信頼を築くために約束すること
[ID 0000271:5726.153のデータログ]
ID 0000536:5726.153.1402.22
さっき、カーリーを助け出したって聞いたけど。
ID 0000271:5726.153.1402.57
そうだけど?
もう少ししたら、お父さんたちと帰ってくるみたい。
ID 0000536:5726.153.1403.01
生きてきたことに感激!
帰ったら、プロポーズしなくちゃ。
いや、まだ早い?
カーリーはどんなプロポーズが嬉しがるかな?
ID 0000536:5726.153.1420.66
おい、無視しないでくれ。
いいことじゃねぇか。カーリーは生きていたんだから。
これで、求婚もできるはずだから。
ID 0000271:5726.153.1422.89
カーリーが生きていたのは当たり前だから。
というか、今忙しい。
ID 0000536:5726.153.1423.31
クオンは冷静だな。
俺はソワソワが止まらない。
ID 0000536:5726.153.1448.96
あれ? また無視?
ID 0000536:5726.153.1482.34
おーい、クオン?
ID 0000536:5726.153.1486.45
かなり忙しい?
ID 0000536:5726.153.1491.20
プロポーズのことで、手伝って欲しいんだけど。
ID 0000536:5726.153.1493.71
クオン、なんか返事ぐらいはしてくれ。
ID 0000271:5726.153.1494.04
ID 0000536:5726.153.1495.46
せめて、文章ぐらいは送れよ。
俺が寂しいだろ。泣くぞ。
クオンのところに来て、泣くぞ。
【ID 0000536とのやり取りのデータを削除しますか】
[はい] いいえ
ID 0000536:5726.153.1501.38
今から、お前のところへ泣きに来るから。
ID 0000536:5726.153.1520.19
お願い、部屋の鍵を開けて。
ID 0000536:5726.153.1521.63
お願いします、クオン様。
俺を部屋の中に入れてください。
ID 0000104:5726.153.1521.64
悪いけど、ちょこっとジョクラトル借りるわよん♡
ID 0000271:5726.153.1522.08
構わないよ。
ちょこっとでなくとも、たくさん使ってあげて。
少しだけ物寂しい気がするが、普段着用しているルーメン民族衣装の方が気楽でいられるなとカーリーは思っていた。だが、実際には民族衣装とは言いがたい代物ではある。なぜならば、この服は戦闘に特化させた、機能性重視してグローリアやマキナの民族衣装のいいところを掛け合わせた物だからだ。だからこそ、彼女は本物のルーメン民族の衣装というものを着たことがなかった。本物はどんな感じなのだろうか。そう思うカーリーがいる場所は反インペリウム帝国軍〈フラーテル・アウローラ〉にある本拠点内に割り当てられた自室だった。久しぶりの自分の部屋に安心感がある。これが今のマイホームというところ。
自分がルーメン民族だから、よくわかる土のにおい。嫌いではないが、いつもここが地下であることを強く知らしめされている気分。いつかはこの地下ではなく、真っ暗な〈顰蹙の空〉ではなく、本物の美しい空を拝みたい。夜明けを見てみたい。
傍らにいるパティと〈ニンギョウの目〉であるSX-887333を見た。あの〈ニンギョウ〉はインペリウムに操られた過去の記憶を持たないお人形。彼に掛けられていた魔術を解いたからこそ、ほんの少しは人間らしいような表情を見せていた。だから、油断をしていた。うっかり、柵の向こう側に向かって、手を差し伸べてしまったのだ。ルーメンやグローリアなどがする約束の仕方。それは、約束する者同士が手を取り合うこと。それなのに、あの男と来たら――。
【それでも、結果的にここはインペリウム帝国の土地。この国のしきたりに体が慣れてしまっているからなぁ】
