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第3話

 その時、僕たちが座っているベンチがある公園の向かいの道から幼稚園児ぐらいの子が駆け足で向かってくるのが見えた。そして右の坂道から勢いよく自転車が駆け下りてくるのもまた見えてしまった。両者は曲がり角で死角になっているため互いに気づいていない。気づいているのは二人が見える位置にいる僕と柊さんだけだ

 ただ二人がぶつかるであろう曲がり角まで12m程あり走っても間に合うかどうか。不用意に助けに入れば僕まで事故に巻き込まれかねない。


「そこの自転車止まれぇぇぇ!!」


 大声を出して自転車を止めようとする。

 でも駄目だ、自転車に乗っている男はヘッドホンで音楽を聴いてる。聞こえていない。幼児も公園に向かうことに夢中でまるで意に介していない。


 すると柊さんが走り出した。馬鹿な走ってもどうせ間に合わない。……自転車にぶつかりに行って身を呈して止める以外には。


 でも、そんなことをしたら柊さんはただでは済まないだろう。僕は160cm、そして彼女は140cm程で二人とも痩せた体型だ。つまり僕らが身を呈して止めようとも跳ね飛ばされて自転車と共にぐちゃぐちゃになってしまうだけだ。初動が遅れたから僕が本気で走っても無理だ。柊さんとは違って体勢が悪い。


 それでも僕も走り出す、自転車を止めるためではない。柊さんを止めるためだ。


「行っちゃだめだぁぁぁ!!」


「ヒーローは歩みを止めない」


 は? マジで何を言ってるんだこんな時に。理解不能。自分の体がどうなってもいいのか?


 くそっくそっ。せっかく友達になれたのに。絶対に失いたくない。


 顔が歪む、全身に力が入る。前を、自転車と幼児を睨む。お前らのせいで。クソがっ!


 その時、僕の体が浮いた。いや、それは比喩表現だ。体はまるでカットアンドペーストして突然貼り付けたかのように幼児の前にいた。


「は?」


 そのまま反射的に幼児を抱き上げる。後ろで自転車が猛進していくのが流れる空気で分かった。


「あれ? なんで田中君が前にいるんです?」


「火事場の馬鹿力かな」


 柊さんのその言葉になんとなく適当に答えてしまったのだった。さっきのは訂正、僕ミュータントかもしれない。


 柊さんは僕が瞬間移動した場面を見なかったらしい。目を瞑っていたようだ。まさに≪瞬間≫移動だからこそ、決定的な場面を見られなかったらしい。


僕は、自分が瞬間移動したことを柊さんに言わなかった。ヒーローに憧れる柊さんに自分がミュータントだったことを告げるのか気まずいとかミュータントだったことが分かって立ち振る舞いを考えなくちゃいけないとか色々な打算の結果である。


「本当にちっちゃい子が助かって良かったです。火事場の馬鹿力も馬鹿にできないですね。馬鹿力だけに」


 柊さんはそういっていつもは怒ったようにしている眉を緩ませて笑っていた。


「色々疲れちゃいましたし今日は解散しませんか?」


「そうしよう、僕も帰って心の整理をしたい」


 互いに気疲れをしたのか解散することになった。僕も自分の超能力について家で調べたかったのでこれ幸いと帰ることにした。


 家に帰ると、早速自分の瞬間移動(テレポート)の超能力について調べ始めた。


 しばらくして色々と分かり始めた。どうやら目に力を込めると視点の先に移動できるらしい。ただしどこまでも行ける訳ではなく、20m先までは無理だった。まあ、能力に制限があるのは良いことだ。もしうっかり月や太陽に着陸したら最悪としか言いようがない。


 回数には制限がないようで一日中瞬間移動が出来た。移動出来る対象は自分が触っている物だけであまりに大きすぎるものや重すぎるものは一緒に瞬間移動出来ない。


 一通り調べ終えると、今度はこの能力で何が出来るか考え始めた。

 運送屋? いや重いものは無理だし距離も20mがせいぜいじゃ車使えば良いし……。

 それに僕は人気者になりたいのだ。ミュータントで、人気者。ヒーロー。


 僕の中でここ二日間ヒーローになるという漠然としていた考えがハッキリと形になり始めた瞬間だった。

 

