歓迎はされない
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【グローリア連邦共和国】
グローリア連邦共和国、通称グローリアは5340年よりグローリア地域内にある三つの自治区(ルプス自治区、タウルス自治区、ウルスス自治区)と統合し、国となった。以前はルプス自治区、タウルス自治区、ウルスス自治区と分かれていたのだが、統合し、グローリア連邦共和国となる。基本的にそれぞれの自治区が自治体として運営している。首都はウルルス地方クラース。
グローリアはルーメン自治区とマキナ国の中央に位置している。
グローリアはインペリウム帝国を除き、世界最大規模の軍事を有している。
グローリア民族の特徴としては血が赤色ではなく、橙色。そして、第六感が優れており、嘘や誤魔化しは彼らの前ではできそうにない。
グローリアを始めとする、マキナ国、アルビオン王国の三か国の間には三国共有領地(公領地)が存在しており、三か国の軍によって立ち入りを制限されている。
世界中で利用されているIDSHAREはグローリアとマキナの共同研究によって、開発された。また、〈SHARE〉の元となったロストテクノロジーである人工生命体の〈Suvi〉の発見により、3702年より当国発端で世界調査のブームの火付け役となった。
誰かに呼ばれた気がして、SIPW8-00000は目を開けた。そう言えば、ルシオラ連合王国を後にしたんだっけか。ということは、もうグローリアに着いたとでも? 旅客機の窓の外を見た。インペリウムのケチュータでも見たことのあるような摩天楼が遠くにあるのが見える。しかし、この摩天楼群のデザインは見たことがなかった。
「グローリア?」
「もう着いたよ」
横からルーメン民族の女の声が聞こえた。彼女は降りるよと促してくる。
「まずはグローリアの軍部に行くってさ」
「俺、〈Suvi〉の遺跡に行きたいんだけど」
《勝手なことをしていると、また拘束をされますよ》
我儘アークに痺れを切らしたカーリーが何かを言おうとするが、彼女が言う前にパティが横入りをしてきた。そのようなことを言われて、拘束という言葉が嫌なのか、眉間にしわを寄せているではないか。
そんな自分たちのやり取りを見ていたジョクラトルが「行くぞ」と声を掛けてきた。
「パティの言う通りだ。アークは本当に自分の言行に気をつけてくれよ」
「あっそ」
「他人事じゃないってのに」
誰もが呆れた様子でいると、国際ターミナルの施設内で自分たちの迎えに来てくれたグローリア連邦共和国軍人が――すぐさま、魔法エネルギー放出を抑える拘束具をアークの両腕に着けてきたではないか。まだ何もしていないというのに、納得のいかない彼は「冗談じゃねぇ」と強引に魔術で拘束具を引き千切ろうとするも――。
「悪いけど、ここは一般人もいるから魔術は禁止よ」
首に激痛が走ったかと思えば、ドミナがアークの背後に回って魔法エネルギー抑制剤を打ち込んだ。これは即効性らしい。全く魔術が扱えなくて、段々と不機嫌になる顔。
「あんたらが手荒な真似をするからだろ」
「手荒な真似? 世界中から嫌われているインペリウム人をこうしてグローリアが迎え入れてくれてあげているのよ? むしろ、この程度であることを感謝しなさい」
「誰が感謝なんかするか」
舌打ちをするアークにドミナは「軍部まで案内するわね」とスルーした。これにジョクラトルがこっそりと「な?」と耳打ちをする。
「これがドミナのやり方。こういうの、俺も体験したことがあるからアークの気持ちはわかる」
「そう思うならこれを解け」
何とも上から目線のアーク。そんな彼の悪態にジョクラトルは「おい」と怪訝そうにした。
「人がせっかく同情してやってんのに。その態度はないだろ。前は拘束されたから何? とでも言うような顔をしていたのによ」
「口で言うぐらいなら、行動で示せ」
カッコ悪い格好で、カッコいいことを言っているな。カーリーは二人のやり取りを見て苦笑いをしつつ「お久しぶりです、ドミナさん」と挨拶をした。
