影に潜む武骨な存在を暴く
InID:3318200396【M】【緊急速報:SIPW8-00000ト仮捕虜J-K4ノ行方ニツイテ】
Fo:InID:INPERIUM A
To:InID:INPERIUM A
緊急速報。新生歴187年91日、SIPW8-00000ガT.04要塞ノ奇襲時ニテ捕ラエタ仮捕虜J-K4ト共ニ脱走。SIPW8-00000ハ軍事規律違反ヲシ、ソノ違反処分ニテ追跡シテイタ、インペリウム帝国軍ウセス地区第八番大隊ヲ壊滅サセル。
現在、双方南東方面ヘト逃走中。近隣住民ハSIPW8-00000ト仮捕虜J-K4ニ注意セヨ。マタ、インペリウム帝国軍ニテ、両者ノ懸賞金アリ。タダシ、法律ニ則リ、SIPW8-00000ハ生カシテ捕ラエヨ。仮捕虜J-K4ハ殺害セヨ。
道に迷ってしまったと〈ニンギョウ〉は言った。当然だろうなと半歩後ろを歩いていたカーリーは鼻白む。二人は、特に彼は牢獄みたいなところから脱出後、気ままに足を進めていたのだから。その後を追う形のこちらの言葉すらも聞かないというある意味で彼らしい所業を見せつけての迷子である。因果応報と思え。
二人がいる場所は山の中であることは間違いないだろう。それも、管理されていない鬱蒼とした場所。上を見ても、光は差し込んでこない。薄暗い印象を持つような山だ。
「私たちって、どこに行こうとしているの?」
そもそもの話だ。それを訊ねるのだが、質問に答える気のない〈ニンギョウ〉。ただ、どちらに進んだならば、いいのかと周りを見ているだけ。ちょっとは人の意見を訊いたらどうなんだ? これだから、自己中心的なやつには困ったものだ。
「ねえ、聞いているの?」
「黙ってろ。今、道を探している」
腹立つ。カーリーは体を覆っているだけの布の端を握りしめながら、唇を尖らせた。あーあ、こんなことになるくらいならば、一人で脱出方法をずっと考えている方がまだマシだったかも。なんて軽いため息をつきながら、ふと後ろを見ると――。
「うわぁ!?」
そこに〈ニンギョウの目〉がいるからびっくり。突然の出来事に、カーリーは仰け反りながらも彼にしがみついた。それが鬱陶しいな、と口にしてくる〈ニンギョウ〉は「なんだよ」と彼女と同じ方向を見るのだった。
「ああ、そこにいたのか」
「え?」
「もっと、早くに出てこいよ」
彼はそう〈ニンギョウの目〉に言っているようだが、意味がわからない。話が掴めない。誰か自分にもわかるように説明が欲しい。置いてけぼりにするこの男は「こいつで現在地が把握できるな」と勝手に話を進めようとする。〈ニンギョウの目〉を鷲掴みにして、弄り出す。
なんて、どこか得意げであるが、肝心の〈ニンギョウの目〉は嫌がって暴れているように見える。だが、当の本人はお構いなし。ただ見ているだけのカーリーは可哀想に見えてきた。
「もう少し、優しく扱ってあげたら?」
やり方に問題がある、と提案をしてみるも――意味がなかった。だから何、と無言で弄りまくる。ああ、見ていられない。それ、自分で考えて行動できる魔術工学機器ではないのだろうか。
あまりの乱暴さに見かねたカーリーは〈ニンギョウ〉からその〈ニンギョウの目〉を奪い取って、「地図を出して」と頼んだ。すると、すぐさま目玉から周辺地図の映像を展開してくれる。これが面白くないと思うのは彼だけのようで、舌打ちをした。性格悪いな、こいつは。
「さっさと地図を出せよ」
「そういう問題じゃないでしょ。あなたが何も言わずに壊そうとするから」
「壊そうとしていない。俺は早く地図を出したかっただけ。こいつ、物事の動作が遅いから」
何とも無機物である〈ニンギョウの目〉に対して威圧的な態度を取るものだ。この態度を読み取れたのかは定かではないが、〈ニンギョウの目〉は怯えるようにして、カーリーの後ろへと隠れた。これに彼は「おい」と眉間にしわを寄せる。
「こっちに出てこい。地図が見えない」
嫌われているな、と思う。ほら、〈ニンギョウの目〉がわざとらしく地図を仕舞ったし。絶対に嫌われている。断言できる。
「このっ、ポンコツが!」
たかが、無機物相手に感情的になる〈ニンギョウ〉。逆に本来の〈ニンギョウ〉とは思えない激情っぷり。だが、そうしても結果は変わりないはずだろうに。というか、そろそろこのやり取りを終わらせないと。こちらにも、とばっちりが来るかもしれない。
