空飛ぶ者は光に反射する
[TL-962219音声ログ:184.15]
《初めまして。私はTL-962219、あなたの名前を教えてください》
《うわっ!?》
――大きな物音。
《何を驚いているんだ。ほら、自分の名前を教えてやるんだよ》
《ああ、はい。えっと、俺はキトー……》
《お前は子どもか? きちんと最高の祖国インペリウムからいただいた方を教えてやれよ》
《そ、そうでした。ごめんな、俺はSIPS5-58019って言うんだ。さっきのは忘れてくれ》
《かしこまりました。あなたはSIPS5-58019と言うのですね? これからもよろしくお願いします》
《ああ、こちらこそよろしく》
もう使われることがなくなった戦闘飛行機で〈顰蹙の空〉から脱出する。これが可能なのかと訊ねられると、首を傾げるしかない。わからないという答えが一番の正解だろう。もっとも、この真っ暗な空からの脱出はアークの魔術でしかできないことだ。従って、この作戦でいくならば――彼自身が外にいる状態で〈顰蹙の空〉を破らなければならない。それも人が簡単に吹き飛ばされるような風を直に受けながら。
だとしても、とそれは可能であると答えるのがアークである。
「本当に大丈夫なの、それ」
自分中心として考えているせいなのか、魔法エネルギーの放出量が少ないカーリーは不可能ではないかと思っているらしい。
「〈顰蹙の空〉を破壊する膨大な魔法エネルギーを使うんだよね。飛行機を使うって、周りの風に影響を受けないための魔術も使うんじゃ? できるの?」
「できる」
その一言だけで断言する。
「逃げるだけなら簡単だ」
果たして成功できるかと疑わしいが、アークがいる。恐れることはない。今の自分は最強のカードを手にしている状態だ。カーリーはそう自分に言い聞かせるしかなかった。当然だ。最強の人物が味方だとしても、不安要素は盛りだくさんなのだから。
――それでも、信じてあげるべきなのかな。
そういう風にして考えていると、目先の方に乱雑に安置された戦闘飛行機たちがお見えとなる。それらを見て、サックスが《あちらのがよろしいかもしれません》とたくさんある中で少しだけ離れた場所にあったものに目を向けた。
《外部の状態は悪くなさそうではありますが、問題は内部の方ですね。運転は可能でしょうか。燃料確認もしなければ》
「私も手伝うよ。どこを確認したらいい?」
《いいえ、カーリーに煩わせることはありませんよ。PT-004879》
《了解です》
何やらパティが承諾したかと思えば、彼の光っている目玉から別の光が出てきて――スキャンでもしているのか。機体を上から下までじっくりとこの光を当てていく。
《スキャンで状態確認は終わりますよ》
戦闘飛行機にはどこも異常なし、必要な燃料は近くにあった物資運搬台からいただいてきた。そのため、少な過ぎるわけでもない様子だ。と報告をする。
「……パティたちって、本当に便利だこと」
《事務処理から戦闘処理まで大抵のことはインストールされていますよ。何より、僕たちは自律をしているのです。するべきことはある程度の認識もできます》
まあ、そのようなことを気にするよりも乗ってください。なんてカーリーはパティたちに促されるまま搭乗した。一人外にいるアークにサックスが声を掛ける。
《わたくしたちが離陸したら、来てくださいね》
「わかってる」
アークは〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉たちの相手をしながらこちらに応えてくれた。その返事を確認すると、サックスは操縦席へと赴き――中にある魔法エネルギーで戦闘飛行機を動かし始めるのである。
《カーリー、離陸時は危険ですのでご注意を》
「うん」
戦闘飛行機が動くことによって、窓から見えた〈ニンギョウ〉と〈ニンギョウの目〉たちにどこか焦りが見えていた。是が非でも飛ばせないとして、こちらに攻撃を仕掛けようとするが――それらはすべてアークによって遮られる。徐々に自分たちから遠ざかっていこうとするから待って欲しいと思う反面、目の前にいる裏切り者をどうにかしなくてはならないという考えも頭に過っているのだろう。
《これより、離陸します》
サックスの声と共に、足が浮き立つような感覚に襲われた。浮遊術式魔法で飛ぶときとは違う妙な感覚。アークに抱えられて飛んでいるときのとも違う。揺れるのだ。ガタガタと。壊れる前兆ではないかと思った。カーリーは怖かった。
「大丈夫なの、これ。とても不安だよ」
二つの目の心配。カーリーにとって、初めての経験には不安というものは拭えない。しかしながら、パティやサックスは《ご安心を》とどこがだろうか。ガタガタと鳴る音が大きく鳴っているというのに。このような状態で平然としていられるのはやはり慣れなのか?
