしたが、この頃は朝と夜の二回になったので尚の事最終話までが早い早い。
でもやっぱり短編が書きやすいので、これからも短編ばかりをお届けすると思います。
今作はお話は短いのにムカつく人間が多いという感じになりました。
物語の構成上、どうしてもボコりたい人間が出てくるのは仕方ないか☆
お読みいただき本当にありがとうございました!
誤字脱字報告、本当にありがとうございました!