僕は、僕はヒーローになる。


「爺ちゃん! 俺ヒーローになる!」


「んー? 何か言ったか? しかしして太郎や、今度博物館でイベントがあるんじゃが……」


「じゃあ僕寝るね!」


 僕の祖父母は農家だが『忍者の里記念館』なるものも管理している。なにやら昔ここら一帯は忍者の里だったらしいが、そのことにちなんで忍者ショーとかを記念館の前でよくやるのだ。それは中学生の僕が手伝うのは少し恥ずかしいものだったので僕は足早に自分の部屋に逃げ、そして寝た。


 次の日、また柊さんとヒーロー活動を始める。

 と、思ったのだが今日はついに仲直りの日らしい。


「これまでの活動で田中さんは立派にヒーローの心を持った男になりました! さあ、いざ参りましょう!」


「まだ不安な気がするよ……」


 僕にヒーローの心なんて無いだろう。昨日だって幼児を助けるよりも柊さんを止めるために動いてたのだ。でもいつかは僕も柊さんのようにヒーローになりたいと、そう思っていた。


 とはいえ仲直りのために柊さんも付いてきてくれるとなれば逃げる訳にはいかない。僕も覚悟を決める。今回は自分のためなんだ、自分が頑張るしか無いのだ。強い男、ヒーローへの第一歩だ。