「T.04要塞の後はあまり話せなかったですけど……」
「そうね。でも、こんなところでの立ち話は何だし、移動中にゆっくり話をしましょ」
もちろん、新人のアクアにもと彼女に顔を向けてあげた。美人のドミナの視線にアクアはしどろもどろする。緊張しているのか「アクア・ヴィテです」と小さな声で自己紹介をしていた。
「初めまして」
「はい、初めまして。じゃあ、行きましょ」
ドミナに促されて、誰もが彼女の後を着いていく。そんな中、少し離れた場所から後を追うクオンは背後を見た。
「何に怯えているんだ」
そこにいるのはザインである。彼は不安そうに辺りを見渡していた。
「インペリウム人は歓迎されていないんだよな?」
今のところ、ザインがインペリウム人であることを知っているのはクオンとカーリー。そして、一番厄介なSIPW8-00000である。特にSIPW8-00000だ。あいつは絶対、バラしたがるタイプだ。インペリウム人は拘束するとならば、自分もされなくては不自然なはずだとあいつは思っているはずだ。
「そりゃ、〈フラーテル・アウローラ〉の連中は誰だってそうだよ」
「絶対、SIPW8-00000はバラしそうだよな?」
「そこはわからない。ただ、ドミナさんの場合は……実験体は脱走しないように拘束をするタイプなだけだから」
「えっ、俺もあいつもあの美人に実験体にされるの?」
「いや、知らない。でも、普通にしていれば問題ないと思うよ?」
あの〈ニンギョウ〉もそうであるが、時間が経つにつれてザインが元〈ニンギョウ〉だと思えなくなってきていることは確実だ。〈ニンギョウ〉どもは脳内に掛けられた洗脳の魔術が原因で人間味がない。であるならば、そこに着目すれば――あまり血を流さずとも戦いに決着はつくだろう。
この論を基にグローリア軍の参謀部辺りに提案をしてみるか。いや、時間が掛かり過ぎて現実的ではないと突っぱねられそうだ。それならば、ザインだけは絶対に元〈ニンギョウ〉であることを知られないようにしておくべきだろう。まさか、誰もが味方に元〈ニンギョウ〉がもう一人いると気付かないかもな。
「安心して。ザインの正体がバレないように、ボクがどうにかこうにかしておくから」
一番注意するべきなのはあの〈ニンギョウ〉だけだ。彼がポロリとザインの身分をバラしてしまわないようにしておかなければ。だとしても、どうやって? 何かしらの交換条件?
――あいつは自分のことを調べたがっていたな……。
〈Suvi〉というロストテクノロジーが気になり始めていた。自分は人工生命体なのかもしれないということを真顔で言っていた。フロースの花の群生地を知りたがっていた。〈SHARE〉で調べているときにカーリーから聞いた話だが、あの〈ニンギョウ〉には幼い頃の記憶や両親の顔を知らないらしい。そのことを「オカシイ」と言われ、自分の本当の記憶を取り戻したがってもいるからこそ、ガリブルに魔術工学機器で記憶をよみがえらせてくれと懇願していたらしい。
――だから、あいつは魔術工学に興味があったのか。
魔術工学技師であるから、最初は自分に食いついてきた。だが、情報データやサーバーシステムの管理である電子機器類ばかりに携わっていると聞いた途端に興味なさげになっていた。
――ならば、記憶を取り戻せるような魔術工学機器を作れば?
ありえない話ではある。だが、不可能ではないとは思いたい。よくわからないが、〈Suvi〉は情報データを保存と共有をしているという技術を利用すれば可能なのかもしれない。ただ、問題は人間の脳みそでどうやって応用を利かせるかどうかだ。
魔術工学機器に人間の脳みそは使わない。あるのは無機質な金属や不導体などの材料のみ。研究するのは構わないが、時間が掛かり過ぎる。成功確率が上がる情報を手に入れなければ。
そうともなれば、〈ニンギョウ〉が〈Suvi〉の遺跡に行こうとするのは悪い話ではない。むしろ、行って、古代の文明知識で使えそうな情報を手に入れたらば幸いだ。
――ボクが指示を出す形でいけるか?
