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夜明けの光を待つ  作者: 池田 ヒロ
第一章
21/112

絶望と混乱の中で

[F=A.I区画IS01音声記録:5726.162]

《ボクに何か用か? もうすぐ集会があるんだけど》

《知ってる。でも、あんたにどうしても言ってみたいことがあってな》

《何かしらの不満や文句は後で聞くけど?》

《そっちじゃねぇよ》

《だったら、何? 電子機器を使いたいのか? それなら、リーダーに許可をもらってくれ。ボクの判断で触れさせることはできない》

《そっちでもねぇよ。全くの別件だ。ちょっと、面白い話があってな。あんたのルーメン民族のお友達のこと》

《……カーリーのこと?》

《そうだ。あの女なんだが……》

 新生歴百八十七年百八日(五千七百二十六年百六十二日)。〈フラーテル・アウローラ〉すべてがテラの言葉に耳を傾けてくれていた。


「兄弟たちよ、この真っ暗な世界から脱却したいと思わないか?」


 その質問はあまりにも平凡過ぎて、むしろするべきではない、と彼らは目で訴えていた。だが、それが嫌みでもなければ、皮肉でもないとテラは受け止めている。眉間にしわを寄せて傾注してくれている仲間たちも自分も同じ気持ちなのだから。その思いは物心ついたときから一切変わりない。親が、祖先が――願ってきたことを叶えるときが来ただけ。


 力強い演説をするテラをカーリーは遠巻きで見つめていた。その傍らにはアークやパティたちもいる。この光景を見て思う。いよいよなんだな、と。

 アークは眠たそうに欠伸をした。眠いという気持ちは知っている。この集会時間のほぼギリギリまで彼はドミナに手伝わされていたのだから。それでも、寝ないように。転寝をしないようにパティが《寝てはいけませんよ》と注意を促していた。


《寝てしまうと、テラ殿の話を聞き逃してしまいますよ》


「どうでもいい。心の底から」


 別に話を聞き洩らしたところで困ることはない、とSIPW8-00000は断言する。この集会は作戦内容についてではないからだ。これは〈フラーテル・アウローラ〉内での士気を上げるためのもの。だから、聞かなくて正解。彼は普通に立つのが疲れたのか、壁に寄りかかった。これをよくない顔で見るのは道具女だった。彼女は「ちょっと」と眉根を寄せる。


「後でテラおじさんから紹介があるんだから。そんな態度じゃ……」


「俺はこいつらに協力するだけだ。何もおかしいことじゃない」


 そう、確かにアークの言うことはおかしな話ではない。彼は〈フラーテル・アウローラ〉に協力する、と自ら宣言しているのだ。別段、妙な薬や魔術を用いて洗脳をしたわけではない。ただ、カーリーとの約束をしただけ。アークの記憶を取り戻す手伝いをする代わりとして。

 そうだとしても、幾人かがこちらへと視線を送ってくる。大方、テラが現在説明している協力的な〈ニンギョウ〉の話をしているからだろう。


「今回の作戦は元〈ニンギョウ〉が要となるであるため、みんなに紹介しよう。カーリーの隣にいるやつが元〈ニンギョウ〉だ」


 誰もが一斉にこちらを見てきた。それでも、アークの態度は変わりない。一応紹介されたからなのか「どーも」と軽率な態度を取る。そして、そのあいさつだけ。名乗ろうとはしない。どうも彼は自分のことをどう呼称されようが気にならないらしい。心なしか、テラが向けてくる視線は「名前ぐらい言え」と言っているようだった。この訴えに、アークは鼻でため息をつく。カーリーの耳に「しょうがねぇ」と聞こえてきた。


「SIPW8-00000でも、アークでもお好きな方で」


「……そして、他にも〈ニンギョウの目〉らにも協力してもらう。この集会じゃ、二機だけしかいないが」


 今度はパティたちである。彼らはアークと違って、意気揚々と《PT-004879と申します》そう、自己紹介する。


《僕のことはパティと気軽にお呼びください》


《わたくしもサックスとお呼びください。ちなみに型番はSX-883777です》


《SIPW8-00000がそっけない態度であることに関してお詫び申し上げると共に――》


 パティがきちんとアークと自分たちのことについて〈フラーテル・アウローラ〉の者たちに説明しようとするが「もういい」と叩かれてしまった。そう言ったのはアークである。


《何ですか》


 自身の目玉をカチカチと点灯させるパティ。そんな彼を押し退けるようにして、アークは「余計な説明をしても無駄だろ」と鬱陶しそう。テラの方を見て、「終わりだ」と勝手に締めに入ろうとする。


