それは魅了するほど美しい
[文句日記:214]
書くスペースがなくなってきたから、簡潔に。消されたデータを二つほど復元できた。
【失われたデータその③ イニティウム諸島】
イニティウム諸島はアルゼンタム王国の領土となり、王都から東南の位置にある。数百の島には各神子が存在する。この土地は遥か昔から魔気を多く持つ者が多いことが知られている。イニティウムとはアルゼンタム王国の公用語としても使われているワーグ語で力を持つ者を意味する。名前の由来としてはこの土地を真っ黒な巨人、イニティウムが創ったとされるため。
【失われたデータその④ オリエンス島】
イニティウム諸島の最北端に位置する有人島。イニティウム諸島で三番目の面積を誇る。[修復不可能]巨人イニティウムが一番目に創ったとされる島でもある。
修復不能のデータが二個目。あの野郎、と愚痴りたいところだけど、もう書くスペースが
[SHARE[G]ID:G-4452-149-2007の音声ログ 5726.214]
《あのくそ中将のせいで、書くスペースがないし。一応、音声記録で残してみる。これが証拠として、提示できる日が来たらあたしは間違いなく狂乱するね》
《ま、愚痴りはまた今度にしておいて、イニティウム諸島とオリエンス島のデータについて》
《これまでに勇者デアに関連するデータがわかってきた。ただ、〈SHARE〉で調べようにも、アルゼンタム王国ってものがないのはどういうこと? 聞いたこともない国だ。場所を察するに、イニティウム諸島共和国の前の国の名前ってこと? 確かに、あの国はインペリウム帝国の領土を統治していた国でもあるけどさ》
《だったら、イニティウム以前の国があったにしても、アルゼンタム王国の資料があってもおかしくないよね? それとも、勇者デアの時代……おとぎ話だから、実在した国として認められていないってこと? そもそも、資料が存在しないの? それっておかしくない? 実在したか定かではない情報データも〈SHARE〉には記載されてるってのに。なんで、これだけ?》
《やっぱり、この記録情報キーは公に出せないものだった? そう考えると、〈遺跡協会〉は何を考えているんだろう? 何が狙いだろう? 中身を見て、一般には見せられないデータというわけでもなさそうだし。謎だね、フィデス》
《とにもかくにも、まだまだ情報は少ないよ。修復ができないデータもあるから、あるだけの材料で憶測を立てていくしかない。でも、その憶測が正しいとは限らない。引き続き、データの解析に勤しむことにしますかね》
今がした、情報が入った。イセス地区の制圧及び、T.02要塞内の〈制御装置塔〉の破壊に成功した、と。その話にジョクラトルは当然だろうな、と疲労し切って少しばかりの休憩を取っているパクス同盟軍――西部進攻中隊の者たちを見た。自分たちの隊は基本的に魔法エネルギーの放出量が多いわけでも出ないし、少なくもないルシオラ連合王国軍の者たちばかりで構成されたメンバーである。見知った人物はアクアにミレル、シーフェという戦場に駆り出されるにしては年齢的にまだ早い者たちもいる。
「向こうの隊は対応が早いな」
ここ、ウセス地区の担当となる隊長は驚きを隠せていないようだが、ジョクラトルは言いたいことは黙っていた。あまり口出しができない。自分はただ、この土地で死ねと言われている裏切り者らしいから。だとしても、彼らは軽蔑の目を向けたりはしてこなかった。普通の隊員として接してくれていた。いや、この隊でインペリウムの土地に慣れているのはジョクラトルだけだ。だからなのだろう。何かに縋る思いの目でこちらを見ている者ばかりなのだから。
さて、イセス地区の対応が早かったのは――その地区には工場地帯となっている。そこを〈フラーテル・アウローラ〉の誰かが情報を提供していたかもしれない。自分は〈顰蹙の空〉の地理関係はあまり提供していない。その情報をもとに、進攻部隊のほとんどはそちらに持っていかれているはずだ。そして、カリクルスブンはそちらへと集中できるように〈顰蹙の空〉を破壊したに違いない。
――国の内蔵とも言える軍事工場を破壊すれば、勝率は高い方だからな。
後は、イセス地区にいる者はケチュータへと向かうだけ。それだけならば、ウセス地区にはもう用なしだろう。地区統括部長もアークが潰したはずだし。ここには強敵がいない状況。これならば、この隊でも安心できるはず。ただ、どうせならば、とジョクラトルを消したい連中は思うはず。T.04要塞に突っ込んで、死んでくれって。
――T.04要塞奇襲時、俺が別の任務についていたことをいいことに、こんな采配をしやがって。
そう、ジョクラトルは〈フラーテル・アウローラ〉時代、T.04要塞奇襲作戦時にはそこにいなかった。その代わりに、〈ニンギョウ〉どもの攪乱のためとして、別の任務をしていただけだった。
自分はウセス地区、ソナとルナはノセス地区、クオンとザイン、ドミナはサセス地区。相手がよく知らない土地であることを見込んだのだろう。
――それでも、あいつらは上手くやっていけるって信じてる。
問題はイニティウム諸島共和国にいるはずのアークたちだ。自身が教えた真夜中の朝日についてであるが――後からよくよく〈SHARE〉で調べてみれば、その話題となった場所が〈顰蹙の空〉の中となるオリエンス島だった。ということは、彼らはこちらへと来ている可能性もある。
――もしものときは、助けてもらえるだろうか?
