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01 百合と令嬢

いつもありがとうございます。

皆様、ごきげんよう。



私はヴェルデ侯爵が娘、リリアーヌでございます。真っ白に近い白金色の髪に、色鮮やかな新緑色の瞳をした、自分で言うのも何ですけど、それなりに見目の良い令嬢でしたわ…。


…えぇ、お気付きの通り、過去形なのです。私自身も信じられませんが、今は変わってしまいましたの。いえいえ、見た目に陰りが出たとか、そういう事ではございませんのよ。美しいか美しくないかと言われれば、断然前者でしょうから。実際、目の前に居る令息令嬢の二人組に、こんな風に褒められたばかりですもの。


「何て素晴らしい色なんでしょう!真っ白でありながら、まるで天鵞絨の様に、角度によって黄金にも煌く。ねぇ、ご覧になって。こんな珍しい若草色の花粉なんて、見た事があったかしら?それに、この瑞々しく芳醇な香り。どれを取っても、見事としか言いようがないですわ」

「本当にそうだね、とても綺麗だ。…けれど私には、全て霞んで見える。君を目の前にすれば、美しい百合さえ色褪せてしまうよ」

「まぁ、嬉しい!この百合は、一見の価値ありでしたわね」

「あぁ、一緒に見に来れてよかった」



…なぜか一方的に振られた気分なのは、置いておくとして。私にだって婚約者が居りますもの。それはそれは素敵で頼もしい…、あら、話がそれてしまいましたわね。そう、お聞きの通り、今の私は大輪の百合になっておりますのよ。ふふ、吃驚でしょう?意識だけポワンと百合の中に入ってしまった…そんな感じでしてよ。…となると、身体は何処に行ってしまったのかしら。



ほほほほほ…、ほほ…うっ、ぐすっ…助けて……。



…失礼、取り乱してしまいましたわ。確かにリリアーヌという名前には、百合という意味もありますけれど、まさか本当に生まれ変わるなんて誰が想像できまして?あぁ、これからどうすればいいのでしょう?



!そうだわ、ここまでの事を整理して経緯を振り返ってみれば、何か切欠でも見つかるかもしれませんわ。皆様、乗りかかった船ですから、もう少しだけ私にお付き合い下さいませ。




そう、あれは今朝の出来事。




◇◇◇




今日の昼過ぎにリリアーヌは、婚約者のブランシュ公爵家エドモンと王宮の庭園で待ち合わせをした。と言うより、リリアーヌが一方的に呼び付けたのだが。エドモンとレセップス公爵家のソフィの関係を、問いただす為に。


リリアーヌの婚約者エドモンとは、十年来の付き合いになる。光り輝く黄金の髪に、深い湖のような澄んだ青色の瞳。初めて会った時は、天使が舞い降りたのかと、思わず天を仰ぎ神に祈っていた。そんな挙動不審のリリアーヌに、手を差し伸べてくれたエドモンの柔らかい笑顔を見てしまえば、リリアーヌが恋を自覚するまで時間は掛からなかった。その想いが伝わったのか幼い頃の二人は仲が良く、将来は何人子どもが欲しいだの、領地の特産品を王都で広めよう、なんて夢を語り合っていた程だった。けれど成長するにつれて、エドモンは目を合わせてもすぐに逸らすようになり、会話は途切れて減る一方。当然、関係はギクシャクしていき、現在に至っている。



しかも、最近になると、エドモンは博識と名高いソフィと一緒に居るのを頻繁に目撃されるようになっていた。当初はエドモンを信じ、噂話だと笑い飛ばしていたリリアーヌだったが、多方面から度重なる知らせを受け、仕方なく事実関係を確かめる事にした。様子を探らせていた者から、二人が会っていたという報告を受け、いよいよリリアーヌは愕然とした。僅かな綻びから、彼への信頼が不安に塗り替えられていく。居ても立っても居られず、気付けばエドモンを呼び出す手配を終え、あっという間に当日を迎えていた。



予定よりも、たっぷり一刻ほども早くに待ち合わせの庭園に到着したリリアーヌは、緊張を紛らわせる為に咲き誇る花々を見ようと、一人歩を進めた。



(はぁ。呼び出したものの、何て言えばいいというの。家同士の婚約に、それぞれの気持ちなんて反映されないのが普通だわ。それでも二人が慕い合う関係であれば、身を引くべきなのでしょうけど…。この想いを諦めて婚約を白紙に戻したくなんてないし、けれどエドモン様を許せるかどうか分からない。…一体、私は、どうしたいのかしら?そんな事すら決めかねているのに、会っても感情的になるだけではなくて?)



