第57話
黒川が空中を突き進み、僕へと突進していた。
僕は霞の構えで迎え撃つ。
飛び込んできた奴の体を迎撃し真っ二つに切り裂いてやるつもりだ。僕は集中を加速させた。
そして僕と黒川がぶつかるその直前。
「ぐうっ!?」
黒川が動きを止めて呻いた。
「!」
突如として、黒川の体が左手の先からボロボロと崩れ始めたのだ。
「何ィ!?」
チリとなる自分の体を驚愕した表情で見下ろす黒川。
「良かった。霊閃は効いていたんだ」
あれは恐らく妖気による蝕みだ。もはや黒川の体の崩壊は止められない。
僕は刀を下ろした。
「ぐっ、舐めるな小僧! ぐぉぉぉぉぉぉ!!」
黒川が地面に崩れ落ちる。しかし黒川の目にはまだ屈することのない意志が残っていた。顔を歪め動きにくそうにもがきながらも僕に向かって這いずり右手を伸ばす。
「ぉぉぉ、ぉ、ぉ」
だが黒川の手が僕を捉えることはなかった。黒川は怨嗟の呻き声だけを残し体の全てをチリに変え消えたのだった。
「……、終わったのか?」
黒川が思ったよりも簡単に死んだことで僕は正直に言って拍子抜けしていた。神だなんだと言っていたから黒川には勝てないかもしれないと思っていたのだ。
でもこれで終わったんだ。ふぅ、とため息を吐いて霊刀を消す。
その時。
パチパチパチ。
「!」
拍手の音がした。辺りを見回す。
「まさか俺が殺されるとはな。お前もデッドラインを超える脅威だったか」
声のする方をバッと向く。赤い霧の奥から黒川がゆっくりと歩いてきていた。その体はまるで無傷、五体満足だった。
「お前……、不死身なのか?」
「それは認識が微妙に甘いな」
黒川がニヒルに笑った。それは僕をみくびる笑いではない。どうやら奴から油断が消えたようだった。
「俺の能力は現実改変だ。神の力を俺は持っている」
「現実、改変?」
まさかそれで自分の死という結果を歪めたとでもいうのか?
「だからこんな事も出来る」
「!?」
黒川が指を鳴らすと僕を囲むように無数の黒川が現れた。それは街中を埋め尽くすほどでまるでその数が分からなかった。
「まあ、こんなものは威嚇にしかならん。本気でお前を殺すならこうだな」
黒川が再び指を鳴らす。
「ぐァァ!!?」
すると突然、僕の左手が破裂し、ビシャッと辺りに血の飛沫を降らせた。脳が焼ききれそうなほどの痛みに僕は呻き、左肩を押さえてうずくまった。
「ぼ、僕の左腕……!」
左腕があったところを見る。筋肉繊維や皮がビロビロと揺れるばかりでそこには何も無かった。
「ぐぅぅぅぅ!!」
「これが現実改変。能力の行使は俺にとっての現実を作り出すことだ。しかし心臓を破壊するまでは至らんか。やはり直接的な攻撃だと能力が不安定になるようだな。まあ、それならそれでやりようはある」
黒川が指を鳴らす。
すると一人を残し無数にいた黒川達の姿形が変わった。顔が口だけしかない異形の4本足の獣になったのだ。それがヨダレをダラダラとこぼし僕を向く。獣達には目がないにも関わらず僕は奴らから視線を感じた。
「行け」
ォォォォォォ!!
まるで地鳴りのような街を震わせる獣達の咆哮。僕を囲むそれらが一斉に僕目掛けて走り出した!
これはマズイ!
どこを見渡しても獣がいるせいで瞬間移動で逃げることも難しい。唯一逃げられるとしたら……、上しかない。
僕は上を見上げた。
そして獣の牙が僕に噛み付く直前、僕は上空に瞬間移動で跳んだ。
「はぁ、はぁ。やばかった……」
真下では黒い粒のようになった獣達が蠢いている。
「!?」
獣達が僕の真下に集まる。それは互いを踏み台にして次第に高く登り始めていた。
まさか、上空まで追ってくるのか!?
