誓いは儚くも悲しく
InID:6587954125【M】【速報:T.04要塞ニオケル被害状況ニツイテ】
Fo:InID:INPERIUM A
To:InID:INPERIUM A
速報。新生歴187年82日、インペリウム帝国ウセス地区T.04要塞、反インペリウム帝国軍ニヨッテ奇襲。シカシ、インペリウム帝国軍ニヨッテ駆逐済。近隣住民ハ注意サレタシ。反インペリウム帝国軍ノ残党ノ奇襲攻撃ノ可能性アリ。ソレニ反撃セヨ。
国民ニ告グ。インペリウム帝国ノタメ、反インペリウム帝国軍ヲ駆逐セヨ。サスレバ、我ラニ永久ノ安寧ガ訪レルダロウ。
SIPW8-00000、あるいはアークという〈ニンギョウ〉のためとして、自分のために生きる。カーリーにだって、意地や意志はある。それを折ってしまったり、曲げようとはしたくなかった。それは決意でもあるのだから。たとえ、今こうして頬と髪の毛を強く掴まされていたとしても。その相手が自分を道具としてしか見ようとしない哀れな操り人形であろうとも。
人であるからこそ、人として。彼のためとして、自分のために生きる。
カーリーのこの決心に〈ニンギョウ〉は「へえ」と薄い反応を見せると、唐突に唇を重ねてきた!?
――は?
何が何だかは当然。訳がわからず、大きく目を見開く。いきなりこいつは何をしているんだ、とフリーズ。硬直。どうすればいいのだろうか。これを止めさせるには? 止めろ、と怒声を上げればいい? いや、無理だ。口を塞がれているから。あっ、こうすればいいんだ。
力任せに彼を押した。髪の毛を引っ張られていたからか、そのときに何本か抜けてしまった感覚がする。頭が痛いが、口付けしてきたことに驚きは隠せない。それだからこそ、「何するの!?」と涙目で訴える。
「頭がイカレているんじゃないの!?」
「あんたこそ、何をしているんだよ」
押されたことにムカついているらしい。こちらへと眉間にしわを寄せた表情を見せる。ゆっくりと体勢を整えつつ「せっかく」とため息をついた。
「せっかく、俺があんたの決意を受け取ってやったってのに」
「何を言っているの?」
二人の目が合った。慌てて、合わせないようにカーリーは視線を逸らす。そこでわかったこと。自分たちの話が噛み合わないことに互いが気付く。ああ、そういうこと。
「……なんだ、ルーメン民族はそういうことをしないのか」
「そっちだって。ああいうの、そういう風に使うとは思わなかった」
“口誓い”。インペリウムの〈ニンギョウ〉たちにとっての口付けというのは、決意の言葉を受け取ったという証拠となる。話し手と聞き手、互いに自分たちの唇を重ねる。言葉というのは口から生まれる。だからこそ、言質として受け取る文化がこの国にはあるようだ。
多民族同士の文化の違い。そういうことなのか、とカーリーは納得できる――はずはなかった。ルーメン民族の文化とやらは別の意味として捉えられているのに。最悪だ。恥ずかしさよりも気分が下がってくる。ただの文化の違いでこうも嫌な思いをするなんて。
げんなりとするカーリーをよそに、〈ニンギョウ〉は「とにかく」と向こうはさして気にしていない様子。
「俺はあんたの言葉を受け取った。だけれども、いくらあんたが俺のためとして、自分のために生きると宣言しても、俺は人として尊重しない。ただの所有物だからな」
相変わらずの男だ。カーリーが歯噛みをしていると、ここで〈ニンギョウの目〉が一つ増えた。それは自分たちの周りを浮遊していた。そのことに気付いた彼は「それじゃあ」と汚い床に置いていた服を掴み取ると、着替え始めた。
「今日はここまでだな」
「…………」
「しばらくは来れそうにない。それまでに、俺の存在を知るための手段を考えておけ」
カーリーは返事したり、何も言い返すことができなかった。ただただ、牢の外を歩くその〈ニンギョウ〉の背中を見送るばかり。ぼうっと、小さくなってしまったその背中を見つめていたが、横から視線を感じた。〈ニンギョウの目〉だった。真っ赤な目をこちらに向けているだけ。
「見ないで」
