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宇宙通信サービス

作者: コメタニ

 タケルが学内のカフェテリアで読書をしていると、にわかに周囲が騒がしくなった。本から顔をあげ様子をうかがっていると友人のマサトと目が合った。テーブルにやって来た彼に聞く。

「なにがあったんだ」

「スマホが使えなくなったんだ。大規模な通信障害らしい」とスマホを差し出す。電源が落ちて暗くなった画面にタケルの顏が映る。

「電源が落ちてるじゃないか。通信障害じゃないだろう」

「ほんとだ、さっきまで入ってたのに」

 タケルも自分のスマホを確認してみると、やはり電源が落ちていて起動できない。

「オレのもだ。いったいどうしたんだろう」

「おい、見ろよ。電気も消えてるぞ」

 言われて天井を見ると、照明が弱々しくなっていき遂に消えてしまった。

「そういえば」天井を見上げたままタケルが言う。「数日前にネットニュースで見たんだが、大規模な太陽フレアが発生したそうだ。その影響かもしれない」

「その記事ならオレも見た。そうかもしれないな。でもこれだけ影響が出るとは思わなかったな」

「全国でどれだけの障害が発生しているんだろう、これじゃ知りようがないしなあ」

「うちのパソコンの秘蔵データは無事だろうか」

 ふたりで話していると庭に面した窓際で悲鳴があがった。見ると窓際に立っている数名が空を指さし半狂乱になっている。「なんだあれは」「どういうこと」

 その声に吸い寄せられるように集まる室内の人間。ふたりも席を立ち窓際に行ってみた。空を見ると一面をぶ厚い雲が覆っていた。いや、ちがう。雲だと思ったそれはよく見ると巨大な構造物であった。タケルは目前で起こっていることを理解しようと努める、が理性がそれを拒否していた。ただ呆然と空に浮かぶ巨大な物体を眺めていると獣の唸り声が聞こえた。おや、と辺りを見回すとマサトや他の人々もきょろきょろと音の出処を探している。その音は一定の周期でトーンを変え、虫の羽音のようになったり大型自動車のエンジン音のようになった。そのうちにタケルはその音が頭の中で直接鳴っていることに気がついた。その音には指向性が存在せず、頭をどの方向に向けても変わることがない。

幾度かトーンを変えていくうちに、それは言語のように聞こえるようになってきた。今までに聞いたことがない、またどんな存在が発声しているのか想像の範疇を超えた言語であったが。

 そして、ついにその言語は聞いたことがあるものとなってきた。

「ブラ」

「ヘレテ」

「フジャムボ」

「ドバルダーン」

「ブエナスタルデス 」

「ボンジュール」

「グーテンターク」

「ハロー」

「コンニチハ」

「コンニチハ」

「こんにちは。……こんにちは。この言語でよろしいですね」

 初めは片言だったがすぐにアナウンサーのような流暢な日本語となった。若い女性の声で、いかにもオペレーターという雰囲気を漂わせている。他の人々にもその声は聞こえているのだろう、ざわついていた室内が静まりかえり次の言葉を待っている。

「改めまして、こんにちは。わたくしどもは『#$%+*>?@』、みなさまの言語に直しますと『宇宙通信サービス』と申します。この度は大規模な恒星フレアによる電子機器の障害、心よりお見舞い申し上げます。さぞやお困りのことでしょう。そこでわが宇宙通信サービスとしましては、みなさまのご不便を一刻も早く解消すべく遥々やってまいりました。まずはお試しになってください」

 そのときマサトの声がした。見るとマサトもこちらを見ている。「なんだ、どういうことだ。おいタケルはどう思う」だがマサトの口は動いていない。タケルはその声の響き方が宇宙通信サービスを名乗るものと同一だと気がついた。頭の中で直接響いているのだと。試しに思考してみる『これ聞こえるか、マサト。聞こえたら返事してくれ』

「おう、聞こえる聞こえる。なんだこれ、面白いな。頭の中で鳴ってるのか」

 やはりそうだった。確信したタケルは試しにガールフレンドのミカのことを考えてみる。『ミカ、聞こえるか』

「その声はタケル君。なにが起こったの。いまどこ」

「おう、ミカ。繋がったか。どうやらオレたちは電話機を使わずに通話できるようになったらしい」

「なにそれ、わけわかんないんだけど。むりだから、むりむり」

 そのとき再びマサトの声がした。頭の中の声だ。近くにいるんだから直接話せばいいのにと思ったが、やはり面白いのだろう。それはタケルも同じであった。

「いまツレから情報が入ったんだが、どうやらテレビやラジオも観たり聴いたり出来るらしいぞ。それにインターネットも閲覧できるらしい」

「本当か。ちょっと試してみる」

 手始めにスマホでインターネットを閲覧する手順を頭の中でなぞってみる。頭の中で思い浮かべた画面上で動画サイトにたどり着き再生ボタンをクリックすると動画が再生された。驚くほど鮮明で滑らかな動きであり、大きさも切手サイズから巨大スクリーンの映画館サイズまで自由に変更できた。音も臨場感に溢れ生楽器の音などはすぐそばで演奏されているように聴こえる。

「こりゃあたまげた。もう今までの再生機器には戻れないな」

「すげえな。これじゃ映画館や家電メーカーは潰れちゃうな」

「公共放送は受信料でウハウハかもしれないけどな」

「それにしてもインターネットやテレビ局はよく残ってたな。フレアでやられたんじゃなかったのか」

 そのとき宇宙通信サービスの例の声が聞こえた。

「こちらサポートセンターでございます。いただきましたご質問にお答えいたします。お客様の星の情報インフラは現在わたくしどもが保守を承っております」

「なるほど、至れり尽くせりってわけだ」

「禍を転じて福と為すってやつだな」

 ふたりは夢中で通信や閲覧を楽しんだ。

 小一時間ほど経っただろうか。再び例の声がした。

「お楽しみ頂けましたでしょうか。それではご契約手続きに入らせていただきます。お客様の星が恒星一周回を契約期間の単位としまして、頂戴させていただく料金は、そちらの通貨でおひとりさま7650兆円、ご解約をされる場合はお試し料の2764兆円をいただきます。なお振込先は……」

「ちょ、ちょっと待て。いくらだって。二千兆円。冗談だろ。そんな金額払える奴なんていないだろ」

「おやおや、困りましたねえ。いくら未開の地とはいえ通貨価値がそこまで低いとは。されど料金徴収が絶対であるのが我が宇宙通信サービスのポリシーであります。不本意ではありますが宇宙法に則って強制徴収を執行させてもらいましょう」

 次の瞬間、地球上の人類は姿を消した。そして世界各地の空に浮かんでいた巨大な構造物は無人となった星を後にし銀河の彼方へと去っていった。

 だが人類は完全にいなくなったわけではなかった。大田区の雑居ビルで集団生活をしていた団体『5Gから命を守る』のカリスマ主催者ゲンノとその信奉者たち10名は、その主義主張に則り日頃よりスマホや電子レンジ、PCやテレビなどを持たない生活をし、常に頭にはアルミホイルを巻いていたので来訪者による未知のテクノロジーの洗礼を受けることもなく、したがって強制徴収からも免れたのだった。だが、彼らは生産性と生活力に乏しかったので数か月で全滅してしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 通信障害とか秘蔵データとかアルミホイルとかwリアルな卑俗と荒唐無稽なSF王道の混ぜ方にニヤニヤしてしまいます。サポートセンターの人の早口活舌よさそうな感じときれいさっぱりバッドエンド、痛快で…
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