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夜明けの光を待つ  作者: 池田 ヒロ
第四章
53/112

過ぎ去れば是非もなし

[5726.201]

 ここ最近、新しい従業員が二人入ってきた。グローリア人とルーメン人だそう。グローリア人は何度か見たことあるけど、ルーメン人は初めて見た。僕たちと違って、耳が尖っているから不思議。目がとってもキラキラしている。とても綺麗。夜の倉庫内でもとても目立ってた。これが人体の不思議ってやつなのかな。

 お父さんが言ってた。あの二人、とっても遠いところから来たんだろうなって。お父さんもルーメン人を初めて見たんだって。とっても綺麗な人だなって言ってた。そのときのお父さん、あのときの顔をしていた。グリコラおじさんが言っていた。あれは誰にも話さない方がいいって。お母さんが知らない、お父さんの秘密を僕とグリコラおじさんは知っている。

 とあるアパートのアドレスを教えてもらったザインは、グローリア連邦共和国の首都クラースの町並みを歩いていた。これから、そこへと向かうのである。

 情報記録キーの解析。ジョクラトルから受け取ったそれの中には七つの情報データが入っていたらしい。だが、実際には一つだけという謎がある。この謎をザインは解明しなければならないのだが――。


――俺でどうにかなるのか?


 あやしいといえば、あやしい。彼自身、電子機器はある程度の扱いはできるが、クオンのように多数の電子機器を扱うことはできないのである。簡単に言うと、ザインができるのは〈SHARE〉の中にある情報データを見て、コピーアンドペーストするぐらいであった。そんな彼に結構重要な依頼が来るとは。


――逆に考えて、信頼してくれているってことだよな?


 自分はインペリウム人である。インペリウム帝国軍人でもあった。そんな自分に、クオンはSIPS5-58019を殺した。代わりに、ザインという人物として生き返らせた。本当は、自分という存在はルシオラ連合王国のあの山の中で死んでいたはずなのだ。


【SIPS5-58019だなんて。いかにも人形みたいな名前は捨てなよ】


【約束だ。ボクはザインの安全を確保してあげよう】


 クオンが信じてくれているからこそ。ザインはメモに記載されているアドレスのアパートへとやって来た。それを見上げる。見た感じはどこか古めかしい建物である。もし、ここがインペリウム帝国であるならば、建て替えは強制的だと思う。


――協力者って、どんなやつなんだ?


 部屋のドアの前に立ち、一気に緊張が増してきた。この不安はSIPW8-00000に追い掛けられていたときと同等の物。相手はグローリア人。変な振る舞いをすれば、一発で自分がインペリウム人であると感付かれてしまう。そうならないためにも、クオンに念押しされた。


――特に、口誓いはダメだったな。


 未だとして、口誓いがいけないという理由がいまいちわかっていないザイン。なんでだろうな、と軽く考えながらベルを鳴らした。中ではドタバタと聞こえている。中の人は何を焦っているのやら。なんて、考えていると、同年代ぐらいの女性が一人出てきた。ボサボサの黒髪にずれた眼鏡。目の下にはクマができている。


「ああ、リーキタス一号君の言っていた人?」


 リーキタス一号君とは誰のことだろうか。ミレルのことなのだろうか。確か、協力者はミレルの紹介する人物だと言っていたから、合っているはずだ。ザインは「ああ」と頷いた。


「〈フラーテル・アウローラ〉のザインだ。あなたは協力者の……えっと?」


「あたし? あたしはアド・リビティウム。気軽に先生でもいいよ」


「……普通に名前で呼ばせてもらうから」


 妙な人物だ。そう言いたげなザインは中に入ろうとするが、女性――アドに止められた。これに彼は片眉を上げて彼女を見る。


「リーキタス一号君から、報酬の件は聞いていない?」


「そういうことか。それだったら、中で話そう。というか、中に入れてくれ」


「いや、ここはあたしの家なんで」


 なかなか融通の利かないやつだこと。彼は眉間にしわを寄せながら「本業の六倍は出すらしい」と答えた。


「俺はそこまでしか知らん。後は、途中で依頼主が合流するから、そいつに詳しく聞いてくれ」


「六倍? それは日給? それとも時期給? あたし、ここの家賃払う気ないよ」


「だから、そういうの俺は知らないんだってば」


「ふうん?」


 これ以上の探り合いは無駄だとでも思ったのか、アドはようやくザインを中へと入れた。彼女に案内されるがまま、奥の部屋にやって来る。そこには電子機器が三台設置してあった。彼女は「これがあなたの分ね」と一台の電子機器を指差した。