唇を重ねられたことを、こいつに見られていたという事実がある。だからこそ、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。そこに立っていることも嫌で、牢の端っこへと移動してへたり込む。文化の違いではあるが、そういう問題ではない。カーリーはそう大声で叫びたかった。だが、言えなかった。言えそうにもない。恥ずかしくて、最悪で。気分はがた落ち。何だよ、もう。
「どうしよう」
それ以外の言葉が出てこなくて。大きなため息をつくしかなかった。そんなカーリーを〈ニンギョウの目〉は視線を彼女に向けるだけである。
◆
SIPW8-00000は地下から地上へと出た。ここは捕虜収監所。中にはあの捕虜として捕らえた道具女しかいない。何でも、この場所を使うこと自体がかなりの久しぶりらしい。それでも、申請届を提出してあいつを移送しにきたときは、捕虜が収容される場所以外はある程度の掃除がなされていた。おそらくはここに配置された〈OPERATOR〉たちがこまめに掃除をしてくれていたからであろう。何とも便利であるか。
あの機械は〈OPERATOR〉という魔術工学機器としての正式名称であるが、実際はそうとはほとんど呼ばないし、反インペリウム帝国軍らが呼称する〈ニンギョウの目〉とも言わない。呼ぶときは製造番号。本来の目的としては、国内を監視するためである。そこから、付け足すようにして様々な機能が〈OPERATOR〉に年々と備わっていた。故に、人手不足のところやこう言った、誰も立ち入らないような場所に配置されていることが多々あるのである。
SIPW8-00000はインペリウム帝国の敵ではないから、〈OPERATOR〉は攻撃をしてこないし、警戒もしない。そんな無機物たちの横を通り過ぎ、小さな仕切りがなされた場所へとやって来た。ここにはたくさんの移動術式魔法陣が刻み込まれていた。これも立派な魔術工学によって生み出された代物。確か、雇われのマキナの魔術工学技師が造ったものらしい。しかし、その技術者は現在、研究機関から逃げ出しており、行方がわからなくなっているとか。SIPW8-00000はそのような経緯を彼は気に留めることもなく、一つの移動術式魔法陣の上に乗り込んだ。
この先につながっている場所。普段使われない移動術式魔法陣からSIPW8-00000が現れても、そこにいる〈SIPs〉たちは目にくれない。人間に備わっている好奇心とやらが欠落しているからなのかもしれない。別に注目の的になりたいわけではない。どうだっていい。今の自分が向かうのはこの場所から出て、長い回廊を突っ切って、また移動術式魔法陣に乗り、乗り換えて、またしても長い回廊を歩いた先にあるだけ。その先に続いているドアをノックもなしに開けて入室した。
「話とは?」
連絡を寄こしてきた〈OPERATOR〉からはある程度の情報概要は教えてもらっている。だが、形式上はここに来て、話を聞かなくてはならないと昔に教わった。何とも面倒なしきたりであるか。
この部屋の所有者である人物――奥のテーブルに展開している地図を眺めつつ「上官に向かっての態度とは思えませんね」とため息交じりに言ってきた。
「いくら、SIPW8-00000が誰より強くとも、ここでの立場は私が上ですよ」
「早く要件を言え。早く現場に行きたい」
話がなかなか通じないな、と地図を眺めていた人物――SIPW8-10001はSIPW8-00000を見た。だが、彼は目を合わせようとは思わない。それはこちらの特殊能力を知っているからだ。だからこそ、初めて会ったときから目を合わせたことなど一度もなかった。
「レグルス宰相殿らには、躾の方をもう少ししてもらいたかったものですね」
「御託はいいから」
「急かさないでください。時間はあります。早く行っても、待ちぼうけを食らうだけですよ。そして、私はSIPW8-00000と少しばかり話をしたくて、呼び出しただけ」