その辺の心境はわからないが、是非ともパクス同盟軍として戦ってもらいたいものである。
なんて、ジョクラトルが考え事をしているときだった。一人のルシオラ人がこちらへと近付いてきて――「作戦の確認をいいですか」と訊ねてきたのである。傍らには隊長もいる。彼は「はい」と頷いた。
「T.04要塞内ですよね?」
「ええ、あなたが一番詳しいと話を伺っているので」
誰だ、嘯いたやつは。確かに、この隊の中でならば誰よりも知っている。だって、しばらくの間、ウセス地区で過ごしていたのだから。だが、生憎T.04要塞内のことはほとんど知らない。昨日に初めてルート確認のためとして、地図を見せてもらったぐらいだ。それも明らかな手書きのもの。それが本当に正しいかはわからない。だからこそ、ジョクラトルは「誰に聞いたかは訊きませんが」と怪訝そうにした。
「俺は〈フラーテル・アウローラ〉の中では一番知らない立場ですよ」
そう言うと、隊長たちは目を丸くするも、すぐに「冗談は止めて欲しい」と苦笑いした。
「〈フラーテル・アウローラ〉の人たちは一度、T.04要塞へと潜入したことがあるだろう?」
「ですが、隊長。俺はウセス地区内のインペリウム帝国軍どもの情報攪乱をしていたため、潜入には加わっていませんよ」
一気にその場が凍りついた。少し離れたところにいたアクアたちも不安そうにこちらを見ているではないか。そんな顔をされても、どうしようもないのがこの現実だ。ジョクラトルはそのように叫びたがっていたが、我慢しておいた。その代わり、進行を務めることにした。
「作戦としては、陽動作戦を幾人かで行い、アクアさんが水神様で〈制御装置塔〉の破壊に挑むのですよね?」
「は、はい」
「我々はグローリアの人たちとは違って、魔法エネルギーはあまり出ないからな」
「俺もそれが適任だと思います。ですが、陽動時はバラけて行うのは危険ですので、二手に分かれるが無難でしょうね」
となると、T.04要塞内での班分けは三つ。〈制御装置塔〉を破壊するのはアクア。だが、一人は危険。護衛として、隊の半分はついてもらいたいところ。そうなると――ジョクラトルはシーフェから離れようとしないフォードに目を向けた。ややあって、彼はシーフェに近付くと――。
「えっ!? 俺がですか!?」
シーフェも、傍らにいたミレルやアクアも驚くことをジョクラトルは言いのけるのであった。
◆
自分自身が前線に出ると志願したのには理由がある。誰かの幸せを願うためだ。自分には水から生まれる頼もしい友人がいる。それだからこそ、戦うと決めた。
アクアは近くに流れている川の水に祈りを捧げる。この地点からさほど遠くない場所にT.04要塞があるらしい。そして、ジョクラトルの情報曰く、地下水道も通っているらしいから、問題はないとのこと。であっても、自分たちがそこを経由して要塞内へと侵入するのは難しいらしい。だから、作戦としては陽動の二組が暴れている隙に、アクアたちも中へと入る。そのまま、〈制御装置塔〉へと向かい、破壊を試みる。これが大まかな流れであるが――不安であるのには変わりないことだった。
「大丈夫っスか?」
見兼ねたミレルが声を掛けてくれたようだ。こちらを心配そうな顔で見ているではないか。アクア自身が一番に成功しなくてはならない大役をもらっているのに。こんな風にして、暗い表情でいてはダメだ。そのように考えた彼女は「大丈夫ですっ」と作り笑いを見せた。
「私たちが成功すれば、ケチュータへと行きやすくなりますもんね」
そうは言っているものの、ミレルは気付いている。アクアはとても不安がっているということを。もちろん、自分だってそうだ。アドを逃がすために、グローリア連邦共和国軍に楯突いたから。これはとても許しがたい行為。だって、犯罪者を匿っている上に、脱走の手助けをしちゃったから。これは自分だけだったらよかったものの、従兄弟のシーフェも巻き添えにしてしまった。何のために、彼は白い故郷から遥々グローリアにやって来たのかすらもわからない。
