第7話
新学期になった。
まだまだ残暑の残るジメッとしたカロウ市で、世間では心機一転といった感じだ。
しかし僕はうだついていた。
「しゃきっとせんかい太郎よ。女に振られたぐらいで情けないのぉ」
「うーん」
食事を食べる手もおぼつかない。それぐらいに弱り切っていた。
「学校行けば会えるんじゃろ? もう一回アタックせんかい」
「もう一回……」
僕との記憶を思い出してもらえるようにまた柊さんと友達に……。
「よし、やるか!」
「おお、その意気じゃ。頑張れよー」
気分上がってきた。きっと柊さんとならもう一度友達になれるような気がするのだ
「ただ、調子に乗って己が忍びであることをバラすような真似はするなよ」
爺ちゃんが僕を睨む。その声には殺気があった。
僕の家系は代々忍術を受け継ぐ忍びの家系だ。大昔には忍びの里として大名や幕府に忍びを派遣することもあったらしい。爺ちゃんは伝統を大切にする人なので僕にも古い家訓を守らせようとするのだ。それは田中家の力を表に出さないためなのだけれど僕にとっては少し窮屈だった。おかげで体育や遊びでも加減して動かなければいけない。本気を出せば学校のヒーローになれるというのに。
ただ僕は幼い頃から目上の人には従うように教育されてきたので大人しく従っている。今はね。
超能力は忍びの力ではない。いずれ僕はこの力でヒーローになる。爺ちゃんもヒーローになることは否定していなかった。プロヒーローが皆自分の身元を隠す義務を持っているからなのかもしれないけれど。僕は今からヒーロー活動を自粛するつもりはない。忍びの力は使わなくても超能力は使う。勿論しばらくは顔を隠して偽りの名前で活動する。でもこの前の事件のほとぼりが冷めた頃に大々的に自分をヒーロー省に売り込むのだ。そうしてプロのライセンスを取得する。ふふふ、未来は明るいぞ。
「何を笑っているんじゃ太郎。……特に、あの術は使うんじゃないぞ」
「わかってるよ!」
僕は足早に家を出ていった。しかしあの術とはなんのことだろう。禁止されている術が多すぎてまったく分からないな。
通学路をひた走る。田んぼはまだまだ青く、カエルも鳴いていた。砂利を蹴飛ばしあぜ道を行く。
「おっ、おはよう! ケンタにユウタ、それからリョウマとコト!」
通学路を幼馴染の四人が歩いていた。小学六年生で年長のリョウマに、同じく六年生のコト、そしてコトの双子の弟のケンタとユウタだ。
それぞれ挨拶を返してくれた。皆んなあの事件の時は大変だったけど何事もなく日常に戻れて良かった。
坂道を下りカロウ町に入る。ここらから田んぼが減り住宅街になってくる。
そして少し進むと僕の通う市立カロウ中学校に辿り着く。
「おはようー!」
元気良くクラスに入る。
だが誰からも挨拶が返されない。
「あれ?」
「馬鹿! 田中こっち来い!」
クラスでも仲のいい友達の佐藤に引っ張られた。
「皆んなお前みたいに馬鹿に騒ぐような気分じゃないんだよ。……この前の事件でクラスにも怪我人が出てるし他のクラスでは死んだ子も出てる。今日は大人しくしとけ」
頭をガツンと叩かれたような気がした。そうだ、あの事件でおっさんと僕は激しく戦った。周りを守る余裕なんてなかったから酷い被害が広がったのだ。とはいえ死んだ子が同じ学校にいるなんて……。
もっとうまく立ち回れば被害を減らせたのではないか? そんな考えとあの日の出来事が頭をぐるぐる回り、その日の学校は始業式だけだったけれど、気落ちして僕はすっかり黙り込んでしまった。おかげでその一日は柊さんに声をかけることも出来ないほどだった。思えば柊さんも二回も死にかけ、遂には記憶に障害を抱えてしまったのだ。全てが僕のせいではないにしろ、責任を感じざる得なかった。ヒーローになるのは簡単ではない。あの日の僕はヒーローじゃなかった。
次の日、僕はまだ落ち込んでいた。
「なんじゃい太郎、また振られたのか」
「いや、違うけど。この前のテロ事件で学校全体が暗くなっちゃってて、僕もあの時のことを思い出しちゃったんだ」
「太郎……、あの日ボロボロで帰ってきたな」
「すこし、巻き込まれちゃって……」
「あの日何があったのか、本当のことを言えとは言わん」
「……」
「それでも正義のために行動したのなら、悔いることはないんじゃぞ」
「そう……、ありがとう……」
少しだけ、爺ちゃんの言葉に救われた気がした。
「忍びの術は使ったのか?」