「ここにいる連中は俺らのことをどう呼ぶべきかを知るだけでいいだろ?」


「……もっともなことを言ってはいるが、勝手なことは慎んでくれ」


「勝手? 勝手は言っていない。ポンコツどもが余計なことを言わないように、制止を掛けてやっただけだ」


「彼らは不必要な情報を提供しているわけではあるまい」


 そう宥めるテラの言葉に反応するかのようにして、アークはニヤリと下卑た笑顔を見せてくれた。この不審な笑みに誰もが怪訝する。彼は「そうかい」と視線をクオンの方にやった。


「それじゃあ、あんたらは必要な情報が欲しいんだな?」


「…………」


 アークの視線にクオンは目線を泳がせていた。


「俺、あんたに情報を教えたけどな? 必要だって思うなら、こいつらに教えてあげたら?」


「何を企んでいるんだ」


 ここでクオンを庇うようにして、ジョクラトルが前に出てきた。それは何も彼だけではない。ソナとルナもアークを睨んでいた。


「必要な情報であるならば、お前の口から言うべきじゃないのか?」


「俺が言ったところでここの連中は信用してくれるかね? だったら、まだ最初からここにいるやつに言ってもらうべきだと思うね」


 何も間違ったことは言っていない。それは正論ではある。だが、なぜにクオンの口から発表させたがるのか。その真意がよくわからない。それでも、とカーリーは「止めてあげて」とジョクラトル同様に彼女を守った。


「クオンが困っているでしょ」


 今日で一番大きく響く笑い声がアークの口から発せられた。狂った笑いという言葉がお似合いなほど、不愉快溢れる嗤い声である。


「困るのはここのやつらかあんただろ」


 意味がわからなかった。こちらを指差して、ニタニタと不気味に笑うアークがおぞましいと思う。腹の中が読めなくなってしまったから、怖い。


「俺が怖いか?」


「……意味もなく、笑うならそうでしょ」


「いやいや、意味があるから笑うに決まってるだろ。これ、人間としてのジョーシキ」


 流石に場の雰囲気が悪くなっているということに機械であるパティたちも気付いた様子。彼が《SIPW8-00000》と咎めようとするのをまたしても押し退けた。


「なあ、笑うよなぁ?」


 クオンに同意を求めてくる。彼女はアークとカーリーを一瞥するだけ。そうしていると、この場を抑えようと、テラが「言いなさい」と口にする。


「このままだと、埒が明かない」


 その言葉にクオンはテラを見ると、もう一度カーリーを見た。そして、どこか諦めたかのように「実は」と続けた。


「カーリーが人の心を読む力……失くしてる」


 道具女の輝く紫色の目が大きくなった。徐々に顔色が悪くなるのがわかる。


――これだよ、これっ!


 思わず嬉しくなる。だって、この女の顔が青ざめているんだもの。恐怖心が伝わってくる。この前の不安顔よりも、こっちが好きだ。こいつらしいと思えるから。

 ニヤニヤと口角を吊り上げていると、その女に好意を抱いている男が胸倉を掴んできた。


「お前、本当 “人形” だな」


 睨んでくるその目は「カーリーにひどいことを言うな」という訴えだった。どうやら、ここにいるほとんどの者は道具女の反応を見て、初めて力を失ったことに気付いたらしい。これに大半の者は当然驚きを隠しきれていない。

 その反応が「そうだったの!?」から――「ただのルーメン民族」へと変わっていく者の心が見えたSIPW8-00000は「力のないルーメン民族なんて」と下手くそな音程で歌ってみた。


「この女はただのそこら辺にいるルーメン民族。前にもいたっけ。ロクに使えもしない魔術を必死に使って、死んだやつら」


 空気が悪くなっていく。その雰囲気を直接肌で感じながらも、カーリーはアークの声を、誰の声すらも聞きたくなくて、耳を塞いだ。それでも、五感が鋭いから声は聞こえてくる。