「こっちはあたしの。で、こっちもあたしの。学校用ね」


 ザインは座り心地の良くない椅子に腰掛けた。そして、ようやく本題である情報記録キーを二つほど取り出した。コピーした分の方をアドに手渡す。彼女はそれを見て「ほうほう」と頷いていた。


「これが例のブツですな?」


「七つの情報データの内、六つがないらしい。そのデータ解析が今回の依頼だ」


「へえ? 一つのデータを残して、ねぇ。ふうん? 『ウルプスレー公国』ってやつだけが残っているのか」


 アドは早速、中身を見てみることに。ふむふむ、なるほど。この『ウルプスレー公国』というデータは〈SHARE〉内の物をコピーしているようだね。〈SHARE〉で検索すれば、出てくるな。他のはっと。インデックスの確認、確認。『イニティウム諸島』『オリエンス島』『ウルプスレー公国』『アルカナ人』『ヌンティウス』『デア』『神子』の七つのファイル、か。


「そこのお兄さん」


 お兄さんとは自分のことだろうか。ザインは「なんだ」と反応を見せる。どうやら、彼であっていたらしい。アドは「〈SHARE〉で『ウルプスレー公国』以外の項目を調べて」と言ってきた。これに彼は返事をすると、電子機器を操作する。幸い、この電子機器は〈SHARE〉につながるからこそ、安心できた。IDSHAREを出せと言われると、困るから。所持していないから。自分がインペリウム人であることがバレかねないから。

 早速、ザインが六つの項目を調べていると、検索に引っ掛からないのが二つあった。それは『アルカナ人』と『ヌンティウス』である。このことをすぐさまアドに報告するのだが、彼女は「それじゃあ」ともう一つの電子機器に触れているではないか。


「検索で引っ掛かったものすべてをコピーしておいて。あたしは明日の授業の計画を立てないと」


「…………」


「あっ、それが終わったらご飯買ってきてよ」


 納得はいかないが、電子機器に詳しくない自分が主導するよりも、できるはずのアドに任せるべきだ。そうザインは自身の頭に言い聞かせることで精いっぱいだったという。


     ◆


 ルナはソナの話を熱心に聞いていた。記憶のない自分のことを教えてくれる誰かがいて嬉しかったのだ。


「それでな、ルナはそのときに池の中に落ちちゃったんだよ」


 知らない自分がどんどん出てくる。ルナ・フラーテルという人物がわかってきているようだった。それでも、何一つ思い出せないのが記憶喪失の悲しいところ。そう眉根を寄せていると、ソナが優しく肩に手を置いてきた。


「急ぐ必要はないよ。時間はある。あたしもいるし、アクアさんもいる。ゆっくり思い出していこう」


 傍らにいるアクアを見た。彼女の手元には小さな水の生き物がいる。じっとそれを見ていると、その生き物はこちらへと近付いてきた。ちょっとだけ触れてみる。冷たくはあるが、心地いい存在であるようだった。


「その子はラクリモサと言って、私やソナさんはらくちゃんって呼んでいるんですよ。是非とも、ルナさんもそう呼んであげてください」


「らくちゃん……」


 試しに呼んでみた。すると、ラクリモサはどこか嬉しげにこちらの周りを回り始めたではないか。その仕草が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。それにつられるようにして、ソナもアクアも笑顔になった。


「これは魔術っていうものだよね?」


「そうです。でも、私たちのお友達ですよ」


「友達」


【たとえ――】


 誰かが言っている気がした。男の人の声。何となく、何となくではあるが、大切だと思うべき言葉が思い浮かびそうになる。だが、それはラクリモサがちょっとしたいたずらをしてきたら、引っ込んでしまった。であっても、ソナが言っていたようにして時間は掛かってもいい。ゆっくりでいいから、思い出せばいいか。彼女はそう思うことにするのだった。


     ◆


 ポンコツ二号に慎重にと言われて、アークは怪訝そうな顔をしていた。現在は真夜中。彼はこれから農業機械倉庫から出て、ロア農場の出荷場へと向かうのである。そこで停車する貨物列車に乗り込み、この場所から脱出を謀るのだ。


