海風の香る夜に
海から吹く風は少し冷たいが、1月に吹く冷たい風ではなく、春先の少し涼しい風といった表現が当てはまるだろう。
夜の静かな海の音を聴き、土の上に仰向けに寝転がった俺の目に写るのは夜空に輝く星々の光だ。
この星空を眺めて一晩過ごせたらどんなに癒されるのだろうか……
「立てーーーーーーーっ!!」
癒されたい……
「そのまま死ねぇぇぇぇええええっ」
「うわぁぁぁぁぁああああ」
ジュバッ
と、まるで何か切ったのではないかと言うほどの風切り音が俺の耳を掠めていった。
「ちょ、ちょっと待って下さいっ」
「問答無用っ」
踏み込んだ地面がズシンッと沈む程に踏み込んで、5メートル以上ある間隔を一気に詰めて剣を大上段から振り下ろし俺が元いた地面の土が抉れていた。
辛うじて立ち上がって構えた俺の持つ武器は杖ではなく、普段腰の後ろに帯剣している刃渡り20センチ程のナイフだ。
「なに避けてんだーーっ」
いや、避けるだろっ!死ぬわっ!!
何故、魔術師である俺がナイフを持って近接戦闘をしているのかと言うと、今から30程前に遡る。
店を出てすぐに稽古が始まり。
なぜか"姐さん"と呼べっから始まり、2人はサキ姐さん、俺は紗希さんと呼ぶ事になった。もちろん俺が抗議した時は首筋が冷えたが"まぁいい"の一言で済んだ
「アンタら2人、後衛職は接近されたら終わりそう教わったかもしれない。だがそれは二流の後衛職だ。
もも、アンタみたいな回復役は守られるのが仕事じゃない。
アンタが倒れたらチームが死ぬ、たかだか魔物の10や20に接近されたからといって倒れる訳にはいかないんだっ、自らが生き残ってこそチームを守れる。アンタこそが守りの要だ、いいなっ」
「はいっ」
「そしてこうき、アンタの火力はチームの火力そのものだ、アンタがやられればチームの火力は落ち、敵を倒せなくなる。
そして回復役はアンタよりも壁役のゆうとを優先して回復しなければならない。
たかだか魔物の10や20に接近されてもダメージを負うな、そんな魔物は斬り伏せろっ」
簡単に言うが、そんな数に接近された時点で逃げの一手しか無いと思うのだが……
「返事はどうしたぁぁぁあああ」
「ハ、ハイィィィィィィィイイイッ」
「アンタらの武器は杖だが、今は近接用の武器を持て。杖は打撃で敵を黙らせる事は出来るが、致命傷は与えられない。
まずは得物になれろっ! 戦闘中に接近されたら杖を放って剣を取って闘えっ」
剣の扱いに慣れていなければ、いざとなったら使えない。というのが紗希さんの理論で、ごもっともだ。
実際にゴブリンとの戦闘ではナイフを抜く事すら出来なかった。こうして百華は小太刀、俺はサーベルナイフを得物として剣術を習うことになった。
悠人は元々剣の心得がある為、店の薪割りをしている。もちろん、ただ薪割りをしているわけじゃなくて"一撃で真っ二つにする事"が条件。
縦一線に剣や斧を振るのはなかなか難しい、それも木を真っ直ぐに切ると言うのはもはや神業の領域なのだ。
俺と百華の訓練はというと。
紗希さんの剣を"受け流す"と言う稽古だ。
単純に剣の使い方を学ぶ為、避けるという選択肢ははじめから無し。それに、特に体力の無い俺は避ける動作で疲弊するよりも受け流して近接のままトドメを刺す方が効率的だろう……という紗希さんの方針によってこの訓練をする事になった、
早速始まった一発目……
下段から切り上げられた剣を避けずに"受け流せ"の一言で始まった一撃目で、俺はまともにサーベルで受けてしまった。
ーギィィイイイン
重いとかそーゆーレベルじゃない。
実際に蹴られたことはないが、馬に蹴られたら死ぬと言うがそんなレベルだ。
下からの力に抗う事は出来ず、そのまま体が浮いて飛ばされた俺は、夜空を見上げる事になったのだ。
そんなこんなで今は紗希さんの攻撃から逃げまくっているのです。
「いやいやいやいや、もう少し手加減ってないんですか? 死んじゃいますって」
「うるさいっ、魔物が手加減してくれるのかっ! いつでも命がけだろっ」
確かにそうだけど極論過ぎるっ
「うわぁっっ」
受け流すどころの話ではない、剣の初速が早すぎて目で追うのがやっとだ。
吹っ飛ばされたとはいえ、初撃をよくも受け止められたモンだと自分を評価してあげたい。
「うるさいっアタシの稽古は厳しいと言ったはずだっ」
言ってたけど、俺は強制的に受けさせられたんだけどな……
「次いくぞっーー! 構えろっ」
そこから10分、ただただ剣で叩かれ続けた。力の流れる方向、相手の踏み込んだ位置。