《スキャンの結果、どこにも異常はありませんでした》
信じたい結果であるにしても、疑心はまだ心の中に残っているけどと言いたいカーリーは眉根を寄せていた。
「本気で? すごい振動が鳴っているんだけど」
《どれでもそうなりますよ。それに、この戦闘飛行機29-29は新しい物との差し替えで行き場を失っていたから、解体前に安置されていたのでしょう》
「じゃあ、安心なの?」
それでもやっぱり不安は不安。カーリーは歯を食い縛りながら、柱に括りつけられていた縄にしがみついた。床に着けている足に踏ん張りを利かせる。戦闘飛行機が飛ぼうと大きな音を立ててうるさい。耳を塞ぎたいとは思うが、縄にしがみついている手を離したくはなかった。だからこそ、何も見たくないという一心で強く目を瞑る。
しばらくの間、そうしているとパティが《怖がることはありませんよ》と慰めようとしてくれた。
《外の方をご覧ください。ここまで高い場所へと飛んだことはないでしょう?》
促されるまま、そっと窓の外を覗いた。そこからは魔術工学機器部品回収処理工場の施設全体が明かりで灯されていた。その遠くでは都市部の光が美しかった。初めて見る光景。黒い背景に見える様々な光の色は幻想的である。これまでほとんどが地下で過ごしてきたカーリーにとって目を大きく開かせる出来事なのかもしれない。
「綺麗」
〈顰蹙の空〉から出たとき、この景色はもう見ないものであろう思った。それだからこそ、この目に焼きつけておこう。皮肉にも真っ黒な空があるせいで美しいこの光景を残す気にはなれない。次にこの国へと来たときはないと確信したいのだ。
じっとインペリウム真っ暗な風景を眺めていると、一つの術式魔法弾が見えた。大きさにしては人の姿が小さい? いや、あれはかなり大きな類のもの。ということは、展開者はアークである。彼がこちらを追い掛けながら〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉たちを追い払っているのか。
よくよくそちらの方へと目を凝らして見る。この戦闘飛行機29-29へと急接近してくる何かが見えてくる。あれは魔術ではない。人か。だったら、アーク自身であろう。そのように思っていると――。
「えっ!」
まさかの〈ニンギョウ〉だった。それもあの逃げていた〈ニンギョウ〉がである。そいつがこちらへと一直線に目掛けて迫ってきているのだった。それも相手をしようとするアークすらも無視して。
◆
戦闘飛行機が上空へと飛んだ。ということは、こちらも邪魔者どもを殺しながらあいつらを追い掛けた方がいい。SIPW8-00000はそう空気を読んだ。別に後から追い掛けても構わないと思っているのだが――。
【一緒に逃げよう!】
きちんとした約束ではないが、無視ができない何かしらの決めごとだと感じた。あのルーメン民族の女が言った言葉を思い出す度に妙な気持ちになる。そのため、思わず首を傾げる。そう不思議に感じていると、ものすごい勢いで何かが真横を通り過ぎた。一瞬、こちらへと攻撃が仕掛けられたかと思ったからこそ、身構える。だが、そうではない様子。通り過ぎた何かを見上げた。
――あいつは?
まず、それは〈SIPs〉であることには間違いなかった。やつの狙いがこちらではない? それならば、別の目的? それは一体?
上空に見えるのはルーメン民族の女たちが乗っている戦闘飛行機が一機。そちらへと一直線に向かっているのは一人の〈SIPs〉。狙いはすぐにわかった。あいつは落とす気だ。あの戦闘飛行機を。
――誰があの女を殺させるかっ。
飛ぶスピードを上げた。後ろからの攻撃は最小限の回避だけでいい。余計なことで魔法エネルギーを使う気にはなれないから。そうするぐらいならば、射程距離から大幅に離れるぐらい飛ばせばいいだけ。
今度はこちらが追い掛ける番だと言わんばかりに、SIPW8-00000が追う。追い掛ける。追い上げようとする。そうして完全に〈SIPs〉の姿を捕らえたとき、気付いた。そいつは魔術工学機器部品回収処理工場で自分から逃げ回っていたやつだと。このまま行かせていいわけがない。ここでやつを落とすっ!