「いいよ、私が見るから。きっと、あなたには見せてもらえないと思う」
「なんでだよ」
その粗暴な態度が原因だと気付かないのだろうか。いや、そういう振る舞いを最初からしているものだから、気付かないのかもしれない。カーリーは鼻でため息をつく。これでは先々が思いやられそうだ。
「ほら、魔術は使わないの。壊したら、永遠にここを彷徨っちゃうからね」
「…………」
「どうせ、あなたはインペリウムを裏切ったんだから、行き先は〈フラーテル・アウローラ〉の拠点でもいいよね?」
そうカーリーが〈ニンギョウの目〉に地図を出すようにお願いをしようとするが、「いいや」と彼は否定をした。そこには行かないと申し立ててくるのだ。なぜだろうか、と片眉を上げる彼女は「どうして?」と訊ねる。
「私たちが行く場所なんて、〈フラーテル・アウローラ〉以外の居場所なんてないよ」
それ以外の場所なんてあるはずがない。カーリーが怪訝そうに彼の目を見ていると、つい先日での出来事。SIPW8-10001の首なし死体が見えた。なぜにそのようなことを考えているのかと思えば――。
「レグルスのところに行く」
確かに、SIPW8-10001は死ぬ間際に語っていた。己を知りたければ、レグルスという人物を訪ねろ、と。“宰相” の位を持つ者だ。そんな恐れ多そうな人物のもとへと向かう気であるならば――。
「その人、知り合いなの?」
「俺をインペリウム帝国軍に入れたやつだ」
ますますカーリーはいい顔をしなくなる。きっと、そのレグルスと言う人物も性根が腐っているのだろう。こいつの性格は最悪最低なのだから。そうした顔をしている彼女を見てきて――。
「言いたいことがあるなら、口に出せば?」
腹の中を気付かれた。だが、「別に?」と何事もなかったかのように肩を竦めた。
「それで、レグルスっていう人はどこにいるの?」
「知らない」
知らないのに、レグルスのところへと行こうとしたのか、こいつは。おそらく、そのことを〈ニンギョウの目〉に訊いたとしても、絶対に答えられないだろう。多分、壊して途方に暮れるがオチだ。
「そんな、知らないじゃ……」
「ああ、ポンコツが知らないことぐらいは理解しているからSIPW-1に訊きに行く」
そのSIPW-1がレグルスの居場所を知っているかもしれないという憶測。まだ知らないという中でインペリウム帝国の中を歩き回るよりはマシなのかもしれない。そう考えたカーリーはSIPW-1がいるであろうインペリウム帝国軍ウセス地区統括本部の場所を〈ニンギョウの目〉に訊ねると、すぐに地図を表示してくれた。何とも賢い機械であろうか。一家に一台欲しいぐらい。というか、個人で所有したい。なんか可愛いし、魔法エネルギーで動くみたいだし、言うことを何でも聞いてくれる。その内、清掃機能でも与えたら本物の万能機器であることは間違いないはず。動かなくなれば、魔法エネルギーを足してあげればいいのだろうし。
表示された地図から〈ニンギョウ〉を見る。〈ニンギョウの目〉が恐々と、彼に近付いた。彼は濁った黒色の目を向けながら「案内頼めるか」と比較的優しめの依頼をする。おそらくはこちらにでも妬いているのか。この〈ニンギョウの目〉は自分の所有物なのに、命令を聞こうとしない。それなのに、カーリーの命令は聞く。明らかな嫉妬。見てみろ、その表情。どこか不貞腐れているではないか。
道案内を頼まれた〈ニンギョウの目〉は承諾したのか、地図を仕舞い込んで、一足先に進み始めた。その後を二人は着いていくのだった。
◆
道案内のおかげか。段々と鬱蒼とした場所から、周りがすっきりし始めてきているのである。カーリーは裸足であったからこそ、比較的歩きやすい場所に出られて嬉しいと思った。もうちょっと、欲を言うならば、服をどこかで調達したいとは考えている。できるならば、〈フラーテル・アウローラ〉の拠点に寄って服を得たい。だが、一番近い拠点があっても、そこから正反対方向へと向かっているから諦めなければならないだろうな。
二人と一機が会話もなしに、ひたすら目的地を目指して歩いていると、ここで〈ニンギョウ〉が〈ニンギョウの目〉を呼び止めた。
「ここら辺に食料倉庫とかはないか?」
