饒舌な友人。上機嫌な変人
食堂まで来るのは入学以来で、そもそも学校に登校するのが一週間ぶりだということに気付いたのは、トレイを持って席に付いた時だった。昼時の食堂はこれでもかと生徒達で賑わっている。
知人友人と騒ぐ者。
その騒がしさをBGMに勉学に励む者。
または彼女の様にひっそりと昼食を食べる者ーーなど、他にも多種多様な有り様で、食堂は使用されていた。
そんな中、彼女は箸を動かしながら息を吐く。
(………これはちょっと、失敗ね)
普段朝と夜意外食事を取ることのない彼女にとって、学校の昼時とはあまり印象の強い場所ではなかったので失念していた。まさかそこそこ静かだった一フロアが、昼休み開始から五分も経たずに押すな押すなの大混雑になるなんて、一体誰が想像できるというのか。
肌に合っていない。
不快感を感じるその雰囲気に、彼女は箸の動きを少しばかり早くしてーー
「あら?随分と珍しい子がいるじゃない」
ーー自分の失敗を、今度こそ強く悔やんだ。
「ここ、座るわね」
「………………」
有無を言わせない。というよりはなから聞く気もない様な態度に、彼女は薄っすらと顔を歪ませる。それにハッキリ気付きながらも対面に座った甘栗色の髪をした少女はニコニコと口を開いた。
「久し振りね。今度はいつから来ていないんだっけ?出席日数は大丈夫なのかしら」
「………………」
「久し振りね。今度はいつから来ていないんだっけ?出席日数は大丈夫なのかしら」
「………………………」
「………………………………」
「ひさ」
「計算してるから」
「そう!それは良かった」
根負けして答えると、少女は答えを知っていながら嬉しそうにまた笑う。
その笑顔がなんとなく苦手で、彼女はコッソリと顔をそらした。
「また蕎麦なんか食べてるの?可愛くない。私、あんたはもっと肉をつけたほうがいいと思うわ」
「………食べ物に可愛さは関係ないわ」
下らない質問は、しかし無視したところで結果が見えているーーという妥協からくる反応だったのだが。対する少女は何を勘違いしたのか満足げに頷いた。
そこから続くのは中身のない無駄話。
部活の事、アルバイトの事、果ては最近見つけた面白い同級生の話まで。その全ては対面する少女の事で、彼女はひたすら聞き役に徹した。
最近は何かと忙しかったし、磨り減った心にはこれぐらいの『普通』が丁度良いと感じたのだ。
「そいつ……ああ、名前は甲助言うんだけど。なんというか、アレはあれよね、レアよね。この淀んだ現代社会じゃ、そうそうお目にかかれないタイプの人間よ」
「……そう。良かったわね」
知らない人間の話を聞かされている彼女としては適当に、しかしこの友人にそれ程まで語らせる人とはどんななのだろうという、含みを込めた声だった。
「あ!なんなら紹介し」
「結構よ」
「……………………」
食い気味なまでの返し。
ほとんど条件反射なのでは?と疑う程の素早い声に、少女の方は溜息をついた。
久方ぶりにあった友人。どれだけ意気を上げても帰ってくるのは淡白な反応。
慣れているとはいえ内心ちょっと傷付いていた少女は、これみよがしに机に突っ伏してーーそして、はたと何かひらめいた顔をしたかと思うといやらしい顔でニヤリと笑った。
「……?」
目の前の元気な友人が見せる嫌な笑顔に彼女は目線を険しくする。近場に設置されたテレビでは、丁度彼女らが住んでいる、下記澤町が取り上げられていた。
「ねえ、マキシマさ」
「台風が近づいているらしいわね。うちはあまり新しくないから、少し心配だわ」
そしてやや強引な方針変更。
自分でも流石にどうかと呆れつつも、しかし少女は話を遮られた事より、彼女の方が自主的に話題を振ってきた事の方が嬉しいらしかった。
直ぐに笑みを快活なものに戻して会話を再開する。
「……そ、そうよね!私も台風とかの夜はもう怖くて怖くて、夜中にトイレとか行きたくなったらどうしようってなるの!」
「………そう」
「去年の夏なんかは、本当に台風が多くてさ!もう毎晩ビクついて………」
「大変ね」
そうして再び始まる無意味な会話。
どうやら自分は、まだ見ぬ危機を回避する事に成功したらしいーーと、四十崎と呼ばれた少女は安堵の息を漏らしながら相槌を打つ。
気づけばニュースの内容は変わっていた。
画面の向こうのアナウンサーは、どこかの大学でぎこちなく動く最新のロボットに興奮を顕にしている。前傾姿勢でバク転やらを披露する二足歩行の鉄塊は、少し小突いただけで壊れそうな程に頼りなかった。
そちらにもなんとなく耳を傾けながら彼女は食事を再開した。
「あ、そういえばなんだけどさ」
少女は一旦話を中断して、彼女に語りかける。
あくまで明るく楽しく。皮肉はなく。
「マキシマさん。貴方まだあんな事続けてたのね!」
まるでそれが何でもないことであるかの様に、そう口にした。
「………………………………」
ゆっくりとその意味を吟味してから、スッと少女の目が細められる。
その中には、誰でも分かる。様々な激情の混在した色が込められていた。
比喩でも何でもなく彼女は今、目の前の少女を本気の殺意すら込めた瞳で睨んでいるのだ。
「急に変な事を言うのね。冬桐」
ーーそこには先程までの凸凹とした柔らかい雰囲気は既に無く。
「そうかな?別に大したことじゃないと思うけど」
ただ刺すような緊張と、余人の介入を許さない閉鎖した空間があった。
「………………………」
「………………………」
そんな彼女の視線を受けて、甘栗色の少女は表情も崩さずニコニコと笑っている。その態度が更に彼女を苛立たせるのだと知りながら。
………周囲の喧騒がひどく遠くから聞こえる。
立て掛けられた時計の音は、爆発までを示唆するカウントのようだ。
一触即発。
その一席は、いつしかそんな言葉に包まれてーーー
「失礼。ちょっといいかな」
ーーそんな言葉が、聞こえてきた。