話をしたくないとでも言いたげのSIPW8-00000。退屈そうに、気だるげな様子でSIPW8-10001の部屋にいた〈OPERATOR〉を捕まえて弄り始めた。そんな彼に注意することもなく「捕虜の件です」と話に入った。この話題に少しだけ反応を見せる。
「何だよ、俺は申請届を出した。しきたりとやらを守ってな」
「ええ、そうです。ですが、T.04要塞での指示は駆除でした。SIPW8-00000はその指示を守らずして一人だけ捕虜として捕らえた。これは由々しき事態です。SIPW-1が知れば、どうなると思いますか?」
「知るか」
相変わらずSIPW8-10001は目を合わせようとしてくれない。
「SIPW-1はウセス地区統括部長なのです。この地区で起きた問題を把握しておかなければなりませんが、そのことはまだ知らないはずでしょう。私はまだ申請届を決裁していませんので」
言っている意味、わかりますよね? SIPW8-10001は言葉を続ける。
「SIPW-1に知れたならば、即刻、捕虜とそれを捕らえたSIPW8-00000を殺せと処分命令が下すでしょう」
「で?」
「私はSIPW8-00000を殺したくありません。なぜならば、SIPW8-00000は〈祝福の空〉を破壊することができる存在だから。あなたはそれだけの力を持っているんです。味方に恐れられようが、忌み嫌われようが、私はSIPW8-00000自身を手放したくない」
そういうと、SIPW8-00000と目を合わせないようにして口誓いをしてきた。SIPW8-10001なりに自身の決意を受け取って欲しいらしい。
「私の思い、わかりますね?」
「あの女を殺せと?」
「はい。明日から監視を増やします。本当はこのような事態で予算を取りたくありませんが、私はSIPW8-00000のためを思って言っているのですよ」
SIPW8-00000から離れると、SIPW8-10001は背を向けた。その背中からは彼に対する興味がないように思えた。だが、それはどうでもいい話。何も言わず黙り込んでいると、「七日後です」と言ってくる。
「七日間の猶予を与えます。それまでに任務を終わらせて、じっくり考えてください」
「……七日後までにあの女を殺せばいいんだな?」
「ええ、お願いしますよ」
その指示を承る気らしい。なぜならば、「最高の祖国インペリウムの未来のために」と敬礼をSIPW8-00000がしたからだ。それをSIPW8-10001は満足そうに頷くと、本題に移るのだった。
「SIPW-Isからの報告です。明日から五日間の間に再びT.04要塞に反インペリウム帝国軍がお見えになるそうですよ」
「へえ」
「SIPW8-00000の現在の配属先でもありますね。そこできちんと役目を果たしてください。今度は捕虜なんて取らず、殲滅が任務の条件ですよ」
その言葉にSIPW8-00000は「わかっている」と踵を返すと、その部屋を後にした。扉が閉められ、この場にはSIPW8-10001のみとなってしまう。彼は部屋の中を見渡した。誰もいない。いや、〈OPERATOR〉が一機いる。だとしても、これはただの魔術工学の技術で造られただけの機械だ。心内なんてわかるはずもない。SIPW8-00000の力を持っていない限りは。
テーブルの上に表していた地図を消して、二つの情報データを展開する。一つは彼が提出した捕虜所有申請届。もう一つはとある条件が記載されたデータだった。それにはこうある。
●一ツ、SIPW8-00000ハ他ノ〈SIPs〉同様ニ扱エ。
●一ツ、SIPW8-00000ノ所有権ハSIP-01ニナイ。
●一ツ、SIPW8-00000ニ感情ヲ教エテハナラナイ。
●一ツ、SIPW8-00000ノ記憶ヲヨミガエラセルコトナカレ。
以上ノ規約ヲ厳守トシ、インペリウム帝国ノ輝カシイ未来ノタメニ、命ヲ賭セ。我ガ国ニ栄光アレ。
受け取った申請届――捕虜所有申請届の動機事項には “自身ノ存在ヲ知ルタメ” とある。これらのデータを眺めては苦笑を浮かべる。
――レグルス宰相殿……SIPW8-00000は一体何者なのですか?