ここは山の中だ。インペリウム帝国軍が利用する何かしらの倉庫や拠点らしきものは見当たらない。もしかして、お腹空いているのだろうか。ピンポイントで “食料倉庫” と言っていたのだから。まあ、数日飲まず食わずで歩いてきただけはある。お腹空いてくるのは当然だった。カーリーも少しだけ期待の眼差しを〈ニンギョウの目〉に向けた。だが、その答えは――。
地図に展開されるのは緑アンド緑の植物楽園山道のみ。食料倉庫らしきものは見当たらなかった。それは当然か、とカーリーが思っていると、唐突に〈ニンギョウ〉が「じゃあ」と不機嫌そう。
「どうやって、ご飯を食べたらいい?」
奇想天外の反問がやってきた。こいつ、兵士の癖にして補給が断たれたとき、どうするのかを知らないのか? 思わずカーリーが口を出した。
「野草とか、木の実とかあるじゃん」
「こんな鬱陶しいほど緑に囲まれた場所にあるとでも?」
「どれも植物じゃない」
無知にもほどがある。自分のことをよく知らないと言っていたが、ここまで頭が空っぽのやつだとは思わなかった。だが、ここで言いたいことを言えば、無駄に時間を食うだけ。カーリーはちょうど近くに生っていた木の実をもぎ取った。
「こういうの。あなたがこれまで見てきた食べ物を探してきて」
「……ああ」
いつもは偉そうな態度をとる癖に、今回は妙に声が小さい気がする。まさかとは思いたいが――そのまさかは小一時間後に発覚する。
しばらくの間、山の中で食料調達をしていた二人。カーリーは「見つかった?」と屈み込んでいる〈ニンギョウ〉に声をかけた。彼女に傍らには籠の形になった〈ニンギョウの目〉が。その籠の中には彼女が採った野草やら木の実があった。一方で彼はというと――。
「見つからなかったの?」
手持ち無沙汰な上に、指先は泥塗れ。根菜でも探していたのかと思えば、違うらしい。彼は疲れた、とその場に座り込んだ。
「俺が知っている食べ物がない」
「……こういうのとかも?」
籠の中にあるものについて訊ねるが、首を縦に振るだけ。本当に知らないらしい。この事実にカーリーは驚きを隠せなかった。というか、インペリウム帝国軍の兵士たちはこういう物を食べないのだろうか? そもそも、この〈ニンギョウ〉の過去を知らないというのもある。どんな幼少期を送っていたのかすらも。彼自身が記憶を持ち合わせていない以上は訊いても仕方がないであろう。
どういう物をよく食べていたのか、と訊いてみると――。
「硬い入れ物に入った茶色いやつ。地面を掘ってもない」
逆に教えてくれた食べ物をカーリーは知らなかった。これはインペリウム帝国での独特の食べ物か。そう思っていると、〈ニンギョウの目〉が〈ニンギョウ〉の言っていた食べ物を映像に出してくれた。それは円柱の形をしたもので、上部にある蓋が開くと、茶色い物体が露わとなる。
「これ。俺はこういうのしか食べたことがない」
こういうの、と言われても。どう言った食べ物なのか、と映像を見つめるカーリーに《堅包食と言います》とこの〈ニンギョウの目〉が初めてしゃべって教えてくれた。
《栄養補給として、〈SIPs〉たちが食する物ですが、〈SIPs〉以外にも国民が食べる機会があったりします。それに、軍では毎日、この堅包食が出ます》
「そうなんだ。……ていうか、あなた本当は普通に話せるんだ」
《申し遅れました。僕は〈OPERATOR〉のPT-004879と申します。SIPW8-00000の所有物ですが、いかんせん、その扱いが荒くて》
まさかの所有者である〈ニンギョウ〉の悪いと思うところを挙げてくるとは。それを聞いていた彼は当然苛立った様子であるが、お腹空いているから何も言わない。というか、言えない。
「そうなんだ。じゃあ、これからよろしくね。……えっと、なんて言えばいいかな?」
どのような呼び名がいいだろうか。カーリーが悩ましい表情を見せていると「ポンコツでいいだろ」と〈ニンギョウ〉が割って入ってきた。
「どうでもいい、そんなの」
「よくない。……ああ、そうだ。PT-004879だから、最初の “PT” を取って、パティはどうかな? うん、いいかも。決定ね。よろしく、パティ」