目先を行く〈SIPs〉に攻撃を仕向けた。相変わらず、攻撃全般は避けるだけのやつである。そこだけは一丁前に同じ。攻撃を受けることに恐れを抱いているのか、向こうも更にスピードを上げる。SIPW8-00000ももっと上げた。
そうして、二人の〈ニンギョウ〉はルーメン民族の女たちが搭乗している戦闘飛行機29-29に追いついて――初めて対峙した。相手の顔をはっきりと見たとき、アークは思い出した。目の前にいる人物はサセス地区で同じ五番大隊だった兵士の――そう、SIPS5-58019ではないかと。
【小さい頃の記憶とか、親の顔を知らないなんて変わったやつだな】
SIPW8-00000に自身の疑問を持たせるようなきっかけを作った人物SIPS5-58019。まさか、このような場所で会うとは。つくづく自分の運命が恐ろしいなと思う。
だがしかし、昔の同僚と懐かしの再会を果たしたところで情けを掛けてあげるほど彼は甘くない。相手がSIPS5-58019であるとわかった瞬間に術式魔法弾を撃ち放ったのだから。向こうから攻撃を仕掛けてくると見越していたのかは定かではないが、涼しい顔をして避けられた。
反撃でもしてくるか。そうはさせまいと、休む暇もなく魔術を撃ちまくる。できる限りは戦闘飛行機の機体に当たらないように努力はしているものの――当たったときは当たったとき。仕方ないが、気をつけなければ。
一方でSIPS5-158019はSIPW8-00000の攻撃を回避しながら何かを取り出していた。それは何かの残骸のように見える。それに彼自身の魔法エネルギーを挿入している? 使い物にならなさそうなそれは――。
――あいつは何を……。
壊れた何か。機械。元の形は丸い? どこかで見覚えがある。同じような状況。それは記憶の断片にある――。
【もしも、彼らが壊れてしまっても、壊されてしまっても――】
誰の声か。とても聞き覚えのある人物。反インペリウム帝国軍にいた連中ではない。この声は――そう、SIPW8-10001だ。
【私たちインペリウム人の魔法エネルギーを与えることによって、〈OPERATOR〉が復活することは可能ですよ】
――思い出した。
まだSIPW8-10001が生きていた頃、あのルーメン民族の女と出会う前、一度だけ自身の〈OPERATOR〉を完全に壊してしまったことがあった。そのときにそう教えられて、早速自分の魔法エネルギーを与えてみたのだ。ただ、どれぐらいの量とかの加減を考えず、大量に挿入してしまったことは覚えている。入れ過ぎて、逆に壊れるかもとは思ったが――そううならずしてある意味で進化をしたと言われた。どこがどのようにして変わったのか。それはよくわからないが、強いて言うならば以前より――。
傍から見てもわかるSIPS5-58019の魔法エネルギー過多挿入。そこから機械の残骸は新たに生まれ変わった。形はいつもと同じ真ん丸ではあるが、そこから形成される武器はSIPW8-00000の想像を遥かに超える代物だったのである。こちらに向けられたのは多数の砲口そこに加えてSIPS5-58019の術式魔法弾も加わるため――自分が展開するものと変わらない量の弾がお見えとなった。これは明らかに戦闘飛行機もろとも下に落とす気だ。
――だったら、全部防いであいつを殺せばいい。
目の前に広がる量の術式魔法弾を展開できないわけではない。自信はある。だから、実際に作った。SIPS5-58019と同じ量の術式魔法弾を。後はぶつけ合いと行こうか。
そうしてSIPW8-00000が、SIPS5-58019が同時に術式魔法弾を撃ち放った直後である。
《SIPW8-00000!》
戦闘飛行機の方から自分が呼ばれて気付いた。真っ暗闇の先。よくよく目を凝らして見れば――。
《〈顰蹙の空〉は目前ですよっ!》
比較対象がわからないぐらいの真っ黒で巨大な壁があった。このままぶつかれば――強引突破は不可能のはず。慌ててSIPW8-00000は〈顰蹙の空〉へと目掛けて超巨大な術式魔法弾を撃った。途端、戦闘飛行機に防御術式魔法が展開される。先ほどの大量に魔術を出してしまった直後だからなのか。キャパシティの回復が間に合わなかったのか、初めての頭痛がした。こめかみ部分が痛い。顔が歪む。体内にある魔法エネルギーがすべて抜け落ちたという感覚。視界も歪んできた。
視界のすべてが〈顰蹙の空〉を見せまいとする白い光に包まれたところで、体の力が抜けていく。もう動かせそうにない? このまま下の方へと落下するとどうなるのか。わかってはいるが、疑問が生まれる。
――死ぬってどんな感じなんだろう?
