互いを知る由もなし
[ID 0000459:5726.146のデータログ]
ID 0000271:5726.146.1033.26
ソナとルナは今、ウセス地区にいるんだよね?
ID 0000459:5726.146.1036.87
そうだよ。
ID 0000271:5726.146.1037.04
さっき、カーリーが放出する魔法エネルギーを感知した。
ID 0000460:5726.146.1037.73
それ、本当? 詳しく教えて。
ID 0000271:5726.146.1038.10
【F】Ip/W2465775/87965548/00004541-3
位置情報を転送しておくね。
ただ、近くに誰のかわからない魔法エネルギーも
感知したから…。
ID 0000459:5726.146.1039.02
ルナがいるから、ある程度は安心できるよ。
もしかしたら、〈ニンギョウ〉に捕まっている可能性もあるね。
ID 0000460:5726.146.1040.22
私だけじゃないよ。お姉ちゃんもいるから。
でも、カーリーが生きていて、よかったよ。
情報ありがとう。
ID 0000271:5726.146.1043.55
ごめんね、何もしないで指示ばっかりで。
ID 0000459:5726.146.1044.18
謝る理由なんてないよ。
あのときはどうしようもなかったんだ。
ID 0000460:5726.146.1044.24
安心して。
カーリーは私たちが助けるから。
クオンはお父さんたちのサポートをお願い。
ID 0000271:5726.146.1045.32
わかった。
それじゃあ、よろしくね。
死ねば、普通に生き返らせるだけだ。〈ニンギョウ〉はそう言っていた。その先を歩く彼の背中を見つめながら、カーリーは冷静になって考える。死ねば、普通に生き返らせるだけだ。当たり前とは言いがたい。人は死ねば、生き返らない。いや、生き返れない。ラクマもジェイヴも〈フラーテル・アウローラ〉の仲間たちも死んで、全員生き返っていない。至極当然の常識。昔からその常識を頭に叩き込まれた。それをこの〈ニンギョウ〉は覆すような口ぶり――いや、覆してしまった。
自身が羽織っている布切れに空いた穴を見た。これはあの男の術式魔法弾によって空けられた。本来ならば、傷があるはず。だが、身体はどうもなっていない。少し泥に汚れた程度。それでも腹に、胸に穴を空けられた感覚はあるし、今でも思い出す。胸の奥がきゅっと絞められえる感覚。視線を彼に移した。先ほどの出来事なんてなかったような振る舞いだ。呑気にキシロの実を頬張っている。
【死ねば、普通に生き返らせるだけだ】
それが当然であると言っているようだった。人を生き返らせることができる? そんな常識破りの能力? それとも、自分が知らないだけの魔術?
【死ねば、普通に生き返らせるだけだ】
一番の恐怖。死の痛みを感じる度にカーリーは生き返る。それは、きっと死ぬことよりもつらいはず。
最悪だ、と眉根を寄せていれば《体調が優れないようですね》とパティが顔を覗き込んできた。
《歩き疲れましたか?》
「ううん、平気だけど……人の顔色を見てわかるの?」
《わかります。僕は一応、SIPW8-00000の健康管理の役目も担っていますので》
今度は医者のような存在のパティ。改めて、〈ニンギョウの目〉とやらは本当に便利だと思う。しかしながら、あの〈ニンギョウ〉でさえも体調を管理されているのか。訊かれる度にどうでもいいとか、鬱陶しそうに払い退けそう。なんてカーリーが思っている傍らで《SIPW8-00000》と彼に近寄るパティ。
《今日の体調確認がまだです。どこか優れないところはありますか》
「ああ、今日も鬱だ。そうやって、毎日訊いてくる度に鬱になる。顔を見合わせない日でも、メッセージを鬱陶しいほどに送りつけてくるから、俺はノイローゼ」
《元気そうで何よりです》