《先にソーダ殿が待っているかと思われますが、あまり騒ぎを起こさないように》


「ンなこと、知ってるっての。ポンコツ二号が余計なことを言う度に俺がイラついているってことがわからねぇのか」


 なるべくならば、農道ではなく、目立たないように果樹園の中や背丈の高い農作物に紛れて動く。普段は隠密行動が苦手なアークはこれでも頑張っている方であることは忘れてはならないだろう。


《そちらこそ気付いてください。わたくしは、アークの精神力を養ってあげているのですよ》


「要らねぇ講義だな」


 誰かに見られないように、細心の注意を払いつつ、出荷場へと向かっていると――一台の〈ゲシュヴィント〉があの農業機械倉庫へと向かって行く姿を目に捉えた。あれはロア農場長が所持しているもの、とポンコツ二号が教えてくれる。それにアーク自身は何とも思わなかったが――やはり、どことなく嫌な予感がした。しかし、そんな彼の心配を煽ってばっかりしたポンコツ二号が解消してくれるようである。


《一応、カーリーにも伝えておきましょう》


「……まあ、あいつなら問題ねぇだろ」


 アークたちはロア農場長が乗る〈ゲシュヴィント〉を後目に、急ぐのであった。


 出荷場へとやって来ると、荷物との隙間にグリコラがいた。周囲には人気がないように思われるが、列車の方には誰かいるようである。このとき、アークはサックスの助言に従うことにしたようだ。下手に見つかるよりかはいいという判断のもとである。


「アークさん、大丈夫でしたか?」


 ようやく、合流するべき相手に会うことができた。彼から心配の声をもらうが、「何も問題はない」と答えた。うむ、計画通りだろう。後は最後に来るルーメン民族の女を待つのみ。であるが、おおよその時間になっても彼女はやってこない。もう少しで荷物を列車に積むというのに。そのことを気にしてか、農業機械の扱いが得意なやつは「大丈夫でしょうか?」と農業機械がある倉庫の方に顔を向けた。


「ロア農場長が倉庫内に来ていなければ、いいのですが」


《確認でも取って……》


 サックスがそこまで言ったときだった。急に黙るものだからアークは「なんだよ」と片眉を上げた。


「向こうで何か異常があったか?」


 事実、その通りらしい。サックスが《そのようですね》と答えたから。だが、カーリーの身に何があったのかまではわからないらしい。その何かあったところとは、いつも寝床にしているあの農業機械の倉庫であるということだった。


     ◆


 行こうと思っていたのに。カーリーは眉間にしわを寄せて、ロア農場長を見ていた。彼は苦笑いをしながら「まだ起きていたのか」と言った。


「もう寝た頃だと思ったんだがね」


「いや、その……あまり寝れなくて」


 とりあえずは誤魔化さなければ。カーリーは視線を逸らしながら「外に散歩へ行こうと思ったんです」と言い訳を作った。


「私、外の空気が大好きだから」


 これは嘘ではない。実際に〈顰蹙の空〉の中と比べて、外の方が空気は断然と美味しいと思えるのだ。カーリーがそう言うのだが「そうかい」とロア農場長の反応は薄い。


「外の空気が好きか」


 心なしか、こちらへと近付いてきている? 視線を合わせようにも、もう人の心を見る力なんてない。だからこそ、IDSHAREを取り出したロア農場長の意図がわからなかった。だとしても、それだけで予測できることは「お前に逃げ道はない」ということぐらいか。

 ロア農場長は、自身のIDSHAREを目の前に持ってきて「わからないわけじゃないよな?」とにやけ面を見せてきた。


「これを見せている理由」


 腕を掴んできた。


「え?」


「男の方はどこへ行ったかは知らんが、環境は最適だ」


 二階へと連れ込む。


「それでも、男には絶望的でいてもらいたいんだがな」


 何を言っているのだろう。ふと、視線を下の方にずらすと――ようやく、ロア農場長の意図に気付いた。


「なっ!?」


「お前に逃げ道はない」


 一階へと降りる階段から離れた場所。壁際に追いやられた自分。ロア農場長の手にはIDSHARE。彼の下半身は――。


――まさか……。


「ルーメン民族なんて初めてだが、悪くはないようだな」


 顔を近付けてくる。こちらが顔を逸らそうにも、IDSHAREがちらついてくる。それでも、拒絶反応を見せるかのような表情を作った。


「やめ――」


「わかっているよな? 逃げようとすれば、お前は不法入国者として入国管理局に身柄を拘束される」


 カーリーはもちろん、サックスも動くことは敵わない。下手に動けば、捕まるかもしれないから。彼女たちはどうすることもままならず、床に座らされた。逃げられないように、両手足を縛られた。声を出せないように、口を塞がれた。暴れるが、縛られているせいで思うように動けない。


――こうなれば、魔術で!


