七日前に応える
InID:6587954125【M】【続報:T.04要塞ニオケル被害状況ニツイテ(2)】
Fo:InID:INPERIUM A
To:InID:INPERIUM A
速報。新生歴187年89日、インペリウム帝国ウセス地区T.04要塞、再ビ反インペリウム帝国軍ニヨッテ奇襲。シカシ、インペリウム帝国軍ニヨッテ駆逐済。コレニヨリ、脅威ハ去ル。反インペリウム帝国軍ハ我ラニ及バズ。
国民ニ告グ。インペリウム帝国ノタメ、反インペリウム帝国軍ヲ駆逐セヨ。サスレバ、我ラニ永久ノ安寧ガ訪レルダロウ。
誰かに呼び止められた。本当は振り返る気はしない。だが、規則は規則だ。この声、逆らえないやつだから。SIPW8-00000はあまりいい顔をしない様子で、顔だけを後ろに向けた。自身を呼び止めたのはSIPW8-10001である。相変わらず、こちらに視線を合わせようとしない。足止めしているくせに。まあ、別にそれは構わないのだが。
「なんだよ」
要件を早く済ませて欲しいらしい。どこか急かし気味に言うSIPW8-00000に「いえね」とSIPW8-10001は先にある移動術式魔法陣を指差した。自然と指先に視線が動く。
「SIPW8-00000がどこへ行こうとしているのか、訊ねているだけです」
答えはわかりきっているはずだ。その指の先、体を向けている方向。あの移動術式魔法陣の先。ここ最近は彼しか使用していない物。
「見たらわかるだろ。捕虜収監所だ」
どの道、SIPW8-10001にとっては関係のない話だ。そんな発言をするSIPW8-00000は移動術式魔法陣へと足を踏み入れようとする。その術式魔法陣の力を行使する前に訊ねておきたいことがあるから、「捕虜をどうしますか?」と起動不可させる魔術で行かせる気がないようだ。
――煩わしい。本当に関係ないだろ。
答える気はならしい。雰囲気からしてそのようなことを言痛げである。眉間にしわを寄せ、こちらを軽く睨みつけると、押さえつけられていた魔術を強引に解き、捕虜収監所へと行ってしまった。求めていた答えをもらえなかったため、その場に残ったSIPW8-10001は盛大にため息をつくと、近くにいた〈OPERATOR〉を呼び寄せる。
「捕虜収監所にいるすべての〈OPERATOR〉に警戒態勢の準備を。侵入者はたとえインペリウム帝国軍の兵士であろうとも、直ちに捕らえるように。抵抗するのであれば、生きているのがわかる範囲で攻撃をしてもらっても構わない」
その指示にその〈OPERATOR〉は了承したのか、球体の体からアンテナのようなものを取り出して、仰いだ指示を捕虜収監所にいる〈OPERATOR〉たちに伝えたようである。それを終えると《伝言完了です》そう自分の仕事へと戻っていった。その姿を見送るSIPW8-10001はSIPW8-00000が使用した移動術式魔法陣へと近付き、一件のメッセージをどこかへと送った。
そのメッセージのやり取りはしばらく続き、何かの確証を得たSIPW8-10001は「残念です」と小さく呟いた。
「SIPW-1の権限に従って、捕虜収監所行きの移動術式魔法陣を封鎖します」
床に浮かび上がっていた移動術式魔法陣は消えてしまった。これでこちらと向こう側からの行き来ができなくなってしまったはずだ。それだからこそ、SIPW8-00000に残された道は、インペリウム帝国の言いなりになるしかないであろう。
◆
七日前に話をしたいと道具女は言っていた。それだからこそ、その日きっちりとSIPW8-00000は捕虜収監所へとやって来たのである。移動術式魔法陣から足を離すと、地面に描かれていた術式魔法陣が消えてしまったではないか。だが、それぐらいのことで焦りを見せたりはしない。ただ消えた。それだけの認識しか持っていないのである。彼は何もない地面を一瞥するだけで、施設内へと進入しようとするのだが――。
《お待ちください》
何機ものの〈OPERATOR〉が施設への立ち入りを拒んできた。これにSIPW8-00000は眉間にしわを寄せる。
「中に入りたいんだが」
