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消えた幼馴染③ 〜ブレイクside〜

「……アイシャ……」



彼女の姿を目の当たりにした時、思わずその名を声に出して呟いてしまった。



十年ぶりに見るアイシャは昔の面影を残しつつも大人の女性の顔立ちになり、ハッキリ言って……とても美しくなっていた。


だけど栗色のふわふわとした猫っ毛もアメジストの瞳も小ぶりで形のいい鼻もちょっとぽてっとした唇も全てがアイシャのままで、走り寄って今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。


いやでもダメだ。


アイシャは今や義理とはいえ次席補佐官ギーク=クレイル卿の娘。

クレイル卿は子爵位を持つ貴族だ。


その娘を望むのであれば、迂闊な真似は出来ない。


アイシャとの再会を果たす前にまずは彼女の義理の父となったクレイル卿から攻略せねばならないだろう。


それに……おそらく()()()は既に把握している筈だ。

再婚相手の娘の事を調べまわる俺の存在を。


調べた中で分かった事だが、幸い彼女にはまだ婚約者も恋人もいない。


だから先に正攻法で義父に挑み、アイシャに改めてプロポーズが出来る段階にしておきたい。


俺はさっそくクレイル卿に面会を希望するべくアポを取った。


もちろん直接面会を希望して、おいそれと会える相手ではない。


魔法省の内部の者が上層部の人間に会いたい場合は、その人に繋がるルートから明確に希望が伝わる者に事前にアポを取る。

これは高官としては当たり前の基礎知識で、入省した職員の数名だけが受ける事が出来る研修で教えられた。


この地方局でクレイル卿と直接繋がる事が出来るのは……副局長のローウッド氏だ。


彼はきっと、秘密裏にアイシャの後見人も任されているに違いない。


俺は朝議の際に、ローウッド氏に接触した。


この場合、周りくどい言い回しは不要だ。

多忙な人間ほどハッキリとした直接的な言動を好む。


「失礼します。情報部のワードと申します。不躾にお声掛けをしました事をまずはお詫び致します。その上で、ローウッド副局長にお願いがございます」


ローウッド氏は俺を一瞥し、声のトーンを抑えて言った。


「アイシャ嬢の事でクレイル卿に面会を希望するのだろう?」


「……既にお見通しでしたか。はい。是非とも直接お会いしてお願い申し上げたい事があるのです」


「クレイル卿から事前に言われていたのだ。情報部に転属となったワードという高官候補が私に会いたいと訪ねて来たら取り継ぐようにと」


「クレイル卿が……では目通りは叶いますか?」


「……こちらからまた連絡する。それまでは大人しくしていろ」


「承知いたしました」


頭を下げ礼を執る俺の前をローウッド氏は通り過ぎて行く。


大人しくしていろという言葉はそのままの意味だろう。

まだ勝手にアイシャに接触するなと釘を刺された訳だ。


なので俺は仕方なく、陰ながらアイシャを見守る事にした。



それにしてもアイシャの仕事ぶりは実に真面目で好ましい。


期限の切れた領収書をなんとか受け取って欲しい職員が、泣き脅しをしようが高圧的な事を言おうが甘言で惑わそうとしようが、ピシャリと断る。

ダメなものはダメ。

じつに清々しい。


アイシャに威圧的な態度を取り、脅迫紛いの言葉を吐いた輩にはもちろん陰で制裁を与えておいた。



しかしどうした事だろう。

アイシャは何やら警戒している様な行動を取っている。

誰か会いたくない人間でもいるのだろうか……

まさかしつこく言い寄られているとか?