自分がしようとしたことで、ろくな目にあった例がない。いつだってそう。きっと、これまでも、これからも。それでも、いつかは自ら起こした言行が正しいと言える日がくればいいと思っている。それがミレルのささやかな願い。だから、と彼は――。
「俺に任せてください。俺がアクアさんを守りながら、〈制御装置塔〉へと案内しますよ」
内心、怖い。口から出まかせな気分。であっても、かっこ悪い姿は見せたくなかった。目の前には恐怖と不安でいっぱいの女の子がいる。その子は自ら前線に立つことを志願した。それだけでも、偉いのに。自分が怖がっていてはダメだ。
――頑張らなきゃ。
何、アクアの護衛は一人だけじゃない。ちゃんとした大人たちもいるのだ。こんな、落ちこぼれよりも安心安定の軍人が。
ミレル自身もこれからの作戦実行に一抹の不安を隠せないでいると、誰かが肩に手を置いてきた。ジョクラトルだった。彼は柔らかい表情で「あまり気を張るな」と言うではないか。
「生死の隣際のときの最大の敵は、緊張だ。あまり硬くなり過ぎると、隙がつかれやすくなるから」
「う、ウッス」
流石は幾度も死線を潜り抜けてきた〈フラーテル・アウローラ〉のジョクラトル。きっと、この隊の誰よりも頼りになる存在だろう。正直言って、羨ましい。大胆に行動ができるジョクラトル。誰よりも強いアーク。この二人に囲まれて、少しの間過ごしてきた。それで、自分が目指したい人たちだと思えた。彼らのような存在でありながら、いずれは父親の跡を引き継ぐことになっている〈Suvi〉の遺跡。そこをどんな外敵から守れる力が欲しい。そういうことができるような人間になりたい。
年齢的にはもういい年かもしれないが、人はいつだって変われるはずだ。いや、変われる、変われないの問題じゃない。変わらなければならないのだ。
ミレルは大きな深呼吸をすると、気分を落ち着かせるようにして「アドバイスありがとうございます」とジョクラトルにお礼を言った。
「俺、頑張れそうな気がします」
「ああ。この隊の誰もが重要な役割を担っている。きっと、ミレル君ならやっていけるさ」
「ウッス」
作戦開始時刻まで、もうすぐ。時間を気にしつつ、ミレルはシーフェのところへと歩み寄った。自然的な流れでアクアもやって来る。二人に気付いたシーフェは「緊張するな」と不安の顔色は隠せていない。
「一応、ゲヌスさんの防御型魔術工学機器を貸してくれるとはいえ」
しかし、この機械――というよりも、服だろうに。多少なりとも金属の類がついた〈フェア・ヴェーゼン〉は少ない魔法エネルギーでも多大な力を発揮するらしい。であるならば、この隊の中で一番魔法エネルギー放出量が少ないのはシーフェである。だからなのだ。
「正直言うと、シーフェがちょっと羨ましい」
「おいおい、相手は世界的に平均放出量が多いインペリウム人だろ? 俺とか、丸腰状態で戦闘飛行機に挑むようなもんだろ」
「お前にはフォードがいるだろうが。ご主人に忠実なやつがさ」
ミレルは「なあ」と、シーフェの足元にいる古代魔術工学の技術で造られた機械であるフォードの頭を撫でてあげた。フォードはどこか嬉しげにいる様子。
「フォード、シーフェをしっかりと頼むぞ。お前が頼りだ」
「えっ、それなんかひどくない?」
「気のせいだ」
ただのからかいのつもりで、空笑いになるとばかり思っていたが、案外面白かった。その自分の笑いにつられるようにして、シーフェとアクアも笑ってくれた。彼らだけではない。話を聞いていたジョクラトルも、隊員の誰もが笑ってくれたのだ。
そうだ。こんな風にして、笑える結末でありたい。きっと、これは誰もが願う思いであることは間違いないだろう。
そうしていく内に、時というものはやって来る。
◆
現時点で異常はなし。T.04要塞を巡回していたSIPW7-36574は周囲に目配せをする。速報でイセス地区にあるT.02要塞が襲撃を受けたそう。ここはまだ反インペリウム帝国軍が来てはいないようだが、警戒を怠ってはならないはずだ。以前のことがあるから。SIPW8-00000がインペリウム帝国を裏切り、彼の上司であるSIPW8-10001とSIPW-1を殺害したというのはまだ記憶が新しい。それだからこそ、他の〈SIPs〉たちも〈OPERATOR〉たちも視線はどこへでも向けられているようだ。
