婚約破棄された侯爵令嬢は王太子でぶん殴る
私は何にも抵抗できないでいた。妹にも、王太子にも。
たくさんの傷も時間が解決すると思っていた。
ずっとずっと…耐えていればいつか良い未来が訪れると思っていた。
卒業式のダンスパーティーで婚約破棄を全員の前で宣言された時、私の全てが否定されたと思った。
予期はしていた、でも私の人生は何の意味もなかった。
パーティー会場の真ん中で私は意識を喪った。
「レナールよ!お前の悪事はすべてお見通しだ!私は貴様と婚約を破棄しこのレインと婚約する!」
「パニク!ステータスオープン!」
「コマネジ!」「ニゴニゴプン!」
何かわめている壇上の男女は無視してとりあえずステータスの確認だ。
どうやら私は貴族の娘に転生した様だ。今までの記憶と転生前の記憶がリンクしてくる。
私はダルフィ侯爵家令嬢レナール、今までの私は寡黙で気が小さい性格。なるほど。目の前の奴が婚約者のオウンか。頭が悪そうだな。隣にいるのは妹のレイン。小動物の様な瞳で怖そうに王太子にすがりついている。
まあ小動物の様な見た目だが裏でやっていた事はえげつない事ばかり。姉ながらよく捕まっていないなこいつもと思う。
ステータスは肩書は侯爵令嬢となっているものの、それ以外の部分は転生前の数値を引き継いでいる様だ。覚えたスキルや魔法は・・良かった、これも無事な様だ。あの女神は嘘をつかなかったらしい。
とはいえ私が表に出てきたということは・・あまり良い状況ではない様だ。
「お、王太子!デパニク!」
近衛兵が解除の魔法をかける。
「は…私は何を…。貴様何をしている!自分のしでかしたことが分かっているのか!」
「えーと、おめでとうございます」
「はぁ?!」
「いや、婚約されたんですよね。レインと。良かったです」
「…貴様の罪を認めるんだな?」
「いえ、一切認めないですけど」
気づいたら数人の近衛兵に取り囲まれている。今日卒業パーティーだったよなー、そうかー。
めっちゃ他の人引いてるなー。
「貴様が罪を認めないというのであれば、私は貴様を数々の嫌疑の罪状で拘束する用意がある」
「そうですか」
私が適当な相槌を打っているせいで王太子は少しイラついている様だ。こっちはそれどころじゃないんだが。あと妹よ、空気。なんか喋れよお前。
「レナールお姉さま・・!もうこれ以上はやめてください・・!」
モスキートーンか。魔法かと思ったわ、ちっちゃいな声。
お前さっきニゴニゴプン!ってやってたろうが。
うーん、聖剣の反応があるんだけどどこにあるんだろう・・近くっぽいんだけど。
とりあえずこの騒ぎを片付けるか。
「まず…『ビジョン』これが妹の言っていたいじめ?の内容ですね」
ブゥン…と王城の天井に画面が開く。そこには妹が画策した私のいじめの裏側がつまびらかに再生される。これは私に代わる前のレナールが用意していたものだ。レナールは事前にこの事を察知していた様ですべての画策に用意していた様だ。画面には妹がメイドをおどしすかしたり買収したり、私のクラスメートの令嬢に嘘八百を言っている様子などが写されている。
「い、いやああぁぁ!こんなのでたらめだわ!お姉さまひどい!」
「この様な見苦しい捏造、断じて許されるものではない!恥を知れ!者ども、レナールを捕らえよ!」
いやビジョンは捏造できないしな。事実のみを記録する。このためにレナールはずっとビジョンを待機させていた様だ。毎日魔力切れを心配しながらずっとこれらを待機し記録していた。
もしかしたら、私の事も分かっていたのかもな…
『バイン、スリプ』
近衛兵全員に魔力の鎖が巻かれると同時に摩擦が0になった床で全員が一斉に90度で倒れた。
「あ…え…」
「オウン様」