「忘れていた」


 首元に痛みが走った。これはまさか魔法エネルギー抑制剤!? なぜにこのようなものが!?

 本格的に危険だと覚ったサックスは入国管理局に追い掛けられてもいいと判断し、いつもの丸い形へと戻るが――。


「この前、税金を大量に持っていかれてむしゃくしゃしているんだ。何が収穫税だっ」


 八つ当たりで近くにあった木材でサックスが破壊された。ロア農場長の息が荒くなってきている。どうにかしないと。カーリーは残された手段だろうか。彼に頭突きを食らわした。


「がっ!?」


 思った以上にクリーンヒットする。鼻血が垂れたその姿は間抜けと言うべきか。だが、これは相手に怒りを売っただけに過ぎない。つまり、この攻撃は――。


「ふざけんなっ!」


 殴られた。頬骨辺りがとても痛い。額を拳で叩かれた。後頭部が壁にぶつかる。


「犯罪者が一丁前に抵抗してんじゃねぇよっ!」


 あごを殴られる。頭を床に押しつけられた。


「犯罪者なら、犯罪者らしくここで俺の××××に溺れろ」


 髪の毛が千切られそうなほど、強く掴まされながらも、上の服を破かれてしまった。肌が露わとなり、ロア農場長はニヤリと下卑た顔を見せる。IDSHAREを仕舞い込み、下の服にも手をかける。

 自身の下半身が目の前の男に見られ――思わず、涙が出てくる。ロア農場長の膨れ上がった下半身をこちらへ見せつけようとしたそのときだった。何かを感じ取るようにして、彼はその場で床に転がり込んだ。このとき、カーリーの真横を術式魔法弾が掠めた。二人はそれが来た方向を見る。


「来たか」


 そこにいたのはアークだった。彼からは怒りの念を感じ取られるようである。だがしかし、アークが怒り心頭していたとしても、ロア農場長は気にすることもない。仕舞い込んだIDSHAREを取り出して、見せびらかした。


「入国管理局に捕まりたくなければ、そこで大人しく見ていろ」


 再び、カーリーに触れようとするロア農場長。だが、それをアークは許さなかった。久々に見た人間爆弾。彼の頭のない首からは止めどなく血が噴き出る。ロア農場長の体は痙攣し、盛り上がっていた下半身からは染みが広がった。

 アークは無言で開いていた右手を握った。直後、ロア農場長の濡れた下半身は爆発する。彼がこちらへと近付く度にその濡れた下半身を中心に爆破させていた。周囲に血肉が飛び散ろうとも。白と赤の液がカーリーに飛び散ろうとも。アークの目にはぐっちゃぐちゃにされたものしか映っていない。その目が怖いと思った。恐怖心。彼が着用しているケープ姿から普段のサックスに戻った。彼女は《止めなさい》と止めようとするが、止まらない。


《アーク、いい加減にしなさい》


 これ以上、そのようなことをしては――。しかし、サックスの言葉が耳に入っていないのか、アークはロア農場長の体を踏んだ。もう形がない場所目掛けて。何度も、何度も。靴底が赤く染まり上げる。踏みにじる。

 本格的にアークの止めに入ろうとするサックスだったが――無言で破壊されてしまう。カーリーは状況が状況なだけに呆然とするだけ。ダンダンとアークが踏みにじっている音が耳に入るだけ。