会話が噛み合っていないのに、これでいいと済ませるパティ。何とも適当な確認事項であったが――まあ、この〈ニンギョウ〉も本気で鬱だったり、ノイローゼだったりはしていないからプラマイゼロというところか。だが、彼は「元気なものか」とため息をついた。
「ウセス地区統括本部まで、まだ六万八百六十六歩も残っているのによ」
「数えていたの?」
「ポンコツの言うことを信用していないから。だから、俺は数えてた」
逆にそれはすごくないだろうか。どんな神経の持ち主なのだろうか、と考えるのは二回目。妙なところで細かい男だ。そうカーリーがこの〈ニンギョウ〉の扱いに戸惑っていると、後ろから無機質な音が聞こえてきた。何だか、嫌な予感がする。そう思って、振り返ると――。
《そうではありません》
そこにはパティ――否、自分たちの敵である〈ニンギョウの目〉がいた。
《インペリウム帝国軍ウセス地区統括本部まで、六万千七十二歩です》
こちらに攻撃してくるかと思えば、距離の訂正だった。その場では誰もが硬直した状態に陥るが、一足先に〈ニンギョウ〉が動くのだった。指先から放たれる小さな術式魔法弾。だが、それは軽々しく避けられる。
「ほら見ろ、ポンコツ! 間違っていたじゃねぇか!」
そう言いながら、魔術攻撃を繰り出していくが、当たらない。もちろん、カーリーもパティも加わるが、なかなかどうして攻撃が当たらない! 掠りすらもしない。
平然と魔術攻撃を撃ち放つパティは《何を言っているのですか》と、意外に余裕そう。
《二百六歩の差異です。SIPW8-00000はおそらく、先ほどの〈OPERATOR〉との交戦で誤算をしているのではないですか?》
そちらの方が有力説であることは間違いないだろう。カーリーは苦笑いをしつつも、少しばかりの無茶ぶり術式魔法を展開する。複数の術式魔法弾、追尾機能付きである。これを展開したおかげで、足元がふらつくが、倒れている場合ではない。どうにか、その魔術で多少のダメージは与えたようだ。怯みを見せている。
この怯みが狙いだと言わんばかりに、SIPW8-00000が創生術式魔法剣を創り上げて、大きく振りかぶろうとするが――どこから出てきたのだろうか。細長めの草木の茂みが彼を体当たりしてきた!
そのとても痛そうな音が周囲に響く。
そのまま、後方へと飛ばされてしまうが、ご心配なく。平気です! 楽しみが増えたじゃないか、と喜色満面の笑みをお見せしましょう!
いや、嬉しそうにするな。見てみろ、あの草木にカモフラージュした〈ニンギョウの目〉たちが合体して、一列に並んでいるんだぞ。より一層、生き物に近くなったぞ。流石に、現実にはこんな大きな生き物はいないだろうが。
「おい、ポンコツ。こいつは新しい敵か? それとも、もう一度動き出したポンコツどもか?」
あらあら、鼻血のせいで締まりがない顔をしちゃってと道具女が言いたげな顔をしているようだが、関係ない。SIPW8-00000は鼻から垂れてくる血を手の甲で拭いつつ、ポンコツに訊ねてみた。この質問に《後者でしょうね》と目玉から防御術式魔法を展開し、自分と女を攻撃から守った。
《あの〈OPERATOR〉が壊れた者たちと、無理やり同期をして動かしているのかもしれません》
SIPW8-00000に距離訂正を行った〈OPERATOR〉はこちらが届きそうにもない場所へと逃げていく。ややあって、うねうねと列を成していた〈OPERATOR〉は互いに合体をする。見た目はさほど変わりはないようであるが、強いことは間違いないと道具女は言っている。そして、初めて見るような敵ばかりで、魔法エネルギーの放出量が少ない彼女にとっては苦戦を強いられているようだった。それならば、とSIPW8-00000は思う。
「どうしたら!?」
とにかくは広範囲の術式魔法や高度魔術でもぶつければいいだろうか。だが、それらはどうしても、魔法エネルギーの放出量が多い。つい先ほども慣れない魔術攻撃を展開して、眩暈を起こしかけたのに。そう何度もしていれば、気絶。下手すれば、死ぬ。だからと言って、単純な術式魔法弾では動く的には敵いそうにない。だったら、どうすれば?
