第59話
黒川が僕を睨む。
「ヒーロー気取りのガキが。どうやってここまでの力を……」
「気取りじゃない。僕はヒーローとしてお前を止める」
そうだ。憧れるだけ、もみじの夢を追いかけるだけの僕とは決別した。
もう、ブレない。
僕はヒーローとしてここに立つ。
僕は忍者刀を構えると腰を落として黒川を睨み返した。
「くそッ! 生意気なガキだ。だがそれに見合うだけの力を持っていることも確かだな……」
不意に黒川が体をビクリと揺らす。それは次第に激しくなり、ついにはドクンドクンと黒川の体が脈動し始めた。
「不老不死も、現実改変も、お前と戦うには力不足だったようだ……」
そして黒川がポツリと呟く。
すると黒川の体からじわり黒いオーラが立ち昇り始めた。
「それは……」
そのオーラには見覚えがあった。京極と戦っていた時に巻き起こっていた黒い嵐のオーラだ。黒川は肉弾戦で僕とやりあうつもりらしい。
「……」
僕も黒川に対抗するように体に力を込めた。すると太陽のように赤いオーラが僕から溢れ出た。それは周囲の赤い霧より紅く、そして塗り潰すような力の濁流である。
ゆらゆらと黒川の姿がオーラの向こうで揺れている。黒川にも僕がそう見えているだろう。あまりにも濃いオーラが光を屈折させていた。
そして高まる紅いオーラと黒いオーラが領域を塗り広げるようにしてぶつかる。
僕と黒川、互いの力が相手を押し潰そうとせめぎ合っていた。
オーラによる力のぶつかり合い。紅いオーラが黒いオーラを圧倒しようとしたその時、僕は気づいた。周囲の赤い霧が薄くなっている。
いや違う。赤い霧が黒川を中心にして集まっているのだ。
「ハァァ……」
黒川が体の脈動を止め強く息を吐いた。それに呼応して黒いオーラに赤い霧が混ざり赤黒く変色していく。その色がより混ざっていくほどに黒川の力がどんどん強くなっていることを僕は感じた。
「俺は負けられない。この戦いに全てを賭ける」
黒川の顔は決死の覚悟に満ちていた。
黒川が両腕を顔の手前まで上げて構えを取る。その手には闇の引力を感じるほどの力が集まっており、赤をかき消すほどの黒が拳を覆っていた。
あの拳からは尋常ではない力を感じる。まともに受ければただでは済まないだろう。
気づけば赤い霧は全て黒川のオーラに吸収されたようだった。赤い霧はその存在を消し雲の切れ間から月光が照らす普段のT都に戻っていた。
「カァァァ……!」
黒川が裂帛の気合いを入れる。
紅いオーラに押しつぶされそうだった黒いオーラが完全に吹き返し赤黒いオーラとなってせめぎ合いを盛り返した。
もはやさっきまでの黒川とは全く違う。僕は自分の心に喝を入れ直した。舐めてはかかれない。今の黒川こそが究極に戦闘へ特化した姿なのだ。
ふと黒川から濃厚な殺気が漂ってきた。
次の瞬間、黒川の姿がブレる。黒川が消えたかのような速度で移動したのだ。黒川は目にも留まらない速さで僕の目の前まで移動していた。そして右の足で回し蹴りを放つ。
だが黒川の動きを僕は捉えていた。
僕も黒川の蹴りに合わせるように回し蹴りを打つ。黒川と僕の足がぶつかり合った。空気が割れたような音が響き渡る。衝撃が周囲の瓦礫を弾き飛ばし、家々は揺れ、ガラスは砕けた。