とにかく、自分たちの目でも監視できる場所は。要塞内の門や地下水道はもちろんのこと、上空だって逃しや――。
異物を発見した。SIPW7-36574は大至急、上空に存在する黒い物体を周囲に報告を上げた。これにより、インペリウム帝国軍の誰もが上空を見上げる形となる。その黒い物体は真っ直ぐと〈制御装置塔〉へと向かっているのが見えた。どこかの〈OPERATOR〉が《生命体反応を一つ感知》とはっきり言いやがった。ということは――。
《可能性として、T.02要塞へと奇襲を掛けた反インペリウム帝国軍――パクス同盟軍の可能性が高いです》
「一人で〈制御装置塔〉を破壊しに来たのか?」
《偵察でもしに来たのでしょうね。残念ながら、彼には一人で〈制御装置塔〉の破壊は不可能です。魔法エネルギーの放出量がとても少な過ぎます》
「了解。各第七番大隊に告ぐ。ただ今より、SIPW7-36574が敵の偵察者を撃ち落とす。ただ今より、SIPW7-36574が敵の偵察者を撃ち落とす」
近くにいた〈OPERATOR〉を利用して、T.04要塞内にいる〈SIPs〉たちに連絡を入れた。そうして、上空で漂う真っ黒な物体に見える人間? に向かって、術式魔法変換杖砲〈ツーザンメン・シーセン〉より術式魔法弾を撃ち放った。それは真っ直ぐとターゲットに向かって行き――当たった瞬間の出来事である。何があったかはわからない。そこでSIPW7-36574の意識は途絶えたのだから。ただ、一つだけわかることは、近くにいた〈OPERATOR〉から《グローリア人の魔法エネルギーを感知》というところまで聞こえただけだ。その偵察者がグローリア人かもしれないし、自身の意識を途絶えさせたのがグローリア人なのかもしれない。この真相は自分自身が記憶がないため、情報を得ることができないため、割愛とさせていただこう。
◆
ジョクラトル自らが考えた作戦はこうだ。
「シーフェ君、無事か?」
自分の足元には二度と動かないであろう死体と残骸。上空を見上げれば、真っ暗な空を背景に煙が邪魔していた。まずはシーフェの無事と〈フェア・ヴェーゼン〉の耐久性。ルーメン民族でも十分に適応される魔術工学機器ではあるが、アルビオン王国とグローリア連邦共和国のハーフとなると、首を傾げざるを得なかった。果たして、シーフェは無事なのか。ジョクラトルが愁眉を見せていると、騒ぎを聞きつけてきたインペリウム帝国軍どもがわらわらとお出ましではないか。
シーフェの安否が気になっていると、ジョクラトルが持つ通信機器より《問題ありません》とノイズ交じりのシーフェの声が聞こえてきた。
《――引き続き、攻撃に注意しながら相手の気を逸らしまくりますね》
「頼んだ」
シーフェが無事であるとわかると、ジョクラトルは安心したようにして、〈ニンギョウの目〉に術式魔法弾を撃った。
陽動作戦の者たちは囮になるため、わざとらしく騒ぎを起こし始める。近くの建物を破壊してみたり、〈ニンギョウ〉よりも、あえて〈ニンギョウの目〉を多く倒してみたり。どの道、こちらへと潜入することがわかっているようなものだから、応援は呼ばれるはず。その多勢の相手をしながら、アクアたちは静かに〈制御装置塔〉の破壊の準備をする。何でも、本来のラクリモサの召喚は時間が掛かるとかで。
であっても、ラクリモサが登場する時点で、〈ニンギョウの目〉らはすぐに気付くだろう。彼女そのものは魔法エネルギーの塊のようなものだから。だからこそ、ミレルを含めた護衛がいる。とにかく、術者を守るためにいてもらう存在。
「けど、本当に危険だと感じたら、撤退することを頭に入れておいた方がいい。連続攻撃を受ける〈フェア・ヴェーゼン〉の耐久度は俺もあまり知らないんだ」
《――了解です。それじゃあ、作戦通りに〈制御装置塔〉でうろちょろしています》
「らくちゃんの姿が見えたら、素早く逃げてくれよ」
《――はい》
◆