わざとらしく、唇を重ねてきた。あの言い分に間違いはないのは確か。そして、〈ニンギョウ〉の言う通り、この場所はインペリウムの土地の地下。自分たちが悪の手から逃れるようにして勝手に穴を掘った場所。だが、勝手ではあるにしても、ここはクラルス、ルーメン、グローリア、マキナの者たちの小さな国である。故郷を奪われた者たちの唯一の居場所。行き場を失った難民たちが、蹶起を立てて、この国の当たり前を覆そうとしている。カーリーたち〈フラーテル・アウローラ〉もこうして反抗しているのはインペリウムが自分たちにとって、不都合なことを押しつけてきているから。
百八十七年前、インペリウム帝国は突如として〈顰蹙の空〉の発動展開をする。その際、世界中の情報をネットワークで公開できる〈SHARE〉内に一つの情報を提示した。それが、〈祝福の空〉発動展開の宣言だった。その宣言直後、インペリウムの首都ケチュータを中心として、近隣諸国であったクラルス、ルーメン、グローリア、マキナ、イニティウムの国々の一部は勝手ながらこの国の領土になってしまったのだ。このとき、カーリーの曽祖父たちは逃げ遅れてしまったがために、彼女はこの憎き土地で生まれざるを得なかったのである。
とにかく、〈顰蹙の空〉はどんな物理攻撃だろうが、魔術攻撃だろうが破壊することはおろか、脱出することも不可能に近いものである。それだからこそ、この国に残らざるを得なかった反インペリウム軍は一つの可能性としてインペリウム帝国の四か所にある〈制御装置塔〉がある要塞を狙っていたのだ。
カーリーがベッドの上で神妙な面持ちになっていると、パティが《体調はいかがですか》とこちらの心配をしてくれていた。心なしか、SX-887333もである。
《どこか、落ち込んでいるようでしたので》
「うん、私は平気。それよりも、パティたちは……ここにはまだ慣れないよね。来てすぐに魔術工学技師の人たちに色々と検査されただろうし」
《メンテナンスの一環とするならば、どうってことはありませんよ。ね、SX-887333》
《そうですとも。わたくしたちとしては、カーリー殿が心配なのです。それに、わたくしの所有権はSIPW8-00000ではあっても、指示や命令はカーリー殿優先にしてもらいましたので》
「そうなんだ」
〈ニンギョウの目〉も個体によっては、中身が違うようだ。パティの場合は少年っぽさがあるが、SX-887333は女性らしさがある。という事実よりも、流しそうになったとあることに、カーリーは目を見開いた。その目はどういうこと、と訴えている。
「えっ? ど、どういうこと? その、SX-887333に指示や命令って、私が……? えっ?」
《SIPW-1からSIPW8-00000へと所有権が変更になった際、PT-004879との同期通信にて、彼からSIPW8-00000よりも、カーリー殿の指示を聞く方がいい。そう教えてくれたのですよ》
「でも、私はインペリウム人じゃないよ? 魔法エネルギーの供給はできないよ?」
《それでもです》
頑なにSX-887333はカーリーの〈ニンギョウの目〉になりたがっていた。そんな彼女の気持ちを無下にすることができず、「わかったよ」と了承するしかなかった。別に嫌ではない。どちらかというならば、驚きが大きい。徐々に、嬉しさが込み上がってくる。パティと一緒にいたときも、自分も欲しいな、とは思っていたからだ。
「そっかぁ、それならSX-887333なんて呼び名よりも、パティみたいな感じの方がいいよね」
《わたくしは、それを待っていました》
――ああ、パティが羨ましかったのか。
「じゃあ、サックスってのは?」
《とても、喜びがあると思います》
SX-887333改め、サックスは嬉しそうである。〈ニンギョウの目〉の目にあたる目玉の明かりをカチカチと点灯させていたから。一方で、パティはと言うと、部屋のドアの向こう側が気になるのか、そちらの方を見ているばかりだった。どうしたのだろうか。これはサックスも気になっていたようで《PT-004879、どうされましたか》と問い質す。
《廊下側で何かを感知しましたか?》
《いえ、SIPW8-00000が気になるのです。彼はまだあちらですか?》