 それが長らく続いていたかと思えば――。


「もう止めてっ!」


 ペンナの声でようやくアークが止まったかと思えば、彼の頭に農業機械がぶつかった。そのおかげで血が出た。ロア農場長と変わらない赤い血が。


「お父さんをこれ以上、傷付けないで!」


 階段のところにいたペンナの手には農業機械が。これでアークを再び殴るつもりだったのかもしれない。だが、彼の流している血を見て――。


「えっ、血が赤い……?」


 血の色でバレてしまった。だが、これにアークは気にすることはないらしい。爆発音。一段と静まり返るその場。ややあって、彼はカーリーの口だけを解放した。


「あ、アーク……」


「時間がねぇ」


 壊した、壊されたサックスたちを元通りにする。


「行くぞ」


 サックスを強引に操っているのか、彼女は何も言わなかった。無言状態で、カーリーの手足を解放させ、倉庫内にあった予備の服を受け取る。

 アークは外へと移動した。足の裏から奇妙な音を立てながら、何か呟いていたのをカーリーは聞き逃さなかった。


「俺の物だ」と。


     ◆


 終始無言で、魔術を利用して出荷場へとやって来た。そこではすでに荷物は列車に積まれて今にも出発しそうだったのである。これに慌てるようにしてカーリーとアークは最後尾のコンテナ車に乗り込んだ。ここから長時間走らせると、マキナ国の手前にある検問所へと停車するのだ。そこで検問が始まる前に、この列車から離脱しなければならない。それも、警備や検査員の目を掻い潜って。そして、近くにある廃坑道を利用してマキナ国へと入国するのだ。

 だとしても、ひとまずはグリコラと合流することだろう。出荷場にはいなかった。サックスが魔法エネルギーの感知をすれば、彼は列車内にはいる様子。ということは、前列へと向かえばいいということか。誰にも見つからずに。

 ここから先はできるだけ魔術を頼らずにいかなければならない。どこに魔法エネルギー探知機があるかわからないから。それをアークに念押ししているサックス。そんな彼らをカーリーは怪訝そうに見た。アークを不審に思うのだ。ロア農場長を必要以上に痛め付けていた。こちらに協力的だったペンナを動かなくしてしまった。極めつけは、俺の物という発言。自分が人の心を見る力を失っているからこそ、逆に彼の言行に恐怖心を抱く。


――絶対にあんな風にしない人だと思うけど……。


 アークのことは付き合いが長いというわけではないにしろ、ある程度どんな人間性であるかはわかっていたつもりだった。そうぼんやりと考え事をしていると、サックスが《行きますよ》と促してくる。カーリーは「うん」と頷くと、前列へと足を踏み入れるのだった。

 コンテナ車はロア農場で取れた作物や工芸品でいっぱいあった。それを横目に先へと進む。あらかじめ、サックスやカーリーが人の気配を読み取っているおかげで戦闘にもならずに事は進みそうだった。こちらの指示通りにアークは動く。奇妙なほど素直に。その様子も不気味だと彼女は思っていた。

 移動する車掌の目を掻い潜るため、コンテナの上に乗って過ごす彼ら。アークのことを不審に思うカーリーに気付いたのか、サックスが《いかがなされましたか?》と訊いてきた。


《車掌は通り過ぎましたが。何か気付いたことでもあるのですか?》


 貨物列車が走る音がうるさいのにもかかわらず、サックスの声を拾い上げたアークはこちらの方を見てきた。今、彼と目を合わせたらどうなることやら。カーリーはそっぽを向いた。彼にもサックスのケープがあるから、騒ぎごとはできないはず。それをわかっているはずだからこそ、誤魔化そう。


「ううん、何でもないよ。なんか、上手く事が進んでいるからちょっとだけ不安になっただけ」


 気にしないで、とカーリーは言う。そして、アークにも「行こう」と促した。彼の顔は見ていないが、きっと頷いてはいているはず。

 慎重に。慎重に。見つからないように、と先へと進むとグリコラと再会した。彼は二人の姿に一安心したようで「間に合ってよかったです」としわくちゃの笑顔を見せてくれた。彼のその声と姿を見たおかげか。カーリーは安堵する。なんせ、アークと二人だけというのはどうも気持ちが落ち着かないから。サックスもいるにしても、彼女は人間ではないし、人間臭いものを察するということもあまりできないだろうから。


「合流できてよかったですよ」


「本当にですね。ここは大きな荷物がたくさんあるし、非常口も近くにあるからすぐに隠れることは可能ですよ」


 グリコラの言う通りだった。隠れる場所はたくさんある。これならば、カーリーとサックスが周囲に注意していれば、検問所前まで何とかなるだろう。

 三人が合流できて、一安心できたのか「きちんとあの子にお礼を言えばよかったなぁ」と大きな荷物の一角を見つめながらそう言った。グリコラが言いたいのはペンナのことだろう。これに気まずさを覚える。ちらり、とアークを見た。彼は無言状態で虚空を見つめている。ペンナのことを言わないということは彼自身も後悔しているということだろうか。というよりも、アークは後悔するという言葉を知っているかによるが。

