第4話
「柊さん、おっさん、逃げるぞ」
食事も中断し、外に出る。外には警官が集まっていた。カロウ市警察のテロ対応の警官だろう。
なぜだろうか。彼らに銃口を向けられているのは僕たちのようだ。
「ちょっ、ちょっと!?」
僕と柊さんは急いで両手を上げる。おっさんは妙に静かだった。
「撃つなよ。ガキどもは関係ねえ」
おっさんは静かに恫喝した。場に緊張感が走る。殺気だ。おっさんから殺気が溢れている。
「デミヒューマンの指定犯罪者、唐沢雄一だな?」
「そうだよ」
おっさんが犯罪者!? いや、さもありなん。
どうみても不審者だったしな。くそぅ、やっぱり関わるべきじゃなかった。
「構え」
警官隊の中の司令塔だろうか、一人だけ体格のすごく良い男が射撃準備の命令を下した。
「ちょっちょっちょぉおお!?」
僕らがまだ逃げてないんだけど!?
「撃つな!」
おっさんが大声をあげた。
それでも警官隊は構えを解かない。
するとおっさんは脂汗を流して動いた!
「この娘に当たるぞ!」
柊さんが人質にされた! やっぱり最低だこの男!
「くっ、汚い男だ」
警官たちの銃口が下りた。
「いいな、撃つんじゃねえぞ。もし撃つような素振りをみせたら俺がなにするかわかったもんじゃねぇ」
柊さんに何する気!? まじで最低だ!
おっさんと警官隊の睨み合いが続く。
ヒーローは来てくれないのか?
そのままジリジリと時間だけが過ぎ去っていた。
「お前」
司令塔の男が口を開いた。
「お前はもう終わりだ。他県からヒーローがやってくる。プロのヒーローだぞ」
「チィッ! じゃあさっさと逃げねえとなぁ!」
おっさんが動いた! 柊さんを肩に担ぎショッピングモールの屋上まで飛び上がった。
嘘だろ、おっさん人間じゃねえ。
しばらく僕は驚愕していたが、少しして僕だけ置いてかれたことに気づいたのだった。
*
「いやー、どうなるかと思いましたよ」
柊さんはそう言って笑った。あの後、柊さんは警官がいない場所でおっさんから解放されたらしい。
今はカロウ市の警察署の前にいる。さっきまで二人ともおっさんについて質問責めにあっていたのだ。たいして話せる内容はなかったが僕は洗いざらい話した。
「で、どうします?」
「どうするってなんだよ」
僕は猛烈に嫌な予感がした。最近分かり始めてきたのだ。柊さんの正義はただの正義じゃない。暴走する正義だ。
「おっさんを追うか、警察に聞き込みに入るかですよ。どう動きましょうか」
「冗っ談っだろっ! もうこれは僕らが関わっていいようなことじゃない。警察の範疇だぞ!」
僕は大声をあげた。ここで柊さんを止めなくてはいけない。ああ、でも悲しいかな。僕の言葉では止まらないだろう。なんとなく予感がした。
「田中くんは抜けていいですよ」
「そんな訳にいくか!」
「じゃあ一緒に来てくれるんですか?」
「納得できる説明をしてくれたらね」
「おじさんは悪い人じゃないです」
「……」
いきなり反論できなくされた。確かにショッピングモールでのおっさんは楽しそうで、普通の人のようだった。分かり合えていたように感じてた。
「でも、柊さんを人質にした」
「すぐに解放してくれました。あの時は仕方なかったんですよ」
仕方なかったで済むような話なのか?
「警察が犯罪者だと言っているんだ。悪いことをしたんだろ」
「それを確かめにいくんですよっ」
結局、僕は柊さんの強い眼差しに押された。
僕と柊さんはまた、町中を走り出す。
「警察は有能だ。いくら超人的な身体能力があろうときっと早々におっさんは警察に見つかる」
僕は走りながら喋り続ける。
「だからそれまでにおっさんを見つけないと真相は闇の中だ」
「二手に分かれましょう」
「危険だ」
「でもおじさんの居場所が見当もつかないですし、二手に分かれるのが効率的ですよ」
そう言って柊さんは走り去ってしまった……。
僕が一人だと怖いというのは言い出せなかった。本当に強引だなぁ。
仕方がないので僕は独自に動くことにする。
まずはSNSだ。不審者の情報なんかをネット上にあげる人は多い。地道に聴き込むよりも早いだろう。
「おっ、早速手がかり発見!」
カロウ市で不審な男を見たという情報を手に入れた。川沿いの方か早速向かうとしよう。
*
不審な男は一体どこだ?
カラミズ川に着いたがそれらしき男は見当たらない。
「うーん。あっ、もしかしてあれか?」
挙動不審な男を見つけた。僕は意を決して近寄ってみる。そこにいたのは……。
「って島村けんじゃねぇか!」
有名コメディアンの島村けんが持ちネタ変なおじさんを野外ライブしていた……。
ちょっと見ていこうかな。いやだめだそんな時間はない。
「惜しいけど、捜索に戻ろう」
カロウ町の方に戻ってきた。
「一体どこに行ったんだおっさん」
あてもなく町中を走り回る。辺りを見回すと警察の姿が多い。どこか非日常的な雰囲気がする。
走り疲れてた僕は腰を下ろして休んでいるいると、ふと警官の一人が無線に応答する姿を見た。おそらく<了解した。すぐに現場に向かう>というようなことを喋っていたようにも薄っすら聞こえた。もしかして警察はおっさんを見つけたのか?
