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夜明けの光を待つ  作者: 池田 ヒロ
第一章
9/112

傀儡の狂笑曲

[ID:3318200396:187.97のデータログ]

ID:0000000000-SIPW-Is/187.97.A4.21.33

  報告。

  SIPW8-00000ガ放出スル魔法エネルギーヲ感知。

  行先、インペリウム帝国軍ウセス地区統括本部ノ可能性アリ。

  厳重注意カツ、脱走兵SIPW8-00000ノ捕縛、

  仮捕虜J-K4ノ駆除ヲ決行サレタシ。

ID:3318200396/187.97.A4.22.48

  承知。

  現時刻ヲモッテ、駐在ノ六番大隊ヲ警備ニ配置。

 インペリウム帝国軍ウセス地区統括本部まで程遠くない場所までやって来た。崖の上からでも見える単調的な色の施設。あれが、レグルスの居場所を知っているであろうSIPW-1がいるであろう場所。敵の拠点だ。流石は〈ニンギョウ〉たちが築き上げてきた場所。どの国にある建物よりも、味気のない建築物こそ、インペリウム帝国という国の特徴。


「〈ニンギョウ〉が寝泊まりする場所としては申し分ないかも」


 そうカーリーが皮肉った。だが、同時に施設の大きさには圧巻していた。ここから見れば、そこまで大きくないようには見えるが、窓から見える室内にいる〈ニンギョウ〉たちの姿で比較するならば、大きい。同時に感心をしている彼女であるが、あの男は片眉を上げてこちらを見ているのだった。


「なんで、そんな離れた場所から見ているんだ」


 彼とパティがいる場所は植物が何もないようなところ。一方でカーリーがいる場所は、彼らからある程度離れた茂みの後ろにいた。いた、という表現よりも、隠れているが正しいかもしれないが――今の発言は何も知りませんと言っているようなものだ。忘れたのか? 今の自分のこの姿を見て、何があったかを覚えていないと?

 頬を膨らませるカーリーは「あなたのせいじゃない」と不快に思う。


「あなたが、あんなことをするからっ! ねえ、わかる!? 今、すっごく恥ずかしいのっ! なぜか、わかる!? わかるでしょ!? わかって! 私、何も着ていないんだから!」


 顔を真っ赤にさせた状態で、インペリウム帝国軍ウセス地区統括本部の施設がよく見えるような場所まで出てこようとしない。当然だ。全裸の状態で、敵の陣地を観察する気にはなれないから。傍から見れば、シュールかもしれない。


 つい最近、SIPW8-00000は道具女を殺した。そして、生き返らせた。ただ、そのとき羽織っていた布切れは元に戻さなかっただけ。それらが不満だ、と文句を垂れる彼女に「いいじゃねぇか」と一蹴する。


「服がないと戦えないなら、戦えないで。俺がすべての相手をするまでだ」


「あなたたち〈ニンギョウ〉と一緒にしないで! こっちはね、生まれたときから恥ってものを持っているのっ!」


 インペリウム人には恥という概念は存在しない。彼らは常に戦うという意思がある。彼らにとって、服とは戦闘態勢という象徴。だから、服を着ていないのは戦えない。それでも、それが恥ずかしいということはない。ただ、服を着ていないから、戦えない。それだけ。そのため、〈ニンギョウ〉とカーリーは相容れないのである。


 服がないから、という文句に「恥がなんだよ」とSIPW8-00000はため息をついた。別に一大事な話でもないのに。


「怖いなら逃げればいいだろ。どうせ、服を着ないんだから」


「ちょっと、待って。なんか、その言い方って私が常時裸でいるって言っているみたいなんだけど。いや、ここしばらく着ていないってか……あなたに燃やされたんだけど? 結局、あなたが悪いんじゃないの! 最初に人の服を燃やしたから、こうなったのっ!」


「元はあんたらが要塞に奇襲を仕掛けてきたのがいけないんだろ」


 もっともなことを言ってくるその男は、濁った黒色の目をこちらに向けてきた。生きている者としての目ではない、とその目がカーリーに教えてくれた。それらの結果がどうなってしまったのか。

 頭部が破裂した人々。特に二人の男性の破裂するシーンはとても鮮明である。思わず膝が笑い出す。彼は見ている。自分の父親と兄の死を。その濁った目で。彼はゆっくりとこちらへ近付いてくる。目の前にやって来て「あんたが兄貴の言う通りに動いていたらなぁ?」と悪趣味にもほどがある卑劣な笑み。なかなか痛いところを突いてくるではないか。だが、それにはもう怯えない。決めたのだ。人として、この〈ニンギョウ〉のために、自分のために生きる、と。カーリーは意志ある輝く紫色の目で訴えた。