どうやら、あの〈ニンギョウ〉が気になるらしい。それもそうであるだろうとは思える。乱暴に扱う所有者であっても、仮にも〈ニンギョウの目〉の相棒でもあるのだ。気にかけるのは当然か、とカーリーは納得すると「うん」そう答えた。
「ここに来てからの態度的にね。味方になってくれるって言っても、急に来た元敵がそうそう簡単にここをウロウロできないし。それに、パティとサックスもそうでしょ? 中身見られても、私の部屋で待機なんでしょ?」
《ええ、確かにこの敷地内を僕たちだけで徘徊するのは難しいことではあります。しかし、カーリー殿と共にいるならば、重要機密場所以外のところへと行っても問題はないでしょう?》
「そうだね。ここを案内してあげようか」
あの男のことはもちろんのこと、パティたちも〈フラーテル・アウローラ〉に協力してくれるならば、本拠点の簡単な地図ぐらい把握しておいても構わないだろう。そう思っての提案。サックスは《ありがとうございます》と言うが、パティは《結構です》と断った。
《そちらも大事ではありますが、SIPW8-00000のところに行かせてください。気になるのです。これでも》
今度はパティが目玉の明かりをカチカチと点灯させてくる。どうも、これは〈ニンギョウの目〉の感情を表す方法のようである。そこら辺は詳しくないが、カーリーは〈ニンギョウ〉に会わせてくれ、という言葉に渋い顔をしていた。
《SIPW8-00000がいる場所は、魔術が使えないように魔術工学機器を設置しているのですかね? そうだとするならば、危険ですよ。あれだけでは》
「ここの独房の柵はガリブルおじさんたちがある程度頑丈になるようにして、機器を造っているよ。それに、機器だけでなく、本来の部屋自体も頑丈にはしているんだって。何より、あの人は裸状態だし、戦えないでしょ?」
《いえ、SIPW8-00000は〈顰蹙の空〉を破壊できる存在ですよ。戦うという意味でなければ、もしかしすると、そこの独房を破壊しかねませんし》
屁理屈を言おうが、是が非でも連れていけらしい。おそらく、その言葉を無視したとしても、〈ニンギョウ〉のところへと行かせるまでしつこく連れていけ、と一点張りをするだろう。これはこちらが折れるしかないのか。カーリーは「わかったよ」と二機を連れて、自室を出るのだった。正直な話、今の彼に会いに行っても、口付けのことで頭いっぱいになるから嫌なのである。しかも、絶対に面白半分からかってくるはず。
カーリーたちが〈ニンギョウ〉のもとへと行こうとしていると、偶然にもソナとルナに会った。彼女たちはニコニコと「カーリー!」そう手を振ってくると――。
「あの変態のところへ行くの?」
正解ではあるが、釈然としなかった。黙って頷くだけ。その反応にソナは「知ってる?」と話題を持ちかけてくる。
「もうあいつ、ここでは超有名人になっちゃってるよ。頭のイカれた変態だって。でしょ? 普通、裸になっても、恥ずかしがらないだなんてオカシイよ、っていうか、流石は恥知らずの〈ニンギョウ〉ってところだね」
言われてみれば、とカーリーは苦笑いを浮かべる。ソナにとっては、「脱げ」と指示を出し、本当に脱ぐあの男に驚かされているのだから。しかも、インペリウム人にとって、服を着ていないというのは “恥ずかしい” のではなく、“戦えない” というだけだから、文化の違いに戸惑う他ない。故に、彼だけでなく、大半のインペリウム人は、他の文化から見れば異様であり、変態であることには変わりないだろう。
「でも、その変態に助けを求めないと、この国から出られないんだよね?」
ルナの言葉に誰もが押し黙ってしまう。ややあって、彼女が小さく嘆いた。
「私があの変態ぐらい、魔法エネルギーを放出できる量があればなぁ。簡単に〈顰蹙の空〉から脱出できるかもしれないのに」
卑屈になろうとするルナに「自分を責めないで」とカーリーは優しく声を掛けてあげた。それはもちろん、ソナも「そうだぞ」と同意する。
「ルナはあたしよりも、親父よりも、ジョクラトルよりも魔術をたくさん扱えるじゃない。それに自信を持っても大丈夫。あたしの自慢の妹だもん」
「ありがとう、お姉ちゃんたち」