心中を知ろうとしない者がいない部屋だからこそ、疑問を頭に出せる。以前、SIPW-1がSIPW8-0000000を連れてきた。そのときに耳打ちされたこと。
【レグルス宰相殿からの伝言。SIPW8-00000に自分の存在に疑問を持つな、持たせるな】
それを当の本人が破ろうとしている。ここは何としてでも、SIPW8-00000の意志を折らなければならない。自分はインペリウム帝国軍の兵士。それをSIPW8-00000のすべてとして認識させるために。それでも、七日間の猶予を与えたのはただ単に情けなのかもしれない。異国人たちからは我々〈SIPs〉を〈ニンギョウ〉だなんて、たとえている。そんな自分たちにも同情心があったのか。何とも珍しい状況。以前は、部下が死のうとも上司が殺されようとも、何も思わなかったのに。
盛大なため息をSIPW8-10001がすると、捕虜所有申請届に不可印のファイルに移動させるのだった。
◆
待ち伏せしていた甲斐があった、とSIPW8-00000は残骸を楽しそうに眺めていた。その傍らでは今にも死にかけの反インペリウム帝国軍が恐怖のどん底に落とされているようだ。形がほとんど残されていない残りカスから足を退ける。靴底には赤と橙色の血が大量に付着していた。
「おい」
何となくの気分で、足で押しつけていた物を拾い上げる。そんな中で、一人の生き残りに声をかけた。彼はあまりの恐怖心に駆られて、過呼吸を起こしているではないか。だが、敵であるSIPW8-00000には一切関係ない。別に知りたいことがあるからだ。反インペリウム帝国軍に近付き、頭を掴んだ。
「他にお仲間がいるだろ」
白目でひどい息遣い。答えられそうにないようだった。これではT.04要塞にいるであろう他の反インペリウム帝国軍の居所を掴めやしないじゃないか。SIPW8-00000は不機嫌そうに片眉を上げると、その生き残りの耳元に口を近付けた。
「落ち着けよ。いるんだろ? どこだ? 俺に教えてくれよ」
落ち着けと言われても、呼吸が正常になる見込みはなし。仕舞いには口の端から泡を出している。このまま気絶する方が早いだろう。それならばである。誠に残念だ。
「上司の命令だ。仕方ない」
掴んだ頭を持ち上げ、汚い血まみれの地面にその頭を押しつけた。その直後に後ろ首へ術式魔法弾をゼロ距離で当てる。赤い血が出てきたから、こいつはルーメン民族で合っている。
生きていた敵を片付けたSIPW8-00000の目に〈OPERATOR〉が映った。もしかしたら、機械同士で情報を共有している可能性があるかもしれない。なんだ、こいつらに訊ねるより、よっぽど使い勝手がいい道具がそこにいるじゃないか。早速、「反インペリウム帝国軍はどこだ」と質問をぶつけた。
呼び止められた〈OPERATOR〉はしばらくの間、他の者と連絡を取るつもりなのか、その場で止まった。しばらくして、目から映像情報が映し出された。一人の屈強そうな男がいた。その男は手を向けている。そして、そこから術式魔法弾が飛び出してきて、ここでその映像は途切れた。どうも、この映像はとある〈OPERATOR〉の最期のものらしい。
「これだけかよ」
映像を見せ終わった〈OPERATOR〉は再び巡回に戻った。あの映像から見て、その場所には見覚えがあった。前回に反インペリウム帝国軍の相手をしたあの場所。そこから少しだけ離れた場所。
まだまだ獲物はいる。その事実に喜ばしいと思うSIPW8-00000はニッコニコとした不気味な笑顔をする。手に掴んだ形骸を放り投げて、その手で笑いをこらえるように鼻と口を覆った。ややあって、手を離してみれば――そこには赤と橙色の血を顔につけた狂人がいるだ。
◆
倒しても、倒しても現れるのは〈ニンギョウの目〉ばかりだった。〈ニンギョウ〉はほとんど見かけない。それもそうだろうな、と眼前にいた〈ニンギョウの目〉相手に術式魔法弾を当てる大男――ジェイヴは周りを見渡した。そのようにしていると、傍らにいた同じルーメン民族のロタが「班長」と声をかけてきた。