――私はあなたに屈服しない。


 少しだけこの状況が面白いと感じているSIPW8-00000は「面白いことを考えているな」と道具女の髪の毛を握った。それでも、顔を逸らそうとしなかった。嫌な顔をしなかった。真っ直ぐとした目で見るだけ。逸らしてしまえば、負けだと思っているらしい。

 緊迫する状況の中、ポンコツが《二人とも》と割って邪魔してくる。


《あまり長居は得策ではありませんよ》


 これはある意味での救世主か。これを機に嫌味な〈ニンギョウ〉は髪の毛を離してくれたのだから。だが、彼はどこが不機嫌そうに「なんだよ」と言う。


「こいつが裸は嫌だとか言っているから、時間がかかっているんだ。ポンコツ、恥なんて捨てろと言い聞かせろ」


 言葉には出さないものの、何を言っているんだこいつは、という雰囲気をパティは出しているように思えた。ややあって、カーリーを庇うようにして《仕方ありませんよ》と反論をする。


《カーリー殿は〈SIPs〉ではありませんし。その心には恥が刻み込まれていますので、そうそう簡単に心変わりすることはできないでしょう》


「じゃあ、どうするんだ」


 ああ、ここに服があったならばと思う。しかし、そんな簡単に都合のいい話はない。カーリーが盛大にため息を漏らしたときだった。パティの姿にそう言えば、と思い出す。彼はなんでも色んなことができる万能魔術工学機器。もしも、可能性があるならば。その思いでパティを呼んだ。


「パティって、服になれないかな?」


     ◆


 違和感があるものの、恥ずかしい気持ちはなくなっていた。カーリーはパティに頼み込んで、服になってもらったのだ。ただ、服とであっても、布ではない。元々が機械だから、肌には金属独特の冷たい感覚が襲いかかってくる。それでも、ないよりマシだった。


「ありがとう、パティ」


《礼には及びませんよ。今度は、もっと着心地がよい服になれるよう、学習しておきます》


 これ以上の贅沢はない、と言わんばかりに頬を綻ばせるカーリーではあるが――一方で待ちくたびれた様子の〈ニンギョウ〉は大きな欠伸を見せていた。そろそろ行くぞ、と急かしてくる。いや、待てよ。行くぞ、と行くのはいいが、どのようにしてSIPW-1と話をつけるつもりだろうか。絶対に「すみません、レグルス宰相さんの居場所を教えていただけますか?」とヘラヘラとした面で赴いてみろ。

 パティは言っていた。〈ニンギョウの目〉たちとのネットワークを断ち切った、と。それはすなわち、自分たちは追われの身になっていると自覚していることだ。それもそのはず。彼らにとっての味方であるはずの〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉に〈ヤマの目〉たちは襲いかかってきていたのだから。


「結局どうやって行くの? その、SIPW-1だっけ? その人はあの建物のどこにいるの?」


「決まってんだろ。統括部長室だ」


 だから、それはどこだと訊いているのに。求めていた答えとどこかかけ離れた回答にカーリーは眉根をひそめた。その表情に何か文句でも? と挑発をするのはいいが、ここで長居しても仕方ない。パティが《こちらがインペリウム帝国軍ウセス地区統括本部の見取り図となります》と地図を出してくれた。流石はものわかりがいい。そこにいる、嫌みな人よりずっといい。

 展開された見取り図の中に赤丸が記されていた。それがSIPW-1が普段いる統括部長室らしい。場所は中央棟の五階。なかなか、入り組んだ場所にいるらしい。


「侵入って、難しそうだね」


 見取り図、ここから見える〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉の配置を見て、カーリーは愁眉を見せた。どう考えても、この男は隠密行動に向かない人物であるのは明白だ。ただ、戦えたらいい。そんな単純な精神を持っている。ならば、ここは陽動として動かした方がいい? いや、それはできない。SIPW-1と話をするのはあくまでも彼自身である。カーリーがするのではない。であるならば、相手の注意を引きつけるのは彼女しかいない。だが、それで〈ニンギョウ〉どもに勝てるのか、と言われたら「ノー」という回答しかない。

 カーリー一人、もしくはパティを交えた一人と一機だけで、インペリウム帝国軍人と戦うことは不可能。多少の粘りを見せても、放出する魔法エネルギーの量には圧倒的な差があり過ぎるのだ。

