夫婦
俺たちは今、エノトウへ渡る入り口の街、カタセにいる。
婆ちゃんに魔法書を貰ってから10日。
繰り返し依頼を受ける事で俺たち3人とアンディのレベルも34に上がって、冒険者のランクもグリーンになれるレベルを超えた。
「グリーンランクか……」
「意外と早くレベル上がったな、ナナミのプレゼントの補正もなかなかだ。今度ちゃんとお礼しないとな」
「ホントだね、装備様々」
「まあまあ、私はまだプレゼント使ってないけど、今の私らなら格上相手でもなんとかなるでしょ、ガンガンレベル上げてこうよ」
「どの口で言うんだよ!? お前とアンディ、さっきイーターフラワーに食われかけただろうが……」
「あれは危なかったわね……気を付けましょう。うん」
カタセの街について4日目。
この街にはギルドの仕事の仲介施設があり、海が近く水性系の魔物の討伐や海産物の採取の依頼が豊富だ。今回の依頼は元の世界の鎌倉と江ノ島の間にある湿地帯での蜜コケの採取の依頼だった。
蜜コケは、その名前の通り甘い味のするコケで。栽培している農家もあるが、天然物にこだわる料理人も多いらしい。コケを食べるのを想像すると青臭い感じを思い浮かべてしまうが、黄色いコケで絞ると甘い蜜が取れる食材だ。
この街に来たのは、水性系の魔物との戦闘とレベル上げ。それにエノトウを一度見てみようとの思い付きもあってここを選んだ。
婆ちゃんの店はもちろん、ギルドの正面にある本屋、それに元の世界では目黒パーシモンホールという区の施設の図書館など、時間を見つけては"楔"について調べてみたが、それに関する文献は1つもみつけられなかった。
火精霊や土精霊といった精霊に関しての記述に関しても、学者らの専門的な書物は無く、迷信が一人歩きして都市伝説化したような形でしかなく、エノトウにあるとされる石碑についても古代の文字が書かれていて、未だに解読されていない……という情報しか掴めなかった為、直接行くのが早いと思ったのだ。
そして何故蜜コケの採取かと言うと、その湿地に出る魔物はレベル29の俺たちが相手取るには丁度いいレベル30程の魔物が多数生息している事と。
今いるこのお店の店主がコケの採取の依頼主だということだ……
カタセの街来てから2日目の夜にこの店で食事をしたのがきっかけだった。
初日からずっと晩飯は百華の意向によって街に来た初日からこなレストランで食べていた。
実はムサコスの街で谷口先生と会った時、百華が進んでエノトウに来たがっていたのはこのレストランが目的だったそうで……
2日続けて、美味い美味いと沢山食べる百華はすぐにこの店の定員のセレーヌさんと仲良くなった。
丁度翌日にギルドへこの依頼を出しに行くとの話を聞いて、ギルドには直受け依頼の報告をして採取に向かったのだ。
「サービスよ、依頼した量よりもかなり多く持ち帰ってくれたし大変な思いもしたみたいだから、私達からのお礼」
「うぁ〜セレーヌさん、修二さん、ありがとう」
この人達が蜜コケの採取の依頼主である、中村セレーヌさんと
「皆んなが取ってきてくれた蜜コケは質が良くてね、きっと満足してもらえると思うよ」
「いえいえ、もうさっきまでの料理が美味しすぎてお腹パンッパンです〜。でもデザートは別腹〜」
まさにシェフといった格好のこの男性はセレーヌさんの旦那さんでここの店主の中村修二さんだ。
2人とも30歳だそうでお子さんはいないけど暖かい、そんな笑顔を向けてくれている。
ちなみに百華はまだ食うのかって俺が思ってから3倍は食ってるけどな。
セレーヌさんの言う"大変な思い"というのは、
依頼以上の蜜コケを採取した帰り道、偶然通りかかった川沿いの岩にある蜜コケをつまみ食いしようとしたアンディと百華が、その横に生えていたイーターフラワーに食われかけたのだ。
イーターフラワーのレベルは33、獲物の油断を誘い不意打ちで飲み込む魔物だ。
このレベルの魔物達はこのように罠を張ったり、魔物によって隊列や陣形を組んだりしてきて少々厄介だ。
レベル30でギルドのランクが変わるのもこれが理由らしい。