◇
誰かに追われていた。ずっと逃げていても、また追い着かれるから、いつも気が気ではなかった。精神的に休まる場所すらない孤独を心に抱えて。いくら逃げても必ず辿り着く先は海。遠くに見える土地が羨ましく思えた。憧れに見えた。あちらの方へと逃げることができるならば、どんなに嬉しいことか。こんな場所で終わりたくはない。そんな心があった。
――逃げなきゃ。
考えるのはそれだけ。その思いさえあれば、後は十分だった。ここから出る理由にもなるし、残された者たちはいないだろうし。たとえ、生き残っていたとしても、どうなろうが知ったこっちゃない。彼らの都合で自分はひどい目に遭わされるのだから。どうせ、死体しか残っていないだろうから。
意を決して海へと飛び込んだ。水が冷たい。泳げるはずなのに。よく海で魚獲りをしていたのに。どうしてだろう。どんどんと沈んでいく。体が思うように動かない。逃げられたと思ったのに。自由になれたと思ったのに。
――助けて。
◆
真っ暗な空が見えた。自分が見たことのある光景と似た場所にいた。自分の傍らには同年代の少女がいた。その少女はこちらに向かって優しく微笑んでくれた。まるで女神様みたいに。
誰かに似ているその笑顔。この手に触れたくて、伸ばそうとすると――少女が自分の手を握ってくれた。
「アーク」
少女はそう呼んでくるが、それは違う。
「アーク」
自分の名前はそんな名前ではない。知っているはずなのに。
「アーク」
違うとわかっているからこそ「違う」と否定する。
「俺はアークなんて名前じゃない」
「目を覚まして」
「何を言っている? 俺は目を覚ましているじゃないか」
「起きて」
「ずっと起きているのに」
足元がふらついた。浜辺に立っているだけなのに、沼地にいる感覚だった。どんどん沈んでいく。もがいても、もがいてもどうしようもないほどに。
――待って、待って! 助けて!
「助けて!」
「あなたは私を必要としている」
「死んじゃう!」
「私もあなたを必要としている」
とうとう顔までも沈んでしまった。その直後から、更に下の方へと落下する感覚が起きた。
◇
「アーク!」
誰かが自分の名前を呼んでいた。視界が真っ暗だ。これは――ああ、目を閉じていたからか。そっと目を開けた。そこに広がる光景は――。
「白?」
海と空の境目から眩しい何かが覗かせていた。初めて見るはずなのに、見覚えのあるもの。誰が言っていたような。この光景が好きだよ、と。それは一体誰が?
困惑を隠せずしてSIPW8-00000がたじろいでいると、上の方から「アーク!」と呼ぶ声が聞こえた。そう言えば、何だか腕を上へと引っ張られている感じ。なぜだろうかと見上げると、そこには自分の手を握っているルーメン民族の女の姿があった。彼女は戦闘飛行機の機体の方に縄を括りつけて――何があった?
状況が上手く把握できない。説明が欲しい。そう口にしようとするが――。
「ああ、目を覚ました! ねえ、見て! これが……夜明け?」
ルーメン民族の女が眩しい光に視線を向けた。それにつられて、もう一度光を見る。これが彼女の言う “夜明け” 。何と美しい光景か。胸の奥が温かく感じる。目頭が熱いと思えば、頬に垂れる何か。水? 目からは水――涙が溢れていた。
「え」
訳がわからず、袖口で涙を拭った。どういうことだろうか。今度は鼻が詰まる。ズルズルと鼻水が垂れてきそうである。そういう風にして、SIPW8-00000が鼻を啜っていると、この音に気付いたルーメン民族の女は「どうしたの?」と心配そうに顔を向けてくれた。
「泣いているの?」
「後ろのやつを片付けてくる」
泣いている姿を見られたくなくて。ルーメン民族の女が握ってくれていた手を離した。その瞬間に驚いた顔が見えた。大丈夫、死にはしない。回復はした。だからこそ、次は決着を着けてやる。
SIPW8-00000は真っ黒な半球体の方から追い掛けてきているSIPS5-58019へと目を向けた。
「中に戻れ」
おそらくは戦いでの流れ弾に当たるかもしれないから。そうさせないためにもSIPW8-00000は動く。本気でSIPS5-58019を殺すために。
――あいつは避けやがる。
逃げるばかりの相手にはどのような対処をするべきか。生憎、自身は知者とは言いがたい。基本的にすべて強引にやりたがる。それならば、この場に知者がいればいいだけの話。
「ポンコツ一号!」
使えるものは使わないと損。ポンコツ一号を呼んだ。彼はすぐに来てくれた。
《お呼びですか》
「すぐに避けるやつはどうしたらいい?」