……もしそんな奴がいたら、血祭りにあげてやる。



そんな事をしているうちに、ローウッド氏から連絡を受けた。


来週末、王都まで来られるなら会うとクレイル卿が言ったそうだ。


俺はもちろん、諾と返事をした。

王都だろうがどこだろうが行くに決まっているじゃないか。


そしてその日、俺は王都のとある指定された場所で、アイシャの義父であるギード=クレイル卿と対面した。


ギード卿が入室したのを確認して、ソファーから立ち上がり一礼をする。


ギード卿はそれを一瞥して告げた。


「かけたまえ」

「失礼します」


高級そうな煙草に火をつけ、煙を(くゆ)らせながらクレイル卿は言った。



「妻が君の事を褒めていたよ。あのオムツの坊やが立派になったと」


「おそれいります。おばさんは…夫人はお元気にお過ごしでしょうか」


「ああ。近頃は太ったと言って嘆いているが」


「それはお幸せな証ですね」


出だしは何気ない会話で始まった。


クレイル卿の感じから、きっとアイシャのお母さんが俺の事を擁護してくれたのだろう。


おばさんは幼い頃から俺の事も可愛がってくれていたから。


煙草をアッシュトレイに置きながら、クレイル卿は言った。


「それで?何故私に面会を希望した?」


「既にご存知かと思いましたが」


「……本当にアイシャを妻にと望んでいるのか」


「はい。口約束でしたが、彼女にプロポーズを受けて貰っています」


「君が昔のままだったなら、アイシャの目に触れさせる事もなく遠くへ消し去っていたのだがな。社会的にも抹殺していただろう」


「え?」


「正直…君がというより、君の父親の存在が容認出来なかった。女遊びにギャンブル、百万歩譲って借金がないだけマシだったが、とてもアイシャの婚家として許せる訳がないだろう」


「……そんなに昔から私の事をご存知で?」


「リゼアと…アイシャの母親を妻に迎え入れる時に、君の存在を知った」


俺が魔術学園二年くらいの頃か。

ウチの家庭環境を知り、警戒していた……?


「見張らせていた人間越しだが、結果的に私は君の成長を見守ってきたような形になるな」


「はぁ……」


「よく、ここまで来たと認めざるを得ないだろう。父親の死から、働きながら上位成績者として卒業し、入省後も実績を上げ続けている。……今まで邪魔をしてすまなかった」


「邪魔とは?」


「それはいずれわかる。狡いとは思うが、それを今ここで全部語って懺悔している時間はないのだ。この後大臣に随行し隣国へ行かねばならん。だから結論だけ言おう。アイシャの父としてもう反対はしない。アイシャが望むのであれば結婚を認めよう」


「!本当ですかっ!」


「ただし、アイシャがいいと言うのであれば、だ。アイシャが頷かないのであれば諦めるように」


「わかりました」


「……アイシャに……」


「はい?」


「いや、なんでもない……」


そう言って、クレイル卿は慌ただしく去って行った。

僅かな時間を割いて面会してくれたようだ。


だけどそれだけで充分。

欲しい言質は取った。


最大の壁と思われた義父の許可は得た。


これでアイシャに堂々と求婚出来る。




さて、いつ再会の場とするかとタイミングを見計らっている時、

アイシャが籍を置く経理と法務が合同で歓迎会を開くと聞きつけた。


……これだな。

その日にアイシャに接触して、再会を果たす。



俺はさっそく、その歓迎会に情報部も合流させて貰えるよう打診した。


そして承諾を得て、情報部の部下たちと共に会場となっているレストランへと向かう。


様々な人達に声をかけられ挨拶を交わしながらもアイシャの姿を探した。



ーー居た……!