「そこら辺のルーメン民族って、使い物にならねぇよな。魔法エネルギー放出量なんてたかが知れているし」


 テラの怒声が聞こえてくる。おそらくは、黙れと言っているのだろう。そうであっても、カーリーはもうここには、いられないと思った。バレてしまったのだ。自分が人の心を読む力を失ってしまったということを。それだからこそ、〈フラーテル・アウローラ〉にとって自分は不必要な存在。いるべき存在ではないから――逃げようとする彼女の耳に鈍い音が聞こえた。足が止まるカーリーが音の先を見ると――。

 クオンがアークの頬を殴ったのだ。その理由は――。


「ムカつく」


「はあ?」


 なぜに自分が殴られたのか理解できていないアークは首を傾げていた。その素っ頓狂な顔がクオンの怒りの火に油を注いだ。また殴ったのだ。


「ムカつく」


 二度目の殴打で気付いた。小さい魔術工学技師の怒りの真意を。そういうことか、とどこか諦めた表情になった。


「まさか、ここで被るとは思わなかった」


「謝れ」


「誰に?」


「カーリーに」


「お父さんでなくていいの?」


 三度の殴打。アークの顔に腫れができるより、クオンの右拳が赤かった。


「お父さんは、今関係ないっ。カーリーに謝れ」


「こいつに謝罪する理由が思い浮かばない」


 クオンがまたしてもアークを殴ろうとする前に、ジョクラトルが先に手を出した。先ほどよりも力強くて痛そうな音が周囲に響く。すぐさま、彼はアークの胸倉を掴んだ。


「カーリーだけでなく、クオンも嵌めようとしたな?」


「どうだか」


「訂正してやる。お前は人でもなければ、人形でもない。それ以下のクズだ」


「あっそ」


「もっとも言うならば、そんなやつが自分の過去を知らないのはクズだからこその業だろうな」


 ジョクラトルは手を離した。自然とアークは床に尻もちをつく。無言状態で彼を見上げた。それでもなお、ジョクラトルの口は止まりそうにない。


「お前が何者かなんて、俺たちは知ったこっちゃない。それこそ、お前が言うどうでもいいことなんだよ。そのどうでもいいことに付き合わされているカーリーの身にもなってみろ!」


 自分だってそうだ。〈ニンギョウ〉に自分の家族を殺されたから。


「家族を殺されたやつと一緒にいなければならないカーリーの気持ちを理解しろっ!」


 自然と涙が溢れ出てくる。カーリーが思う気持ちはジョクラトルにとってもわかることだから。


「それができないなら、お前は一生自分を知ることができないに決まってる」


 アークはもう何も言わない。ただ何も言わずしてこちらを見るだけ。もちろん、彼も何も言わなくなった。その場には沈黙が流れるだけ。この重たい空気を換えようとしたのがテラだった。「そこまで」とアークを睨みつける。


「これ以上の争いは認めない。集会はこれで終わりにするが、部隊班の班長は後で会議室に来てくれ。以上」


 かなりの強引さではあるが、テラは集会を終わらせた。この件のせいで、士気が下がった者が多いであろう。絶対に作戦は成功できるとは思えなくなってきた。どうしようもないイレギュラーが逆に邪魔をしているからだ。

 集会を終えると聞いて、〈ニンギョウ〉は無表情で立ち上がった。ややあって、カーリーを瞥見すると、この場を後にするのだった。これにテラは慌てて彼を追い掛ける。〈ニンギョウ〉を呼び止め「何がしたかったんだ?」と素直に疑問をぶつけた。


「こちらに協力すると言っておきながら、搔き乱したかったか? やはり、貴様は――」


 テラが言い切る前に「知らねぇ」と遮ってくる。


「俺は何も知らねぇ」


「そんなわけあるか。明らかな内乱を起こそうとしていたな?」


「あんたらの自滅なんて興味ねぇ」


 そう言う〈ニンギョウ〉ではあるが、こちらを見ようとはしなかった。それだからこそ、今どのような表情をしているのかがわからないのである。いくらテラが、第六感が優れていようとも、声音だけではどうにも判断がつかない。だからこその行動を起こそうとするのだが――。


「あんたらに協力する意味がわからねぇ」


 意図がようやく汲み取れた。それに気付いたときは遅かった。胸が苦しくて、息ができなかったからだ。その痛みも束の間。耳元に割れるようなひどいノイズが走り、意識が途絶えてしまう。