少しだけルナが元気を取り戻したところで、カーリーは「そう言えば」とソナを見た。
「ジョクラトルを見掛けないけど、外にいるの?」
「いや? あいつはドミナ姉さんの研究に付き合っているんだって、クオンが言ってた」
「そっかぁ。それじゃあ、ジョクラトルとドミナさんは落ち着いた頃に。クオンはもう少ししてから、顔を出そうかな」
今後の予定を立てていると、ソナが「残念」と肩を竦めてきた。
「クオンも籠りっぱなしだ。なんか、親父から情報調査の依頼があったんだって」
「それなら、仕方ないね。それじゃあ、二人とも。また後で」
カーリーは二人と別れると、歩を進み始めた。そうしていると、これまで黙って話を聞いていたパティたちが《先ほどの》と会話の内容が気になる様子。
《話に出ていたジョクラトル殿とドミナ殿、クオン殿はどんな方なのでしょうか》
「えっとね……ジョクラトルは一年前にテラおじさんがイセス地区へ遠征に行ったときにできたお弟子さんなんだって」
《弟子、ですか?》
「うん。テラおじさんと出会う前に、ジョクラトルとドミナさんは一緒にいたんだって。それで、ドミナさんは魔術工学技師なの」
《SIPW8-00000がこの話を聞いていたら、紹介しろと言ってきそうですね》
なんてサックスが茶化してきた。ありえそうなことに、思わずカーリーは吹き出し笑いをしてしまう。
「ドミナさんは研究が忙しいなら、全く会ってくれないけどね」
《それでも、と居場所の案内を強引に頼むのがSIPW8-00000ですよ》
もっとも過ぎて、もう何も言えなかった。あまり一人で大声で笑うにしても、恥ずかしいから肩でずっと笑っていると《それで》と訊いてきた。
《クオン殿は情報関係に詳しい方ですか?》
「うん。基本的に、作戦の情報関係に携わっているよ。本来はガリブルおじさんとかドミナさんみたいな魔術工学技師なんだけれども」
「それは誰のことだ?」
行く先の方からそう声が聞こえてきた。この声はあの〈ニンギョウ〉だ。どうやら、彼は自分たちの会話を途中から聞いていたようである。カーリーが通路の奥に目を向けると、その男は壁に背をつけて全裸で座っていた。しかも悠然と。この状態で羞恥心はないらしい。流石は〈ニンギョウ〉と素直に感心はできそうにはないが。
おそらくはクオンのことであろう。彼が「誰のことだ」とずっと設問をしてくるものだから、相手の危機を思うカーリーは「テラおじさんに訊いて」と教えなかった。
「まだ、誰もあなたのことを信用していないし。今のあなたはパティたちよりも信頼度は低い方だよ。だから、その人のことは言えない。でも、その内わかるから」
「いつ頃わかる?」
「時間はそこまでかからないと思う。ただ、今は信用していない仲間たちの説得をおじさんがしているから、そうベラベラとはしゃべれない」
そう答えるカーリーにパティとサックスが賛同してくれた。彼らはテラやガリブルたちに正確な情報を提供していたのだから、〈ニンギョウ〉よりもそれなりに信頼度が高いのだろう。それでも、まだ警戒はされているようではある。
なんてカーリーが言うと、パティが彼のもとへと行きたそうにしていた。
《だから、話題を変えましょう。SIPW8-00000の体調はいかがですか?》
「今訊くことじゃねぇだろ」
《今日はまだ訊ねていませんので。それに、魔術工学技師の話はあれで打ち止めですので》
面倒臭いな、と〈ニンギョウ〉はわざとらしくため息をついた。鬱陶しそうに追い払ったところでも、この質問は変わらないと判断したのだろう。だから「いつも通り」と返した。そうして、「それで」と話を戻そうとする。
「俺が信用ないって、オカシイ話だよな? あんたが助けて欲しいって言うから、こうして反インペリウム帝国軍に寝返ってやったってのに」
本来は信頼関係以前に、ソナやルナを一度殺したことが大問題である可能性が高い。テラはこの〈フラーテル・アウローラ〉を束ねるリーダーでもある。そして、〈ニンギョウ〉と違って、人間らしい普通の当たり前な感情も持ち合わせている。自分の子どもが “死んだ” という状況に陥れば、完全な敵と見なされるのはごく当たり前のこと。それは、カーリーの父親であるジェイヴも同様のことだというのは忘れてはならない。