ぼんやりと庭園を見渡せば、大きく花開いた百合が視界に入る。



(きれい…。これだけ美しい花なら、エドモン様も愛してくれたのかしら。花であれば、こんなにドキドキせず居られたでしょうし。いっその事、この花になれたなら…)



ふわりと風が吹き、淡い光がリリアーヌを包んでいた。




◇◇◇




っ!待って!待つのよ、リリアーヌ!そうよ、花になりたい…なんて思ったあの後から、意識がハッキリしていないわ。…まさか、そんな事で百合になってしまったというの?ならば、人になりたいと思えば戻れるのではないかしら?可能性があるのなら…ええい、ままよっ。



全ての思いを胸に、百合のリリアーヌは祈りを捧げた!




…しかし何も起きなかった…。祈る前と変わらず、そよそよと正午前の優しい風が、百合の花になったリリアーヌを揺らしているだけで。



えぇ、えぇ!知っていましたとも。こっ、こんな簡単に戻れる訳ありませんもの。…あぁ、もう打つ手なしですわ、こうなったら百合としての人生…いえ、花生?を全うしようではありませんか。




リリアーヌが新しい目標?を見つけた、その時。



真っすぐこちらに向かって、誰かが足早にやって来るのが見え、リリアーヌは思わず息を呑んだ。今、一番会いたくないのに、だけど誰よりも顔を見たかった人。エドモンが迷いもせずに、リリアーヌである百合の前に立った。




「…レセップス嬢に言われた場所は、ここで間違いないと思うが…」



ブツブツと独り言ちながら、エドモンは軽く咳払いをする。リリアーヌと約束していたはずなのに、ソフィの名前を出す辺り、既に彼の心はリリアーヌへは向いていない…そう確信したリリアーヌは、チクリと心が痛んだ。けれど今の自分は、庭園の百合。泣く事も出来ずに、ただエドモンを見守り、その声に耳を傾ける事しか出来なかった。



「んんっ、あーあー。…誰も居ないと分かっていても恥ずかしいものだが…。しかし、絶対と念を押されてしまったし、嘘を吐いても何故か、すぐに見抜かれてしまうから…やるしかないか…」



念を押されたり、行動を見抜かれる程、ソフィアと親しいという事。治りかけた傷を抉られるように、ズキリと強い痛みを感じると同時に、静かな庭園にエドモンの声が小さく響く。




「リリ。いや、リリアーヌ、聞いて欲しい」



まるでリリアーヌへと語り掛けるようで、先ほど傷ついた事など無かったように、思わず聞き入る。リリアーヌの脈が激しく波打った。




「私達の付き合いは彼此、十年。長いようで短かったようにも思える、不思議なものだな」



緊張からか少し硬い表情のエドモンが、幾分和らぎ僅かに微笑んでいるようにも見える。エドモンの穏やかな様子を目にしたのは、一体いつぶりだろう。リリアーヌは嬉しくなり、思わず顔が緩んでいく。それからエドモンの言う通り、二人が過ごしてきた年月を思い出し、うんうんと頷いた。百合の姿なので、僅かに花弁が揺れただけだが。



「この節目の年に、けじめを付ける事にした。いい加減、もう良いだろう…?この関係に区切りをつけようとおも…」



リリアーヌが息を呑んだその時、カツカツカツ…遠くから荒々しい足音と共に、一人の男がエドモンに駆け寄った。



「無礼を、お許しくださいっ。エドモン様、非常事態です。見失いましたっ、皆で探しましたが何処にもいらっしゃいません…っ」



その声に分かりやすい位に、エドモンは狼狽した。



「なっ!邸は?」

「既に出掛けられた後でした」



エドモンは手で髪を掻き上げ、そのまま頭を抱え逡巡する。



「ならば一度戻り、護衛に着いていた者達の報告を聞く。それから今後について検討する。手配しておけ」

「御意」



来た時と同じく大きな音をさせながら、男は立ち去って行った。残されたエドモンは目の前の見事な百合を見つめながら、悲しそうに微笑んだ。それからそっと花びらに触れると、何かを決意したかのように空を仰ぎ、その場を後にした。




区切りという言葉が、何度もリリアーヌの頭の中で繰り返された。認めたくないが、やはり想いは一方通行。人の姿で聞いていたとしたら、どれ程の醜態を晒していただろうか。初めて、百合になって良かったと安堵する。




残されたリリアーヌは、風を受けて儚げに揺らめいていた。






7話程で完結します。

次回も見て頂けたら嬉しいです。

いつもの人物紹介は2話目の後書きに付けます。

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