 僕たちはリョウマの家に向かった。

 しかし、なんて言って仲直りしよう。謝る? ジョークでも言ってみる?どうすれば良いのだろうか。


「田中さん。緊張しないでください。ヒーロー活動の時のように自然体で接すれば良いんですよ。ヒーローは臆さないのですから」


 自然体……。思えば慌てて深読みして、自分が変に考え過ぎてしまう時ほど駄目なことをしていたように思う。たしかに自然体でいれば良いのかもしれない。


 そしてリョウマの家に着いた。


「ここですか?」


「そう。きっと中に皆んな居ると思う」


「応援してますっ。私はここに居るから頑張ってください」


 柊さんの応援がありがたかった。僕は柊さんに向かって親指を立てて、玄関口に向かった。


「リョウマ君居ますかー!?」


 しばらくして、リョウマ君のお母さんが出てきた。


「あら田中君、こんにちは。悪いんだけどリョウマ今いないのよ」


「えっ!」


 なんてこった。いきなりつまずいてしまった。


「どこにいったとか分かります?」


「多分、町の方じゃないかなぁ。カード買いに行くって言ってたから」


 トレーディングカードゲームは男子小中学生の間でとても流行っている遊びの一つだ。しかしカードを売っているコンビニやカードショップは町にある。


「ありがとうございました」


「せっかく来てくれたのに悪いねぇ。また来てね」


 柊さんのとこに戻るとダブルサムズアップで迎えてくれた。


「どうでした?」


「とれあえずそれ恥ずかしいから降ろしてもらえる?」


 大見得切って失敗だったとは中々言い出しにくい物だと僕は初めて知ったのだった。

 リョウマ達は町に向かったことを柊さんに伝えた。


「それでは町に戻りましょうか」


 柊さんはそう言って元来た道を戻り始めた。僕もそれを追って歩き出した。


「柊さんはさ、僕が仲直りに成功した後も、誰かの為のヒーロー活動を続けるんだよな」


「そうですね」


「……今は柊さんに助けられっぱなしだけど。僕と友達になって、ほしい」


「いや、それは無理ですね」


 ええええっ!! 柊さんに断られて僕の気持ちは地に堕ちた。心につられて、まるで体まで地面にめり込むようだ。いや、めり込んでいる。


「今はヒーローと悩みをかかえる市民の関係ですから。あなたが仲直りに成功したら友達になってあげますっ!」


 一気に気持ちが持ち上がった。まるで天に昇るかのようだ。いや実際に飛んでいる。


「なんでピョンピョンしてるのか分からないんですけども。大丈夫ですか? 田中さん」


「大丈夫大丈夫! よーし、頑張って仲直りするぞ!」


 僕は拳を天に突き上げた。空は雲ひとつないぐらいに晴れていた。


 *


 カロウ町に着いた。カロウ町は駅前を中心として栄えている町だ。海に面しているので魚介が美味しい店が多い。カラミズ川という幅10m程の川も流れており、今時珍しくゴミが少なく流れも遅い。なので川横の河川敷ではバーベキューや川遊びをする家族連れの姿をよく見る。


 今日は駅前まで来ていた。カードショップもここら辺にあるのだ。


「駄目だ。中にはいなかった」


 しかしカードショップの中にリョウマ達の姿は無かった。どこかの公園や公民館などで買ったカードを開封して遊んでいるのだろうか。


「正直お手上げだ。仲直りは明日あたりもう一回リョウマの家に行ってやるよ」


「それでは今日もヒーロー活動をしましょう」


 ということで今日も町中を駆け回ることになった。


 今日僕には考えがあった。いつからか身につけた自分の超能力をヒーロー活動に活かせないかということだ。しかし、20m程を転移するだけの超能力を活かせるような機会は中々訪れなかった。使い勝手が悪すぎる。ビルの屋上に下からジャンプ出来ないかとか考えたが、下からじゃビルの屋上の床が角度的に見れない。空中には転移できないし、壁面にジャンプしたら下に落ちる。なんだコレは。