「こっちにも〈ニンギョウ〉は見当たらない」
それは先日に反インペリウム帝国軍〈フラーテル・アウローラ〉による大規模な奇襲作戦が行われたことが主な原因だろう。あの作戦でかなりの数の〈ニンギョウ〉はやられてしまった。だからこそ、それを狙い、本来の配置人数を補充できない短期間で再び乗り込んだ。
「そうか。いたとしても、見掛けても、俺に報告をくれ」
班長と呼ばれたジェイヴはこの作戦には作戦部隊第二班北門陽動担当の班長として加わっていた。作戦部隊第六班を〈顰蹙の空〉の〈制御装置塔〉へと導くために途中まで誘導もした。それなのに、自分たちの班だけが生き残った。その第六班にいた我が子どもたちは、もういない。
戻ってこない子どもたちは殺されたのだ。だからこその復讐戦。正直言うと、この戦いは〈フラーテル・アウローラ〉としてではない。一個人の恨みだ。反インペリウム帝国軍のリーダーでもあり、大親友でもあるやつからは「止めておけ」と止められたが、それを振り切ってまでも復讐をしに来た。それでも、自分の意志を尊重してくれる仲間がいて、多少は心強いと思う。今度こそ、〈顰蹙の空〉の機能を停止し、自身の子どもたちを殺した〈ニンギョウ〉たちに同じことをしてやりたい。彼の光る紫色の目がそう物語っていた。
先へと足を進ませていると、ここに来て初めて〈ニンギョウ〉と遭遇した。真っ黒な髪の毛に濁った黒色の目。鼻から口元にかけては乾いた赤と橙色の血が付着しているではないか。そんな男から発せられているオーラはただ者ではないはず。口を見ればわかる。こいつは〈ニンギョウ〉の中でも特に狂った〈ニンギョウ〉だと。
「班長……!」
戦友でもあるロタやその仲間たちはやつの姿に圧倒されていた。当然だ。口周りに血をこびりつかせているならば、誰もが思うだろう。こいつは人を食ったんじゃないかと畏怖する。実際はどうなのかはわからないが、見た目で判断するならば、そうであると思えるだろう。何より、こっちを見てはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべているのだから。
「俺がする」
うろたえなくとも、ジェイヴ自身が目の前の敵の相手をするつもりだった。もしかしたらば、この男が我が息子と娘を殺した可能性があるから。彼は目を逸らさないようにして、動き始めた。魔術で相手に勝とうなんて思っちゃいない。相手を殺せる力があるならば、それだけでいい。それだけで、あの子たちは報われるのだから。
動くジェイヴの前に〈ニンギョウの目〉が邪魔をしてくる。もちろん、彼にとっては邪魔以外の何物でもない。
「邪魔だっ!」
術式魔法弾を展開している暇があるならば、掴んで壁や床に叩きつければいい。所詮は機械だ。壊れたら、自力で動けまい。ほら、すぐに動けなくなった。上出来だ。後は目の前にいる頭がおかしそうな敵の首を絞めておしまいだ。
そのはずだったが、後ろを取られたはずの〈ニンギョウ〉は小さく笑った。
「あんたを殺して、その光景を目に焼きつけて……娘に見せたらどんな反応を見せるかな?」
なぜに自分の娘のことを知っているかと思った。だが、その発言から察するに、まだ自分の娘であるカーリーは生きているという証拠とはなる。
「まさか……!」
「兄貴はあんたの部下のように人爆弾。その妹は……俺の道具」
途端に、こちらから見えた仲間たち。パンパンと鈍いような軽いような音を出しながら頭が破裂していくではないか。あっという間に、その仲間たちは地面に倒れている首なし死体へと変貌した。おそらくはロタの目玉であろう緑色のものが転がっている。こちらを見つめている。あまりの唐突さにジェイヴは男の首を獲る直前で硬直してしまった。目に移る光景が衝撃的過ぎて。こいつの言う言葉に驚きを隠せなくて。
【兄貴はあんたの部下のように人爆弾。その妹は……俺の道具】
――道具だと!?