《先ほどより、SIPW-1とSIPW8-10001の命により、SIPW8-00000の捕虜週刊所への強制退去指示が出ました。直ちにインペリウム帝国軍ウセス地区統括拠点地へとお戻りください。ただ、移動術式魔法陣が消えてしまっているので、我々が簡易移動術式魔法陣を設置している場所までご案内致します》
「中に入りたいんだが」
上司らの命令に従う気はない。金輪際ない。そして、〈OPERATOR〉の指示にも従わない。だからこそ、敵意を露わにする。自分自身の周囲には複数の術式魔法弾を出現させた。それでも、SIPW8-00000の相手は機械だから、〈OPERATOR〉は臆することも、怯むこともなく、ただその場にいるだけだった。
「聞こえないか、ポンコツども。中に入りたい。だから、退け」
《我々の指示に従わないのであれば、実力行使を致します》
どちらも譲る気なし。〈OPERATOR〉たちは臨戦態勢に突入し始めているではないか。まん丸の体が、個体によっては様々な術式魔法弾を組み込んで、こちらへと攻撃を仕向けるのだった。
迫りくる攻撃に、SIPW8-00000は「それならば」と周囲に漂わせていた術式魔法弾で防いだ。すぐさま、同じように術式魔法弾を形成する。
「俺も実力行使するかぁ」
〈OPERATOR〉へと危害を加えてやった。これにSIPW8-00000の攻撃を受けた〈OPERATOR〉たちも、遠巻きで見ていた〈OPERATOR〉たちも自分を敵だと認識することとなる。ということは、SIPW8-00000は完璧孤立してここにいるのである。この場に味方など一切存在しない。独りでするべきことを成し遂げなければならない。だが、それがどうした。だから、なんだ。
「退けぇ!」
強力な術式魔法弾(SIPW8-00000にとってはそこまで強力とは思っていない)を〈OPERATOR〉たちに、捕虜収監所の施設に向けて撃ち放つ。建物や機械たちが破壊されゆく中、押しきるようにして施設内に足を踏み込む。当然、動ける〈OPERATOR〉たちはその先へと行かせまいと立ちはだかる。人間が扱えないような、術式魔法を展開してくる。流石は最高の祖国インペリウムの雇われ魔術工学技師らが生み出した魔術工学機器。機械だからこそ、人間とは違う力を持つことができるなんて!
しかしながら、SIPW8-00000からすれば「だから何?」である。この状況はただ単に自律しているだけの機械がこちらに対して敵意を持ち、攻撃を与えようとしてくるだけのことだからだ。つまりは、どうでもいい話。どのような作戦で突破するだとか、考える時間すら惜しいとは思う。というか、考える気がない。面倒臭いから。それだからこそ、彼は正面突破を選んだ。初めて体験する現状にSIPW8-00000は面白いと思っていた。思わず、笑いがこぼれる。口元が歪む。
楽だ。だって、この先にいるのは道具女を除けば、一撃だけ与えれば動かなくなるポンコツだらけなのだから。実は人よりは楽なやつら。人間はベラベラとしゃべるから。しゃべらなければならないから鬱陶しい。だが、〈OPERATOR〉とやらは余計な口は挟まない。さっきは退去指示を出してきたけど。一機だけ毎日一つは質問をしてくるやつがいるけど。まあ、基本的にはこちらが話しかけない限りはうるさくないやつだってことだ。
捕虜収監所だけならず、インペリウム帝国を囲うようにして存在する〈祝福の空〉は元々が真っ暗だ。ここでは〈OPERATOR〉たちが照らす明かりだけで周りが見えていた。だとしても、こちらにやられる度に暗くなっていくのが機械の特徴だ。それでも構うものか。それだけ〈OPERATOR〉を倒したという証になるのだから。
◆
ほとんどの〈OPERATOR〉を倒したはず。施設内を外と同じように真っ暗にしたSIPW8-00000は道具女がいる牢の方へと歩み寄る。靴と汚い床が擦れ合って、音を立てている。コツコツコツと。
周囲に敵がいない感じ? だったら、これで一安心? 終わり? とは思わない。思えないのだ。こんなに真っ暗なのは、何かサプライズでもあるのではないだろうか。いいねぇ、プレゼントとやらか。名前以外の何かをもらったという記憶がないが、もらえるというのは嬉しいものではある。
暗闇の中でもにやける。何も見えない闇へと足を踏み入れる。周囲に向かって、複数の術式魔法弾をぶちかまして見れば――。
――ラッキー!!