今のところ、作戦は順調。そう聞いて、ミレルは更に緊張してしまう。先ほど、ジョクラトルに緊張を解してもらったのにもかかわらずだ。彼らは順調に作戦をこなしている。それならば、自分はアクアを守ることを徹底しないと。
「そろそろ、問題はないな?」
護衛班の中には中隊の隊長もいる。彼はアクアを含めた護衛班に呼び掛けをした。これに誰もが無言で頷く。
手始めに自分たちが向かう場所はT.04要塞内にある地下水道へと続く排水溝である。そこからラクリモサという水神様を召喚して、〈制御装置塔〉へぶつける。何とも単純なことではあるが、そこに至るまでの道のりは果てしなく長そうであった。
インペリウム帝国軍は陽動班の方へとすべて向かっているわけではなさそうである。人の姿はほとんど見かけない代わり、機械ならば、確認できた。しかし、ジョクラトルが言うこの〈ニンギョウの目〉とやらは、攻撃のタイミングさえ掴んでいれば、こちらが被弾する恐れもない。ただ、彼曰く、そいつが破壊されてしまえば、その異常事態として、応援を呼ばれてしまうとか。だが、破壊しなかったらしなかったで、攻撃はこちらへとやって来るのは当然だ。だったら、見掛け次第破壊する方がまだベストな方法である。
「危ないっ!」
ミレルの第六感が告げた。アクアの方に魔術攻撃がやってくる、と。反射的に防御術式魔法を展開した。そうすると、自身の手の平に強い衝撃が弾き出す。案の定、彼女を狙うインペリウム帝国軍がいた。これもジョクラトルが予想していたこと。どうも、アクアはこの国に魔法エネルギーの放出量などに関しての情報が割れているらしい。何でも、アクアのラクリモサ召喚魔術はインペリウム帝国にとって、脅威であるらしい。それならば、もっと気を引きしめないと。
「ありがとうございます」
何も守られてばかりでは、とアクアも簡単な術式魔法弾で応戦をした。彼女のお礼の言葉により、ミレルは「とんでもない」と謙遜をする。
「俺たちにお任せください。もう少しで排水溝っスよ!」
「はい」
襲い掛かってくる敵の数は自分たちより多くはないが、個々の力はかなりの強さがある。二人や三人がかりでやっと倒せたというレベルだ。この初めての経験に、ジョクラトルたち〈フラーテル・アウローラ〉の者たちの日常というものが恐ろしいと感じられた。その畏怖と尊敬の入り混じった思いがミレルの隙をつく。
致命傷ではないが、行動するときに必要な足を怪我してしまったのである。動けないわけではないが、素早い行動を取ることができなくなってしまった。そのことにいち早く気付いた隊長はミレルのフォローに入った。もちろん、守られてばかりはいられないと考えているアクアも「一緒に」と言う。
「排水溝まで来たら、安心ですよ」
「そうだぜ、グローリアの青年よ。水神様がいれば、万人力よ」
「それならば、安心っスね」
ミレルも痛みに耐え、足を引きずりながらも――どうにかこうにか、地下水道へと続く排水溝へとやって来た。だが、そこでもアクアの護衛はまだ終わらない。正常な大きさのラクリモサの召喚時、彼女は〈水の舞〉をしなければならないため、どうしても隙ができてしまうのだ。
「すみません、少しだけお時間をください」
護衛の者たちに申し訳なさそうにするアクアは早速〈水の舞〉を始めた。優雅に踊る彼女ではあるが、その美しさに見惚れたという表現が正しいか。インペリウム帝国軍は途切れることなく、次々と湧き出てくる。その度にミレルたちにやられていくのだ。
〈ニンギョウの目〉を一機、術式魔法弾で破壊したミレルは偶然にも、〈水の舞〉が視界に入る。煙と金属の破片、血が舞う中、一つだけ異質だった。表情は自分たちとさほど変わりない険しさがあるが、その踊りはとても美しいもの。思わず、手が止まってしまい、戦闘態勢すらも解いて――。
「おいっ、お前っ!」
隊長の怒鳴り声がミレルの耳に響いてきたかと思えば――息が苦しかった。急に体に力が入らない。どうしてだろう? 何があったのだろう? 視界の端に映ったのは橙色の何か。一瞬だけ、何なのかがわからなかったが、すぐに理解した。これは自分の血なんだ、と。ということは――。
――俺、ヤバい?
