夢に現れたその手を握る
――助けて。
幼い自分が闇の中へと落ちていくのを見ていた。そんな自分を助けようと、手を伸ばしている。その手は自身の物ではない。他人の手である。その他人が誰なのかもわかっていた。知っていた。いつも、夢で助けてくれる男の子の手だから。何度も、何度も。幼い頃から見続けた夢の続きを今ここで見ている。数日前までは暗闇の中に落ちていく自分の夢を見ていた。きっと、これは先日の夢の続きだろうと理解できた。
自分を助けたい。その思いは男の子も自分自身も思っていたことだった。急いで! 闇に飲み込まれてしまうよ。背後からは強大な闇が迫ってきている。それも真っ黒な色をした巨人だ。逃げ道はそのまま落ちるしかない。それ以外の方法はない。こういうときの夢はいつだってそうだった。 “逃げる” という選択肢しかないのだから。後ろからやって来る真っ黒な巨人から逃げるしかできないのだから。
真っ黒な巨人は何かを言っている。何を言っているのかはわからない。聞こえはしているが、はっきりとは聞こえなかった。唸り声? 叫び? ううん、違う気がする。それでも、雰囲気からして、絶対に自分たちを捕まえてやるとでも言いたげ。
あともう少し。もう少しで、その手を触れられる。伸ばして、伸ばして、伸ばして――。
結局、男の子と手をつなぐことはできなかった。そこから視点は切り替わる。大きな闇に飛ばされる男の子をこの目で見たから。
――どこにも行かないで!
自分も手を伸ばす。伸ばした。その男の子と手をつなぎたい一心で。それでも、伸ばした手が触れたのは彼ではなかった。
――剣?
ずっと前の夢に出てきた光り輝く剣だった。これさえあれば、あの真っ黒な巨人を倒すことだってできる。現に、男の子はこの剣で立ち向かおうとしていたのだから。
その剣を手にした瞬間、落ちる感覚はなくなった。地に足が着く。その足で一歩を踏み込んだら――闇から光の世界へ。手にしている剣と同じようにして、光り輝く石の道が現れた。これまでとは違って、安心感がある。それでも、男の子がいないから不安だった。あの子はどこへ行ってしまったんだろうか。思わず、また一歩踏み出したら、今度は道の真ん中にこれまた光り輝く人の形をした石が現れた。
人の形をした石は男の人の声で人の言葉を話す。
「あなたが逢いたいと思う人はいる。その人もあなたに逢いたいと強く願っている」と。