剣の軌道が少しずつだが追えるようにはなってきたが、ナイフで剣の重さに耐えきれずに吹き飛ばされてしまう。
――ギィィイイイン
「遅いっ、見切ってから動いてたら受け流す準備なんて出来るわけないだろっ」
「くっ……」
「ここからは本気だ。まともに受けたらナイフが砕ける」
「それって……」
――ボォッ
紗希さんの右手に持つ剣が突然炎を纏い、剣にピッタリと纏わりつくように薄い炎になった。
「今からこの剣で切る、うまく受け流せなければそのナイフごとアンタを切るっ」
「ちょっと待って下さい、それじゃ避けるしか……」
「そうだ、避けるか受け流すかだ。今のアンタなら剣の速さは見切れるだろ、ただしこの稽古は避けるなっ」
そう言うと紗希さんは剣を振りかざし突進してきた。
「うわっ」
「避けるなぁぁぁあああ」
「避けなきゃ死ぬでしょっ!!」
必死の声もすぐさま踵を返して剣を振るう紗希さんのスピードは確かに早い、でも先程から慣れてきているせいかちゃんと見える。
――ギィィイイイン
振り下ろされる剣を何とか防いだ。
力負けしてまた吹き飛ばされる。そう思った俺だが先に武器に異変が起きた。
紗希さんの剣に纏った魔法の魔力から火花が散り、剣とナイフが押し合っているだけなのに、まるでチェーンソーと斬り合っているのかというくらいの素早く小刻みな振動が伝わってきた。
――ヤバイっ
引きちぎられる、そう思って体を沈みこませ、剣を何とか滑らせる事に成功した。
「言ったろ、まともに受けると武器がもたない。次、いくぞっ」
考えろ。速度は早いがさっきから決まって袈裟斬りか逆袈裟斬り、それと突だ。初撃の下段からの斬撃は一回きりで、少しは加減してくれているのだろうか?
袈裟斬りと逆袈裟斬りはそれぞれ斜めの方向へ力が加わっている。
さっきの感覚、掻い潜るのと同時にナイフの腹を使ってさらに剣先の方向を横へズラす。それを剣に触れた瞬間にやる。
突も初動さえ見極められれば避ける事はそう難しくなかった。突は正面から前へと力が加わる。そこにほんの一瞬横からの力を加えられれば姿勢が崩れ受け流しと反撃が成り立つ。
ほんの一瞬紗希さんの剣の軌道をズラせるポイントに滑らせれば……
言葉では何も教えてくれない紗希さんだったが、体で覚えろってタイプだろう。
「避けるなぁぁぉああ」
いや避けるっ、これ以上受けたらナイフがヤバイっ何度も避けながらタイミングを計る。
次は……突かっ!
少し剣を引いたモーションを見逃さなかった俺は姿勢を低くし少し右へ避けた。
ーここだっ!!
紗希さんの右手に持った剣が俺の顔の横をスレスレで通り過ぎる、その瞬間を狙いナイフで剣の腹を外側に叩いた。
ーシュイィィィンッ
甲高い音を立てて剣の腹に横から振り抜くようにナイフを滑らせた。紗希さんの身体が少し開いた。
やった!
そう思ってナイフを首に突きつけようとしたその瞬間だった……
「ぐほっ……」
紗希さんの左足が鳩尾に命中し、俺は派手に吹っ飛んだ。
「最後のは惜しかったな、目の付け所は悪くない……が、詰めが甘い」
た、体術なんて聞いてねぇ……
「コーキ凄いよ、私目で追うのがやっとだったのに」
「次、ももっ」
「あ、はいっ」
あれでも紗希さんは手加減していたんだろう、俺は辛うじて反応出来たけど剣にナイフを当てる事に集中し過ぎたかもな。
いや、あの速度に反応出来て当てられた事が奇跡だろう、あんな速度の突き。我ながらよく見極められたな。
もしやこれも資質のおかげなんだろうか……そういえば本を読んで知力とかが上がったのなら、この稽古でも経験値が入ってる可能性があるな
資質
体力 89△27 精神力 219△9
筋力 90△24 知力 284△1
強度 99△20 分析力 310△4
愛護 17 敏捷力 82△31
前回確認したのは昨日の夜だ。
紗希さんのレベルは恐らく200を超えているだろう。遥かに格上の相手との物理戦。訓練とはいえ、30分でこの上がり幅か。
逃げ回った結果の敏捷力……笑えないな。
無論、手加減してくれていたけど死にものぐるいの訓練は身になるな。
――キィン
俺と変わった百華の稽古がもう始まっていた。
「ももっ、もっと構えは上にっ」
「はいっ」
ーキィン
「正面からアタシの攻撃を受けたら必ず負けるわよ、相手の剣の動きをよく見て、どの方向に力が向いているのかを理解しろ」
「っ……はいっ」
あれ?
なんか紗希さん百華に対してはめっちゃ丁寧に教えてない?