〈Suvi〉や人工生命体に関する情報をあの〈ニンギョウ〉に小出しすれば? 彼は間違いなくこちらを利用するために近付いてくるだろう。
「本当に?」
ザインが心配そうにこちらを覗き込んでくる。考え事をしていたから、びっくりしたクオンは肩を強張らせながらも「もちろんだ」と頷いた。
「約束だ。ボクはザインの安全を確保してあげよう」
「そっか」
約束ならば、と――クオンの唇にザインは自身の唇を重ねてきた。更なる衝撃が彼女の体中に駆け巡る。あまりの驚愕的なことに「うわぁ!?」と声を上げてしまう。
「何をしているんだよ!?」
慌てて周囲を見た。人の気は――やべぇ。視線がこちらに集まっているではないか! どこかへと!
クオンはこっちに来い、とザインの手を引いて人気がいないところへと避難した。いきなり移動するものだから、彼は困惑した顔で「どうしたんだ」と片眉を上げていた。あれ? 状況が理解できていない?
「何をって、口誓いをしただけだろ。クオンが約束をしてくれたから」
これはインペリウムの習慣か何かだったような。顔を真っ赤にするクオンは「それ、人前とかは絶対にダメ」とこちらの常識を教えてあげた。
「今のはお互いが異性として好きになったからする行為であって……他のみんなは見ていないよね?」
「異性を好きになる?」
どうやら、ザインはいまいちピンと来ていないらしい。そこはまだ〈ニンギョウ〉らしくは思える。だが、とにかくだ。約束はしたことには間違いないだろうが――。
「ボクは約束を破らない。だから、これからはその……キスだけは止めて欲しい。恥ずかしいから」
「恥ずかしい?」
「こういうときだけ、〈ニンギョウ〉に戻らないでくれる?」
ザインがボケに走っているわけではないのはわかるが、〈ニンギョウ〉としての気質が本格的になくなるのは当分先の話だろうなとクオンは思うのであった。
◆
後で合流する。クオンからそんなメッセージがいつの間にか届いていた。道理で見掛けないと思った。どの道、グローリアに戻ってきたのだから、何も問題はないか。そうジョクラトルは考えた。彼は少し離れたところで歩くアークを見ると、周り全体を見渡す。ここはもう国際ターミナルの場所ではない。移動術式魔法陣に乗って、グローリア連邦共和国軍の本部へとやって来たのだ。
通路でグローリア連邦共和国軍人とすれ違う度、アークの姿に誰もが目を丸くする。二度見する。呆気に囚われていた。それは下っ端兵士だろうが、役職のある者であろうが。
ややあって、とある執務室へと到着した。その中にいたのは三人のグローリア連邦共和国軍人。内、一人は軍服の上から多数の記章を装着している、そんな人物が「到着したか」と鋭い眼光でこちらに視線を向けた。この人の目付き、テラに似ているなとはカーリーは思っているだろうな。
「はい、ルシオラ連合王国との交渉を終えて、こちらに戻りました」
これまでのジョクラトルには見掛けなかった態度だなと思う反面、一番の気掛かりはアークだ。この慧眼のある人物はきっと、グローリア連邦共和国軍の中でも上に立つ人間であることは間違いないだろう。そんな彼にどんな失言をかましてくれることやら。
「報告を。滞在中はインペリウム帝国軍が侵攻してきたと聞いたが」
「はい。まず、本来の同盟の交渉ですが、ルシオラは自国の防衛で手いっぱいだそうで、その……師団二個はあちらへと回して欲しいとのことで、保留という形で終えました」
「難しい案件だな。ルシオラには私から最善は尽くすとだけ返事をしておこう」
こればかりは仕方ないことだ、と納得をしてくれた上で、ここで一番偉そうな男は「して」とアークとカーリーの方を見てきた。
「そこにいるインペリウム人は捕虜かね?」
「いえ、彼はインペリウムを捨ててまで我々に協力してくれる者です」
「それはそこのルーメンの彼女もなのか?」