 何かしら、強力な機械があれば、とは思っている。が、そちらも可能性としては低いではないのだろうか。思わず、カーリーは「この国で造られている魔術工学機器って、私でも扱える?」そうパティに訊ねた。この質問の答えは――。


《扱えないでしょう》


 予想はしていたことだったが、いざ現実を突きつけられると、へこむ。放出する魔法エネルギーの歴然とした差に加えて、向こうの〈ニンギョウ〉は魔術工学機器を扱う。敵うわけがない。もし、倒せたとするならば、それは奇跡としか言えない。

 だったら、と考えるカーリー。その傍らでは男が暇そうにしていた。いいご身分だこと。暇なら自分も考えてくれ。なんて、彼女がため息をついたときだった。視界には服になったパティの姿。彼は〈ニンギョウの目〉。つまりは、魔術工学機器の類。パティは彼の魔法エネルギーによって、動く。この男はインペリウム人。この国クズインペリウムにある魔術工学の機械はインペリウム人にしか扱えない。

 世界で五感が鋭いルーメン民族であるカーリーの視界に、ある物が映し出された。施設の建物の屋上にある魔術工学機器。それも射撃タイプの物。


――今の私たちにはこれしかできない。


      ◆


 インペリウム帝国軍ウセス地区第六番大隊長であるSIPW6-10001曰く、同じ地区の八番大隊に所属する兵士が仮捕虜と共に逃げ出したらしい。その報告に伴い、六番大隊はこのインペリウム帝国軍ウセス地区統括本部の施設全般における警備に任命された。珍しいことではある、とウセス地区で軍人をして二十年にもなるSIPW6-02348は周囲の警戒を怠らない。相棒の〈OPERATOR〉であるHD-106637と共に目を光らせる。

 施設の警備なんて、多くても中隊二個ぐらい。ましてや、最近は〈OPERATOR〉だけなのに。いや、そうは思っても、指示は指示。命令は命令。部下は上司の命令に大人しく従うのが当然。


「HD-106637、ネットワーク上での情報提供を求める」


《了解。現在、どの個体にも異常性はなし。周囲に不審人物なし》


「そうか――」


 急に、体に力が入らなくなる。傍らにいるはずのHD-106637。あれ、こいつはそんな高い位置で見張りをしていたか? いや、違う!? 気付けば、SIPW6-02348の視界は真っ暗な空へと変わり、覗かせてくるのは黒髪と黒い眼をした男。軍服の襟には〈SIPs〉であることを証明するナンバーが。


 SIPW8-00000


【SIPW-1より、命令だ】


 思い出せ。どこかで見覚えがあるはずの番号。にんまりと笑う顔にさようならをするSIPW6-02348。


【我が最高の祖国インペリウムに対して、反逆を犯した兵士がこちらに向かっているらしい】


 〈SIPs〉のナンバーなんてありきたりで、一兵士の番号を誰も覚えちゃいない。いたとするならば、それは大隊長か、地区統括部長。あるいはケチュータの連隊長ぐらいか。だが、自分の脳裏にはこんな番号を割り振られるやつもいるんだな、と思っていた。それだけだ。関心はないが、今になって疑問に思う。


―― “00000” とは何か。


「欲しい情報はここにいる」


 男の声を最後に、SIPW6-02348の意識は二度と戻らなかった。


     ◆


 一応の陽動はカーリーであることをパティも知っている。一人と一機は施設の建物の屋上まで〈ニンギョウ〉の魔術で飛ばしてもらいながらも、怒号が行き交う方向を見た。インペリウム帝国軍ウセス地区統括本部の敷地内で暴れるバカが一人いるではないか。


「何してんの」


 向こうのバカには聞こえていないが、心に思うことを発言するカーリー。その思いはパティにも十分伝わっているようで《否定できないですね》と反応しかできなかった。


《SIPW8-00000には、戦闘するなとあれだけカーリー殿が念押しをしていたのに》


「というか、見つからないでやらないと。どう考えたって、ここの警備はかなりやる気があるでしょうに」


 ほら、戦わなくてもいいから、さっさとSIPW-1に会いに行けよ。呆れるしかないカーリーは魔術工学機器の前に立った。それに伴い、パティは言うのだ。服からあの〈ニンギョウ〉の魔法エネルギーが漏れ出す。


《これより、術式魔法変換仗砲台〈ツーザンメン・プラル〉、型番22-PJ58の操作を行います》


 狙いを定めるのはカーリー。しかし、実際に撃つのはパティの役目だった。

 彼女の考えた作戦は(本当は)こうだ。カーリーとパティがこの術式魔法変換仗砲台〈ツーザンメン・プラル〉を利用して、陽動を起こす。その騒ぎに便乗するようにして、あの男が〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉に見つからないようにして、SIPW-1を捜し出し、レグルスの居場所を吐かせるもの。

