要らない企み
周りの参加者がこちらを見ていたような気がしていたが、まあ気にしないでおこう、とアンジェリーナは考えた。しかし、目の前の笑顔の持ち主(ただし目は笑っていない)とその隣の人物(こちらは完全に笑っていない)を見据えてため息をつきたくなった。王族と彼らから許可を得られたものが立ち入ることができるこの場で、ほかの参加者からは離れているとはいえども、ここまで来るのに十分目立ってしまっている。
「ご用件は何でしょうか」
アンジェリーナは何となくわかってはいたが、念のために尋ねた。すると、目の前の黒髪の男はうん、と頷く。
「何かつかんだのかい?」
エルネスト王は非常に柔らかく聞くが、アンジェリーナにはその質問により、やはりわざと目立つようにしたのだと確信できた。
「ええ。もちろん」
彼女も笑顔を崩さずに彼女がここに来るまで、この一連の事象についてずっと考えてきたことを続けて言った。
「エルネスト王。あなたはこの毒殺未遂事件を利用してベルッセルナ公爵家の勢力を削ごうとしていますよね」
すると、彼もそしてその隣にいる父親も顔色を変えなかった。二人は何も言わなかったが、それが肯定を示すということをアンジェリーナは認識していた。
「やはりでしたか」
アンジェリーナは目を細めた。彼女は二人の様子に納得した。もっとも、彼女は納得しただけではなかったが。
「ですが、なぜこの時代に追い詰めなければならないのでしょうか。カルロス王――――共存王はベルッセルナ公爵家と共存していく道を選んだ。そして、その次の4人の国王もまた然り。なぜこの時期、時代になってあなたは、いえ王族はベルッセルナ公爵家と対立していこうと考えているのでしょうか。全く理解できません」
前のアンジェリーナだったら確実に後半部分は見逃していただろう。もちろん、王族ならではの事情だ。しかし、ベルッセルナ公爵家はとうに王族から離れた家だ。もはやただの貴族であり、極端に言えば平民と同じ括りだろう。それなのに、いまだに王族がかの家に固執している理由が気になる。エルネスト王はアンジェリーナの眼をじっと見つめていたが、観念したように息をつく。
「君がどういう風に感じたのかわからないけれど、ベルッセルナ家は王族にとってみれば目の上のたん瘤。過去の王の血をひくものである以上、いつ王位簒奪をもくろむのかわからないから、ね。過去の王は共存していくことを選んだが、私は違うよ」
エルネスト王は当然のことのように言ったが、アンジェリーナには答えになっていないと感じた。
「そうですか」
しかし、これ以上尋ねたところで彼から答えが返ってくるとは思えなかったので、尋ねることをあきらめた。
「そして、お父様」
その代わりにアンジェリーナは隣を見た。
「スワルツァ伯爵令嬢に話を付けましたよ」
先ほどイリスとファナに交渉したことを告げた。ルシオは当然とばかりに聞いていたが、その眼には感謝の色が浮かんでいた。
(どうやらイリス嬢を私の近くに忍び込ませたのに心から感謝しなければね)
ここにはいない伯爵に心から感謝する。一方のどうやってかそれをつかんだ父親には心から感謝したくなかった。アンジェリーナは一呼吸おいて続けた。
「ですが、私とスワルツァ伯爵令嬢が接触することはお父様にとって、そもそも不要なことではありませんでしょうか」
彼女は目の前の瞳から逸らさずにじっと見つめた。
「何が言いたい」
アンジェリーナは昔から焦らしながら言うのは苦手で、今回も刑部の陰の支配者と言われている父親相手にはっきりと言う事にした。
「コルベリッチ侯爵令嬢と私が仲良くする必要もないし、わざわざかの侯爵に私の動向を秘密にしておく理由もありません。それなのに、今になってようやく彼女から私に接触してきた――――私がこの花見の会への参加することを妨害しようとした。
前提を私は見誤っていました。あの伯爵令嬢を私の部屋の近くに忍ばせたのは、コルベリッチ侯爵が私の動向を探らせるためではなく、お父様がスワルツァ伯爵と何らかの取引をしていた、もしくは、コルベリッチ侯爵に何か弱みを握らせるためではありませんでしょうか」
つい先日までならば、監察官である伯爵は娘であるイリスをアンジェリーナの側に忍ばせ、侯爵家に捜査の手が及ばないようにするため、正確に言うならば不利となった時にすぐさまアンジェリーナを消してしまうために動向を探らせただろうが、すでに刑部が捜査を中止し、一秘書官が勝手に捜査を続けているとは普通の貴族ならば考えにくい。
一方で、派閥が違うため侯爵家とは仲が悪いが、地方役人含む官吏を取り締まる立場である監察官の伯爵とは、役職的にもある程度の交流はあるはずだ。だから、イリスの父親に忍ばせるのを命じたのは目の前の人間である可能性が高い。アンジェリーナはそう思った。
ルシオはなるほど、と言った。エルネスト王はギョッとしてルシオの方を見たが、彼はその表情を崩す事はない。どうやらこれば父親の独断で行っていたことが確定した。
「確かに、命じた」
父親としてではなく刑部の官吏としてそう言われたが、アンジェリーナはあまり気にならなかった。
「やはりそうでしたか。では、もう伯爵は既にこちら、王族側についていると考えてよろしいのですね」
「ああ。侯爵令嬢の事があったから遠回りをした形になったが、既に王族側に付いている」
父親はそう言い、反対にアンジェリーナに疑問を投げかける。
「お前は陛下や私に指図されるのが嫌ならば、すぐさまここから退場すれば良いではないか」
アンジェリーナはその言葉に嘆息した。もちろん、その言葉の意味するところを理解している。
「そうですわね。一応、敵を欺くには味方からなんて言いますけれど、陛下やお父様のやり方は気に入りませんわ。ですが、私とてやり残した事は一杯あります」
アンジェリーナは一言一言、区切る様に言った。エルネスト王もルシオもそんな彼女をじっと見つめているだけだった。
「私は私のやり方で最後まで暴いて、いえこの推理を解いて見せましょう。ですので、お父様こそ、すでに終わった事件である以上、これ以上の詮索は刑部の官僚としてもどうかと思いますわよ」
アンジェリーナは一度、目を伏せ、そして上げ、もう一度しっかりと2人を見据えながら言った。
「そう」
「そうか」
エルネスト王もルシオも目こそ笑ってないが、アンジェリーナには二人が『やれるものならばやってみればいい』と笑いながら言っているように聞こえた。
だいぶ期間が空いてしまって申し訳ありません。