「すこし……」
「なんじゃとぉぉお!!」
「い、行ってきまーす!」
でもやっぱり忍びの技は使っちゃだめなんだね。
僕は逃げるように家を出た。
通学路を今日も走る。途中でリョウマ達とすれ違った。
「みんなおはよう! ……元気か?」
あのテロ事件の時、リョウマ達はまさに渦中にいたのだ。心に傷を負っていていもおかしくない。だからそれとなく聞いてみることにした。
「? ものすっごく元気っすよ、ねえ?」
「元気元気! ヒーローも元気?」
「元気だよ!」
「そうか、良かった」
大丈夫そうだ。リョウマ達は互いの関係が傷を癒してくれたのかもしれない。やはり仲間というのは良いものだな。
学校に着いた。
今日もクラスの雰囲気はどこか暗い。
でも今日から通常授業だ。このまま日常が過ぎれば傷も時間が癒してくれると、そう思う。
「ヒーロー部です!」
誰かが声をあげた。ヒーロー部? なんのこっちゃ。そんな部活動は僕の中学校にはないぞ。
「ヒーロー部を始めます!」
「ちょっとやめなよ……」
「いいえ、やめません! こんな時だからこそヒーローは求められているのです!」
柊さんだった。柊さんが何やら黒板の前で騒いでいる。そして、カカカッと小刻みな音を鳴らして黒板に大きく「ヒーロー部募集中!」と文字を書いた。
「ヒーロー部募集中です! 参加したい方は私のところに来てください!」
そういうと教室を出て行った。少しの後、またヒーロー部募集中です!、という大きな声が聞こえてくる。なんて行動力だ。別のクラスでも募集してるぞあの子。
「変な子や……」
「関わらんとこ……」
クラスメイトの山田や佐藤には不評だった。しかし、今の自粛ムードの中あんなに強引な募集をしていると変な批判を受けるんじゃなかろうか。少し関わり難いと僕も思ってしまったのだった。
そして、その日の昼休み。
僕は佐藤と山田のいつもの二人と席を並べていた。
「夏休みはなー、家族でハワイ旅行にいったんよ」
「へぇ、山田ん家って英語喋れるの?」
「親父がペラペラでなー、普段は関西弁やねんけど、英語なら訛り関係ないねんな。むしろ日本で会話するよりも伝わりやすうて笑うてたわ!」
「ふーん、食べ物とかも美味しかったんだろ?」
「ハンバーガーがこっちの2倍はあったなー」
「すごいなぁ」
海外かぁ、憧れるなぁ。
「無論、ハワイのご当地ヒーロー、ボルケーノも見てきたで!」
ご当地ヒーローとは、ある土地で長いこと配属され地元愛が高まった結果、必殺技やヒーロースーツまで地元一色になってしまったヒーローのことである。観光の名物として今世界的に話題になっているのだ。ちなみにボルケーノのボルケーノパンチはキラウエア火山並みの威力らしい。
「ボルケーノパンチはしてくれた?」
「それがなー、してくれなかったんよ。お願いしたんやけどなー。キラウエアの怒りは100年に一度だとか言うてたけど、ホンマかいな」
「ふーん」
なにやらボルケーノパンチは伝家の宝刀らしい。
僕らが弁当を食べながら寛いでいると。
「ヒーロー部! 募集してます!」
柊さんの募集演説が聞こえてきた。
「またかいな、ホンマうるさいなー」
「皆んな呆れてんのに良くやるぜ」
そう、いまだにヒーロー部に入ろうという人はいないようだった。柊さんはずっと一人で声を張り上げ人を集めようとしている。
「僕、入ろうかな」
「やめときやめとき。田中は帰宅部のままでええ。そもそも人が三人集まらなきゃ部活として発足できないんや。部活の体をなしとらん」
カロウ中学校は校則として、三人の学生と一人の教職員が集まらないと部活として承認されない。だから柊さんはあと二人の学生と一人の教師を集めなくちゃいけないのだけど、今の様子では難しそうだった。力になってあげたいが、山田と佐藤の二人が拒否感を出しており、二人と決別したら友達がいなくなってしまう僕としては二人と合わせざる得なかった。
放課後、学校も終わり家に帰り着いた頃。僕は計画を実行しようとしていた。手縫いの赤と白そして緑スーツを着る。頭まですっぽりと被り見えるのは目元だけになった。
「ようしやるぞ」
そう、今日から僕は街のヒーローとして活動を開始するのだ。そのための準備はこれまでコツコツと進めていた。スーツの作成から始まり、能力の練習、民間人救助の予期練習まで。考え得ることはノートに書き取り全て試した。僕はやる。ヒーローになる!