体が崩れる。それでも、視線はアクアにある。彼女は険しい顔から一変して眉根を寄せて、とても悲しそうな顔をした。彼女は何かを言っているようだが、ミレルの耳には何も聞こえない。隊長の怒鳴り声が合図であるかのようにして、ぷつんと周りの音は聞こえなくなってしまっていた。
直感的に死ぬんだ、と理解できた。世界がひっくり返ったとき、水の塊が宙に浮いていた。塊は良くないな。水柱が正しいかもしれない。一本の曲がりくねった、生き物みたいにして動く何か。何となく、これが水神様なんだと理解できた。初めて見る本来のその姿はアクアの〈水の舞〉と同等に美しかった。だからこその、ミレルの最期の言葉。
「美しい」
水神様はその発言に何かしらの反応を示し、鳴いているように思えた。
――俺って、ろくな目に……本当、遭っていないよな。
◆
ラクリモサが出現したとき、自分たちは大成功に終わると思っていた。事実、突如、上空に現れた巨大な水柱の生き物は大きな声を上げながら、〈制御装置塔〉へと突き進んだ。彼女がその建物へと体当たりをしたとき、すべてが弾けるようにして、壊れかけの〈顰蹙の空〉を完全に破壊したのである。その破片すらも流れ星のように、どこかへと飛散していく。
残すところは、ケチュータ進攻のみ。それさえ成功すれば、インペリウム帝国は長い鎖国時代を終え、国さえも終わりとなる。これで、世界平和は訪れる。何もあの暗闇に怯える日々はなくなるものだ。
ただ、終わりよければすべてよし、というわけにはいかない。それはあくまでも、一部の話であり、未来の話であり――解決していない過去が存在しているということは忘れてはならないのだ。
「お前……!」
破壊された〈制御装置塔〉から青白い石を手にした一人の少女がジョクラトルの目の前へと舞い降りてきた。だが、その少女は普通に自分の足で地に着けているわけではなさそうだった。どういうわけか、操り人形のようにして、いるのだ。ただ単に、そこに石を持って突っ立っているだけ。彼女は何も発することなく、だらけた様子でこちらをじっと見ていた。
そうして、ジョクラトルへとぶつけようとしてくる超巨大な術式魔法弾。どこぞのアホが生み出せそうなほどのバカでかいサイズだった。幸いなことに、ラクリモサに助けてもらって事なきを得る。
「…………」
目の前にいる少女が誰なのかはわかっていた。見覚えのある顔に、首から提げられた赤と黄、緑色の石を紐で通したネックレス。しかしながら、こんな姿で会いたくはなかったとも言える。
ジョクラトルがなかなか攻撃できずにいると、ラクリモサが反撃してくれた。少女は軽々しく吹っ飛ぶ。ラクリモサは彼の傍を離れることなく、ひたすら守ろうとしてくれていた。それはまるで、ジョクラトルの心の傷を癒そうとするために。
相手の襟にある記章を見て、もっとその心は傷付く。そこにあったのはこのウセス地区を統括する一番偉いやつの印。
「コロナ……!」
ジョクラトルの悲しげな声は、少女――SIPW-1に届くことはない。