何をするが一番だろうか、と考えるカーリーは簡単な防御術式魔法を展開して、相手の出方を窺うことにした。それはもちろん、パティも同様であるが――。
「弱そうな防御だな」
創生術式魔法剣×一千万本。
カモフラージュ〈ニンギョウの目〉たち――改め、〈ヤマの目〉よりも高い位置で空を飛んでいる人物がいた。そいつは一度吹き飛ばされたついでに鼻血を出して、まだそれがこびりついている、あの〈ニンギョウ〉だった。彼の周りには魔術で創られた、たくさんの魔法剣。それらを見た瞬間のカーリーは悪寒がした。
「はい、どーん」
直後、大量の魔法剣が大雨のようにして降り注いできた。周りを躊躇なく切り裂く剣。〈ヤマの目〉はそれでも〈ニンギョウ〉に対抗するため、剣の雨を受けながらも、上へと登っていく。一方で、カーリーはそちらが気になっても、こちらの防御力強化に勤しむ以外のことはできそうになかった。絶対、あの魔法剣には当たるまい! その思いを胸に魔法エネルギーをどんどん放出していく。地に着けている足からは膨大な力が流れ込んでくる。彼女の体を媒介として、外に放出する。これが魔術というもの。
頭が痛い。特に、両こめかみ辺りが。目を開けていられない。防御術式魔法に当たる剣の勢いが強過ぎて、怖い。当たる度に気が抜けない。気絶なんてできない。こんなところで、魔術を解除してしまえば――。
ぞっとするその後の自分の姿。それでも、生き返らせるのがあの男であろうが、一人の人間が何度も死んで生き返ることが当たり前だと思ってしまっては危険だ。
必死になりながらも、カーリーは薄目で真上を見上げた。そこにいたのは紛れもない、あの〈ニンギョウ〉ではあるが――。
「……カエルム様?」
空にいるのは暴れる山の主に対峙する者。違う、あれはカエルム神ではない。あれは、創生術式魔法剣が翼のようにして、背中にある〈ニンギョウ〉だ。その魔術の光が後光となって、本当に自分が信じている神様がいると思ってしまったカーリーはその一瞬の隙により――。
◆
なかなかの手強さ。〈OPERATOR〉の集合体の体当たり。避ける。あれが直撃すれば、大変なことになっていたかもしれない。でも、大丈夫! 当たらなければ、どうってことはない。
普通の術式魔法弾を当てても、効果が薄そうだったから、斬撃となる創生術式魔法剣で対抗してみても結果は同じのようだ。どうも、元の的が小さ過ぎて、当たらない。
「じゃあ、これでいくか」
いつもの人爆弾で使う発破術式魔法。これ、〈OPERATOR〉にしたら、飛散する破片が痛いんだよな。だから、こいつらに対しては滅多に使わない。使うとするならば――。
SIPW8-00000は下の方にいるであろう道具女を見た。だが、彼女は防御術式魔法を解いていた。その理由は彼女を見ればわかった。顔に魔法剣が突き刺さったまま、仰向けの状態で倒れているからだ。それもそうだろう、あんな弱そうな防御の魔術を展開していてはこの剣に勝てないから。
だがしかし、早いところ決着を。人を生き返らせることができたとしても、タイムリミットというものが存在する。流石に時間が経った死体を生きた人間にすることは、SIPW8-00000でも不可能。まあ、爆発させて、倒せばすぐにどうにかなる。
早速、SIPW8-00000は発破術式魔法を〈OPERATOR〉の集合体に展開をするが――倒れるどころか、動きが鈍ることはなかった。的があまりにも小さいせいなのか。どうも、カモフラージュとして利用していた葉っぱがなくなるだけのようだ。一列になった〈OPERATOR〉の姿が露わとなる。
「あ?」
いや、違う。当てられなかったのではない。破壊されてもなお、ボロボロの姿でも当たり前のようにして起動しているのである。これは同期をしている本体を破壊しなければ、意味がないということか。
本体らしき〈OPERATOR〉に発破術式魔法を仕掛けてみる。ダメだ、周りのやつらが邪魔をしてくるではないか。
「チッ」
生憎、SIPW8-00000には戦略を考えるほどのおツムはない。それならば――。
「ポンコツっ!」
ポンコツを呼んでみるが、残念なお知らせ。彼も別の〈OPERATOR〉の集合体と戦っていたのである。これでは、どうすればいいのかわからないではないかっ!
