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第6話

 吹き飛ばされた僕の体はガラスや商品を巻き込み破壊し店内をぐるぐると転がった。


「ぐ、ぐぅぅ」


 身体中が痛む。それでも無理やり立ち上がった。心がぐちゃぐちゃだった。柊さんは今度こそ死んだ。頭を吹き飛ばされて無事な人間はいない。おっさんも死んだ。おっさんはクソ猿になった。柊さんを殺したのは二匹の最低なクソ野郎だ。


「でも、あの猿には勝てそうもないな……」


 柊さんならどうするだろう。僕が殺されたら怒ってくれただろうか。


 壁に寄りかかって考える。俯く顔を無理やり前に持ってきて。跳んだ。瞬間移動は店のレジスターと共に、降りる場所は地上より2m上へ。両手にもつレジスターを落下を利用しつつ猿の頭に叩きつけた。


「ぐおえっ……」


 吹き飛ばされたのはまたしても僕だった。

 ガシャーン!とガラスを破り吹き飛ばされた先の店の中を体で滅茶苦茶にする。


「かッ!」


 口から血が漏れる。胃でも傷ついたのだろうか。そんなことはどうでもいい。もう、死んだっていい。

 でも勝てない、殺してやりたいのに……! 瞬間移動と死の覚悟だけではあの化け物を殺せない……っ!!

 もう一度立ち上がる。


「あ」


 僕が吹き飛ばされた店は模造刀の店だったらしい。店内には鞘に収まった刀がガラスなどと共に散乱していた。


「刀……」


 刀を握る。これを使うつもりはなかった。でももうどうなっても、良い。


 *


 怪人と化したおっさんに思考と呼べるものはほとんど無かった。今、彼の中にあるのは野生の暴力本能だけだ。しかし、そんな彼でも戦闘のための戦術思考だけは残っている。彼は一度己の全力で吹き飛ばしても死ななかった田中を警戒していた。だからすぐには店内に入り込まず外から様子を伺っていたのだ。

 ジャリリと、ガラスを踏み鳴らし田中が店から出てきた。

 その様子に彼は訝しむ。二度も本気でぶん殴ったのだ。普通の人間なら腹を破かれて死んでもおかしくはない。それでも立ち上がり、なおかつ手には刀のようなものを持っている。そして何故か顔には黒いビニール袋を巻き、目元だけ見えるようにしていた。もし彼に理性が残っていればそれが安い忍者のコスプレのようだと思ったことだろう。しかし、今の彼には何も思うことは無かった。

 田中が刀の切っ先を彼に向ける。


「オオオオオオオオオオ!」


 それを反撃の意思と見ておっさん怪人は雄叫びをあげ猛進した。腕を振り上げ叩き潰す。そして両手で砲撃。田中のいたところは爆心地のように抉れ、もし当たっていようものならバラバラになってしまったであろう惨状だ。


 しかし彼は後ろから殺気を感じた。間髪入れず振り返り右手で砲撃を放とうとするが衝撃がない。腕を見ると、断面を残して肘から先が無くなっていた。


 *


 もうどうなってもいい。柊さんの意思も、僕の今後も。おっさんの命も。

 刀を翻して肩から袈裟斬りにする。猿の体は斜めにズレ、上半身と下半身が生き別れとなった。


 しかし、グズグズと断面がうねり、癒着する。


「くそっ。厄介だな」


 猿が砲塔を横殴りにしてきたので屈んで躱し、二、三切りつける。硬い。そこもすぐに治ってしまった。完璧な体勢から急所を切断しなければ倒せないらしい。


 転移で猿から10m離れる。

 猿は滅茶苦茶に暴れ始めた。どうやら治っていようと体を切断されたのが堪えたらしい。

 しかし、ビクンと震えると大人しくなった。何故か猿の表情まで無表情で、まるで理性が戻ったかのようになった。


「アアアアアアア! ボウズ?」


「おっさんの言葉で喋ってんじゃねぇ!」


「ボウズ、ボウズ、俺ヲ……殺シテクレエエエエエエエ!!」


「クソがぁぁぁああああああ!!」


 僕は怒りを込めるように切っ先を上げた。

 そしてまた、激しい戦いが始まった。


 *


 戦場は酷い有様だった。モール全体が瓦礫と化し。その周辺まで被害が広がっていた。死者も出ているかもしれない。猿の攻撃はそれほど激しいものだった。


「はぁ……はぁ……」


 僕は刀にもたれるように膝をついた。猿の体は堅く、僕の斬撃は殆ど通らない。苦しい戦いが続いた。

 もう、倒れそうだ……。


「グオオオオオオオオオオオ!」


 猿が歓喜の表情で雄叫びを上げる。

 そして首の無い猿の肢体は倒れた。


「はぁ……っ!」


 膝に力を入れて立ち上がった。猿の首から下は殺した。しかし、頭も潰さなければ再生するかもしれない。


「ああああ、ああああああああ!」


 猿が再三の雄叫びを上げる。しかしそこには悲哀が込められているように感じた。


 猿の頭のもとへ歩く。すぐに辿り着いた。死体の首もとにあったからだ。

 すわ再生するかと思ったが、どうやら首を切られれば再生はしないようだ。断面が蠢く様子はない。


「お前を殺す」


「やってくれ……」


「!?」


 まるで人間のように応答された。理性が戻ったのか?


