第11話
僕らは高峰弟が良く遊ぶ場所、良く来る友達の家周辺、幼稚園。様々な高峰弟に関係する場所を捜索した。
「ダメです。何も見つかりません……」
それでも何も成果を得られずにいた。
夕陽が暮れる頃、僕らはトオル君が良く来る公園に着いた。
「へぇー、中々良いところじゃない。緑が多いし心が落ち着くわ!」
カロウ北公園はちょっとした小山や神社が併設された大きなものだった。僕の家に少し近い。
「ここでは夏は祭りも行われるんだ。佐伯は来たことなかったのか?」
「あ、アタシは友達いなかったから……」
友達で悩みがあったのは僕も同じだ。
僕は涼子に同情した。とはいえ僕はここの公園の祭りは友達と何回か来たことがあるのだが。
「私は中学入学と同時にカロウ市に来たので私も初めて来ました」
「なら来年はヒーロー部で行きましょうよ! 我ながら良い考えだわ! 決定ね!」
「お前ら楽しそうだけど弟の手がかりを探してくれよ」
涼子は高峰に怒られて舌をペロッと出した。だから反省しろ。
僕らはそれぞれで高峰弟の手がかりを探すため公園をくまなく回ることにした。
公園は大きい。僕らは散らばって見て回っているが、それでも全域を調査するのは骨が折れそうだ。
トイレに遊具、薮の中まで見て回る。しかし何もない。なんだか虫が多いな。羽音に少し寒気がした。
次に小山に設置された階段を登る。上は神社になっているらしい。手すり横にカロウ神社と書かれた旗が等間隔で置かれている。まだ虫は付いてくる。来る前に防虫スプレーをするべきだったなぁ。
神社まで登りきった。100段は超えていただろう大階段だった。
「ふぅ」
額に浮いた汗を手の甲で拭いた。
さて、見て回ろう。まず目に付いたのは大木だ。それは境内の端にあった。荒縄が巻かれており御神木として祀られているのだろうと察せられた。
何故目に付いたかというと木の前にもみじが居たからだ。
僕は周りを飛ぶ虫を手で追っぱらいつつもみじのとこへ向かった。そしてもみじに話しかけた。
「もみじ、何か見つけた?」
もみじはかぶりを振る。
「情けないことに何も見つけていません……。自分の非力さが悔しいです」
そう言ってもみじは下唇を噛みしめた。
「仕方ないよ。トオル君の行きそうなとこは高峰家と警察が既に探してるわけだし、見つからなくて当たり前なんだよ」
「でも、悔しいです」
どんよりとしたオーラがもみじから漂ってきた。僕はそんな雰囲気を払拭しようと別の話題を探す。
「それにしても大きな木だね。僕の腕の長さより太いよ!」
そういって御神木に抱きつく。やはり腕の長さは足らず、手と手が触れ会わなかった。
「ね!」
そう言って僕はもみじの方に振り返った。
「……」
もみじは顔をうつむかせて黙ってしまっていた。僕は焦った。御神木に無礼なことをしたから怒ったのだろうか。それとも高峰弟の捜索中なのにふざけたから?
「ってごめんごめん、こんな事してる場合じゃないよね」
「……」
もみじは黙り続けている。
「もみじ?」
「……」
反応がないので肩を掴む。
「どうした?」
それでも反応がない。屈みこんで目と目を合わせようとする。
もみじの目の焦点があってない。
病気か? もみじを連れて皆んなのとこに戻ったほうがいいかもしれない。そして今日のヒーロー活動は中止して病院に連れて行こう。
「もみじ、皆んなのとこに戻るよ」
僕はもみじの脱力した手を握り引っ張った。安心したことに素直に歩いてくれたので僕はホッとした。この調子で連れて行こう。
長い階段を降りる。なにか僕は違和感を感じていた。何かさっきまでと違う。そしてようやく僕は気づいた。生き物の気配がない。植物は存在しているけれど、さっきまでは耳元で羽音がしていたのにそれもない。鳥一つ鳴いていない。異常に静かだった。僕は足を早めた。早く皆んなのもとに行きたい。不気味な神社から離れたい。
下に降りついた。
「涼子ー! 高峰ー! どこにいるー?」
返事はない。おかしいな、声が届かないほど遠くにいっちゃったのか。
僕はもみじを引っ張って公園を見て回った。そして二人が公園内から居なくなったと結論付けた。さらに言えば人っ子一人いなかった。神社に行く前は子供達が沢山いたのに皆んな帰ってしまったのか? それにしても二人がいないのはおかしい。僕らを置いて帰るとは考えづらい。
「一体どういうことなんだ……」
僕は途方に暮れたし、日も暗くなってきた。どうしよう。
そんな時、ベンチに二人で座っていると後ろからガサガサと物音がした。これまでさっぱり僕たち以外の音がなかったものだから僕は心臓をドキッとさせつつ後ろを振り向く。