――こいつらはしつけぇんだよな。
そう、〈OPERATOR〉はしつこい。敵わない相手だと覚って、逃走を図っても追いかけてくる。特に何度も魔術を見せつけているこちらとしては不利。なぜならば、こいつらは相手が放出した魔法エネルギーの性質を覚えて、探し出すからだ。SIPW8-00000はかくれんぼが得意ではない。だからこそ、敵となるすべての〈OPERATOR〉を破壊しなければならないのである。
これまでのやり方が敵わないのであれば、頭を使え。しかし、頭として頼りになるポンコツはそれどころではない様子。呼びかけても、返事はない。それどころではない、とあいつみたいに放置しそう――。
であるが、まだいる。一人いる。だが、その人物は死んでいる。
――死んでる? だから?
別に生き返らせれば、いいじゃないか。SIPW8-00000は目の前にいる〈OPERATOR〉の集合体から逃げるようにして、急降下。追いかけてくるが、そんなの関係ねぇ!
地面で微動だにしない道具女を抱きかかえ、〈OPERATOR〉の集合体とはある程度の距離を取った状態で彼女を生き返らせた。彼女は顔を血だらけの状態で「あれ?」と目を覚ます。
カーリーは気がつけば、〈ニンギョウ〉に抱きかかえられて、上空にいたことにびっくりした。驚くのは当然で、落ちるのは怖い。とっさの状況で浮遊術式魔法を展開することは不可能だからだ。
「いいっ!?」
あまりの怯えように、カーリーは〈ニンギョウ〉に抱き着いた。本当は、そういうことは好きではないとはわかっていても、落ちるのは嫌だからだ。彼女の、その行動に気分を悪くしたのか「あんまりくっつくな」と不機嫌そう。
「そういうために、あんたをこうして抱きかかえているんじゃねぇんだから。ということで、あのポンコツどもを破壊するやり方を教えろ」
「どういう状況で訊いているのか、わかってんの?」
気絶(おそらくは死んでいたとはわかっているが、死んだとは思いたくない)していて、気がついたら空中。〈ヤマの目〉と戦っていたことはわかるが、こいつの倒し方を教えろという質問はあまりにも唐突過ぎる。上手く周りの状況を整理しきれていないのに。
だとしても、この男が律義に状況説明をしてくれるとは思えないから、自分で考えなければならないだろう。とにかく、〈ヤマの目〉を倒す方法――。
今の〈ヤマの目〉はカモフラージュとしての草木はほとんど取れている。一機以外の〈ニンギョウの目〉は壊れているのに、動いている。それでも、あの不謹慎な人爆弾の魔術でも使ったか。捕虜収監所から脱走する際も〈ニンギョウの目〉はいた。そのとき、この〈ニンギョウ〉は普通にあの魔術や術式魔法弾を展開していた。それでも倒せない相手?
パティは言っていた。〈ニンギョウの目〉は彼らインペリウム帝国人たちから魔法エネルギーを供給していると。
――だったら、私が直接魔法エネルギーを送り込めばいいのかな?
カーリーはインペリウム帝国の国民ではない。ルーメン民族にしてクラルスという国の人間だ。〈ニンギョウの目〉は〈ニンギョウ〉たち以外の者から魔法エネルギーを得ると、壊れる可能性があると言っていた。これならば、どうにかなる――とは思えない。
――待って?
一機だけ壊れていない〈ニンギョウの目〉。あれが本体であるならば、そいつにカーリー自身の魔法エネルギーを送ればいいのだろうが、周りの〈ニンギョウの目〉は壊れながらも、動いている。ということは、本体を彼からの攻撃を守った?