まるで壁だ。所狭しとSIPW8-00000を囲うようにして並んだ大量の〈OPERATOR〉の目玉がこちらを見ていた。これだけいれば、増援を呼び込むことも容易いが、心底どうでもいい。誰か援軍が来たとしても、関係ないからだ。
ここにいること自体がありえないはずのSIPW8-00000が強いということは、少なくともインペリウム帝国軍ウセス地区の〈SIPs〉たちは知っているはず。彼の上司であるSIPW8-10001やSIPW-1は身近な存在だったから、もっと知っているはず。そのことを捕虜収監所で働く〈OPERATOR〉たちは知っている。
瞬時にたくさんの〈OPERATOR〉が汚い床に落ちていく。時間はそこまでかかっていない。足の踏み場がないほど、それらは床に転がっていた。その上にSIPW8-00000の足が圧しかかってくる。壊れるような音が聞こえる中、「すごい」という感嘆が聞こえてきた。人間のようにして、抑制のある、感情のある声。この場に人間は二人しかいない。自分は口に出していないから――道具女の声だ。彼女の方へと近付くにつれて、輝く紫色の目が見えてきた。
「して、話とは?」
真っ暗闇であっても、彼女の目があるから不安はないと思えた。むしろ、ずっと見ていたくなる優しい明るさ。その光を手中に収めたいとも思う。
この状況に道具女は戸惑いを見せていたが、ややあって「お願い」と目を合わせてきた。それに伴い、彼女が何を言いたいのかも大体わかった。もちろん、SIPW8-00000の心の中だってわかっているはずだ。
「今のあなたにしかできないことなの」
だろうな、と思う。
こちらをじっと見据えてくる黒い目にカーリーは目を伏せた。正直な話、怖い。これから先、どうなるのか見当もつかないから。本当にこの〈ニンギョウ〉に縋ってもいいのだろうか。いやいや、ここで何も言わなければ、彼は都合がいいように自分を扱うはず。人ではない何かへと変えようとしてくるだろう。
――私は人間だ。人であり続けるために、目の前の外道と取引するために!
もう一度、〈ニンギョウ〉の目を見た。
「この国を裏切って」
言えた。言えた。何とか言えた。その願望にはすぐに「ふうん?」と反応ぐらいは見せてくれたが、この後が問題だ。彼の場合、自分が死んだと周りに嘘をついて〈フラーテル・アウローラ〉の仲間たちを殺すかもしれない。その未来だけは避けなければならないのだ。
カーリーは柵を強く握った。心拍数が一気に跳ね上がる。
「ねえ。こんなことして、あなたは始末書だけで済むと思う?」
「どうだかな?」
「だって、私は今日、殺される運命なのに……でも、あなたはそうさせないと、この国を裏切ろうとしている。……それって、私を殺させないんでしょ?」
〈ニンギョウ〉は「もちろん」と頷いた。
「あんたは俺のために生きると言っていた。それを俺はきちんと受け取った。今更知らないとは言えない」
周囲には拳の形をした魔術が。その拳は大きく振りかぶろうとする。カーリーはそれに何か気付いたようで、牢の端へと避けた。彼が起こした行動。それを見た途端、彼女の憶測は確信に変わった。
「ちょうど、軍のしきたりやらルールを守るのが嫌になってきたんだ。裏切るのも悪くはない」
鼻でそう笑う〈ニンギョウ〉は「行くぞ」と促してくるのだが、行けると思うな。柵を壊したのに、なかなか牢から出ようとしないこちらを訝しげな目で見てくる――のはおかしいと思わない?