《簡単なことです。相手が避ける先にも攻撃を仕掛けることですよ》
「そうか」
それは先ほどやっていたことと何も変わらないやり方では? とりあえず、無暗やたらと攻撃をすればいいだろうと判断する。何回もした攻撃方法をやっていると――当たるわけがない。ポンコツ一号の嘘つきめ。
《僕の言っていること、理解しています?》
更にポンコツ一号にバカにされた気がした。壊してやろうかと思ったが、そのような段ではないことを忘れてはならない。そのため「意味がわからない」とだけ言っておいた。後で覚えとけ。
「とにかく相手に攻撃をしたらいいんだろ?」
《とにかくという数での勝負はダメです。狙いを定めてください》
それだから、いつまで経っても一つも当たらないんだと言われる始末。
《何度も相手のパターンを見てきたでしょう? SIPW8-00000ならばわかるはずです》
「わからねぇから訊いているんだよ」
《…………》
何も言えなかったのか、ポンコツ一号はしばしの間黙っていたが――ややあって《それならば》と一つの提案を出した。
《僕が攻撃のタイミングと方向を定めますので》
そう言うと、ポンコツ一号はSIPW8-00000の右手にくっついたかと思えば、真ん丸の体を変形させてその腕を自身のボディで覆った。
《魔法エネルギーは僕に溜め込んでいても問題はありませ――》
発言の最中に行動を起こす。それがSIPW8-00000だ。何かしらのツッコミでも入れようかと考えているようではあるが、その余地を持たせる気はない。ポンコツ一号は標準をSIPS5-58019へと合わせるのだった。
◆
SIPW8-00000の腕に〈OPERATOR〉がまとわりついてから、何かに感付いた。周囲の景色にもようやく気付く。これまでとは違って、こちらへと完全に狙いを定めているように思えたからだ。ということは、だ。危険極まりないと言えるだろう。ここは逃してしまったと嘯いて〈祝福の空〉の中へと帰還するか。そうSIPS5-58019が後ろを振り返るも――。
〈祝福の空〉に空けられた穴は完全に塞がれてしまっていた。おまけに裏切り者であるSIPW8-00000たちを追跡していたのは自分だけである。他の〈SIPs〉たちはいない。真っ向勝負? ありえないし、勝ち目なんてない。なぜに意地でも捕らえてやると考えていたのか。なぜに頑なに無謀なことをしようとしていたのか。
堪らずしてSIPS5-58019は横に逸れるようにして逃げ出す。
「応答願う! 応答願う! 現在、〈祝福の空〉外にてSIPW8-00000と交戦中! 大至急援軍の要請! 大至急援軍の要請許可を! 一人での時間稼ぎはあまりにも無謀過ぎる!」
逃げ道中、インペリウム帝国軍へと増援の要請を行うのだが――聞こえてくるのはノイズだけ。どうして返答してくれない!? 逃げ腰だからなのか? このまま、玉砕覚悟で立ち向かえと? 死ねと? 軍人ではあるが、一介の国民を見捨てるというのか、この国はっ!
引き返したところで中に入れてもらえたり、入ろうとすることができるとは到底思えない。あの真っ黒なのはどうやって中に入ればいいのか、と疑問に思う。それにSIPW8-00000と戦ったところで生きて帰られないだろう。それだからこそ、今のSIPS5-58019に残された選択肢は限られていた。
このまま戦って死ぬか。それとも、戦わずして近くの国へと逃げ込むか。どの道、他国へと逃げたところで歓迎されるとは思えないだろう。別の意味での歓迎はあるだろうが。
どちらの方が圧倒的にマシか。そう考えていると、術式魔法弾が鼻をスレスレで横切った。これは今までのように逃げるだけでは助かるまい。選択する余地すらも与えてくれないやつであるのだから。
――もうSIPW8-00000が追い着けないような場所に逃げるしかないっ!
幸い、こちらは浮遊術式魔法が得意なのだ。狙いは――空へと昇っていく大きな二つの光に目掛けて。これならば、眩しくて何も見えないはず。
SIPS5-58019は白い光に向かって逃げ出した。それを追い掛けるのはSIPW8-00000たちである。そんな彼らの目先にある光景は美しい日の光だけではなかった。
「何あれ……」
戦闘飛行機の機内へと戻ろうとするカーリーの目に飛び込んできたもの。自分たちが辿り着く先はどこかの国であることは間違いないだろう。その見えてきた国はたくさんの島々で成り立つ国か。そこはまだいい。だが、一番気になるものは圧倒的な存在感があった。
それは自分たちが飛行している高さよりも高く、地平線の彼方まで続いている大きな滝があったのである。