 グリコラはペンナとの思い出を語り出す。


「ペンナは本当に農業機械に興味がある子でしてね。小さい頃からずっとあの倉庫にやって来ては私の仕事を見ていたものですよ」


 初めてペンナが農業機械の運転をしたとき。それはある意味で、彼が魔術を、魔法エネルギーをコントロールしたということにもなる。グリコラはそのとき、自分のことのように嬉しかった半面、その農業機械を扱った場所が倉庫だったため、ロア農場長に怒られていて可哀想だと思っていた記憶はまだ新しく思う。


 つらつらとペンナとの思い出話に話を咲かせていると、聞き飽きたのかは知らない。煩わしいと思ったのかもしれない。アークが「あのガキは死んだよ」と呟くように伝えた。この言葉にグリコラは押し黙ってしまう。眉根を寄せて「嘘でしょう?」と悲しそうな顔をした。


「あの子が死ぬというのは……何があったんですか?」


「俺たちを殺す気だったから」


 それは客観的に聞いても、ペンナは自分が殺しましたと言っているに等しかった。その事実にグリコラはもっとショックを受けた。目から涙を流す。彼が何も言わず泣いているということは、本当に何も言えないからだろう。だが、ややあってグリコラは反論するかのように「何かの間違いでは?」と僅かな希望を託すような目でアークを見た。カーリーを見た。

 しかしながら、こちらの表情とアークの「事実だ」という発言にグリコラは項垂れた。


「あの倉庫で俺たちを殺すつもりだったんだよ。あんただけを逃がしてな」


 それは一体? カーリーは顔を上げてアークを見る。サックスも事情を知りたそうに《どういう意味ですか》と訊いた。


《あれは、逆上したペンナ殿があなたを殺しに掛かろうとしただけでは?》


「もしも、だ。あんたが農場からいなくなればどうなると思う?」


 アークはグリコラを見た。「それも先代の農場長の時代からいるあんたが」と付け加えする。これで考えられること。サックスが《捜索するでしょうね》と答えた。


《一人で多くの作物の管理を任されているような方ですし》


「その通り。あのガキはあんたがいなくなったときのことを気にしていたんだ。自分の親父に絶対何か問われて、バレたときの罰が怖かったんだろうよ」


「…………」


「だから、親父を唆した」


 今度はカーリーの方に視線を向ける。列車の音に紛れるようにして、歯軋りの音が聞こえた。


「俺たちが不法入国者だということを利用してな」


 アークはこれまで見たことのない皮肉そうな笑い声を上げた。車掌に気付かれないかどうか、不安があるが――周囲に彼らはいないようだ。


「あの親父があんたに性行為をしようとするところから、俺が攻撃してからの不意打ちがあのクソガキの大作戦だったってわけ。まんまと罠に嵌められたんだよ」


 だから、ペンナを殺したと言った。あの子どもは自分たちを本格的な犯罪者に仕立て上げて、グリコラが脱走したことを闇の中へと葬ろうとしたとか。アークは視線を彼に向けて、「どうやら」と何か別の事実も知ったらしい。


「あの野郎、他の女従業員にもやっていたようだな?」


「農場長は……はい」


 その場に無言が続く。カーリーはショックだった。あの優しいペンナが。自分たちにお弁当を作ってくれた彼が、自分たちを利用してグリコラだけをマキナへと送り出すつもりだったなんて。そのことをアークは最初から、あの子と目を合わせたときから知っていたということになる。ということは、それを最後まで隠し通していた、と? 自分がこんな目に遭うことを知っていた、と? であるならば、アークのあの過剰な攻撃はどう説明するのだろうか。いつもの彼ならば、人爆弾とか悪趣味満載な攻撃一発ですぐに終わるのに。

 もしかして、自分がああなるとまでアークも知らなかった? ペンナがロア農場長にどう唆したのかなんて、もう知る由もない。いや、彼が知っているだろうが、知りたくもない。

 その場の気まずさはより一層広がる。であるが、窓から徐々に見えてくる検問所。そろそろ、移動しなければ。三人は非常口から出ると、近くに見える封鎖された廃坑道へと向かうのだった。

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