「そうなります」
この事実を知った彼は失笑をしてきた。何が面白おかしいのかはわからないが、どこか自分をバカにされた気分だ。だとしても、反論はしない。ここではジョクラトルの面子もあることだから、相手に失礼なことは言えやしない。後で、陰で愚痴りはするけど。
「なぜ〈フラーテル・アウローラ〉が内部分裂をしているかの理由がわかったよ」
「それは……」
「いや、最初から内部分裂をしていたというべきか」
最初から? カーリーの頭は真っ白になった。隣に立つソナを見る。彼女は眉間にしわを寄せていた。ドミナを見る。表情がよくわからない。ジョクラトルもだ。こちらに背を向けているから。
だとしても、待て。最初からであるならば、自分は気付いていなければならなかったはず――いや、知るはずがない! 仲間には心を勝手に読むまいとして、あまり目を合わせていたことがなかったから。目を合わせていたのは、テラに指示を出された人物だけ。そのテラでさえも、滅多に目線を合わせた記憶はなかった。
「……ルーメンの娘よ、君は歴史の勉強をしたことがあるかね?」
突然、こちらに話を振られた。何か答えなければとカーリーは「はい」と答えはした。だが、歴史と言っても、内容による。彼の言う歴史とは何を差すのか。
「その割には何も知らないとでも言うような顔をしているな」
「〈フラーテル・アウローラ〉はインペリウムを倒すためにできた組織だとは聞いています」
「私が訊きたいのは〈光の論争〉のことだがね。五千四百八十六年から八十九年までの三年間、グローリアとルーメンは冷戦状態だったことぐらいは、聞いたことあるだろう?」
「は、はい」
「宗教の違いによる戦争だったらしいが、そちらよりもその後に独立したクラルス王国という存在をグローリアは恨んでいるんだよ」
それは一体どういうことだろうか。幼い頃の記憶を手繰ってみる。〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉との争いの束の間に教えてもらったこと。大人たちから、先祖から聞いた昔の出来事を聞いた。それはもちろん、ソナたちと。しかしながら、グローリア民族がルーメン民族を恨んでいるなんて聞いたことがなかった。知らなかった。
ジェイヴは? ラクマは? このことを知っていただろうか。
「なんせ、クラルスの王は独立する前、当時ほとんどの人に支持されていたこの国の統治者を暗殺したのだからな」
「それで、ルーメンをあまりよく思って……?」
「それだけでクラルスを恨むぐらいならば、もっと別な理由もつけなければ、割に合わないだろう?」
正直な話、〈顰蹙の空〉が展開されたとき、クラルス全体が巻き込まれて誰もが歓喜をした。そう言われて、カーリーは困惑する。彼女だって、クラルスもグローリアの歴史を教えてもらった。習った。それなのに、自分が知らない事実をここで告げられても、どう対処しようもない。目の前の彼が何を言いたいのかもわからない。人の心を読む力を失くしてしまったから。
「いかん、無駄話をしてしまったようだ。それ以上のことを知りたければ、自分で学びなさい」
話が逸れた、とアークの方へと向いた。
「さて、我々に協力すると言ったインペリウム人よ。貴様の発言に相違がなければ、早速仕事を与えたいのだが?」
「ヤだね」
即答で断りを入れるインペリウム人。大きくため息をつきながら、自分の発言が気に食わなかったのか。耳掃除をし始めたではないか。えっ、耳掃除? 拘束されていたというのに、どうして手が自由に?
不意に物音が聞こえた。そちらの方を見れば、ソナと名乗っていた女性の足元には拘束具が。彼女を見る。彼女は怪訝そうな顔を見せている。ソナがしたのではない? それでは一体誰が?
インペリウム人を見た。彼の背後には丸い体をした機械? それも二つ!?