 だがしかし、早くも誤算は出てきた。あの野郎。あいつ、戦うなって言っているのに「嫌だ」とかほざきながら、本当に戦いやがって。おかげで、カーリーが考えた作戦はパア。これでは、こちらに目は向けられなくても、彼は大丈夫なのだろうか。いくら、〈顰蹙の空〉を破壊できる力を持っていたとしても、SIPW-1には敵うのか。

 もはや、あのバカに気を取られている〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉たちを殺すだけのお仕事になってしまっている。これはこれで楽だからいいのだが――。


「……ここのお偉いさん、逃げてなければいいんだけど」


《どうでしょうか》


 絶対に、SIPW-1は危険を察知して、逃げるに決まっているはず。ここで律義にあのバカのことを待っているなんて。ありえるだろうか。いくら、〈ニンギョウ〉だからと言っても、元は普通の人間。死にたくない、という思いくらいはあるだろうに。


「SIPW-1!! 出てこいやぁ!!」


 そんな、大声を張り上げても、「はいはーい」と出てくる敵がいるだろうか。思わず、カーリーは〈ツーザンメン・プラル〉の標準をあの男に向けてしまう。そこをパティに指摘され「ごめん」と棒読み。


「あまりにもバカ過ぎて」


《否定はしません。なんせ、SIPW8-00000の頭の中は基本的に考える力と思考回路はないようなものですので》


 パティにひどい言われよう。だが、ここでフォローに入る気はない。入る余地がない、と判断ができる人物でもあるからだ。


「本当にどうにかならないのかな」


《どうにもならないでしょう》


「だろうね」


 なんて談笑をしていれば、嫌な予感がした。途端、カーリーとパティは何かしらの力によって飛ばされた。ここは建物の屋上。そこから、吹き飛ばされたら――下へと落ちるに決まっている。そう、彼女たちはそこから下へと落とされているのだ。

 目に見えるのは〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉たち。浮遊術式魔法を展開するのは間に合いそうにない。彼らと交戦はせずして、体が木端微塵となって、死ぬのか。そう思うだけで、涙が出てくる。死を覚悟していたカーリーであったが、地面に当たる直前で、落下は止まった。


「ふへ?」


《ギリギリでした》


 どうやら、パティが助けてくれた。持ち上げて、空中を浮遊することができるらしい。これで、ミンチにならず、安全に地面へと足を着けることができる。ほっとしたのも束の間。今度は急にパティが動き出す。その動きに伴い、服ごとカーリーは暴れるバカのもとへと飛ばされた。彼女の姿を見て邪魔だと言いたげ。言いたいなら、言えば? 黙っていないで。

 誰もが何事だ、と周囲に目を張る。そうしていると、カーリーたちがいた建物の屋上から誰かが降ってきた。彼女と同じようにして〈ニンギョウの目〉を巧く扱いながら、地面へと着地する。そうすると、臨戦態勢をしていた〈ニンギョウ〉たちは直立不動になる。下りてきた誰かに敬礼をして――。


「最高の祖国インペリウムに未来あれ!」


 そう叫んだ。


「我々は最高の祖国インペリウムに仕える〈SIPs〉!」


 誰かも、そう叫ぶ。唖然とするSIPW8-00000たちの前に現れたのは――。


「それを忘れてしまったとは情けないよ、“アーク” 」


 あの男よりも、カーリーよりも年下に見える少女がそこにいた。どこかの誰かさんと似たような濁った目をこちらに向けながら。憎たらしい笑みを浮かべながら。その対比と言っても過言ではない。彼女の首には赤と黄、緑色の石を紐に通してネックレスにしていた。その陳腐さはまさに子どもが作るようなアクセサリー。いや、この子はまだ子ども!?


「帝国に忠誠を誓ったはずなのに。なぜ、そこの反インペリウム帝国軍の女と行動を共にするの?」


 こちらに視線を向けた少女――SIPW-1は死ねと目で言い出す。


「しかも、自分の上司であるSIPW8-10001を殺害してまで。何がしたいの?」


「SIPW-1に会いに来た」


 彼の回答に、なるほどと相槌を打つも、言動と行動が真逆のように見える。SIPW-1は自身の所有物である〈ニンギョウの目〉を術式魔法変換仗砲へと変えた。その先端をこちらに向けていることから、明らかにこちらへの殺意は十分にあるようである。


