第8話
不良二人は柊さんに馴れ馴れしく話しかけた。
「イェーイ、俺ヒーロォー」
「うぇーい、どうよ柊ちゃん。これで部活としてやってけんじゃん」
「へへへ、さっそく先生のとこ行こうか」
「は、はあ……」
唖然としているうちに柊さんが不良達に連れてかれてしまった。
「どどど、どうしよう」
「バッカヤロー! 追いかけるぞ!」
佐藤が僕に怒鳴った。
「アイツら女遊びがひでぇって噂あんねん。俺らも行くで田中」
山田が僕の背中を叩く。
「二人ともありがとう」
僕ら三人で柊さんを追いかける。しかし、すでに居ない。見失ってしまった。
「どうせ職員室になんか向かっとらんわ、やつら」
「旧校舎が臭いな」
カロウ中学校の旧校舎は理科室や音楽室のような普段は人がいないことが多い教室や、完全に使われていない部屋がいくつかある。そういう部屋は鍵がかけられていたが窓から入れるため不良達の溜まり場となっていた。
「よし、俺と田中で旧校舎に行く。山田は念のため新校舎の方を捜索してくれ」
「了解したで」
僕と佐藤の組みと山田で二手に別れた。旧校舎へ走る。
「あの二人組みの不良はかなりヤバイからな……。柊さんも乱暴されかねねえ」
「そんなにヤバイの?」
「悪どい噂には事欠かねえよ。カツアゲやらイジメやら並の悪なんてザラで犯罪に一歩踏み込んだこともやってるって噂だ。しかも半グレの連中とも付き合いがあるっていうしな」
「そ、そんな……。なんでそんな奴等が野放しにされてるんだろう」
「さあな。警察とも繋がりがあるとか、頭の良い軍師が付いてるだとか言われてるけど詳しくは分からん。とにかく悪いことならなんでもやるっていう連中だ。柊さんを助けたらさっさとずらかるぞ」
なんちゅう連中だ。ヴィランみたいじゃないか。これでは柊さんの身が危ないどころじゃない。ミュータントとはいえ柊さんには戦闘能力がないことはこの前の事件で分かっている。僕たちが助けないといけない。
旧校舎に着いた。
「ここのどこかに居るはずだ。二手になって探すぞ。見つけたら電話しろ」
「分かった」
僕たちは旧校舎を探し始めた。
「どこにいったんだ柊さん……」
一階は佐藤に任せたので僕は2階を回っていた。
「あら、田中君?」
「!」
声をかけられドキドキしながら振り返る。
「ああ、中西先生」
僕に話しかけたのは隣のクラスの担任を務めており、僕からしたら数学の先生である中西という女性の教師だった。
「どうして田中君がここに?」
「あの、えと実は……」
僕は柊さんが不良に連れ去られたことを話した。
「それは大変! すぐに助けなきゃ」
「そうなんですよ! でもどこに居るのか分からなくて……」
「そういうことなら力になれるかも」
僕はひょんなとこから現れた助けに藁もすがる気持ちになった。
「本当ですか!?」
「必死ねぇ。大丈夫よ。すぐに助けに行きましょう、こっちよ」
僕は中西先生の後をついていく。
「前にね、旧校舎の屋上でタバコの吸い殻が見つかったことがあったの。それで先生達が持ち回りで旧校舎を見回ってるんだけどね」
「そうか! 屋上にいるかもしれない」
「そういうことよ。先生も仕事だし注意しにいくわ。田中君はその間に助けに入れば良いのよ」
「ありがとうございます!」
中西先生がいて良かった。これで無事に柊さんを助けられそうだ。
屋上に着いた。
「コラ! あなた達何やってんの!」
屋上には口と体を縛られた柊さんと不良が4人ほどいた。
二人増えている。仲間だろう。
「あー? なんだよセンコーがよー。邪魔すんじゃねーよ」
そういってニヤニヤと不気味に笑う不良達。先生に怒られたんだから素直にごめんなさいしろよ。
「柊さん! 大丈夫!?」
僕は柊さんのとこに向かおうとする。
「なんだぁ? てめぇ」
しかし不良達に道を塞がれて通れない。
「こんなことしてタダで済むと思ってるの!? アンタ達警察に捕まるわよ!」
「へっ、うっせーなー!」
妙に目をギラギラさせて不良達が僕らに近づいてきた。
「な、何よ……」
「オラァ!」
中西先生の腹に不良が拳を突き出した。
「うっ……」
中西先生は腹からくの字に曲げ倒れ苦悶の表情を浮かべる。
「!!」
僕と柊さんはそれを驚愕の表情で見た。
コイツらマジで捕まるぞ!