「何してんだよ。早く行くぞ」
「いや、私、裸なんだけど。これまで何事もなかったかのようになっているけど、私、裸ななんだけど!?」
全裸の状態で外を出歩きたくないと異議を申し立てた。脱走するのは一向に構わない。だが、この格好はいただけない。恥ずかしい。このまま、仲間のもとに戻りたくはない。というか、逆に仲間たちもそれでいいとは思っていないだろう。せめて、布でも巻きつけて戻ってこいとか言ってきそうだ。
なぜだか、行きたくなさそうにする道具女に「どうでもいいだろ」と人としての尊厳を持たせる気はない。
「そんなもの」
最低だ、この野郎。やっぱり、とカーリーは顔を真っ赤にする。絶対に嫌だと抵抗をする。この抗議に「はあ?」と片眉を上げる常識外れのこの男。
「別に裸でもいいじゃねぇか」
「嫌だって言ってるでしょ!」
どうにかして、説得しなければ。考えに考えたカーリーは「そう!」と彼を指差した。
「私だって、戦わなくちゃならないときがある! だから、服を着なきゃ! ていうか、私を捕らえたときの服はどこにやったの!?」
「燃やした」
「最悪っ!」
まさか自分の服を燃やされるとは思わなかった。まだ捨てる、という行為はわからなくもないが、普通燃やすか? どこまでこいつは用意周到だったのか。絶対に脱走させまいと、最初は考えていやがったな?
服がなければ外に出たくない、と文句を垂れる道具女。その抗議を聞いて、SIPW8-00000は「私だって、戦わなくちゃならないときがある」という言葉にもっともか、と納得する。とりあえずは施設内を見渡してみた。それでも、代用できる物が見つからない。彼女をその場に残して上へと行くと、あった。薄汚れた布切れであるが、体は隠せるぐらいの大きさではある。問題あるまい?
「問題あるんだけど」
だがしかし、こいつにとっては問題があるらしい。不満があるらしい。適当に見繕ってきた布切れを手にして唇を尖らせた。そんな顔をしたいのはこちらだ。SIPW8-00000は「なんだよ」と苛立つ。
「ここに服なんてねぇよ。これで体を隠せるということに感謝しろ」
「でも……」
「だったら、来る相手を俺がすべて倒せばいい。あんたは端っこでぼけっとしてろ」
こっちだって、言い分に納得してやったのだ。今度はこちらの分に納得してもらおうではないか。する気がないなら、強引にさせてやる。しかし、この道具女にも譲れないものがあったりするようだ。
ここで捏ねるのは、時間がもったいないのではないだろうかとカーリーは考えた。こうして、この〈ニンギョウ〉が自らインペリウムを裏切るような真似をしてくれたのだ。腹を括らなければならないだろう。
「わかったよ」
納得したくはなかったが、承諾をした。受け取った布切れで体を覆う。なるべく、素肌が露わにならないようにして。
改めて、二人が地上へと出ると――。
捕虜収監所の外にはSIPW8-10001と〈SIPs〉と〈OPERATOR〉たちが大勢いた。彼らは施設を囲むようにしている。この光景に道具女は眉根を寄せた。
――これは、もう……。
絶望感というやつだろうか。こちらとしては、そうは思わないが。
「これが祭りってやつだろ?」
この〈ニンギョウ〉に恐怖心はなかったらしい。その揺るぎない心が羨ましい限りである。そんな見当違いの発言にどこかで聞き覚えのある〈ニンギョウ〉が「いいえ」と丁重に返してきた。
「確かに、人が多く集まる行事は祭りとは言いますが、これを祭りと思っているSIPW8-00000の神経を少し疑いますよ」
少しよりも、もっと疑った方がいい。神経という言葉よりも、頭の方が正しいのかもしれない。なんてカーリーは心の中でそう思うだけにしておいた。口には出さないでおく。だとしても、もっともなことではあるとは信じている。向こうもそうだと考えているはずだ。だって、こんなキチガイなやつの頭の中身なんて四六時中オカシイに決まっているから。
「それじゃ、何? 教えてくれよ、SIPW8-10001」
わかっている癖に。その答えを知っているからこそ、対立する〈ニンギョウ〉――SIPW8-10001からの口で聞きたいからこそ、この男はとても嬉しそうにしていた。そんな顔をしたって、誰も嬉々とはしていない。こいつ一人だけだ。