強引に決めているようだが、そう呼ぶことにした。どうせ、そこの〈ニンギョウ〉に同意を求めても「どうでもいい」とか言いそう――というか、もう言っていた。それに、〈ニンギョウの目〉改め、パティに意見を訊いてもどうすることもないだろう。それだからこそ、カーリーは決めたのだ。
《パティ。初めてそういう呼ばれ方をされました。SIPW8-00000はポンコツ、他の〈SIPs〉や〈OPERATOR〉たちはPT-004879と呼ぶので》
「新鮮な感じがするでしょ」
《言われてみれば、ですね》
なんてカーリーたちが話していると、やる気が見られない〈ニンギョウ〉が「それよりも」とお腹を抑え込んで、盛大にため息をついてくる。
「とにかくお腹空いた。さっきの映像を現物に変えられないのか?」
《できないですよ、そのようなこと》
「使えねぇ」
何言っているんだ、とカーリーは眉根をひそめながら「そんなこと言わないの」と籠に入れていた木の実――キシロの実を差し出した。
「これ、美味しいよ。私、好きなんだ」
渡されたのはヘタが二つあり、下部に行くにつれて実がつながっている物で、色は黄色い。軽そうに見えていたが、実際に持ってみると重たい。なかなか中身がある果実のようだ。「そのまま食べてみて」と食べ方のレクチャーをしてくれた。早速、食べてみると美味しかった。これまでに食べたことのない味だったからこそ、好きなのかもしれない。
「どう?」
「美味しい」
その美味だと口にする〈ニンギョウ〉の表情は傍から見ても同然だった。普段は気味が悪い笑みを浮かべているのに、少しだけ人と思えるような柔らかな表情だったからだ。
「それと、これ。一緒に食べてみて」
今度は一輪の白い花――ホッツである。それを渡してみた。
これも食べられるらしいと道具女が言う。名前を教えてもらったキシロの実と一緒に口に頬張ってみた。すると、どうだろうか。一口目は新鮮な甘味だったが、今度はどこかパンチが効いた味に変わっているではないか。この花の影響か。
初めて出会った食料にSIPW8-00000は大満足だった。もちろん、採ってきた食べ物すべてを余すことなく、平らげるのだった。
◆
歩き続けてどれほどの時間が経った頃か。流石の〈ニンギョウ〉にも疲労は見えているらしい。近くにある木に寄りかかるようにして「あと、どれぐらいだ?」とパティに訊いていた。もちろん、カーリーだって、疲れはある。だから、彼と同じようにして木に寄り添った。
彼の質問に対して、パティは《遠いです》という答えだけ。
《これでも最短ルートを提供しているのですよ。ただ、他の〈OPERATOR〉たちとのネットワークを切断しているため、情報が少ないのです。それに浮遊術式魔法でも使ってみてください。すぐに特定されてしまいますよ》
どうやら、〈ニンギョウの目〉はネットワークを通じて、互いに情報を共有しているとのこと。そのため、このような状況であるならば、ネットワークを切断しなければならないとか。それはインペリウム帝国内で個人情報を持つこの〈ニンギョウ〉も同様らしい。
パティの説明に関心を持ったカーリーは「ねえ」と別の質問を提示してみた。
「最短ルートって大体、どれぐらいの距離?」
《十万二千六千歩ほどです》
その答えに〈ニンギョウ〉が眉根を寄せた。歩きたくないと言いたげ。それもそうだ。ただの平地ではない。山道である。上り坂、下り坂。カーリーの足は持ち堪えられるだろうか。彼女が「キツイなぁ」と嘆いていたときだった。思わず後ろの方を振り返った。そこには何もない。ただの緑の楽園が存在しているだけ。こちらの様子に彼は「何をしている?」と片眉を上げる。
「誰かいたか?」
この状況でルーメン民族の彼女をバカにしてはいけないと誰かが言っていた。彼らは五感が優れているのである。そういう鋭い感覚を持っているこの道具女だからこそ、追手が来たのかと警戒しなければならないだろう。SIPW8-00000は周囲に術式魔法弾を展開させた状態で待ち侘びた。だが、誰も現れる気配はない。
「誰かいたんだろ?」
もう一度、訊ねる。これに道具女は頷いた。
「風の音とは違う何かの音がした。何だろう?」
カーリーにとって気のせいではない案件。風に当たる草木とはありえないような音が聞こえたのだから。どんなに小さな音でも聞き逃してはいない。それに、どこからともなく奇妙な視線を感じるのも何か意味があるのだろうか?