そこには怪物がいた。
「うわあああ!!」
思わず僕はもみじと共に怪物の反対側に20m瞬間移動した。
その怪物はまるで人の影が形になったかのような姿だった。もやもやとした人型の黒い何か。
「え、何々? 怪人か?」
僕は2歩、3歩と後ずさった。戦うにしてももみじがいる。いくらミュータントのもみじに超回復があるとはいえ戦いに巻き込みたくはない。
僕は瞬間移動をフルに使って公園から抜け出した。
「ヤバイな。ここら一帯が大惨事になるぞ」
あの怪人が暴れればこの前のテロ事件以上に被害者が出るかもしれない。僕はスマートフォンを取り出した。警察に電話をするためだ。しかし、スマートフォンは圏外になっていた。
「なんて間が悪い!」
仕方がないので僕はもみじを引っ張りつつ近くの交番へ向かう。小走りで街を駆ける。不思議なことに誰ともすれ違わなかった。
交番へたどり着いた。
「すみません! 助けてください!」
開かれた交番の中へ飛び込む。しかし中には誰もいなかった。それどころか街中には誰もいない。まだ日は出ている時間帯だ。あの怪人が出たことで皆んな避難したのかとも考えたが、それも違うと思った。なぜなら怪人が現れた時には町内に設置された防災スピーカーから警報が鳴るはずなのだ。しかし街はまったくの無音で、警報のけの字もない。ここまで誰もいないなんて僕は経験したことがなく、背筋に冷や汗が流れた。もしかして僕は何かとんでもないことに巻き込まれているのではないだろうか。
ふと外を見るとさっきの化け物が現れたことに気づいた。それも一体ではない。無数に僕らのいる交番を目指して蠢いている。
「うわああああ!!」
顔のない人型がゆっくりと近づいて来る様子に僕は恐怖した。僕はすぐさまもみじを連れて向かいの家の屋根に瞬間移動で跳んだ。そして瞬間移動を用いてそこから逃げ出した。
それから5時間ほど、屋根と屋根を渡り歩いて僕達は逃げた。幸運なことに化け物達は屋根の上には来なかった。日はまだ落ちない。ずっと夕焼けが僕らを照らしていた。
「なんでこうなっちゃったんだ……」
屋根に座っていると、まるでこの世界からたった二人だけ取り残されてしまったような気分だった。
僕はこの世界が異常になっていると気づいた。人のいない夕焼けの世界に僕らは取り込まれてしまったのだ。……何が原因だったのだろう。公園にいるときはまだ普通だった。もみじが喋らなくなってしまったとき、世界は変わってしまったのだろうか。
ならば僕らはあの場所に戻るべきだ。世界が変わったあの時のあの場所にもどって調べる。
立ち上がり僕らは神社に向かって歩き出した。
「公園の中も化け物だらけだ……」
公園のすぐ外まで来た。中を覗くと化け物がうようよしていた。
ここを突破して神社まで行くのは骨を折るな。それでも僕は諦めていなかった。手がかりはここしかないのだから。
「よし」
僕は瞬間移動を駆使して化け物の少ない位置を縫うように進む。
幸いにも化け物の動く速度はとてもゆっくりで追いかけてはくるが捕まることは無かった。そして階段を登る。
瞬間移動のおかげで事故もなく神社にたどり着くことができた。
「ここだ……。ここで世界がおかしくなった」
僕は御神木に触れた。しかし何も起こらなかった。
「もみじ」
「……」
もみじの意識もはっきりしない。僕は落胆した。この御神木に何かがあると思っていたからだ。気を取り直して僕は神社を探索することにした。怪しいのは拝殿だ。
「お邪魔します」
手を合わせてから中に踏み入る。
中は埃だらけで少し薄汚れていた。天井には蜘蛛が巣を張っている。
「うええ、汚い。手がかりはないか?」
僕は中の物色を始めた。よく分からない物が沢山ある。神事に使われるのだろうか、神輿まで置いてあった。
ふと、目についた物があった。それは拝殿の一番奥で豪華に装飾された棚の上に大事に置かれていた。御神体だろうか、それは古ぼけた鏡である。分厚く錆びて青くなった金属で装飾されている。
「触っちゃダメだよな」
僕は近くで鏡を覗き見た。僕の顔が写っている。その怪しげな装飾からか、不思議な力を感じる鏡だった。
僕が鏡を使って髪を整えていると、突然鏡が輝き出した。
「え? な、なんだ!?」
輝く鏡の奥、僕の顔の後ろに人影があった。もみじではない。もみじは隣にいる。
「え、誰だ! いや引っ張られてる!!」
鏡の奥で僕ともみじが頭を掴まれていた。そしてそのまま鏡の中の僕が鏡に叩きつけられて、現実の僕は鏡の中に引っ張られた。輝く白に視界が塗り潰される。ホワイトアウトする視界に釣られるように僕の視界は黒く落ち、意識を失った。