「ここにいても、意味がねぇな」


 通路には橙色の血に塗れた死体が一つ。それを見下すようにして、SIPW8-00000は立っている。彼は動かないそれを見つめながら「そうだな」と通路の奥を見た。


「片っ端から探せばいいか」


 先ほどいた場所とは正反対へと進む。その途中、一機の〈OPERATOR〉を呼び寄せる。そいつが近付いてくると「ポンコツ」そう、呼んだ。


「インペリウム帝国内にある研究所や工場がある場所を全部俺に教えろ」


《承知です。SIPW8-00000》


     ◆


 集会を行っていた場所に嫌な爆発音が聞こえてきた。いの一番にカーリーがその物音の方向を見る。


「何?」


 周囲はざわめく。何があったのか、と普段テラと仲の良いグローリア民族のオールドーが音の方へと行くと――。


「大変だっ!」


 大慌てで引き返してきた。様子を見に行った者の表情からして、ただ事ではないと誰もが痛感する。ジョクラトルが「何かあったのか?」と嫌な予感しかしないこの胸騒ぎにしかめっ面をしていた。


「先ほどの爆発音と何か関係が?」


「……リーダーが死んでいる」


 誰がそのようなことをしたのか、この場にいる誰もが理解していた。ここにはいないアーク以外、誰がするとでも? テラが死んだという事実に困惑する周囲を押し退けるようにして、カーリーは「アークを探してくる」と出ていってしまった。その後をパティとサックスが《お待ちください》と追い掛けるのだった。

 取り残された者たち。〈顰蹙の空〉の脱出作戦を目前にして、自分たちのリーダーであるテラの死亡。混乱は避けられない。それをわかっていたジョクラトルが「師匠の言われた通りに動こう」と言い出した。


「緊急事態であることには変わりないが、各部隊班の班長は会議室に。そこで脱出計画を確認しよう」


 何とも苦しい選択。テラが死んだと聞いて、ソナとルナは遺体の方に行っている。きっと、彼女たちはしばらくの間思い通りに動くことは叶わないだろう。そして、周りの雰囲気を見ればわかる。アークがこの輪を乱してしまったのだ。その乱れた輪を放置していれば、確実に自分たちは自滅するだけ。それならば、下手くそであっても、輪が不揃いになってしまっても、多少なりとも元通りにするべきであるとジョクラトルは考えたのである。どの道、自分も作戦会議に出席する予定だったから。

 ジョクラトルが出す指示に大半の者が理解をしてくれたが、一部の者たちはそうではなかった。この場にいないアークとカーリー、そしてテラでさえも責めた。


「〈ニンギョウ〉を仲間としてここに招き入れること自体が間違いだったんだ」


「あの子が力を使えないって。それって、〈ニンギョウ〉がリーダーを殺す計画を知らなかったってことだろ?」


 〈フラーテル・アウローラ〉が混乱的状況になるのがアークの目的だとするならば、彼は相当計算高い人物ではある。だが、待って欲しい。アークを責めるのはわかるが、なぜにテラとカーリーまで責められなければならない? これは誰が悪い? あの二人は全く悪くはない。悪気があって、やった結果ではない。それでも、結果は結果。こうなってしまうと予測ができなかった者が悪いと言えるのはつらいものだ。

 それだからこそ、ジョクラトルは「そんなことを言わないでくれ」と庇うぐらいしかできなかった。


「俺がアークから真意を訊き出す。それで、本当に計画をしていたならば、俺が殺す」


 ドミナに魔法エネルギー放出抑制剤を用意するように伝えた。こうでもしなければ、アークに話を訊くことはままならないだろう。それも薬は大量に投与しないと――。


「先にそっちを済ませるから、作戦会議は少し時間を空けて始めよう」


 そうジョクラトルが言うと、この場を後にした。通路を通るとき、テラの遺体を見て涙を流す姉妹を横目で見る。何の言葉を掛けたらいいかわからず、そのまま通り過ぎるだけであった。


     ◆


 アークはどこへ行ってしまったのだろうか、とカーリーはパティたちと手分けして探した。R区画にいなければ、S区画にもいない。かと言って、一応出席予定だった会議室の方にもいない。つまり、〈フラーテル・アウローラ〉内のどこにも彼はいなかった。