アイシャは上品でありながらどこか大人の女性の色香が漂うワンピースを身に着けていた。


思わず息を呑むとはこの事かと思うほど美しかった。


それに……


アイシャの胸がけしからん事になっている。



十三歳で別れた時はまだ前とも後ろともつかないような状態だったと記憶するが。

しかし二十三歳となったアイシャの、アレは大変よろしくない。


アレはいつものように魔法省のローブで隠れていなくてはならないものだ。


他の男の目に晒して良いものではない。


案の定野郎(ハイエナ)どもの目が釘付けになっている。


ダメだアイシャ。

美しい肩まで惜しげもなく晒して。

ダメだ。


本当はすぐにでもアイシャの肩から俺の上着を掛けて隠したい気分だが、

まだきちんと再会もしていないのにそれは出来ない。


俺は各テーブルを周りながら徐々にアイシャへと近付く。

ここまで参加者に挨拶して回ればいいだろう。

義理は果たした。


そろそろアイシャに声をかけるべく、アイシャの居るテーブルに注意を向ける。


するとアイシャは二人の男にアプローチを受けている状態だった。


そのうちの一人、本省から共に移動となった魔道具技師のホーリック。

あいつの事は前々からよく知っていただけにアイシャに言い寄る姿に苛ついた。


お前、妻も子も、愛人までいるだろう。


口も手も達者なホーリックがアイシャの手に触れた。


ーー殺す。


アイシャを早々にバイキンから遠ざけるべく彼女に近付いたその時、

バイキンの手を振り解いたアイシャがバランスを崩した。


「……!」


自然と体が動いていた。


倒れそうになるアイシャの体を後ろから包み込むように支える。


十年の時を経て、身長差や体格差など、互いにあの頃とは違う事が直接感じ取れた。


アイシャ……。


ようやく彼女の元に戻れたと、その事で泣きそうになった。


が、アイシャを救った事を我がもののように礼を言うホーリックに殺意を抱き、その涙は一瞬で蒸発する。


今すぐ殴り飛ばしてやろうかという感情をなんとか押し込め、固まったままのアイシャを連れてテラスへと出た。



テラスの手摺りの所で気持ち良さそうに夜風を受けるアイシャを眺める。


アイシャ、ああ、アイシャだ。


プロポーズを含め(今日はしないが)とにかく話したい事が沢山あった。


だけど歓迎会が終わってから時間が欲しいと告げても彼女の返事は芳しくない。


俺と二人でなんか会えないと、話す事など無いと言う。


何故だ。


何故かアイシャは見えない壁を作り、俺を拒絶しているように感じた。


挙げ句に喧嘩の制裁…じゃない仲裁に駆り出されたその隙に帰ってしまう。


経理部でアイシャの先輩にあたる女性から彼女が既に帰宅した事を聞いた時、ショックで思わず呆然としてしまった。



アイシャ、そんなに俺と話をしたくなかったのか?


やはり手紙をくれなくなったのは、


俺の事はもうどうでも良くなったからなのか?



十年という年月は、人の想いを変えるには充分な長さだのいうのか。




でも、


それでも、


やっぱり諦めきれない。


かつて共に過ごした日々の中のアイシャが俺を諦めさせてくれなかった。


直接、アイシャから拒絶の言葉を聞くまでは未練たらしかろうがしつこかろうが諦めない。




「アイシャ」


終業後、帰宅しようとする彼女を捕まえる。


「話がしたいんだ。ちょっといい?」


「……はい」


承諾してくれたアイシャの肩を抱き、有無を言わさず連れ出した。



込み入った話をするならあそこがいいだろうと、

購入予定のアイシャの昔の家へと連れて行く。



かつての家を懐かしそうに眺める彼女に、この家を購入する事を告げる。


アイシャはどこか悲しげな、でもどこか喜んでいるような、複雑な表情を見せた。



大人になった彼女はこんな顔もするのか。


だけどやはりどうしても壁を感じる。


俺をこれ以上踏み込ませないような、冷たい壁を。



何故そんな壁を作るのか、話してくれなければ分からない。


まだ、まだこんなにも好きなのに。


その壁の所為でキミに近づく事すら出来ないなんて。


しかしそれが何故かと問い質すうちに、とんでもない誤解が生じている事がわかった。



異母姉のジェシカが俺のパートナーだと


アイシャが誤解している事がわかったのだった。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




一生懸命なんだけど、どこか残念なブレイクくん。



次回からアイシャの視点に戻ります。



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