「それで、用件は?」


「レグルスの居場所を教えろ。それを教えることぐらい容易いだろ?」


 どうやら、こいつの中身はSIPW-1に影響されているところがあるのかもしれない。そんな彼女は「面白いことを言うね」と笑ってはくれている。


「でも、残念。今のアークには、規律違反による処罰が待っているだけ」


 直後、術式魔法変換杖砲へと姿を変えたSIPW-1専用のポンコツであるSX-887333の先端から、普通の術式魔法弾とは違う魔術が展開された。それをSIPW8-00000は避けようとするが、その避けた先にもコンニチハ! 体中に電撃が駆け巡ったような感覚。膝を落としてしまう。力が入らない? SIPW-1は嗤っていた。


「あたしはアークのためにしていることなの」


――俺のために?


「もちろん、レグルス宰相殿だって同じ。みんな、アークのためにここまでしてあげている」


 自分たちが与えたことを、指示を出したことを、命令したことをやっていればいい。そうやって、SIPW-1の声が耳に入る度、その男は頭を抱えていた。傍らでうろたえるしかないカーリーはどうしようもない。


「アークはそこの反インペリウム帝国軍の女に騙されているだけ」


――そう言えば、こいつの腹の中……「利用してやる」って言っていたな。


 頭の中身が絞めつけられている感覚だ。このまま、絞められ続けるとどうなる? 死ぬに決まっているだろう。それだったならば、生き返らせる? できない。逆らえない。逆らってはダメだって誰かが言ってくる。誰が? SIPW-1が。頭の中で声が響く。


「あたしの言うこと、レグルス宰相殿との約束。忘れていないよね? 言うこと、聞けるよね。だって、アークは聞き分けが上手なお人形さんなんだもの」


 そう言うSIPW-1は先ほどと同じような術式魔法弾を展開した。それらを仕向ける相手は――地面に倒れている〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉たちである。


「ねっ、アーク」


 同意を求めてくるが、SIPW8-00000は返事ができない。ただ、黙って言うことを聞くしかできない。体が勝手に動こうとする。前から考えていたことがバカらしく思えた。


――どうして、俺自身のことを気になっていたんだろうか。


 そんなの、どうだっていい話。くだらない話。たくさんの時間を無駄にしてしまった。これまでにおいて、不安そうな表情を見せている反インペリウム帝国軍の女と行動すること自体が間違いだったのだ。


 カーリーを見てくる〈ニンギョウ〉。その目はよく言っている「死ね」であることには間違いないのだが、あのにやけ顔ではない。真顔でこちらに敵意を向けていることに気付いた。いや、殺意は周囲からもわかるようにして、ここに彼女の味方は誰もいないに等しい。

 一対複数。それも三桁――いいや、もっといく。たくさんの〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉どもに敵うはずがない。たとえ、五感が優れた者であっても。人の心が読み取れる力があっても。相手は無感情に人を殺すお人形。こんなにも圧倒的な差があるのだ。どうすることもない。


「そこの反インペリウム帝国軍の女があたしのお人形さんにくだらないことを教えた!」


「っ!?」


 パティが服の状態で、防御術式魔法を展開する。三百六十度からは一斉術式魔法弾の射撃が行われる。これでは危険だ、と魔術を展開する前の〈ニンギョウ〉たちを盾にしながら、彼らとの間合いを取ろうとする。だが、これでどうにかなるわけでもなく、カーリーはごちゃごちゃとしているこの場で足をもたつかせて、地面に転がった。

 足音が聞こえてきた。誰かが来ている。数えきれないほどの足音。何度も聞き覚えのある足音。〈ニンギョウ〉どもの足音!


「アーク! そいつはあなたを惑わす存在! そいつと一緒にいるアークは――」


「俺はぁっ!」


 どの〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉たちが放つ術式魔法弾よりも大きなものが迫ってくる。パティが危険を察知して、動かしてくれた。カーリーがいた場所には地面に穴が開く。あの男に後ろから抱き着くSIPW-1は「いい子」と満足げにしていた。


「目の前にいる女は?」


「敵」


「敵はどうするんだっけ?」


「……す」


「聞こえない。インペリウム帝国軍事事規律第二条は?」


「最高の祖国インペリウムが敵と見なしたものは例外なく、殺処分しなければならない」


「そう、その通り」


 にんまりとあの〈ニンギョウ〉に似た笑みを浮かべるSIPW-1。彼女の首から提げられた三色のネックレスが鈍く光った。


「目の前の敵は殺処分しないとね」


「ああ」


「早く、終わらせて、またお人形さんごっこをしようねぇ」


「ああ」


――ほら、こんなにも可愛らしいよってねぇ。

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