《SIPW8-00000に何と言おうとしても構いませんが、カーリーのことを悪く言うのは許しませんよ》
「貴様っ!?」
突如、インペリウム人は自身の口に手を突っ込み、腹の中にあった物をその場にぶちまけ出したではないか。これに激怒するグローリア連邦共和国軍人たち。臨戦態勢で、今にも動こうとした途端である。
ゲロで充満するにおいで不快な顔をする相手に対して笑っていた自身の顔に向かって拳が一発当たった。これにSIPW8-00000は勢いよく床に転がり込む。何をするんだ、という反撃をする前にルーメン民族の女を好きなやつとの目が合った。こちらを見てくる彼の目が語るのは――。
「このインペリウム人がした粗相をお許しください。彼はインペリウム帝国出身のため、常識が欠けておりまして。ただ、こちらの彼女の言うことは何でも聞きますよ」
アークの目から逸らそうとしないジョクラトルはグローリア連邦共和国軍人たちにそう言った。その極めつけに――。
「〈顰蹙の空〉を壊せるこの彼を制御できる彼女を侮っていると、痛い目に遭いますよ」
これ以上の長居は危険極まりない。そう考えたジョクラトルは「我々はこれで退散いたしましょう」と勝手に逃げようとした。
「今回は顔合わせのつもりで連れてきましたが、今後はわたくしだけの方が無難かもしれません」
「…………」
「それではレガトゥス大佐殿、後の報告会議でまたお会い致しましょう」
アークたちを連れていくジョクラトルはグローリア連邦共和国軍人たちを後目に執務室から退室するのだった。
◆
ジョクラトルに案内された部屋で、一同は空気が重たいと思っていた。かなりひやひやしたのだ。一発触発の状況に、自分はどのような行動を取ればよかったのかよくわからないアクアは頻りにジョクラトルとアークと呼ばれているインペリウム人を交互に見ていた。
そんなアクアをよそにパティと呼ばれている機械が《申し訳ありませんでした》とジョクラトルに謝罪をしていた。
《僕がSIPW8-00000の拘束具を取らない方がよかったですね》
「いや、そんなことはないさ。あのままだったら、魔術が使えないアークに大佐は手を出していた。で、そのあとのお前は絶対にあの人を殺していた。そうともなれば、アークの立場は危険だからな」
絶妙な判断だったさ、とジョクラトルは笑った。
「それに、アークのゲロも効いただろ」
「あたしは最悪だったがな」
どうせならば、もう少し違うやり方でやって欲しかったとソナは愚痴った。その隣にいるカーリーは「でも」と不安そうな顔を見せた。
「今日からあの人たちが私たちの面倒を見てくれる人だよね? 大丈夫、なのかな?」
「大丈夫さ。俺がフォローを入れてやるし」
「でも、昔のことで私たちクラルスを恨んでいるみたいだったし……」
《そもそも、クラルス王国は建国してすぐに〈顰蹙の空〉に飲み込まれたのですよね? それならば、建国される頃は何があったのか、知りたいですね》
サックスがそう口に挟んできたところで、ドミナが「教えてやりなさい」とどこかへと行こうとする。
「私はその歴史のことをどうとも思ってはいないけど、知っていて損はないと思うわよ」
「ドミナさん……」
ドミナは部屋を出ていってしまった。しばしの沈黙の後、ソナが「あの人は今、中立的な立場だからな」と教えてくれた。
「本気でルーメンやクラルスを恨んでいる連中とも多少のつながりはある。ドミナさんも魔術工学技師だもん。こればかりはどうしようもないと思う」
「……そっか」
カーリーが納得してくれたところで、ジョクラトルが「アークもアクアさんも知っておいてもいいと思う」と言う。
「グローリアは思想の違いと統治者暗殺だけに恨みは持っていない。一番の要因は三国共有領地の規約をグローリアが破らせたという細工を仕掛けたことなんだ」
「三国共有領地って……あのどの国にも属さない地域ですよね?」
聞いたことはある、とアクアが言う。だが、アークとカーリー、パティたちは知らなかったらしい。初めて聞きました、とサックスが代わりに発言した。
《そんなところが、世界にはあったのですね》
「うん。正確にはその領地でグローリア、マキナ、アルビオンの軍が守っていた。だけれども、クラルスのアンブラ一派って……カーリーは覚えているだろ?」
「前にインペリウム帝国軍によって全滅した人たちだよね?」
「そう。その人たちの祖先がグローリアに痛い目に遭わせようとして、あの土地を火に包み込ませたんだ。一人のグローリア連邦共和国軍人を殺害して、それがあたかも犯行と自殺に見せかけたようにして」