「テメェもだよ!」
「うおっ」
僕は顔を狙って放たれた拳を後ろに下がって避けた。
「あん? オラオラオラオラ!!」
しかしそれが不良の自尊心を傷つけたのか次々と拳を打ってくる。そしてそれを全て避ける。
「なにやってんだよダセェなぁ」
「うっせえ! こいつ格闘技の経験者だ! ボクシングかなんかやってんぞ!」
僕はボクシングは経験がない。しかし武道は少しだけ齧っている。そのため不良のテレフォンパンチを余裕を持って避けることが出来ていた。
「おい! 囲んでボコるぞ!」
「しゃあねーなー」
「この数に勝てるとか思うなよ」
遂に四人が僕に向かってきた。
流石にこの数の暴力は躱しきれない。
「やめろよ!」
「黙ってボコられてろ!」
問答無用か。ならこっちも反撃するしかない。争いになるなら佐藤がいなくて本当に良かった。
瞬間的に足に力を込め、勢いよく飛び出す。
「!」
向かってくると思わなかったのか不良達の動きが少しだけ止まる。
その隙に一人目の顎に人指し指の第1関節を掠らせる。それだけで一人脳を揺らして落ちる。次に両手の貫手で二人目と三人目の喉を突く。二人の動きが止まる。二人を突きとばし四人目の後ろに回った。背中から首に抱きつき腕で喉を締める。気管を締めれば人間は簡単に落ちる。締める時間を間違えなければ後遺症もない。無論僕はそんなヘマはしない。残るはフラついた二人だけ。
「げほっげほっ」
「げほっ。う、聞いてねえぞ。こんな、こんな!」
そう言って二人とも逃げて行ってしまった。
「はぁ、やってしまった。暴力事件になってしまうな」
傷は付かないように戦った。でも現実は非情だ。あの四人で僕に不利な証言をすれば僕は停学や退学になってしまうかもしれないな。
「柊さん、中西先生大丈夫?」
僕は柊さんの拘束を外し、中西先生を介抱した。
「ぷはぁ、ありがとうございます。ええと」
「あ、僕は田中太郎。よろしくね柊さん」
本来、柊さんとは夏休みの間に見知った仲だ。しかし記憶喪失で僕のことを忘れてしまっているので昔と同じやりとりを繰り返すことになった。
「田中君、強いのね。彼らは……」
「傷は付かないように無力化しました。多分」
もしかしたら倒れた時に頭を打ったかもしれないがそこまではどうしようもない。
「でも良かった。柊さんが無事で」
「そんなことより田中さん!」
え、そんなこと?
「ヒーロー部に入りませんか? 貴方ほどの強さがあるならきっとヒーローとして大活躍ですよ!」
「ヒーローって、僕が怖くないの?」
あんな暴力行為を目の前で行ったのだ。普通は皆僕を恐れる。今までずっとそうだった。
「恐れる? そんなことありません! 確かに暴力は良くないですが、正しいことのための暴力ならそれは間違いではないのです!」
なんだか危険思想なようにも聞こえるな。でも、柊さんが僕を怖がっていないと分かって少しホッとした。
「田中! 大丈夫か!!」
下の階から階段を登って佐藤と山田がやってきた。
「なんとか一件落着みたい」
そういって僕は二人に笑いかけた。