「出動じゃぁあああ!」
勢いよく街へと繰り出した。
超能力を駆使してワープで移動する。絶え間なくワープすることによりいつもより断然早いスピードで町までたどり着いた。
「こりゃいいや。走るより断然早い」
それに僕の超能力はこの前のテロの時の戦闘で少しだけ進化していた。
「よっと」
壁面より2mぐらいまでなら上空でもワープ出来るようになったのだ。これにより下からビルの屋上へと跳び移ることが可能になった。
「あはは! 良い眺め!」
地上20mの眺めはなかなか気分が良かった。
「よし、じゃあ困っている人がいないか探してみるか」
僕はビルから飛び降りる。自由落下するがぶつかるギリギリで地面にワープ。落下速度を殺して地上に着地した。この能力があればどこから落ちても安全に着地できる。目を瞑らなければ。……風で目が痛かったから次からはゴーグルでも付けようかな。
派手に落下していたので変に注目を集めてしまった。
「大丈夫、ダイジョーブでーす」
注目を集めたついでに僕のことを周知しよう。
「僕はこの街の新しいヒーロー…、ええと」
ヒーローネームを考えてなかった。どうしよう。
……。僕の能力は瞬間移動だ。風のように移動して駆けつける。そして、この街の新しいヒーローだ。だから僕は、風のように移動する新しいヒーロー。
「ニューウィンドです! 皆さんどうぞヨロシク! 困ったことがあったら僕を頼ってください! 風のように駆けつけますので!」
決まった。これから僕はニューウィンドだ。
「すみません、警察ですか」
「いやそこちょっと通報するのやめて。ミュータントの変質者じゃないから。正義のために働くから」
クソっ、周りの人が変人を見る目で見てくる。なんでだ、僕はヒーローなのに。
僕は逃げた。
ヒーローになっても逃げるのか僕は……。情けないなぁ……。
結局その日は何も活躍出来ずに家に逃げ帰った。明日から頑張ろう。
次の日。
「ヒーロー部で助け合いましょう! 世界はヒーローを求めてるんです!」
今日も柊さんは元気に部員を募集している。しかし皆んなが彼女を無視していた。
「……」
僕はそんな状況に歯噛みしていた。僕のことを覚えていなくても柊さんの助けになりたい。
「柊さ……」
視線を感じる。周りの目が気になる。僕は柊さんに声をかける直前で口を閉じてしまった。
「?」
喋りかけて口を閉ざした僕への柊さんの不思議そうな目。すぐに僕から視線を外す。
僕も自分の席に戻ってしまった。
もし柊さんに話しかけて僕まで周りから無視されたらと思うと、とても怖い。臆病にも保身ばかりを考えてしまい後一歩が踏み出せなかった。
「山田はああいってたけどよ、俺は田中が柊さんのヒーロー部に入るの良いと思うぜ」
佐藤が僕に言った。
「山田はお前を心配していってただけでアイツも本気で反対してるわけじゃねー。田中がそんなに辛そうな顔してるの初めて見るぞ。自分の心に嘘つかなくてもいいんじゃないか?」
「佐藤……、俺たち友達だよな?」
「当たり前だろ? お前も変な心配してんじゃねーよ。ガツンと行ったれ」
仲間はずれにされるというのは僕の杞憂だった。ならもう心配事はない。
「柊さ……」
「柊ちゃん! 俺入るよ!」
「おー、俺も俺も」
僕が柊さんに話しかけようとすると誰かに割って入られた。それはどこから入ったのかワルで有名な3年生の不良二人組みだった。