「そこから、グローリアはマキナとアルビオンから多大なバッシングを受けた。死者に責任を押し付けることはできない。下手に動けば、マキナとアルビオンからの戦争が起きかねない。そんな状況だったんだ」
《しかし、そのアンブラ一派の犯行だと知られたのでしょう?》
「ああ。現場で微量の魔法エネルギーを感知したらしいから。そこからあの人たちの仕業だってバレた」
結局は、そのアンブラ一派を捕らえる前にして、〈顰蹙の空〉が発動してしまったけどな。そんな事実を聞いて、皮肉なものだと思うしかなかった。
◆
グローリア連邦共和国軍タウルス地区会議にて。ジョクラトルの周りの将校たちやオールドーを始めとする〈フラーテル・アウローラ〉の者たちは花タバコを嗜んでいた。煙からは甘い香りが漂う。
花タバコは世界的に見て有名だ。フロースの花の香りがあるタバコであり、特に上級軍人らが好んでいることから、出世狙いの者はこの花タバコを飲む傾向があった。
ただのジンクスに過ぎない。そう思っていても、自分たちの立場を考えると――ジョクラトルもタバコに火をつける。彼もまた煙を吐いた。
そうこうしている内に、「それでは会議を始めます」と司会が進行していく。
「今回の議題は他国へのインペリウム帝国包囲陣殲滅戦に向けた同盟国への交渉の結果です。なお、この会議で議論されたことは百八十八日に行われる軍事会議での報告予定となっております」
進行役は「まずはウィリデス共和国から」とジョクラトルから一番離れた席に座っているオールドーを差した。彼は花タバコを灰皿の上に置く。
「軍事に関しては疎い国ではありますが、農業大国です。そのため、人間の支援はあまり望めませんが、物資支援に関しては大いに期待してもよいという答えをいただきました。それでも、一部の軍は貸せるとのことです」
「軍需品の運搬に関しては?」
「現在、アルビオンへの交易ルートがあるとのことで、そこを経由する形での輸送となるか、グローリアが資金を出して交易ルートを作るかというところで止まっています」
「なるほど、アルビオン王国との交渉はどうなっている?」
今度はその隣に着座していた別の〈フラーテル・アウローラ〉の者――アンティーが口を開いた。
「こちらも軍需品の支援はできるとのことです。それ以外の軍隊派遣は厳しいと言われています」
「いや、アルビオンは燃料資源を支援してくれるだけでいい。彼らは攻めることよりも、自国の守りなら強いらしいから」
どうやら、グローリアはアルビオンに関して軍隊に期待はしていないらしい。だとしても、あの国は燃料資源であるならば、輸出が世界一らしい。それだけであっても、こちらに味方をつけておきたいのは事実だろう。
〈フラーテル・アウローラ〉以外の者にとって、インペリウム帝国という国は謎だらけで、どういった国なのかがよくわからないはず。だからこそ、自分たちという存在がここにいられるのは〈顰蹙の空〉に残された者たちだったから。そのため、この場所にいることができるのだろうな、とジョクラトルは報告を聞きながら思う。
次々とよその国々では軍隊、軍需品の支援の許可が下りたという。片や、最後の報告となったルシオラ連合王国では――。
「あの〈ニンギョウ〉を利用するなんて、正気なのか?」
軍人たち以外の〈フラーテル・アウローラ〉の者たちにそう言われてしまった。心なしか、その言葉の裏にはカーリーという人物は必要性があるのかという疑問があるように思えた。
「考えてみろ、俺たちのリーダーを。お前の師匠のことを」
同席しているレガトゥスの視線が痛い。いや、他の軍人たちからの視線も厳しいものになった。それもそのはずだ。ここでグローリア連邦共和国軍に明らかとなったアークのこと。テラを殺害した当人だから。
「お前が反対しないのはルーメンの子が理由なのか? あの子のことをまだ仲間だと思っているのか?」
「カーリーは〈フラーテル・アウローラ〉の仲間だ。師匠と同じように戦っていたジェイヴさんたちだって……!」
そこまで、とレガトゥスが止めた。彼は自分たちをじっと睨みつけていた。
「これはあくまでも報告会議だ。議題を押しのけてまで余計な私事を口にしないでいただきたい」
「…………」
「我々が貴様ら〈フラーテル・アウローラ〉という反インペリウム帝国軍を受け入れたのは、インペリウムを憎む気持ちに共感したまでだ。貴様らの立場としては正式なグローリアの連邦共和国軍人ではないということを自覚していて欲しい」
反論ができない。それもそうだ。ここはそうそうに頭を下げておいた方がいいだろう。オールドーたちよりも冷静になったジョクラトルは「申し訳ありませんでした」と委縮するしかなかった。
