三題噺 ビー玉の夜店
提灯や出店の色とりどりの明かりを、少年と少女の間を行き来するリンゴ飴が反射している。
「わ、私の分はいいよ」
「いいっての、家のババアが奢れって渡してきたんだよ。アキに食わせなかったら俺が怒られる」
「でも、悪いよ。カズヒコ君が2個分食べれば……」
「いいから! 2個もこんな甘いの食えないっての」
「う、うん、わかった」
無理やり押し付けられる形で少女の手にリンゴ飴が収まった。
「ほら、さっさといくぞ。クラスのやつに見つかる」
「う、うん。私といるのが見つかったら困るもんね」
少年が手を引いて祭ばやしの屋台の雑踏を歩いていく。
小学校高学年ともなると、どうしてもまわりの目が気になる。
そういう意味での恥ずかしさと、うつむく少女の言葉との間に微妙な食い違いがあることにカズヒコは気づかない。
「ったく。こんな時までハギは遠慮しやがって」
受け取るまでは遠慮がちでも、食べだしたらあっという間。
一分もしなうちに少女の手からリンゴは消え失せている。
こいつはいつもそうだ。やせ我慢ばっかり。
自分が食べきるまだ半分近く残ってたのに気づいて、無理くり頬張って食べきる。
「ほら、ロシアンたこ焼き食べようぜ。ハズレはオタマジャクシ味だってよ」
「え~、普通のがいいよー」
実際親からは多めに渡してもらっていて、それは明らからに幼馴染の少女アキへの配慮もふくまれてことはカズヒコでもわかっていた。
まあ、それはそれとして多少は遊んだってバチがあたるまい。
境内の橋の石に腰掛ける二人が一息つく。
「アハハ、カズヒコ惜しかったね」
「くっそ、あの射的絶対ズルだろ。絶対中心に当たってろ、微動だにしなかったぞ」
「あんなの貰えないって。射的のおじさんも馬鹿じゃないよ」
「いや、それはズルだろ。せっかく当てたのに」
「えー、そんなにあのエッチな人形がほしかったの?」
「ち、違うっての。その横だよ! お前あのぬいぐるみほしかったろ」
実際には図星だけど、つい誤魔化してしまった。
「……あ、ありがと、でも私には返せるもの何もないよ」
「別にそんなんいらねえよ」
「私、いつもカズヒコのお母さんにもカズヒコにも良くしてもらってるけど何も……」
「ーー楽しかった。そろそろ帰るか」
だから余計な話ももうしないほうが良い
「ねえ、あんなとこにお店があるよ」
「え……ほんとだ」
縁日から離れるようにしてポツンと暗がりの中に屋台が見えた。
「へんなの」
「いってみようよ」
「いや、もう金も無いし……」
「いいからいこ」
いつも引っ込み思案気味なはずの幼馴染に手を引かれ、そのまま屋台の前にたった。
「いらっしゃい」
目深にフードを被った店主。声は子供のように甲高く、なのに老人のようにしわがれていた。
屋台明かりは薄ぼんやりとしていて、普段怖いもの知らずのカズヒコにも不気味感じられたが、
「うわあ、綺麗」
少女は気にせずならんだ商品に目を輝かせる。
屈んでみれば、それはなんの変哲もないもので、少年は気が抜けた。
「なんだ、ただのビー玉じゃん」
「えーでも、こんなにキラキラしてうわあ、なにか文字がみえる? あれ動画かな、動いてるよ」
「おお、お嬢ちゃん。お目が高い。それは特別なビー玉だ。安くしといてあげるよ」
「本当? これでも買えますか?」
ポケットから50円玉と10円だまが混じった小銭をアキが出すも店主がそれを制す。
「お金なんて要らないよ。ここでは全部交換だ」
「おい、行くぞ。怪しいってこの店」
「でも、私、これカズヒコに上げたいの」
少年が手を引こうとするも、少女はそれに抗った。
それを店主は目を細めてみてから口を開いた。
「はは、安心しない。そのポケットにあるものをくれればいいんだ」
「私、何も交換できるようなもの持ってるの?」
「ほらポケットを見てご覧」
「あれ、こんなの持ってたっけ」
ポケットをさぐると2つのビー玉が出てきた。
「じゃあ、二個ください」
「まいどあり!」
その2個と引き換えに受け取ったビー玉のうち一つを、少女はカズヒコに渡した。
「これ、私だと思ってね。大事にして、うんと眺めてね」
嬉しそうな幼馴染にもやもやした気持ちながらも頷いて、その日は別れた。
翌日少女は行方不明になった。
あれから10年経つが今でも見つからない。
親も対して熱心に探さなかったのが印象的だった。
カズヒコは最後に約束したのビー玉を一回しか覗いていない。
帰り道に一度覗いたビー玉の中で知らない女の子の名前とその姿が見えたからだ。
カズヒコにとって何故か思い出の幼馴染の名前は闇に消えた。
ただ、何かの絶叫は聞いた気がした
少年の声だったのかもしれないし、あの少女の声だったかもしれない。