 人の多いところでのジャンプは人にぶつかりそうで危ないし、……なんとなく柊さんに能力のことを知られたくなかったので使う気になれなかった。

 柊さんが僕の超能力のことを知った時、彼女が僕のことをどう思うか、そこに信頼を持つことが出来なかった。


 *


 それは駅よりも海側にあるカロウ商店街を歩いてた時だった。


「おじさん、大丈夫ですか?」


 柊さんが店と店の軒裏を覗いて誰かに話しかけていた。


「ホームレスか?」


 僕も覗いてみるとそこには1人の壮年の男が倒れていた。


「うっせー……な。どっか行けよガキども」


 着ている服はボロボロになっているし、顔も汚れていてまともな人間には見えなかった。おまけに口も悪い。


「おじさん、困ってることがあれば言ってほしいです。私は正義のヒーローですから、相談に乗りますよ」


「おいおいおい、この人はやめた方がいいんじゃ……」


 こいつに関わるのは怪しくて危ない気がする。この世界はヴィランが暗躍する世界だ。結構危ないのだ。


「うっせぇなー! どうでも良いから向こうにいけよォ!!」


「!!」


 あまり大人に怒鳴られる経験がないから体が震えた。かなり怖い。

 それでも柊さんは怖気付かずに話しかけ続ける。


「おじさんを助けたいと思っています、私たちは味方ですよ」


「……」


 柊さんの熱意に押されたのか男は黙ってしまった。黙って、柊さんを見つめている。


「じゃあよ……」


 男が体を起こし壁にもたれてから、口を開いた。


「食いもん持って来いよ、腹一杯になるぐらいだ。量が少なかったらブン殴るぞ」


「分かりました、ご飯ですね。待っててくださいっ」


 柊さんはそう言ってその場を離れる。僕もそれに続いた。


「嘘でしょ、柊さんあんな男の言うこと聞くのはやめようよ」


 あまりに酷い男の態度に僕の気持ちは萎えていた。あんな暴言だらけの男を誰が助けようと思うのか。

 しかし柊さんはかぶりを振る。


「いいですか、田中さん。彼だって元から粗野だった訳ではないはずです。きっと何か理由があるんだと思います。だからすぐに見捨てることなんて私には出来ないですよ」


「そもそも食べ物なんてどうするんだよ! わざわざ買ってきてあげるのか!?」


「家からお腹いっぱいになる程持ってこれないですし、弁当でも買いましょうか」


「冗談だろ!?」


 しかし、柊さんはコンビニに入っていってしまった。


「ああっ、クソっ!」


 僕もコンビニに入っていく。


「一人で買えますから来なくても良かったですよ?」


「僕もお金だすよ」


 お小遣いの無駄遣いなんて本当は嫌だけど。


 弁当を4つと水三本を買い、男のとこに戻った。弁当のうち二つは僕らの分だ。しかし、男は四つとも引っ手繰るように奪ってしまった。


「僕のお弁当……」


 男はガツガツと弁当を貪る。やがて全部食べ終わると一息ついたのか話し始めた。


「よぉ、嬢ちゃんたち。さっきは悪かったな。腹減ってイライラしてたんだ」


≪クソガキども≫から≪嬢ちゃんたち≫にグレードアップだ。全然嬉しくない。


「まだ何か悩みでも?」


「そうだな……、じゃあ次は酒だ」


「はぁぁぁぁ??」


 思わず悪態をついてしまった。


「ちっ、良いよ酒は。じゃあ少し付き合ってくれ」


 すると男はバツが悪かったのか酒については諦めた。しかし、付き合えだ? 一体僕らに何をさせる気なんだ。


「服が汚ねえから新しい服を買いに行く。俺だけじゃ追い出されかねねえから付いてきてほしいんだよ」


「いいですよ! 行きましょう」


「まあ、それぐらいなら……」


 という訳で一緒に買い物することになった。まさか服まで買わされないだろうな?


「ところでおっさん、名前は? あ、俺は田中でこっちは柊」


「おっさんでいいよ。少しだけの間柄だ」


 *


 三人で少し歩いて近くのショッピングモールに着いた。途中、誘拐と間違われて警官に職務質問を受けたが僕と柊さんが弁明してなんとか事なきをえた。


 このショッピングモールはイオリスと言ってカロウ市でも最大規模を誇る複合型商業施設だ。中にはブティック以外にも食料品売り場、フードコートだけでなく、映画館や卓球、バスケ、カラオケ、ゲームセンターを備えたアミューズメント施設やはてにはスーパー銭湯などがあり、まさになんでもござれなラインナップとなっている。ちなみに屋上には観覧車がついていて、他にヒーローショーなんかも行われているらしい。


「これなんかどうですか?」


 柊さんがおっさんに勧めるのはどこから持ってきたのかピエロ服である。なんてことをしているんだ柊さん。


「だせぇ! どっから持ってきたんだこんなの」


 おっさんは大笑いしている。馴染みすぎだろ。


「うーん。怪しいと思ってたけど、普通のおっさんだったのか?」


「そうそう変な人なんていないですよ。出会いが悪かっただけです」


「うーん」


 おっさんは服を買うとフードコートでご飯を奢ってくれた。


「さっきは悪かったな、なんでも頼んでくれ」


 正直そんなに頼めないし金を返して欲しい。

 とはいえそんな馬鹿正直には言えず、無言の反攻としてステーキ定食とカルビ和膳を頼んでやった。


「坊主結構食えるじゃねえか」


 何故かおっさんは受けてたが。

 驚いたことにおっさんはさっき弁当四つ食べてたくせにまたステーキ定食を四人分食っていた。どんな胃の容量だ?

 柊さんは狐うどんを食べていた。普通だ。


「俺にもなぁ嬢ちゃんぐらいの子供がいてよぉ、これが可愛くってなぁ……」


 おっさんが語り始めた。僕は食べるのに一生懸命であまり話を聞いてなかったが、柊さんが律儀にも相槌を返す。


「そうなんですか、友達になれたらいいですねー」


「ちょっと難しいかもな」


「大丈夫ですよ! 私おじさんの娘なら友達なれる自信があります!」


「……そうか、ありがとよ」


 おっさんが語るのをやめてしまい少しだけら気まずい空気が流れる。


 その時、ジリリリリリと警報が天井のスピーカーから流れた。これは周辺でテロが起きた時の国民保護サイレンの一つである。迅速に避難することが求められる。


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