「軍事規律を破った者には粛清を、と最高の祖国インペリウムが定めています。そして、それをSIPW-1もレグルス宰相殿も望まれている」
「なるほど。ここにいる全員は俺を殺すためにわざわざ出向いてきてくれたってわけか」
「正確には……」
カーリーを指差してくるSIPW8-10001。冷たそうな指に、冷たそうで生気のない目を見て、彼女は背筋が凍る勢いだった。
「捕虜なんて要らない。反インペリウム帝国軍は全員皆殺しです。最高の祖国インペリウムに反抗する者は当然。ですが、SIPW8-00000はこの国で一番強いでしょう。きっと、死んでも死に切れないかもしれません」
ずっとカーリーの方ばかりを見続けるSIPW8-10001。
「だからこそ、今一度SIPW8-00000という存在を一度殺し、再びレグルス宰相殿に中身を与えてもらうべきだと私は思うのですよ」
つまり、SIPW8-10001の言いたいことは、この〈ニンギョウ〉の存在を世間から消すだけ。肉体はそのままとし、新たな誰かとして生きていくということだった。これに彼は眉根をひそめながら「ややこしい」と一言。
「面倒だな。ご苦労様なことで」
「逆に考えてみれば、人生をやり直せるんですよ。いいじゃないですか」
「そうかい」
会話は途切れた。それを機に、話は終わりだとSIPW8-10001は告げた。これまで黙って話を聞いていた〈SIPs〉と〈OPERATOR〉たちが動き出した。これから、二人を殺害します。どんな手を使ってでも、必ずや殺します。そんな気を立たせながら。
――最高の祖国インペリウムに栄光あれっ!
人数、数量から言えば、先ほど捕虜収監所で相手をした〈OPERATOR〉と大差はないだろう。ただ、違うところを上げるとするならば、体力や的は〈SIPs〉の方が大きいということぐらいか。それでも、SIPW8-00000にとって同じようなことを繰り返すに等しかった。そら、ただの単純な術式魔法弾だ! ただ、それは追尾機能があるから、上手く避けろよ。
周囲に展開された大量の術式魔法弾。その一つ一つが正確な軌道を描きながら、〈SIPs〉や〈OPERATOR〉たちに当たっていく。避けた先も軌道は変えられるぞ。そうしていけば、誰も近寄ってこない。間合いを取って、こちらに術式魔法弾だと? しかも、ちょっと高性能な術式を組んでくるとは! そんなもの、跳ね返してやる。別に、こっちに〈ツーザンメン・シーセン〉がなくとも、お前らを殺せるからな!
はいっ、お得意の人爆弾でさようなら! ぼん、ぼん、ぼん、ぼん、ぼん。〈SIPs〉たちがたくさん死んで逝く。〈OPERATOR〉たちがたくさん破壊されていく。それをひたすら濁った黒色の目に映してはニヤニヤニヤ。傍らにいる道具女は恐怖に包まれ、一方でSIPW8-10001は無表情。それでも、彼女との視線は逸らそうとしていないようだ。
見てみろ、あっという間に人数は三分の一までに減ったぞ。
「ほら、ほら、ほらぁ! 来いよぉ! 殺したりねぇ! いつになったら、俺は死ねるんだ!?」
明らかに調子に乗っているSIPW8-00000は高らかな笑い声を上げた。無表情で突っ込んでくる〈SIPs〉や〈OPERATOR〉たちを殺し、壊しまくる。罪悪感? お情け? そんなものあるわけない。どこにあるというんだ、と訊きたいほど。それに、今夜悩まされる心配なんてない。ただ単に立場が変わっただけ。たったそれだけのことなのだ。
いつになったら、死ねるのか。そんな〈ニンギョウ〉の挑発にSIPW8-10001が「そうですね」とあごに手を当てて考えた直後、唐突に術式魔法変換杖砲をカーリーに向けて構え出してきた。これは自分を狙っているようだ。それの先から術式魔法弾が展開されるも――。
打ち消される術式魔法弾。それを実行したのは〈ニンギョウ〉だった。彼が自分たちの間に割って入ってきたのである。にやけ面の彼に一度も目を合わせようとしないSIPW8-10001は次々と術式魔法弾を撃ってくる。
――おい、いい加減こっちを見たらどうだ?