「ッ……!」
「ググッ……!!」
なんて力だ。まさかまだ僕と張り合うほどの力があるとは。
互いの右足が弾かれる。
そしてそのまま勢いを殺さず僕と黒川は刀と拳をぶつけ合せた。
空気の断層が揺れT都に爆音が響く。
「うぉぁぁぁぁぁぁ!!」
負けられない。
僕は雄叫びをあげる。打ち合わせた刀を引いて右足で天を突くかの如く蹴り上げた。
「ウォォォォ!!」
黒川が体を横にずらして僕の蹴りを避ける。
黒川の背後で僕の足から飛び出した衝撃波がT都の壊れた街並みを分断するように破壊した。
「ガァァァァ!!」
黒川が飛び上がり旋風のような左回し蹴りを僕へと放つ。それを僕は屈んで避けた。僕の背後で嵐が吹き荒ぶが如く破壊の波が巻き起こる。
戦いは熾烈を極めた。
僕と黒川のなりふり構わないがむしゃらな戦いは周囲の全てを破壊し壊滅させる。戦いは意地と意地のぶつかり合いとなるのだった。
*
カオルはいまだ田中と黒川の戦いをカメラに映していた。
「あ、あわあわあわ……。ボクもそろそろ逃げないとマズイのだ……」
飛散する瓦礫がカオルの近くを横切る。カオルの周囲は既に危険な状態だった。
「ま、なーんてね。ボクがヤバくなることなんて絶対にないんだけど」
だがカオルは薄笑いを浮かべる。戦いを見るカオルの目は実験動物を見るかのように冷たかった。
「最低でも災厄級かな? ふふふ、ワクワクしてきたのだ……」
*
ヒーロー省防衛指令室。
国内の超能力犯罪に対応するための防衛の要である。そこは今、T都内から検出された異常な反応によって大混乱へと陥っていた。
「ありえない……。三人目の災厄級の反応だ!!」
「馬鹿な!! なぜそんな超級戦力に我々は気づけなかったんだ!!」
怒号が室内に響く。
「ヒーローの派遣は!?」
「デッドラインがやられた今、彼以上の戦力はこの日本にはいません!! 無闇にヒーローを動かせば地方の平穏を乱します!! 今は民間の彼に任せるほかないのです!!」
「くそったれ!!」
司令塔の男が被っていた帽子を床に叩きつける。
「はぁ……はぁ……。それで黒川と戦っている彼は何者なんだ?」
「はぁ、それがライツに所属していたヴィジランテであることは掴めたのですが、来歴を洗っても突出したものは何も出てこず……。少なくともカロウ中学校に通う田中太郎という少年であることは分かりました」
「あれがただのヒーロー志望の中学生だとでも言うのか貴様は!!」
あまりにお粗末な報告に司令塔の男の額に青筋が立った。
「も、申し訳ありません!!」
「いや、怒鳴って悪かった。調査を続けてくれ」
報告していた男がいそいそと指令室を出る。
司令塔の男はそれを一瞥もせずどさりと椅子に座った。
そして思考に没頭する。
黒川がスーパーミュータントであることは間違いない。それも限りなく次のステージに近いスーパーミュータントだ。それに匹敵する力を見せるあの少年は一体何者だ? さらに言うならば少年の前に黒川と戦っていた少女、彼女もまた異常だ。彼らは何者なんだ?