 ということは、ここから出ていってしまった。これは非常にまずい事態ではないのか。そんな行動を取ってしまえば、明らかにテラを殺すつもりだったと言っているに等しいからだ。そうともなれば、カーリー自身の信頼もがた落ち。絶対に誰にも信用してもらえない。ただでさえ、力を失ったことをバラされたのだ。しかも、テラはそれを否定しなかったし、こちらに質問すらもしなかった。ということは、彼自身も知っていたということ。知った上での報告なし。自分の立場が危うい。そして、アークを追い掛けるために拠点を離れてしまえば――完全に〈ニンギョウ〉と手を組んでいたスパイと認識されるだけだ。


「もぉ……何なの?」


 泣けてくる。家族がいなくなり、唯一の居場所である〈フラーテル・アウローラ〉にいることすらもあやしくなるなんて。

 大きく項垂れるカーリーに心配をしてくれているのか、サックスが《わたくしたちが外を見てきましょうか》と提案する。だが、それを彼女たちがするのもあまりよろしくはない。


「いい、止めておこう」


 どうすることもできないこの現状に、ただ嘆くだけ。カーリーに残された選択肢は一つだけしか残っていないようなもの。


――本当は、みんなと行きたかったんだけどな……。


 大きくため息をついたときだった。ジョクラトルが現れ「アークはどこへ行った?」と切羽詰まった表情で詰め寄ってきたのだ。この質問に「いなくなった」としか答えられない。


「どこにもいなかった。多分、アークは外」


「……まずいな」


「うん。これじゃあ、テラおじさんを殺す気がありましたって言うようなものだもん」


 それに、下手に他の〈ニンギョウ〉や〈ニンギョウの目〉たちにアークが捕まってしまえば――こちらが不利になるほどの敵となる。それをジョクラトルは恐れていた。脱出まではいい。その後だ。その後のインペリウム帝国との戦いにアークが敵としているならば? それは非常に避けたい案件。きっと、魔法エネルギー放出量が多い者たちだけで集めた精鋭部隊を持ってしても、太刀打ちできないだろう。

 だからこそ、地上へと出てアークを追い掛けようとする。ポケットには大量の魔法エネルギー放出抑制剤があった。ドミナからもらったはいいが――これ、どうやって与える? 飲ませることは難しいから、注射器を数本預かってはいる。それも濃度が濃いものを。ドミナは彼が眠っている間に投与したと言ってはいるが――今、アークは起きている状態。打つことはできそうにない。戦いにおいて、勝てないとわかっているから。それならば、彼が寝るまで待つ? そんな悠長に時間を掛けていられない。早いところ〈顰蹙の空〉から脱出したいであろうオールドーたちに不満が募るだろう。

 ならば、もう――。


「アークのことは後で考えよう。一緒に会議室に来てくれないか」


 そろそろ作戦会議を始めないと。会議室で待つ者たちにとって、アークを優先とすることを快く思わないだろうから。

 ジョクラトルの言葉にカーリーは頷くと、一緒に会議室へと向かうのだった。


     ◆


 会議室へと行くと、数名の仲間がカーリーたちの登場に視線を向けてきた。力を失ってもわかるこの目。どう考えても、快く見ていないものである。この視線が怖くて、彼女は端の方に座った。

 一方でジョクラトルはこの会議を執り仕切るようで「〈顰蹙の空〉脱出作戦について話し合おう」と口に出した。


「脱出方法はドミナたちに作ってもらった蓄積容器を――」


 そこまで言ったときだった。オールドーがジョクラトルの発言を止めた。彼は言う。


「お前が会議を進める意味がわからない」


「どういう意味だ?」


「〈ニンギョウ〉を捕まえて、リーダーを殺害した理由を訊き出したんだろ? 俺たちはそっちの報告を待っているんだが?」


「……あいつは今、拠点内にいない」


 言いたくない事実であるが、嘘をつくわけにはいかなかった。それだからこそ、ジョクラトルが本当のことを報告すると――「やっぱり」と別の呆れた声が聞こえてきた。


「〈ニンギョウ〉はこちらを搔き乱すために潜伏していたんだ。そして、リーダーを殺せば、反乱軍は勝手に自滅すると思い込んでいた。事実、そうなりつつあるようだな? なあ?」


