第9話
その後、騒ぎは一先ず収まった。
次の日、不良達は未遂だったので停学一週間と奉仕活動一ヶ月の処分になった。自己防衛ということで僕へのお咎めは何もなく、僕はとても安堵した。
「ヒーロー部です! 部員募集しています!」
「募集しています!」
そして結局僕は柊さんのヒーロー部のメンバーになった。柊さんの熱意ある勧誘を受けてというか元より入るつもりだったので当然だ。これでやっとあの頃に戻れたといったところか。しかし、あの日僕らにあった出来事は柊さんに話していない。記憶を取り戻して欲しいとも思う。でも柊さんの頭が吹き飛ばされたとか、おっさんを殺したとか言ったらどうなるだろう。柊さんならきっと僕を見る目は変わらないと思う。でもまるで信じられないような話だ。話さなくてもいいんじゃないかと僕は思う。あの時の柊さんとのヒーロー活動は僕にとって大事な思い出だけど、それは僕の胸の中でそっとしておくことにした。
今は柊さんと一緒にメンバーの募集のために声を張り上げている。不満は何もない。柊さんの助けになれて何よりだ。今のヒーロー部の目標は早いとこ三人目のメンバーを集めることなのだから。
「はあ、駄目だ。誰も聞いてくれない」
「仕方ありませんね。部活動の公開演習をしましょう。実際に私たちが皆んなの為に働く姿を見れば入部希望者もやってくるはずです!」
と言うわけで二人だけだがヒーロー活動を行うことになった。
「とはいえすぐに困っている人を見つけることは難しいです」
「そうだね」
「なのでそれぞれで個別に校内の困っている人を探してみましょう」
また二手に分かれるのかな。二人で校内を回ってもいいと思うけども部長命令なら仕方ない。
「あとこれをどうぞ」
柊さんはそういって僕にプラカードを渡した。表面には≪ヒーロー部員募集中!≫と書いてある。
「これを持って校内を歩いてください。それではよろしくお願いしますね!」
柊さんはどこかへ行ってしまい、プラカードを力無く持つ僕だけが残された。
はあ、どこへいこう。早く昼休み終わらないかな。
校舎の廊下をぶらぶらと歩く。
「ヒーロー部募集中でーす……」
小声だが部の宣伝も欠かさない。ふう、部員として頑張ってるぜ。
ふと廊下の先を見ていると曲がり角で学生二人が余所見をしていたためぶつかりそうになっている場面に遭遇した。
これはヒーロー部案件だろうか。助けに入ろう。
「危なーい!」
二人の間両手で割ってに入る。ギリギリで衝突は避けられたようだ。しかし止め方が悪かったのか変な人を見る目で見られてしまった。
ちょっと失敗か。次に行こう。
「おや、あれは」
校外に出た時、一人の太り気味で眼鏡を掛けた三つ編みの女生徒が困ったように校舎の上を
見上げていることに気づいた。
「どうかしました?」
「!? な、なんですか? アタシに何か?」
妙に警戒しているな。
「僕はヒーロー部です。困っていることがあれば助けますよ」
「べ、別に困ってなんて……」
「ん? あれは……」
女生徒の場所から校舎上を見る。そこには一体何に飛ばされたのか筆箱が載っていた。高さは3m程あり僕たちの背では届き難い。でも僕は高いところに登ることが昔から得意だ。
ひょいひょいと壁の突起に手足を掛け登る。
「良し」
そしてさっさと筆箱を確保すると猿のように地面にするすると降りた。
「これでしょ? 中のものなくなってないか確認しておいてね」
「あ、ありがとう……」
良かった良かった。一件落着だな!