今までされた事は私の記憶にもなじんだ。○○切れそうな気持ちを抑えてゆっくりと言う。
「婚約破棄はお受けします、妹の婚約もお祝いします。ただ、私はそれらの事を一切行った記憶がございませんのでその罪はきっぱりとここで否定させて頂きます。とはいえ、この場を乱してしまった事も事実。私は責任をもってダルフィ家から出ていこうと思います、冒険者にでもなり少しでも民のために身を粉にして働こうかと。お許しくださいますね?」
「わ…分かった」
こうして私は王家の認めを受けて晴れて家を出ることになったのである。
こいつらの事は知るか、勝手にやってくれ。
会場を後にしようかと思ったがいつもの得物がないのがふと気になる。
聖剣は私が勇者だった時にずっと扱っていたものだ。常に離れていた事はない。
今世でも反応はあるがどこにあるのか…
近くにある様だし召喚してみることにした。
「召喚…聖剣よ!」
まばゆい光が会場を照らした後に、私の右手には直立不動の王太子が握られていた。
「うぉうん!?ふぉ、ふぉええ!」
こいつ聖剣かよ・・まじかよ・・
「いやあああ!オウン様ぁ!」
「この光は…聖なる加護!オウン王太子はもしや聖なる力が眠っておるのでは…?ワシも長い間生きていきたがこの様なことは初めてじゃ…!!」
じいさん誰だ。どっから出てきた。
会場はパニックで収集がつかない状態だ。
「な、なにをやっている!兵よ!私を助けるのだ!」
転んでいる近衛兵の後ろから新たな兵がぞろぞろと出てきた。
「貴様ぁ!王太子を放せ!」「なにをしているのか分かっているのか!」
太刀を抜いた兵が切りかかってきた
私はそれを聖剣についた<つば>のあたりにある[小刀]で受け止める
「ああああああああああああああ!うっそ!わあああああああああああ!」
少し便りないが太刀を受けるくらいはできる様だ。
「オウン様!すいません!このようなつもりでは!すぐにお助けします!」
股間に集中した太刀を受けながら思案する。
聖剣が人間だったことなどないはずだ、こいつ…何かしらの加護持ちだな?恐らく体内に聖剣を封印している。
つまりこいつは『鞘』だ。鞘を外せば聖剣は姿を現すはずだ。
王太子をぶん回しながら兵と距離を取る。
いつの間にか気を失った様で大分静かになって扱いやすくなった。
「どけ、兵よ。私は先ほど王太子に許可を頂き旅に出るのだ」
「その王太子をお前が捕まえてるだろうが!」
聖剣だしな、うーんどうしたものか。ここで開放しても今後聖剣を私が呼べばこいつごと飛んでくる
仕様なので別に置いていっても問題はないのだが…。
そうこうしている内に魔導部隊も到着したか。ちょうどいい、聖剣自体の姿を見ておきたかったのもある。アレでいくか。
「王太子を放せ!サモン、『ブチドラゴン』!」
ミニサイズのドラゴンが5体、その場に姿を現した。
口内に炎を携え、臨戦態勢になる。
「大人しくしろ!」
「サモン、『王太子オウン』!」
「は???」
王太子の姿がまばゆい姿で消え、聖剣が姿を現した。
そして目の前の召喚陣から改めて王太子オウンが現れる。
「王太子を召喚…?なんだ…?」
「グルウウウウウウウウ…、デラデラデラ…デラヂュー…」
四つん這いでよだれをたらしながらドラゴンを威嚇する王太子。どちらかというとドラゴンより周りの人に効果はばつぐんな気もする。
「オ、オウン様!こちらへ!」
「デラララララ…」
「だめだ!なんかまともじゃない!」
「オウン様チーチチチ…」
「お前も落ち着け!」
オウンに兵をまかせて聖剣の状態を確認する。加護も魔導リンクもついていない初期状態のままだ。クソ、平和だったせいか何も成長していないな。おいおいダンジョン等で育ってもらわねば。ちょっと待てよ、これ聖剣か…?邪の気配もする。