「…………」


「あいつをここに連れてきたカーリーは利用されていただけだろ。それはつまり、俺たちを裏切ったということだ」


 その言葉を聞いて、カーリーの心に何かが突き刺さった気がした。いつもアークに殺されるときとは少し違う、胸の苦しみ。顔を上げたくなくて、テーブルに視線を落とすしかなかった。


「そう考えるならば、リーダーも裏切ったことになるな。〈ニンギョウ〉をここに受け入れると決めた時点で」


「カーリーも師匠も裏切ってなんかいないっ!」


 これ以上、カーリーやテラが好き放題に言われているのが嫌だった。それだからこそ、ジョクラトルは怒声を上げた。誰もが彼に注目するも、次の言葉が思いつかなかった。きっと、この者たちに仲間だの何だのと説教垂れたところで、心変わりするとは思えなかったから。だから、もう何も言えなかった。反論できなかった。何も言えなかったからこそ、逆に「何も言えないなら」とオールドーに鼻で笑われてしまう。


「勝手に会議を進めようとするんじゃない」


 作戦会議はジョクラトルやカーリーの発言を許可することなく、進められた。それでも、困ったことがあった。アークの存在だ。脱出作戦に彼の存在は必要不可欠な役目としてあったのである。この代役は誰にも務まりそうにない。人手不足だからだ。元々、T.04要塞奇襲作戦で大半の犠牲を出したのが原因である。

 奇襲作戦における要は〈顰蹙の空〉の〈制御装置塔〉を破壊すること。その班に所属していた者はカーリーを除いて全滅。それをわかっていながらも、オールドーたちは責任をすべて生き残りである彼女に擦りつけていた。

 言われ放題であっても、返す言葉がないカーリーは下を向いてだんまりを続けるしかない。あまりの言われように、涙が溢れ出てくる。誰かが言った。


「泣いてどうにでもなると思うな」


 この言葉にジョクラトルが反応しようとするが、強引に押さえつけられた。


「当事者でもないお前が口出しするな。俺たちはこの子に言っているだけだ」


「……クソがっ」


 ジョクラトルの悪態を無視し、オールドーがカーリーに顔を向けてくる。


「どう落とし前つける?」


 それは選択肢がないと言っているに等しい。予想はしていたことなのに、口が開かない。それでも、発言はしなければならないだろう。

 カーリーは震える声で言った。


「私をここに残してください」


「……カーリー……」


「どの道、私は戦力にならないルーメン民族です。〈ニンギョウ〉の本心に気付かず、自身の力について嘘をつき、こんな結果としてまった。だったら、〈顰蹙の空〉から出る資格はありません」


 それならばと、と勝手に条件を加えられた。


「本当に逃げ出せないように独房に閉じ込める」


「……構いません」


「本作戦にあった〈ニンギョウの目〉もここに捨て置く。魔術工学技師たちに機能停止させるように連絡を回せ」


「はい」


 これで決まった。〈顰蹙の空〉からの脱出作戦が。カーリーはすぐに入れられた。アークが最初いた独房の中に。魔術の力が使えないまま、死に逝く。そう思っただけでも涙が出る――ことはなかった。


【泣いてどうにでもなると思うな】


 彼らの言葉が頭を過って、涙を枯らしてくるからだ。

 目の前では魔術工学技師たちが〈ニンギョウの目〉たちの機能停止を行っている。それはもちろん、パティたちも同様である。彼らをドミナが機能停止をしようとする前に――。


《最後に、カーリー殿とお話させてください》


「いいわよ」


 それはもちろん、サックスも。二機は独房の中にいるカーリーに声を掛けた。


《短い間でしたが、カーリー殿に会えて僕たちは嬉しかったです。悲しい最後でしょうが、人間はこういう風にしてあいさつをするのでしょう?》


《 “またね、カーリー” と》


「……またね、パティ。サックス」


 カーリーはパティたちの最期をきちんと見届けた。最後の彼らはあっけない物だった。地面に力なく転がる。もう、目玉の光をカチカチと点灯させて茶目っ気を見せてくれないだろう。機械とは思えないような、ちょっとした人間臭さを見られないだろう。

 そう、カーリーは本当に、独りになったのだ。この独房で独り哀しく死に逝くだけ。その悲しみは当然癒えることなく――やがて、〈フラーテル・アウローラ〉内には誰もいなくなった。何の反応も聞こえてこない。五感が鋭い民族なのに、自分の鼓動しか聞こえない。この世でたった独りの気分で。

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