「一人じゃない。たくさんの視線を感じる」
残念なことに、SIPW8-00000はそれを感じられないようだ。辺りを見渡しても、あるのは一面の緑。特別おかしな場所なんて――。
「あっ」
道具女が声を上げたと同時だった。
《危ないっ!》
ポンコツが何かに気付いたようにして、道具女を守るように盾の形に変えて、周囲に出現した術式魔法弾を防いだ。その声に気を取られていたSIPW8-00000だったが、背中に強い衝撃が襲いかかってきた。そうと思えば、喉奥から血が這い上がってくるではないか。
《SIPW8-00000!》
「えっ!? 嘘っ!?」
――ここでこの男は終わり? 死ぬの? あれだけ、自分は強いと誇示を見せつけていたのに? 魔術が使えなかった牢獄の中ですらも、簡単に使っていたのに!?
自分たちに脅威を見せつけてくる者たちが正体を現した? 二人と一機を囲むようにして、周囲の草木と溶け込むも違和感がある茂み。三百六十度から次々に術式魔法弾を撃ってくるではないか。カーリーにはパティが防御をしているが、あの〈ニンギョウ〉の体は魔術によって穴を空けられているのだ。これは自分の力でどうにか打破しないと。
「パティ、術式魔法変換仗砲とかになれない? 私には一気にどうにかできそうにないよ」
そう、術式魔法変換仗砲というような魔術工学機器があれば、少ない魔法エネルギーしか扱えないカーリーでも、本来の魔法エネルギーの半分を消費するだけでいいのだ。だからこそ、彼女はパティに提案をする。
しかしながら――。
《申し訳ありませんが、あなたが放出する魔法エネルギーとSIPW8-00000が放出する魔法エネルギーの相性は最悪です》
「そ、それって!?」
どういう意味なのか。迫りくる術式魔法弾をかわしていく。パティが盾となって、守ってくれていた。
《僕はSIPW8-00000が放出する魔法エネルギーで動いています。SIPW8-00000が使用するならば、可能だったのでしょうが》
当たりそうな術式魔法弾を、自身で同様の攻撃で打ち消しながら「だったら」と地面に倒れて動かない〈ニンギョウ〉が気になっていた。
「私が放出する魔法エネルギーに変換は!?」
《不可能です。僕が壊れてしまう可能性があります》
「ええ!?」
同じ魔法エネルギーであることには間違いないはずなのに。そもそも、魔法エネルギーは世界そのものの魔力とやらを人間の体を媒介にして作るエネルギーなのである。人によって、性質が違うとは。普段から魔術工学機器を利用しない彼女。ここにきて初めて知ったカーリーは困惑するしかない。
《僕たち〈OPERATOR〉は、インペリウム人からしか魔法エネルギーを得られないのですよ》
「そんなっ!」
《しかし、SIPW8-00000がいるならば、何も問題はありません》
パティの言葉に「何を言っているの」と謎の茂みに術式魔法弾を繰り出すカーリー。この目で見たのだ。体中に魔術で空けられたあの男の姿を。
「この人はもう――」
直後、カーリーの体は後ろへと吹っ飛んだ。何があった? 体に何かしらの衝撃があったのかは確実である。見てみるが――何も起きていない。いや、起きていた。布が破れているではないか。え? 頭に衝撃? 痛い、と思えばそうでもなかった。だが、地面には血がこびりついているではないか。頭を触る。血が出ている? だとしても、傷がない。どういうこと?