「オウン!煙幕だ!」
「デラヂュ!」
王太子オウンの口から吐き出された煙幕で回りが煙幕に包まれる。
この隙に会場を出よう。聖剣は遠隔操作を試したいので置いていく。どうせオウンのサモンが時間切れになれば体内に再度封印されるはずだしな。
ガキッ
地面に聖剣を置いて私は会場を後にした。
数日後
召喚が解けたオウンは聖剣と融合して会場の中央で倒れずっと意識を失っていた。
目を覚ました時には王宮の自室のベッドの上だった。
体中の節々が痛い。
特に…医者には言いづらかったが股間には筋肉痛ともいえない激痛が伴い私をもだえさせた。
なんだったんだ…。
医者も医者で「そうでしょうね」としか言わない。
なにがそうなんだ、気になるから教えてくれ。
あとなんで全員私からちょっと距離があるんだ。
確か卒業パーティーで私はレナールの婚約破棄を宣言して…。
くっ、頭が…。
「オウン様!」
先触れもなくドアが勢いよく開いたかと思うとレインが涙目で飛び込んできた。
「レイン!」
しっかりと抱きとめる。激痛は我慢だ。
「お姉さまが申し訳ありません!あんなことになるなんて私は…私は…!」
「落ち着くんだレイン、私がいるからにはもう大丈夫だよ」
私と御揃いの金色の髪が頬をくすぐる。レインの香りだ。
そうだ、思い出してきた。婚約破棄を宣言したあと、レナールは事もあろうに魔法で捏造した映像を見せ惑わしてきたのだ。今までは子供の頃から婚約者だったこともあり、わずかながら大人しくいうことを聞いてくれれば悪いようにしない、と考えていた。しかしこれはいけない。レナールは惑わせようとした罪で投獄されるだろう。恐らくすでに捕まって地下牢にでも入れられているはずだ。ダルフィ侯爵家とは関係を良好にしたいのに頭が痛いところだ。しかしきっと何とかしてみせる。幸せはもう間近だ。何かを忘れている気もするが。
「でも…!でも…!」
「心配かけたね、安心して。君とは婚約を宣言したんだ。もう誰にも私たちの間を邪魔はできないよ」
「レイン様…!」
レインの美しい顔が目の前にある、もう涙でくしゃくしゃだ。可愛いレイン…。
二人の顔が少しづつ近づき重なろうとする瞬間。
王太子オウンは大砲のごとく部屋に大穴を空けて空に消えていった。
卒業パーティーから抜け出した私は自宅に戻ると必要なものだけ手に取り馬を奪って侯爵家を後にした。
そもそも私の部屋は屋根裏の隅だったので部屋という程立派ではないし物もほとんどなかったが。
途中で父と母がひどい剣幕で飛び込んできたがパニクの魔法をかけて無視した。
「きゃりーふにゅふにゅ!」「メッサツ!」
魔法が強く効きすぎたかもしれないが放っておこう。
王都を出て隣接したハノイ地域に数日かけて向かう。
宰相の管轄する地域だがここには魔獣の森がある。
しばらくそこを拠点にしてみようと考えていた。
「ちょーっと待ちな!お嬢ちゃん」
「へへへ…ひとりでどこいくのう~」
「ん?魔獣の森に向かうところだ。なんだお前らは」
「なんでもい~でしょ~」
「みぐるみはいでやるよ、楽しいことしようぜえ」
ああ…盗賊かな。羨ましいな、暇そうで…。
ちょうどいい、試してみるか。
「聖剣よ!」
空がきらりと輝いたかと思うと轟音と共に聖剣が私の手に吸い寄せられる様に落ちてきた。
正確には王太子だが。
「ふむ・・サモン『王太子オウン』!」
邪悪な笑みをたずさえてオウンが姿を現す。
「な、なんだてめえ!なにもんだ!」
「私はレナール、こっちは王太子のオウン」
「デラヂュ!」
「あ、頭がどうにかなっちまいそうだ…」
設定や続きが読みたいなどありましたらご指摘くださいmm