僕は走り出した警官達のパトカーを追った。
*
見失った……、当たり前だが人間は車ほど早くも長くも走れない。とはいえ大体の方向は分かったので走り続ける。
しばらく走っているとパンッという爆竹のような音が聞こえた。拳銃の発砲音だろうか。音がした方向へ向かう。角のコンビニを曲がり、少し走った先、発砲音がした場所は前のショッピングモールだった。
「この中か……」
用心して上階への連絡通路を通り二階から中に入る。
「一体どこにいるんだ?」
ブティック、映画館、ゲームセンター。見て回るが見つからない。地下に降りる。
すると、警官が大勢いた。非常線は貼られていないが警官の壁があり中を見通せない。無理に押し通ろうとすれば場違いな自分は外まで追い出されてしまうだろう。
「うわぁああああ!!」
叫び声と共に警官達の壁の一部が吹き飛ばされた。その先にはおっさんがいた。しかしどこか雰囲気がおかしい。脂汗をダラダラ流しており、何か無理をしてそうな様子である。
「寄るなァ!」
両手足を振り回し大暴れしている。発砲による手傷か肩からは出血もあった。
「なんでアイツらがここに!?」
フードコートの奥、ラーメンの店舗の中におそるおそるといった様子で伺うリョウマ達の姿があった。ここでの食事中に事態に遭遇してしまったのだろうか。なんて運の悪い。
「オオオオオ!!」
おっさんの暴れ方は激しさを増し、その異常な身体能力から警官達は手も足もでないようだった。
ヒーローはまだ来ないのだろうか。というかこの状態のおっさんに僕たちが話を聞くなんてまったく無茶だろう。柊さんはどうするつもりなんだ。さらに言えば柊さんはどこにいるんだ……! 僕がどうにかするしかないのか? この状況、無理無茶無謀すぎる。
痺れを切らしたのか警官達の一部が発砲を始めた。
「うひゃあ!!」
その音と衝撃にビビる僕。リョウマ達に当たらないだろうな……。
狙いは正確とは言えず、おっさんとの攻防はさらに激しくなっていく。
そんな折に渦中へ飛び込む人影が現れた。
「やめてください!」
人影は柊さんだった。柊さんは静止の言葉とともに両手を広げて乱入した。
って柊さん!? それはまずいですよ!! 死ぬ死ぬ!
思わず僕も立ち上がり場に出ようとする。
「くそぉ、そこをどけぇ!」
が、事態の急変を悟った警官の壁が厚くなり前に出れない。
「く、嬢ちゃん……」
「争いをやめてください」
苦悶の表情で柊さんを見るおっさん。しかしその表情は次第に歓喜の笑みに変わっていく。
「く、くく、クククククククク」
笑いながら柊さんを掴み取ると首根っこを押さえ笑った。
「おじさん!?」
「いいところに来たガキィ! オラ警官どもガキが死ぬぞォ!! ククククク!」
やっぱり極悪人だ!
醜悪な表情でいやらしく笑うおっさん。これまで僕らといたおっさんとはもう違うおっさんがそこにはいた。
「クソぉ、屑野郎め……」
警官達からうめき声が漏れる。
「発砲準備」
司令塔の男(地上で僕らと相対した男と同一人物)が警官達に命令した。
なんだって!? 柊さんがまだ捕まってるんだぞ。思わず司令塔の男の顔を見る。全くと言っていいほど動揺が顔に表れていなかった。
ヤバイぞ。マジでマジで!
警官達も非情な命令にうろたえる。
「発砲、準備!」
もう一度司令塔の男が大きな声で命令した。その声でついに警官達は銃口をおっさんと柊さんに向けた。
「やめーーー」
「撃てェ!!」
銃声が鳴った。あまりに大勢が撃ったので僕の耳はイカレかけてしまった。
柊さんとおっさん、リョウマ達も生きてるか!?
目を覆いながらも指の隙間から見る。
柊さんは……、撃たれていた。肩腹足、着弾したのだろう赤々と血で染まっている。
両手を広げて、おっさんを守るためだろう。
なんてことだ。
奇跡的におっさんは撃たれなかったらしい。柊さんの後ろで丸く蹲っているが血は出ていないように見える。リョウマ達は店の奥に引っ込んだらしく姿が見えない。
「じょ、嬢ちゃん……」
柊さんの体がぐらりと揺れて、倒れた。
血が柊さんの体から漏れ出て赤く広がっていった。
「ウオオオオオオ、なぜ俺を守った! 俺の後ろにでも隠れればいいものを! 何故!」
おっさんが慟哭する。
「柊さんは正義の人だ。困っている人を助けずにはいられないんだ……」
僕は柊さんに駆け寄る。……駄目だ、脈が、無い。
柊さんを抱きしめた。せっかく友達になれると思ったのに。馬鹿な人だ、おっさんを守って撃たれるなんて……。でも、そんなところに僕は憧れたんだ……。
「ウオオオオオオオオオオオオ」
おっさんの慟哭は続く。おっさんから湯気が立ち始めた。
「!? 離れろ君!」
「やだね!」
司令塔の男に命令され思わず拒否してしまった。
「いいからっ、来いっ!」
警官の一人に引っ張られ後ろへ戻される。無理やり追い出されたため柊さんを置いてきてしまった。
「アアアアアアアアアアアアア」
おっさんが雄叫びをあげた。
!? 見ると、おっさんの体が隆起している? いや、ぐずぐずと蠢いているとでもいうべきか。おっさんの体から異様な変異が始まっていた。