襲いかかってくる攻撃を攻撃で打ち消す〈ニンギョウ〉は鼻で嗤っていた。
「SIPW8-10001、結局あんたは一度も俺と目を合わせようとしなかったな」
「私は心を見られるのが嫌なだけですよ」
「……それって、インペリウムに疑問を抱いているから?」
仮捕虜J-K4の一言に反応を見せてしまったSIPW8-10001。隙をつかれてしまった。SIPW8-00000が展開した地面から突き出てくる魔術攻撃を思いっきり受けてしまう。これで立つことすらもままならず、仰向けの状態で倒れ込んでしまった。視界が霞む中、目を合わせたくない相手が顔を覗かせてくる。そんな余裕があることをしている。ということは、こちらに派遣されてきた〈SIPs〉や〈OPERATOR〉たちは彼の手によって殺し、破壊されてしまったのか。
SIPW8-00000はこちらの目を見てきた。それが嫌だからこそ、視線を逸らしたくても動けそうにない。それだから、目を閉じた。
「どういう意味だ」
不安と緊張、疑問が混ざった声が聞こえてきた。その答えは仮捕虜J-K4の言う通り。先ほど、目が合ったでしょう? そういうことです。
「……そのままの意味ですよ」
心底驚いた、とSIPW8-10001は仮捕虜J-K4にそう言った。流石は反インペリウム帝国軍だからなのか、とは違うのかもしれない。ただ、 “人形” とでしか思われていない自分たちにも心情があるとわかっていたのだろうか。それはどうなのだろうか。いや、今はもうどうでもいいだろう。こうして、腹の中を見られ、知られてしまった。この怪我で助かる見込みはないし、生き延びたとしても〈OPERATOR〉らにはバックアップなどで今件のことを〈SIPW-Is〉らに。そこからSIPW-1に――いや、一人だけではないだろう。〈SIPs〉全体に知られてしまったも同然だ。
「SIPW8-00000は、自分の存在を知りたいと、申請届に記載していましたね……?」
「ああ」
「それならば、レグルス宰相殿を訪ねたら……」
まだ息は浅いようだが、していた。だが、もう何も言わなかった。いや、言えないという表現が正しいのかもしれない。
何を思ったのか、〈ニンギョウ〉は「さようなら」と短いあいさつをすると、SIPW8-10001の東部を破裂させた。これで彼は完全な死を遂げる。本当は墓場まで持っていきたかった秘密を知られたくない相手に知られてしまったのだろう。さぞかし、悔しい思いでいっぱいだろう。
しばらくの間、彼はSIPW8-10001の死体を眺めていたのだが――ややあって、カーリーに「行くぞ」と促した。これに彼女は小さく頷くと、先を行こうとする彼の後を追うのだった。
[ID:6587954125:187.91のデータログ]
ID:6587954125/187.91.M7.63.77.29
緊急事態発生。
SIPW8-00000ガ軍事規律ヲ破ル。暴走中。
ID:3318200396/187.91.M7.65.21.63
由々シキ事態。即、捕ラエヨ。
レグルス宰相殿ニ、事情ヲ説明サレタシ。
ID:6587954125/187.91.M7.65.98.10
承知。
現時刻ヲモッテ、八番大隊出動致ス。
ID:3318200396/187.91.M7.66.14.74
了解。