◆
報告会議も終わり、ジョクラトルはグローリアの首都クラースにある義勇兵宿泊施設〈インシグネ・ゲネリス〉のラウンジで独り花タバコを吸っていた。支援を燻らせながら思う。まだ間にグローリア連邦共和国軍があることが救いなのかもしれない。この分裂してしまった〈フラーテル・アウローラ〉は危険過ぎる内部事情がある。
「どうにかしないとな……」
ぼんやりと窓の外を眺めていると「それ、美味いのか?」そう、アークがやって来た。
「ルシオラで飲んだやつと同じにおいがする」
「香料は一緒だからな」
アークを見て、少しは気が落ち着いたと思ったのはここだけの話。ジョクラトルは花タバコを一本差し出した。
「悪くない味だ。時と場所を考えて吸うように」
「そうかい」
試しに吸ってみたアークはこの花タバコを気に入った様子。立て続けにどこで手に入れたとか聞いてくる。それを適度に教えてあげると――。
「一発殴らせろ」
そう言ってきた。思わず、煙で咽てしまったではないか。
「あんた、あの偉そうな態度のやつがいたところで俺を殴っただろ」
「むしろ、感謝しろよ。あそこでレガトゥス大佐殿を殴っていたら、俺たちの立場が危なかったからな」
「あいつ、割と高い地位のやつだったのかよ」
そういうことか、とアークはラウンジに設置された椅子に座った。
「なら、ヤバいな」
「そこだけは理解していたか」
「まあな。俺もそれほどの立場のやつを殺したし」
それは物資奪取時に孤軍となってしまった仲間を助けに行ったときのことだろうか。〈ニンギョウ〉どもを束ねる隊長らしき人物が二人いたから。
これでアークが納得してくれたというのは喜ばしいし、あのとき目で訴えたことを受け入れてくれたことも嬉しかった。ジョクラトルは彼に「お前、変わったな」と言った。
「前なら相手の意見すらも聞こうとしなかっただろ」
「そうかね」
「ルシオラでの件は擁護しようもないけどな。まあ、それでも多少の進歩はしているから、評価はしているんだぞ」
「あんたに評価されたところで、何も変わりはしないだろ」
「変わるさ」
ジョクラトルは短くなった花タバコを灰皿に押しつけた。
「アークが変わっていっているから、変わるさ。もちろん、周りもな」
「そうかい」
しばし、アークが花タバコから出る煙に目を落とすと――新しいタバコに火をつけるジョクラトルに向かって「あんたさ」と言ってきた。
「あいつを自分のものにしたいんだって?」
「は?」
「なんか、プロポーズ? 求婚? するとかなんか考えていたんだろ?」
そうだった。こいつは人の目を見れば、心の中を読むことができる特殊能力の持ち主だったんだ。別にカーリーのことを好きであることを隠すわけではなかったが、アークにそう言われて恥ずかしく思う。だって、あの二人はキスをしたんだから。
「……いきなり、なんだよ」
「あいつは俺のものだからな」
「いくら、口誓いをしたところでカーリーを道具と見なすのは禁止だからな」
「そうなの?」
「はぐらかしを覚えやがって……」
そう言われて、アークが鼻で笑ったときだった。
《タバコは体に害をもたらしますよ》
背後からパティがそう言ってやって来た。
「なんだよ、ポンコツ一号」
《僕はSIPW8-00000の体調管理をしていますから》
「ンなの、関係ねぇだろ」
なんて一人と一機のやり取りを見ていて、ジョクラトルが「なあ、パティ」と呼んだ。
「どうせならパティもSIPW8-00000っていうナンバーコードで言うんじゃなくて、アークって言おうぜ。もうこいつは〈ニンギョウ〉でも何でもないんだからさ」
「あ? そんなのどっちだっていいだろ」
「さっきも言ったように、アークは前と違って変わってきているんだ。いつまでも〈ニンギョウ〉扱いはできないからな」
《ジョクラトル殿がそういうのであれば》
「俺に殿は要らない。カーリーみたいにして呼んで欲しいよ」
《承知しました。それでは、SX-887333――いえ、サックスがよろしいですね。彼女にもお伝えしておきましょう。なので、アークもジョクラトルもタバコは健康のために止めましょう》
「美味しいからいいじゃねぇか」
どうやら、本当にアークは花タバコを気に入った様子。もう一本くれ、とジョクラトルにせがむ。それを快く承諾するが、パティは《ダメです》と目から術式魔法弾を放って箱ごと燃やしてしまった。
その後、アークとパティの小さな抗争が始まり、ジョクラトルが止めに入る状況に陥るのはこれまた別の話である。