僕がご満悦といった感じでニコニコしていると後ろから足音が向かってきた。
「おいおいおい、なーにしてくれちゃってんのさ」
見ると7人ほどの男女がスマホを手に立っていた。
「え、なんのこと?」
「その筆箱、上に乗ったままが面白かったのに空気読めよ〜」
「ほんとにな〜。ヒーロー志望ってやつか〜? さみーなマジでよぉ〜」
は? なんだこいつら。
「いやマジで言ってる意味が分からんのだけど」
「だーかーら」
そういうと男子学生の一人が太り気味の女生徒の筆箱をひったくると上に投げた。それを他の学生たちはスマホを構えながら見て笑う。
「あっ! 何すんだよ!」
「俺らはこうやって遊んでたの! そこのデブも了承済みだっての! 良いから部外者はあっち行けよ!」
「バーカ!」
「いつまでいんだよ気持ち悪いんですけどー!」
クソォ、言いたい放題言いやがって。絶対に許せん。僕は震えた。
そして僕は身を翻した。逃げる訳ではない。救援を呼ぶのだ。
クラスに戻った。
「佐藤! 山田! 助けてくれよー」
そう言って佐藤に泣きつく。
「どうどう落ち着け。どうした?」
僕はさっき起こったことを説明した。
「なるほどいじめか、外のアレだろ?」
「ん?」
窓を覗くとさっきのヤツらと太り気味の女生徒が見えた。まだいじめているらしい。
「そう! アイツらだよ! 卑怯者共め、まだやってんのかよ!」
僕は憤慨した。いじめは昔から嫌いなのだ。
「アレには関わらんとき」
山田が漫画雑誌に目を落としながら興味無さげに言った。
「なんでだよ!」
「ありゃ、隣のクラスの奴らだな。あそこは人が死んでてピリピリしてるからなー。それにあのデブは学校でも有名ないじめられっ子だ。関わるのはちょっと面倒だな。下手したら隣のクラス全体を敵に回す」
隣のクラス全体を敵に回す。およそ40人が僕の敵になる。考えて少し怯んだ。隣のクラスには二、三人だが友達もいるのだ。
「田中よ、悪いことは言わないからアレは見て見ぬふりしとけ。そんで他のヒーロー活動を頑張っとけ。アレは駄目だ」
佐藤と山田はそう言って漫画雑誌の続きを読み始めた。
二人は当てにならないようだ。しかし、学校全体で有名ないじめられっ子か。根は深そうだ。
結局僕は柊さんにも話さないことにした。いじめは嫌いだ。でも40人を敵に回すのも嫌だった。下手すれば回り回ってあの子のように学校全体を敵に回してしまうことにもなる。柊さんならきっとあの子も助けようとするだろう。それはきっと良くないことになると思ったのだ。
僕はもう一度窓の外を見た。ごめん、助けられなかったよ……。
窓の外には太った女生徒を庇うように立つ柊さんがいた。
「なんで!?」
僕の決意の意味は!?
僕はクラスを飛び出した。柊さんの元に急行する。
「柊さん!」
「田中さん。コイツらどうしてくれましょう。やいあなた達、いじめは許さないですよ!」
戦う気まんまんかよ柊さん!
僕は柊さんの前に立つ。僕も男だ。いざとなったら僕が戦う。
しかしいじめっ子達は興が醒めたのかバラバラといなくなった。
「いなくなった……」
「大丈夫ですか?」
「アタシは大丈夫。いつものことだから。アタシに関わらない方がいいわよ。アンタ達もいじめられても知らないんだから」
「まずは柊さんにありがとうだろ?」
そう言って僕は女生徒に上から取った筆箱を渡す。
「あ、ありがとう……」
そう言ってそっぽを向く太った女子生徒。ツンデレかな?
「私は柊もみじ。この人は田中太郎。あなたの名前は?」
「アタシは佐伯涼子。あなたも助けてくれてありがとう……」
「私達はヒーロー部です。困っている人を助けるのは当然ですよ!」
「ヒーロー部?」
「そうです。新しく私が作りました。ヒーロー活動をする部活です。佐伯さんもヒーロー部に入りませんか?」
その子も誘うのか!? 大丈夫かな。まあ、でもいじめっ子らに対する対処としては良いかもなぁ。佐伯さんが僕らの仲間になればもしもまたいじめられても柊さんと僕が黙っていない。
「あ、アタシは……」
「入りましょう!」
「私も入っていいの?」
「入部おめでとうございます! それじゃあ職員室に行きましょう!」
入るとは言ってなくない? まあいいか。入りたいみたいだし。良かった良かった、これで部も成立するだろうし佐伯さんもヒーロー部に居場所を見つけられるかもしれない。良いことづくめだな! 隣のクラスは敵に回したが。
「まあ、でも柊さんそろそろ昼休みも終わるから放課後にしない?」
「そうですね! では放課後に職員室に集合しましょう! 佐伯さん良いですか?」
「よ、よろしくお願いします……」
「はい!」
柊さんはにっこりと笑っていった。釣られて僕も笑い、そして佐伯さんも笑ってくれた。
その日の放課後。
三人で職員室の部活動担当の先生のもとに来ていた。