とにかく、信頼関係をある程度高めるのに多少の時間がかかることが伝われば、問題ないだろう。自室に戻ろうとしていたカーリーであったが、「時間が掛かるのかよ」と濁った黒色の目をこちらに向けてきた。
「だったら、その間に俺が知ってもいい情報をあんたが教えてくれよ」
本当は自室へと戻りたがっているのに。カーリーは「いいよ」と返答してしまった。足が勝手に動いて、近くに置いてある木箱の上に座る。いや、部屋に戻って、独り恥ずかしそうに悶絶するよりか、こうして口を開いて誤魔化していた方がいいのかもしれない。その話し相手が “羞恥心” とやらの最大原因ではあるのだが。
〈ニンギョウ〉はしばらく間をおいて「テラってやつ」と何かを思い出すようにして、口を開いた。
「あいつ、ここのリーダーさんだったよな? どれぐらい強い?」
まさかとは思う。信頼度が高くなって、自由の身になったならば、テラに戦いを挑もうとする気なのか、と。このことは報告しなければ。逆に戦いたいと面食らったならば、この〈ニンギョウ〉は、本当は〈フラーテル・アウローラ〉を全滅させるために潜り込んできたスパイだと勘違いされるかもしれないから。彼の本心を知ることができるのは、カーリーのみ。これまでにおいて、仲間に入りたがっていた者たちにはほとんどと言っていいほど会わされた。そして、目を合わせて “本心” を探らせていた。それで、仲間として迎える判断をしていたのだが――。
全裸の男と目が合いそうになる。思わず、目を逸らした。訳のわからない存在を受け入れるには、隠し持っている本心を見つけなければならない。特に、ここにいるときはテラやジェイヴから頼まれていた。あやしいやつは常にマークしておけ、と。
【呪い】
だがしかし、今のカーリーのその力は失っているという事実がある。あのときだ。SIPW-1と戦って、彼女が死んで、レグルスが最後の足掻きとして操って――次に目を合わせたのは、ソナとルナだった。極力、信頼のある仲間たちとは目を合わせないでいたが、偶然視線がぶつかり合ったときに判明した。以前のようにして、人の心を見る力がなくなってしまっていると。
それだからこそ、〈ニンギョウ〉がこちらの仲間になることに嘘はない、というのは――テラに嘘をついてしまったということになる。まだ、彼とは本格的に目を合わせてはいないが、もしかしたら気付いているかもしれない。それなのに、こうして変わらないような関係でいられるのも約束だからだろうか。
そっと自分の唇に触れた。忘れようと思っても、感覚が覚えている。
「思うに、あいつは強いはずだ。相当な……って、聞いているのか?」
少しだけ興奮気味な〈ニンギョウ〉が怪訝そうにして、こちらを見てきた。その問いかけに慌てて「聞いているよ」と取り繕う。
「確かにテラおじさんは強いよ。多分、あなたが一生得ることができそうにない力もあるし」
「なんだよ、それは」
「人を束ねる力と信頼させる力。あなたには無理でしょ?」
「誰が無理なものか」
できると断言しているようだが、それは絶対にありえないだろうな、と〈ニンギョウ〉以外の誰もが思っていることだった。だって、性格悪いし。もっと、マシな性格だったら、話は違ってきたかもしれないけど。
ちょっぴり拗ねたように不貞腐れる姿に、カーリーは小さく笑いながら「無理だって」と言う。
「ソナたちだって、きっとあなたが性格悪いと思っているだろうし」
「別に俺としては普通だと思うがね。というか、 “思う” なのか。見ないのか? お仲間たちの心の中」
墓穴を掘ってしまったようだ。心拍数を上げながらも「見ようとは思わない」と答えた。
「私はできるだけ仲間の心を見ないようにしているの」
これで誤魔化しきれるだろうか。その答えに意地悪く「もったいねぇな」と肩を竦めてくる。
「見る方が面白いのによ。人間の性根がわかる瞬間だぜ?」
その考え――この〈ニンギョウ〉とカーリーは本当に相容れない者同士らしい。パティとサックスを見た。彼らは何も言わない。それもそうだ。彼らは人ではないから、心を見られる好き嫌いを理解できるはずもないのだから。