このままでは空中まで追いつかれる。僕は片腕となった右手に妖気を集中させた。
「うぅっ」
痛みでダラダラと冷や汗が流れる。それが僕の集中を揺らがせた。が、なんとか霊刀を作ることが出来た。右の逆手で霊刀を握る。そして僕は空中で体勢を変えた。頭を下にして霊刀を構える。しかし左腕はない。充分には力を溜められないだろう。どれだけの威力が出せるか分からない。それでも。
「ああああああああああ!!」
限界まで右手で力を溜めた。そして霊刀を振り抜く。一度のみならず二度、三度、四度。
「まだだ!!」
五度、六度、七度、八度!!
振り抜く刀閃が飛ぶ斬撃を作りだしいくつもの霊閃光を煌めかせた。
「うおおおおおおおおおお!!」
真下の獣達が全て消え去るまで僕は刀を振った。獣達の姿が無くなった時、僕の周囲の街並みは霊閃の攻撃によって見る影もないほどに崩れていた。
そこに僕は墜落した。
「いっ」
落下の衝撃が僕の身体中を激しく震わせる。妖気による体の強化があったからぺったんこに潰れるようなことは無かったけれど左腕の痛みも相まって僕は動けない。
そこにザッと足音を鳴らして黒川が歩み寄ってきた。
「やるじゃないか」
「黒川ァ……!!」
黒川の姿を見て僕は痛む体に力を込めた。そして右手でフラつきながらも立ち上がる。
「良く頑張ったな。だがお前はそこ止まりだ。俺には勝てん」
「僕は諦めない」
黒川を睨む。その目に消えぬ闘志を宿した。
「なぜ諦めない?」
「もみじと約束したからだ。世界を救うって」
僕がそういうと黒川は鼻を鳴らし笑った。
「フン、なるほど。お前の正義は紛い物なのだな。お前、柊もみじがいなければ何もしなかっただろう?」
僕は狼狽えた。
黒川の言葉は僕の本質を突いていたのだ。だから僕は何も言い返せなかった。
「自覚もないヒーロー紛いが俺に楯突こうなどとおこがましいわ。無駄な時間を使った。最期にこうべを垂れて死ね」
黒川が右手を僕に向けた。
「ぐぁっ!?」
すると僕の体は上から押し付けるような力に潰された。力に逆らえず地面に倒れ臥す。僕が倒れた後も押し潰す力は僕を地面に張り付けた。
「さっさと死ね。爆ぜろ」
黒川が左手の指を鳴らした。
すると僕の身体中が熱を放つように熱くなってくる。そして体が内側から力で引っ張られるように突っ張り始めた。
僕の体に何が起こっているんだ!?
「あ、あ、うわぁぁぁぁぁ!!」
身体中が痛い!
僕の皮膚が弾けている。血が飛び散り。身体中を赤く染める。
死ぬ! このままでは死んでしまう!
「嫌だ! 死にたくない!」
僕は泣き言を言った。それが僕の本心だった。
死にたくない、死にたくない!!
僕はもがいた。無理やり動くたびに僕の体が傷つく。それでも痛みを無視してもがいた。両足と右手に力を込めて体を起こす。
「なぜまだ死なない! 死ね!」
僕を押し潰す力が増す。筋肉が断裂しているのか身体中からブチブチと切れる音がする。しかし既に限界を超えた体は痛みをまるで感じなかった。
「あああああああああ!!」
無理に力を入れた体が壊れていく。それでも僕は抵抗した。
「想像を絶する苦痛だろう。なぜ素直に殺されないのだ!」
「死にたくない! 僕は死なない!」
僕の視界は目に入った血で赤く掠れた世界を映している。まるで僕の苦しみを写すようだ。
だけど僕の目からは闘志が死んでいなかった。たった一つの感情が僕の心と体を動かすのだ。
「何も為せないまま死ぬなんて嫌だ!! 死にたくないのは、僕の心が正義を為せと叫ぶからだ!!」
僕は大声で叫んだ。心に宿る正義の炎を僕はその時初めて自覚した。
そしてボロボロになりながらも、黒川の力に抗って立ち上がる。
「しつこいんだよ!」
黒川が僕に向ける右手から砲弾が飛び出した。
「!」
それは僕の胸を貫き大穴を開けた。
「僕は……死なない……」
体が砲弾の衝撃でフラつく。それでも僕は絶対に倒れなかった。
「体は死のうとも正義は死なないからだ……」
足は立っている。だけど僕の体から生気が抜けようとしていた。視界が暗くなる。もう、終わりなのか?
……。
僕はヒーローに……。
……。
……。