……このことをヒーロー省の上が把握していない筈がない。
「チッ!」
イラつき舌打ちをする。
ヒーロー省の上の奴らには苛立ちを抑えられないが今はそれどころじゃない。少年が勝たなければこの国は終わりだ。黒川討伐の名目で他国からグランドマスターヒーローを招くことになるだろう。それは非常にマズイのだ。
あれらはどいつもこいつも自分勝手でルールというものを知らないからな……。
司令塔の男がため息をつく。
こうなったら今は少年の勝利を祈るしかない。
司令塔の男は静かに目を瞑った。
*
T都、避難ドーム。
涼子とミチルが田中の戦いを見て応援している。
「行けぇ!! 太郎!!」
「信じてるよ! ボス!!」
二人は既にスマートフォンを見ていない。涼子の千里眼の力で戦いを俯瞰していた。
「絶対に負けるんじゃないわよ……。約束したんだからね……」
*
T都、戦いの余波を避けるようにしてもみじは移動していた。戦いの場からは少し遠く、丘の上に位置する場所。
そこでもみじは真っ直ぐに田中の背中を見つめていた。
「あの力は……、お父さん……?」
顔には戸惑いを浮かべて。
*
カロウ市、とある公園内。
佐藤と山田がスマートフォンを片手に必死の形相で画面を通して戦いを見ている。
「うおおおおお! 田中負けんなやぁぁぁぁ!!」
「やったれ田中ぁぁぁぁ!!」
夜のカロウ市に二人の叫びが響いた。
*
T都、とある病院。
シャドウプリズムは顔だけをテレビに向けて戦いを見ていた。
「やれ。ニューウィンド」
そして小さく呟く。だがその声には熱い思いがこもっていた。
*
「うぉぁぁぁぁぁぁ!!」
「ガァァァァァァァ!!」
刀と拳が幾度も繰り返し激突した。その度に衝撃はT都を大きく振動させる。
意地と意地のぶつかり合い。全てが一撃必殺の威力を持つ攻撃の応酬。互いの精神を削り取るような戦いが続いていた。
「ウォォォォ!!」
黒川が黒いオーラを纏わせた拳を僕の頭に向けて撃ち込む。僕は黒川の拳を体を屈んで避けた。
「うっ」
しかし。
避けた時、頭がくらりと揺れた。そしてほんの瞬きするような間、意識が飛んだ。蓄積されたダメージと慣れない高速戦闘の疲れによってついに体の動きを止めてしまったのだ。
それを見過ごす黒川ではない。
「ウォォォォ!!」
黒川の蹴りが僕を襲う。なんとか両腕で受け止めることは出来たが衝撃をまともに受けて吹き飛ばされてしまった。
衝撃を殺すことも出来ず10m近く吹き飛ばされ背中から地面に倒れる。
「くそっ」
腕が痺れる。骨は折れていないようだが刀をうまく握れない。
「ここがお前の死に場所だ。田中太郎!!」
黒川が吠える。
僕はなんとか立ち上がり黒川を油断なく見て構えを取るも、受けた蹴りのダメージで体がフラついた。
「これでしまいだ!!」
黒川からこれまでよりも強い殺気が漏れ出してきた。そして黒川の身体から赤黒いオーラが濁流のように噴き出す。
くそっ、何をするつもりだ。
黒川が腕を引いた。すると黒川の拳に赤黒いオーラが集まっていく。集まっていくオーラはその濃さを増し真っ黒に変色していった。あまりにも濃すぎるオーラの影響か、黒川を中心にして地面が揺れる。更には地面の砂や石が力に引かれ重力を逆らい浮きだした。
黒川の拳に濃縮された力の塊が集まっているのだ。僕はその力の凄まじさに思わず寒気がした。
「死ねェ!!」
黒川が叫ぶとともに勢いよく拳を前へ突き出した。すると黒川の拳から溜められていた真っ黒な力の波動が僕に向かって一直線に放出された。それは凄まじい勢いで突き進み僕を飲み込もうとしていた。
僕は今にも強大な力の塊である黒の波動に飲み込まれようとしていた。
だが腕は痺れ身体はダメージによってまともに動かない。それでも僕は力強く二刀の忍者刀を握った。
逆手に持ったそれを腰に収める。そして叫んだ。
「霊ッ閃!!」
二刀で渾身の二撃を振り切る。振り切った刀から放たれた真っ黒な斬撃が黒い力の波動を迎撃するように突き進んだ。それはこれまでで最も大きな光を煌めかせた閃撃だった。
真っ黒な霊閃の斬撃と真っ黒な力の波動が互いを飲み込もうとするかの如くぶつかる。
その瞬間、T都から音は消え真っ黒な光が街を染め上げた。衝撃は全てを吹き飛ばし黒い力だけがT都を包む。
僕はそのあまりの衝撃に意識を失った。