飲み込まれた百華とアンディを助けるために、覚えたての中級魔法ハイドロスプレッシャーを発動し、高圧の水流による打撃で吐き出させた。植物系の魔物には水魔法の相性はよくないが、村本から貰った左手に付けた魔石が輝き、結構な威力だった。
ベトベトになって吐き出された百華とアンディは凄まじい逆襲をして、あたりに潜んでいたイーターフラワー4匹をもまとめて塵にした。
ちなみに今回のクエストへ向かう前に覚えた防御系の魔法、アクアシールドによって避けるだけの戦術から、少しは進歩したといえよう。
今回は依頼主との直接契約なので、そのまま依頼品を店まで持って来たベトベトの百華とアンディを見て、ヒィッと引き気味だったセレーヌさんはすぐさまシャワーを貸してくれたのだ。
「あっはっは、セレーヌから聴いたよ。今日は大変だったみたいだからね、どんどん食べてね」
「はーい、ん〜おいしー!」
いや、大変だったのは百華の不注意だが……
「魔王が復活したらもっと攻撃的になるから気を付けねーとな」
「そうよ、これからも食べに来てもらわないと困るわ」
さりげなく悠人が注意し
凄く気を使った心配の言葉をかけてくれたセレーヌさん。
「そうね、き、気を付けます」
「あっはっはっ、まあ冒険者ってのは危険に飛び込んでく習性があるから仕方ないのかもね」
「仕方ないで死にかけてたら、命がいくつあっても足りないですよ」
「うるさいわね〜次からは気を付けるわよっ」
「なんで俺には当たりキツイんだよっ」
俺を除いた4人の笑い声が店に響く。
実はこのレストラン、本来今日は定休日の所を俺たちの為にわざわざ料理を振舞ってくれたのだ。
3つのテーブルとカウンターの座席5つ、20人も入れない小さなレストランだが、常連客の多いお店らしい。
「皆んなはいつまでこの街にいるの?」
「あ……」
百華が爆食いするフォークを止めた。
実はこの街にいる目的はほぼ達成されている。
水性系魔物とも今日以外の2日間で、カニやエビ、イカなどと遭遇してそこそこな数を倒し、経験値を手に入れてエノトウに入れる条件としてのレベル30を突破した。
後はエノトウの下見さえすれば、ひとまずの目的は達成できる為、いてもあと1日か2日だろう。
「いてもあと2日って所ですね」
「あら、それは寂しくなっちゃうわね」
夫婦揃って寂しそうな笑顔を向けられて息が苦しい……
中村夫婦はとてもアットホームだ。
お子さんがいない2人にとっては、このレストランの常連客は大人ばかりだし。一見さんも1日のみで帰ってしまう為、俺たちの世話をやくのを楽しんでるように見えた。
「エ、エノトウにある石碑の調査を許可してもらえればもう少しいるんですが……」
ーバンッ
勢いよく立ち上がる百華に誰もが目を向けた。
「それよっ!」
「いや、だからな、俺達がエノトウに入るにはレベル30を超えた証のグリーンランクのプレートと、騎士団への申請をしないと入れないんだって」
「カクラマの街のギルドでもプレートなんて貰えるでしょ? それにカクラマには騎士団の窓口だってあるわよ!」
確かに、旧鎌倉のカクラマにはジュオカ以上の大きなギルドがあるし、カタセの街の駐在とは違って騎士団の公募もしている窓口がある。
「でもな、申請が必ず受理される訳じゃないんだぜ? 時間もかかるだろうし」
「そんなの力ずくと私の色気で……」
俺に代わって悠人が百華の説得に入った。色気なんて無いに等しいだろうが……
「エノトウに入るなら私が掛け合ってみようか?」
「えーと、掛け合うと言いますと?」
「実は明日の夜、この店にエノトウを管轄するカクラマの騎士団の友人が来る予定なんだ。申請したらすぐにと言うわけにはいかないと思うが、紹介するから話してみたらどうかな」
「そういえば明日だったわね、鈴木さんが来るの。確かに話してみるといいと思うわ」
パンッと手を合わせてニコニコしてるセレーヌさんをみて頷く修二さん。
いや、確かに騎士団員とコネクションを持てるのはいいが、だからと言ってそんな申請が通る云々に繋がるのだろうか……
現役の騎士に会えるというだけで、ウキウキしたのは悠人だけだ。
なんて言うまでもないだろう……