――じゃあ、無理……。
器用に本体の〈ニンギョウの目〉に自分の魔法エネルギーを送り込むなんてことは不可能。
――そういうのは、ルナとかジョクラトルが得意だろうけどさぁ……。
「おい、どうすればいいんだ。早く教えろ」
必死で考えているのに、〈ニンギョウ〉が急かしてくる。そんな、方法だなんて。お前も考えろと怒鳴りたい気持ちを押し殺してカーリーは「〈ニンギョウの目〉は〈ニンギョウ〉から魔法エネルギーをもらって動いている」と思わず口に出してしまう。そして、彼と視線が合った。彼は「何を言っているんだ?」と言いたげな顔をしているし、抱きかかえている腕の力が弱まっている気がした。こいつ、落とす気じゃないか。考えているのはこっちなのに。いいのか、そんなことをして。考えろと言っているのはそっちなのに。言動と行動が正反対になるぞ。
――正反対?
待てよ、とカーリーはもう一度〈ニンギョウの目〉について頭の中で整理をする。〈ニンギョウの目〉たちは〈ニンギョウ〉の魔法エネルギーで動いている。なければ、動かない。
――この人って生き返らせたりすることができる器用な魔術を使っていたりするんだよね?
じっとこちらを見てくる道具女。互いの濁った黒色の目と輝く紫色の目がぶつかり合う。彼女が言いたいことを理解したのか、SIPW8-00000は「奪えばいいのか?」と訊く。それには大きく頷いた。
「私は、あんまり魔術工学のことは詳しくないけど……可能性なら、ありえるかなって」
「ふうん」
その考えを理解したのか、どこか納得したような面持ちで、カーリーを地面へと落とした。嫌な音が彼女の耳に聞こえたかと思ったが、外傷は特にないが――体の中が痛い。痛みの疲労までは回復しないようだ。
痛い、と文句を言おうとするのだが、すでに〈ニンギョウ〉は一本の魔法剣を〈ヤマの目〉に仕向けた。それらからは魔法エネルギーが吸い取られていく姿が確認できるようである。もちろん、パティが相手をしていた分も。それで、ようやくと言っていいほど動きが鈍くなってくるのだが――〈ヤマの目〉は最後の足掻きとして暴れ出しているではないか!
二体の〈ヤマの目〉は空中を猛スピードで駆け抜け、捨て身の体当たりのつもりか。〈ニンギョウ〉へと突進していく。そいつらの魔法エネルギーを吸い取った魔法剣はかなり肥大化をしており、剣先を心なしかこちらに向けられていた。同時に視線にも気付く。彼はこちらを見てにやけ面。その表情の意味は理解できる。こいつはまたする気だ。やる気だ。あの剣で何をするのかはわからないが、これだけは言える。普通に殺して、普通に生き返らせるんだ。
――その考え、ひっくり返してやる!
その思いを持ったとき、〈ニンギョウ〉へと目線を合わせた。自身の輝く紫色の目で言い返すと、単純な術式魔法弾を作り出す。ただの手の平サイズのものじゃない。それよりも、大きく。もっと大きく。魔法エネルギーの放出量の最大限界まで。その術式魔法弾の大きさは彼の剣より小さいが――。
「私は人として生きるんだっ!」
「死ねっ!」
◆
前にも同じような状況があったな、とカーリーは思いながら目を覚ました。前回と違うのはびっしりと草木に覆われていたはずの、緑の空がなくなっていたということぐらいか。敏感な嗅覚でわかる。妙な焦げ臭さ。何があったんだっけか。ゆっくりと上体を起こすと、自分が羽織っていたはずの布切れがなくなっているではないか。
――えっ!?
恥ずかしくなって、身体を隠そうとするカーリーに《ご気分はいかがですか》とパティが訊いてきた。うわっ、いつの間に!?