「まずは同好会からです。部活動として活動するなら顧問を見つけて実績も残さなくてはなりません。登録用紙の記入は済んでるみたいなので同好会として登録はしといてあげます。次は顧問を見つけて、何か交渉材料を持ってきてからにしてください」
「はい、分かりました」
どうやら部活としてはまだ認められないようだ。それでもヒーロー同好会として成立した。これで柊さんの目標も半分だが達成したと言ってもいいだろう。
「皆さんのおかげでヒーロー同好会は発足出来ました。田中さん、佐伯さんもありがとうございます」
「気にしなくてもいいわ! それより苗字でさん付けで呼ぶのって他人行儀じゃない? 私のことは涼子でいいわ」
なんか急にフランクになったな佐伯さん。
「だから私も太郎ともみじって呼ぶわね。いいでしょ?」
「ま、まあ僕は構わないけど」
「私の喋り方は癖みたいなものなんですが」
「そ、じゃあ決定ね! 二人も下の名前で呼びあってね!」
強引だな! もしかしてこの強引な性格でいじめられてたんじゃないか、この子。
「アタシ、今までデブで眼鏡かけてたからずっとイジメられてたわ。だから助けてくれて、そして仲間にもなってくれて本当に感謝しているの。……だからこそ、二人とは本当に仲良くなりたいと思ってる。これからよろしくね!」
仲良くなりたかったんだな。だからあんなに強引だったわけだ。なら僕も下の名前で呼ぼう。
「これからよろしく。涼子」
「なんか馴れ馴れしく感じるわね。違和感あるわ……」
「……」
やっぱり性格悪くない? まあ、良いけど。
「それでは今日の放課後のヒーロー活動を始めましょう」
「具体的には何をするの?」
涼子がもみじに言った。涼子は初のヒーロー活動なわけだ。しかしよく考えれば僕も柊さんからしたら一緒にヒーロー活動するのは初ということになるのか。なんだか寂しいなぁ。
「とりあえず街中をパトロールして困っている人を探します」
「あっ、分かった! それで私の時みたいに助けるのね! よーし、やってやるわ!」
「ふふふ、一緒に頑張りましょうね」
「良い感じだな、よし僕も頑張るぞ」
とはいえ学生服のまま街中をウロつくのはあまり良くないので一旦家に帰って着替えた後、校門前に集まることになった。
「部室があれば部屋で着替えも出来るし鍵かけて中に荷物を置くことも出来るんだけどな」
「仕方ないです、なんの実績もないですから」
今僕たちはカロウ商店街を歩いている。ショッピングモール周辺まだ瓦礫が散乱するありさまでそこのゴミ除去のボランティアをしようかという意見もあったが、初日なので軽くパトロールするだけとなった。僕は張本人だしほんとはボランティアするべきなんだろうな。
途中、警察に声をかけられた。
「君たちちょっと良いかい?」
「なんですか?」
「この前のショッピングモールのテロ災害について聴きたいんだけど」
ヤバイ。もしかして僕とおっさんについて調査してるのではないだろうか。
「君たちは事件の時どこにいた?」
「アタシは家にいたから事件のことなんて知らなかったわ」
「私は実は事件の時のことはショックで思い出したくないんです」
「僕も家にいました。……、あの怪人災害だったんですよね? 誰が怪人を倒したんですか?」
「それはまだ分からなくてね。それを調べるためにも調査してるんだよ」
僕のことはバレてないようだ。怪人殺害で捕まったら人生が終わる。どうせ監視カメラもグズグズに壊れて超能力のことや、戦いの詳細だってバレてないはずだ。きっとこれからも僕がやったなんてバレないとは思うけど用心に越したことはない。
気を取り直して僕たちは一日の間ヒーロー活動に勤しんだ。
意外にも涼子はとてもヒーロー活動に精力的に活躍していた。
「あっ、泣いている子供がいるわ! 助けなきゃ!」
迷子の子供を母親のもとへ届けたり。
「忘れ物ね! 届けてあげるわ!」
謎の嗅覚で道端の落し物を落とし主に届けたり。
「食い逃げ犯よ! 太郎! 行っちゃいなさい!」
「僕かよ!」
食い逃げの現行犯を追いかけ捕まえて通報したり大活躍だったのだ。
「いやー今日は楽しかったわ!」
涼子は満足そうに笑った。それにしても良い走りっぷりだった。
「こんなに走ってたらすぐに痩せそうだね」
「なんですって!」
思い切り頭を殴られた。涼子は身長が僕と同じで160cm近くある。縦にも横にも大きいのだ。僕は頭を抱えて震えた。
「涼子さんはどこに住んでいるんですか?」
「私は東カロウ町の方よ」
「わぁっ、私と同じですね。途中まで一緒に帰りましょう」
もみじと涼子は楽しそうだ。僕は北の山の方なので方向が違う。悲しい。
「それでは太郎さんまた明日学校で!」
「またね太郎!」
「また明日……」
僕は一人寂しく家に帰った。一人だったので超能力を使ってさっさと家に帰れたから悔しくはないのだ。本当だよ。