「限界なんだよ、首が……再生しちまう」


 やはりその目には理性があった。


「おっさん……」


「ありがとうよ……。俺を止めてくれて。そして本当に済まなかったなお嬢ちゃんは俺のせいで死んだ」


「私は生きています」


「ゲェッ!!」


 振り返ると柊さんがいた。頭もちゃんとある。服は血だらけになっているが、体は完全に無事らしい。


「生きてたの!?」


「大丈夫です、生きてます」


 柊さんはおっさんに寄り添って死体の手を握った。


「安心してください。私はここにいますから」


 するとおっさんは安心したような表情を浮かべ目からは涙を零した。


「良かった……、もう犠牲は沢山だ……。俺にも家族が居たんだ……アリサ……、俺もそっちに行くよ……」


 そう言っておっさんは目を閉じ、息を引き取った。


「おっさんにも、何か事情があったんだな」


 詳しくは分からないが、なんとなくは分かった。柊さんの言う通りだった。おっさんは安らかな表情で眠っているが、救われたのだろうか。


 ほう、と息をついて柊さんの体が横に倒れた。


「!?」


 僕は頭を打たないように柊さんを抱きかかえる。


「ちょっと柊さん!?」


 柊さんは意識を失っただけのようだ。スー、スーと寝息を立てていた。


 こうして、僕は初めての大騒動が終わったことを悟った。取り敢えず今は早く帰りたい。


 *


 あれから数日がたった。柊さんとはあの後から会っていない。いつも待ち合わせをしていた場所に現れなくなってしまった。

 あの日は警察に柊さんを預けると静止の声を無視して無理やりその場から立ち去った。

 僕がおっさんを殺したことがバレたら大変なことになるためである。顔を隠してて良かった。大変なことを具体的に言うと、一般市民の怪人討伐は法律違反なのである。国民は怪人災害に立ち会った時、迅速な避難の義務がある。それを無視しておっさんを倒してしまったため、恐らく捕まれば中学は退学、少年院にぶち込まれることも考えられる。さらに言えば犯罪を犯したミュータントはヴィランとして扱われる。ヴィランは生死問わずヒーローに狙われるお尋ね者だ。お、恐ろしい。

 僕は国家権力に恐ろしい負い目を作ってしまった。これからプロのヒーローを目指すなど夢のまた夢だ……。ミュータントを公表して専門の育成機関に入ることも出来ない。だって瞬間移動がバレたら捕まるリスクが高まるから。警察はおっさんを倒した人間についてどこまで把握しているのだろう。

 リョウマ達には口止めをした。そうしたら『ヒーローには秘密が付き物ですよね!』って斜め上の勘違いをしてくれたので良しとする。

 しかし、柊さんは一体どうしたのだろう僕のことが嫌いになってしまったのか? それともミュータントとはいえあの戦闘によって重篤な障害が発生したとか?


 突然思いついた考えに僕の体が震えた。居ても立っても居られなくなったので市内の病院を洗いざらい回って柊さんを探すことにした。


「すみません、ここに柊もみじさんが入院したと聞いてお見舞いに来たんですが」


「柊さんのお見舞いね、じゃあここに名前を書いてこの名札を付けてください。柊さんは三階の六号室にいるから静かに面会してくださいね」


「了解でーす」


 4回目に捜索した病院でやっと当たりを引いたようだ。柊さんはここの三階にいる。そのことを考えると今から会いたいという気持ちが強くなった。また柊さんとヒーロー活動をしたい。柊さんの笑顔が見たい。


「こんにちは、柊さん。お見舞いに来たよ」


「すみません……、誰でしたっけ?」


 柊さんは僕の顔を見てまるで初めて会ったかのように言った。


「私はあのテロの日に入院しまして、あの日の前後の記憶があやふやで良く覚えていないんです。その時の知り合いの方でしょうか?」


 僕はまた逃げた。


 こうして、僕の中学一年生の夏休みが終わろうとしていた……。


 *


 太郎は私の孫だ。その身に何を飼っていようと。


 太郎がいつ産まれたのか私は知らん。何故なら私の馬鹿息子が海外でこさえた孫だからだ。太郎が六歳になる時、太郎は私たちの家の前に一人で立っておった。その時、太郎は一通の手紙だけを持っていた。その手紙によると六歳までの間に戦闘の教育だけをみっちりと仕込まれたらしい。それで友達付き合いの苦手な子になってしまったのだろう。可哀想なことだ。


 だが同時に末恐ろしいとも感じる。太郎は小学校卒業までの間に田中家に伝わる忍法、刀術、体術の全て、つまり≪忍びの術≫をマスターしてしまった。代々忍びの家系である田中家は生まれつき身体制御が神がかった子供が生まれることがある。あやつの体はまさに神が宿っているとしか言いようがなかった。


 しかしあの子はミュータントではない。だからおかしいのだ。あの子が持つ超能力は、あの瞳はおそらく……、母親のもので間違いない。なら、太郎の母親はもう……。いや、よそう。


 それにしても今日は驚いた。いざとなれば助けに入るつもりだった。だがまさかヒューマンの身でヒーローにしか出来ないことを成し遂げるとは……。


 これからあの子はどう育つのだろう……。義務教育のために太郎を置いていったあの馬鹿息子は、太郎が中学を卒業した時にまた現れるのだろうか……。


 とにかく、ただ一つ言えることは田中太郎はまさに忍びを体現する男であるということ。田中太郎は幼少から教育を受けたエリート忍者である。


 ーー田中幸之助の手記より


 出会い編終了

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