彼の周りにいた者たちは、少なくとも〈フラーテル・アウローラ〉の仲間たちのような人間臭さはなかっただろう。SIPW8-10001、SIPW-1などの〈ニンギョウ〉たちの目の奥を覗いてきたが――第一に考えていることが「最高の祖国インペリウム!」だった。その壁を蹴破ってみたとしても、ほぼ何もない状態。ただ、SIPW8-10001だけは、片隅にこの〈ニンギョウ〉に対する疑問があった。それ以外、彼らは何も感じていないし、何も思わない。感情を見せたとしても、それはインペリウム帝国内でしか通じない代物。
記憶を持たないこの人だからこそ、そんな者たちから教えられたものは最低な中身。常識知らずの存在。それならば、自分の存在に疑問を持ってもおかしくはない。クズインペリウムを裏切る環境は整っていたのだ。
それならば、とカーリーは思う。この〈ニンギョウ〉を利用して、〈顰蹙の空〉から脱出するためには――。
「ねえ、ここから早く出たいと思わない?」
「……何を当たり前なことを?」
唐突に話題が変わったのだ。戸惑うのも無理はないだろう。カーリーはゆっくり木箱から腰を上げた。
「あなたの信頼度が低いのは、クズインペリウムの文化しか知らなかったからだと思う。だから、こんな待遇になってしまった。違う?」
〈ニンギョウ〉のもとへと近付いて、柵の前に立った。彼の目と合わないようには気をつける。ややあって、また同じように、柵の向こう側へと手を差し伸べるのだった。
「それなら、私とたくさんお話をしよう。あんな国の文化やしきたりに習うよりも、こっちの文化を知ろうよ。人も道具の立場も一切関係なくね」
「…………」
「どう? この話に乗る? 私とたくさん会話をしたり、一緒にいれば、あなたが知りたがっていた自分の存在とやらを知るきっかけが生まれるかもしれない。ここから出るまでの時間の短縮となるかもしれない。ただ、闇雲に探すより、確率は高い方なのかもしれないしね」
結局、カーリーはこの〈ニンギョウ〉のことが放っておけないのだ。約束をしただからと言って、その約束はインペリウム独自の文化で行ってきている。そうであるならば、無視しても構わない状況でもあった。彼としたその約束のやり方は、クラルス、ルーメンでは別の意味として捉えられる。だとしても、それを一々触っていられない。まずは本来の彼の目的を持ち出すことだ。そこから、色々と変えていこう。
差し出された手に、SIPW8-00000は自身の手を伸ばそうとするが、そいつは手を引っ込めた。そして「言っておくけどね」と上の方へと視線を逸らす。
「ここはクズインペリウムの土地であることには変わりないけど、その国の操りお人形ではなくなったあなたは、もう〈ニンギョウ〉でもなければ、インペリウム人でもない。私たちと同じ立場の存在。それに理解して、同意してくれるならば、あなたが持つ “インペリウムの概念” を今すぐここで捨てて」
どう? と視線を元に戻してきた。
「〈顰蹙の空〉から出れば、あなたが知り得る情報はもっと増えるはず。もちろん、私はあなたのその手伝いをするから」
その女は再度、手を差し出して「お互いの名前、知らなかったよね」と苦笑いをしてくる。なぜにそんな表情でいられるのだろうかと思う。
「私はカーリー・アウローラ。もう一度、あなたの名前を教えてくれる?」
どこかうろたえている様子の〈ニンギョウ〉。だが、その差し伸べられた手を取ってくれた。そこで、パティが《これがルーメン民族の約束の仕方ですよ》と。握った手を見て、彼はカーリーを見てきた。
「SIPW8-00000」
「そんなの人間らしくないよ。あなたには別の名前がもう一つあったよね? だったら、それを捨てて、そっちの名前を教えて」
「……アーク」
「よろしくね、アーク」
SIPW8-00000――否、アークはインペリウムの常識を捨てるという選択肢しかなかった。自分のために。もう〈SIPs〉でもなければ、インペリウム人でもなくなったから。自身のために、そのルーメン民族の女と約束をしてしまったから。
――公平な関係の取引としていこう。