「パティ!? 何があって!? 私はなんで全裸!?」
《カーリー殿とSIPW8-00000が魔術対決をしての結果です》
そうだった。思い出した。絶対にあの〈ニンギョウ〉はこちらを殺す気満々で、〈ヤマの目〉を倒すついでに刃を仕向けてきたんだ。それに反抗するようにして、こちらもできる限りの最大の魔術を展開した結果が――。
「押し負けたんだよね」
当然の結果。本来、インペリウム帝国の国民は魔法エネルギーの放出量が膨大なのだ。それに、インペリウム帝国軍の大隊一個ほどをほぼ一人で倒した彼ならば、当たり前。元の放出量に加えて、〈ヤマの目〉から奪った魔法エネルギーを用いての物だ。それでも、あれが限界とは言いがたい。余裕の表情をしていたことから、キャパシティは相当なものだと思われる。
「どんだけ強いのか……」
こんなキチガイ戦闘狂を相手にするならば、〈フラーテル・アウローラ〉の誰もが骨が折れるだろう。そう思わずため息が漏れるカーリーにパティが《SIPW8-00000の強さならば》と言ってくる。
《以前、〈祝福の空〉を破壊しそうになりましたよ。というよりも、SIPW8-00000ならば破壊することは可能ではないでしょうか》
とんでもない事実を聞いてしまった。カーリーは「は?」とだけしか反応ができない。驚いてはいるが、とんでもない強さにフリーズ。
「な、何それ!? 〈顰蹙の空〉を壊せるの!? えっ!? 〈制御装置塔〉を破壊しなくても!? システムとかの制御をめちゃくちゃにしなくても!?」
《もちろんです》
どうやら、カーリーはとんでもない強カードを手に入れていたようだ。まさか、〈フラーテル・アウローラ〉に加担させようとした〈ニンギョウ〉が、自分たちが望んでいた〈顰蹙の空〉の外に行けるような単純な力を持っているだなんて。
「どんだけ……え? 本当、どれだけ放出できるの?」
ある意味で羨ましいとは思う。そういう風にして、ちょっぴり落胆を見せるカーリーにパティは《SIPW8-00000はもう少しでお戻りになられますよ》と教えてくれた。
《カーリー殿は放出量のキャパオーバーまで出そうとしていましたしね。長い間眠っていられましたよ》
「それでも、私って死んだんだよね?」
死の直後までは覚えている。目の前にはあの憎たらしい〈ニンギョウ〉が創って、〈ヤマの目〉から奪った魔法エネルギーを利用した巨大な魔法剣。遠くで見たのではない。間近で見たのだ。そこまで巨大だったと言わざるを得ない。
《ええ、ただの剣ではなかったですからね。カーリー殿の体ごと》
パティはそれから先のことは言わなかったが、安易に想像はできた。ぞっとした。昔使われていたような剣ではなく、当たっただけで人の体ごと消失してしまうほどの威力。本来ならば、泥や血で汚れていてもおかしくないのに、体が妙に綺麗。あの男が当たり前のようにして、生き返らせたのだ。とんでもない男である。
「起きたか」
背後からの声に、カーリーの気分は更にがた落ち。声がする方を見た。そこにはキシロの実とホッツの花を手にした〈ニンギョウ〉の姿が。それを彼女に一つずつ渡して「食べたら行くぞ」と促した。
「あんたを引きずっていくなって、ポンコツが言うから」
「ここで見捨てるという選択肢もあったけど?」
自分の存在を知りたがっているのだ。SIPW8-10001はレグルスという人物が知っている素振りで死んで逝った。だが、肝心の〈ニンギョウ〉は彼の居場所を知らない。だから、どこにいるかを知っていそうな誰かSIPW-1に訊きに行くのである。居場所を教えてもらい、話を聞き終われば、そこでおしまい。カーリーの役目はない。いや、元よりない。この脱走劇はすぐに別れたらよかったのだ。何を意地になって一緒にいるのやら。そりゃあ、インペリウム帝国を裏切ることはしてくれているけど。
カーリーが怪訝そうに彼を見ていると、互いの視線がぶつかり合った。約束。〈ニンギョウ〉はそう訴える。
【私はあなたのためとして、私のために生きる】
単純な口約束ではない。絶対に守らなければならない約束。そのために唇を重ねた。自身の決意のために。それを思い出し、カーリーは俯く。〈ニンギョウ〉は約束を破っていない。
つまり、二人は “約束” をしたがために、二人で行動を共にしなければならないのである。そのことに気付いたカーリーは手に握るキシロの実とホッツの花を見つめると、それをゆっくりと味わって食べるのだった。