「世の中は狭いなぁ。こうして、あの女の父親に会うなんて」
ゆっくりとこちらの方に顔を向けてくる男。赤色と橙色の血が鼻と口にこびりつく、そいつの下卑た笑い顔が脳裏に焼きついてきて気味が悪い。同じ人間とは思えない。
――ニヤニヤとしやがって、何がそんなにおかしい? 子どもたちを殺したクソどもがっ! この、世界の嫌われ者どもがっ!
「貴様ぁっ!」
絶対に許すまじ。そのまま、首を絞め落としてやろうとするのだが――。
「はい、そうですか。さようなら」
それを聞いたのが最期だった。その大男の頭部が破裂したからである。その場にあるのは人の残骸のみ。首なし死体を見て、SIPW8-00000のにやけは止まらない。覚えよう、覚えよう。この光景をきちんと頭にこびりつかせないと。あいつに見せないと。見せてあげたい。どんな反応をするか。あの決意は揺らぐのか。
「楽しみだなぁ」
どうせならば、人の心を失くせばいい。あの女を思うやつは必ず死んでいる。それを知れば、人として生きる意味がなくなるだけだ。持っていても、仕方ないだろうに。
――だから、あいつは俺のためだけに道具として存在するだけでいい。
SIPW8-00000は首なし死体に目をくれず、踏み潰してその場を後にするのであった。
◆
同時刻、SIPW8-10001は〈OPERATOR〉から送られてきたSIPW8-00000の言行の確認をしていた。彼がきちんと任務をこなしているかどうかである。事実、彼はきっちりと言われたとおりに、反インペリウム帝国軍の殲滅に勤しんでいるようだった。それはいい。それはいいのだが――。
「私が言っていること、SIPW8-00000はわかっているんですかね?」
SIPW8-00000とは五日前に会った。そのときに、捕虜を七日以内に殺すことも指示したはずだ。だが、どう考えてもさっきほどの大男との交戦――。
【あんたを殺して、その光景を目に焼きつけて……娘に見せたらどんな反応を見せるかな?】
それもであるが、ここ最近の監視映像などを見ればわかる話だった。SIPW8-00000にはある意味での感情を持ち合わせているようである。特に捕虜収監所では感情的になったりもしていた。どう考えても、彼は自分がしたいことをしているように思えるのだ。
――SIPW8-00000は捕虜を殺す気がない?
だがしかし、まだわからないのも現状だ。執行猶予はあと二日ある。こればかりはそのように指示を出してしまった自分に非があると言えよう。それならばだ、早めに捕虜を処分させるためにも――。
「こんなことはやりたくないんですがね」
一機の〈OPERATOR〉に、捕虜収監所にいる〈OPERATOR〉へとメッセージを送ることにした。そして、とある場所にも一件のメッセージを。その返事はすぐに来た。
「……でしょうね」
このメッセージを見たSIPW8-10001の表情は〈SIPs〉にしては珍しく、皮肉った様子でいるのだった。