今の状況を上手く把握できてなくて。周囲を見渡せば、茂みは動いていない。むしろ、そこから〈ニンギョウの目〉が転がっているではないか。ということは、この謎の奇襲は〈ニンギョウの目〉によるもの!? 茂みに身を隠して、カモフラージュをしていた!? とんでもない敵がいるものだ。
この〈ニンギョウの目〉たちが自分に攻撃を? 慌てたようにして、カーリーは彼らによる次の攻撃に備えるが、実は見誤っていたことに気付いた。こちらへとやってくるのは術式魔法弾ではあるにしろ、大きさがでかい。こんなサイズの魔術をルーメン民族であるカーリーに生成することは不可能! 受け入れられるキャパシティを超え過ぎて下手すれば、死ぬのに!
そんなクソでかいサイズの術式魔法弾を作ったのは他でもない、〈ニンギョウ〉だった。
「死にはしないさ」
何て言うそいつはカーリーを吹き飛ばした。彼女の後ろにいた〈ニンギョウの目〉を壊すために。
◆
カーリーが目を覚ましたとき、パティが顔を覗かせていた。そう言えば、パティは人ではないから心を読み取ることができない。ある種で目を合わすことができる友達なのかもしれない。そんなことを思いながら、体を起こすと、性格の悪いあの〈ニンギョウ〉の姿を捕らえた。そのせいで、彼女のはらわたが煮えくりそうになる。記憶がないわけではない。覚えていないわけではない。きちんと覚えている。忘れていない。はっきりと。
じっと彼を見る。彼は「行くぞ」と急かしてきた。だが、それよりも言いたいことはある。訊きたいことがある。カーリーは「待って」と止めた。
「あなた、私をなんだと思っているの?」
「またそういう話か。結果、生きているのにな」
この道具の女は何を言いたいのか、訊きたいのか、何となく理解はしているSIPW8-00000。しかし、自分のやり方を変えようとは思わない。それは当然だから。
「生きている、死んでいるの問題じゃない! 私は死んだかと思ったから……一瞬だけ、死んだ家族に会えると思ってしまった!」
「あっそ」
「人は死ねば、生き返らない! だけれども、私は生きていた!」
「だったら、いいじゃねぇか」
「よくないっ!」
山の中だからなのか、その大声がよく響く。
「助けてくれたことは素直に嬉しい。けど、あなたの戦い方に私は賛同できない」
早く行きたいと思う。不満だ。苛立つ。まどろっこしい。遠回し的に言っているから。さっさと、単刀直入に言ってもらえないだろうか。
「何が言いたいんだよ」
「私のことを人として、扱ってよ」
「はあ?」
「ねえ、あのとき、私が人として生きるっていうことを受け入れたよね? 受け入れたはず。でも、さっきのを見る限りは、まだそれを受け入れていないってことだよね? こうして、私が死んだら生き返らせたらいいって……思っているよね!?」
――だから何だよ。
こいつには何を言っても無駄のように感じる。こうして悲痛の叫びを上げているのに、〈ニンギョウ〉の反応は「だから、何?」なのだ。思わず、カーリーは彼の胸倉を掴み、顔を引き寄せて――自身の唇を重ねた。その後に「約束して」と目を合わせる。
「私を人として対等に扱うって。死んだら生き返らせればいいだなんて、簡単に思わないで」
その場に沈黙が訪れるが、ここでパティが割って入ってきた。
《二人とも、そろそろ行きましょう。彼らを倒しても、情報は他の〈OPERATO〉たちにも伝わっている可能性があります。また奇襲を受けるかもしれません》
最低〈ニンギョウ〉はこちらの言葉には反応しなかったが、パティにだけは「そうだな」と反応した。それに伴い、先を行こうとするが――カーリーはそれを許さない。彼の服を掴む。
「約束だからね。さっきしたこと、知らないわけじゃ――」
カーリーが言い切る前に、〈ニンギョウ〉が口付けをしてくる。唐突の口誓いに、彼女は硬直する。
「だったら、俺の約束もきちんと聞いてもらうからな」
「はあ?」
「俺の心は決して変わらない」
濁った黒色の目はそう物語っていた。口先にも偽りはない。
「俺はあんたを人として認めない。死ねば、普通に生き返らせるだけだ」
それだけの存在としてしか認めない。緊迫感のある二人の足元には、壊されてしまった〈ニンギョウの目〉たちが転がっているだけであった。