令嬢との遭遇
「どういうことですの?」
目の前の栗毛色の髪の少女は目を吊り上げてアンジェリーナに詰め寄った。それと同時に、周りにいる女性たちからは、アンジェリーナを嘲笑うような声が上がった。しかし、彼女はそれを予期していたのか、全く動じなかった。
ちなみに、ここはアンジェリーナが誘われた花見の会場に行く道中であり、アンジェリーナが現れると同時にその少女たちに立ちふさがれるという、まさにテンプレな出来事がおこったのだ。
(まあ、私は主人公でもなんでもない、ただのモブだけれどね)
アンジェリーナは内心ため息をついた。こんな目立つところで嫌いな人物を陥れるのならば、ほかにやることがたくさんあるのでは、と思ったが、目の前の令嬢相手だと、常識は通じなかった。
案の定、アンジェリーナが言った言葉の意味を即座に彼女は理解できなかった。
「そのままの意味よ。あなたは何のためにここにいらっしゃるのかしら、と私は聞いたのよ」
なので、アンジェリーナは彼女に再び問いかけた。少女はその質問の意味が二度目にしてようやくわかったみたいで、顔をゆがませた。
「――――――うるさいわね。あなたよりもお父様の方が偉いんだから、言いつけてやるわ。あなたなんて王宮を追放されればいいのよ」
少女はそう言い放った。周りの女性たち――――中心の少女、ファナ・コルベリッチ侯爵令嬢の取り巻き―――――は彼女の言葉に同意したのか、頷いている。
アンジェリーナはファナの言動やその取り巻きたちの様子を見て頭を本気で抱えたくなった。
(なんで、こんな子たちがまだこの王宮に残っているのよ。まあ、どうせあのコルベリッチ侯爵のコネなんでしょうけれど)
ファナの父親、コルベリッチ侯爵は吏部に所属している。アンジェリーナもあったことがあるが、父親の侯爵とはまた違った意味で非常に面倒な人で、人事を司っている、ということがなければ、『関わりたくない人物』上位入賞者である。その娘、ファナは、同じ侯爵家の娘ということでアンジェリーナとたびたび比較されたものの、常にアンジェリーナの方が上の評価を下されたことが、ファナとしては面白くないのだろう。アンジェリーナの女官時代に『碧眼の毒娘』という悪名を流し始め、女官職に居辛くさせた張本人もこの娘である。アンジェリーナが王族秘書官になってからもしぶとく王宮に居座り続けているのだ(ファナから見たら、アンジェリーナの方がしぶといのだろうが)。そして、先日も国王じきじきに大目玉を食らったはずだが、このようにしているところ見ると、どうやら父親のコネで残っているようだった。
「何を勘違いなされているのかわかりませんが、私が聞きたいのはなぜこの場にあなたたちがいらっしゃるのか、ということよ」
ファナはまだ、アンジェリーナが王宮に残っているのが気に食わなく、その点について反論しているようだったので、丁寧に教えた。すると、気まずそうな顔をして互いに顔を見合わせた。
「私がこの花見への参加を決めたのは昨日の夜。というよりも、何らかの手違いで、私の仕事部屋に届くのが遅かったから、花見が今日あるのを知ったのは昨日の朝。そして、参加することを言ったのは、同僚一人のみ。しかも、直前に」
アンジェリーナの言葉に、だんだんと顔色をなくしていくファナたち。
「どうして、あなたたちは私が参加するかしないかわからない花見への妨害工作を行えたの?」
そう。彼女がこの会への参加を決めたのは直前であり、先ほどのベネディクト以外には伝えていないのだ。もちろん、今着ているドレスも仕事着ではない。しかし、こういった直前になって参加を決める会なども存在するため、彼女専用の部屋にはある程度のドレスが保管されているのだ。そして、髪もいつもと異なり結い上げているが、アンジェリーナは普段からそれを一人で行っていたらしく、現在のアンジェリーナも一人で結い上げることができた。
なので、侍女や家の者たちの動きはないのだ。それなのに、なぜ彼女たちは無駄にもなるかもしれない『アンジェリーナへの妨害工作』を正確に行えたのか。
「もちろん、あなた――――いえ、あなたたちには言えない関係があるのでしょうね。今、ここで問いただす気はありませんが、おそらく、この花見の会には、私と接触してほしくない誰かがいる、とみていいでしょうね」
アンジェリーナは薄っすらと笑った。自室で見た時に思ってしまったのだが、美人の薄笑いは恐ろしいものだと、『奏江』は感じていたので、凄むときはこれがいいと、ひそかに計画していたのだが、かなり効果てきめんだったみたいで、ファナたちも震えていた。しかし、どれほどまでにファナたちはアンジェリーナに嫌がらせをしてきたのだろうか、そして、アンジェリーナがファナたちにその分の仕返しをしてきたのかと思うと、ぞっとした。
自身の笑みの迫力に酔いたくなったものの、そういう場合ではない。すっと、笑みを引っ込めて、ファナたちに向かった。彼女の取り巻きの一人が非常に何か言いたそうにしていたが、口を挟ませなかった。
「ですが、いずれ公になることではありましてよ?ですから、私と取引をいたしませんか?」
アンジェリーナの言葉に驚くファナの取り巻きたち。一方のファナはアンジェリーナの眼をじっと見つめていた。
(そう驚くことでもないでしょうに)
アンジェリーナの今の身分は侯爵令嬢でありながら王族付きの秘書官。一方の彼女たちの仲での最高身分はファナ――――と言っても女官職は正式な職務名としては扱えないので、ただの侯爵令嬢である。いくら父親の身分を笠に着てもこの場においてはアンジェリーナの方が上だということが彼女たちには分からないのだろうか。
「――――――分かりましたわ」
少し考えた後、ファナはアンジェリーナの要求をのんだ。取り巻きたちからは悲鳴に似た声が上がる。
(そうね。あなたは私よりも若いながらもどうやらまともな考えの持ち主のようね)
ファナを最初見た時に思ったことを撤回する。
※ファナ・コルベリッチ侯爵令嬢※
栗毛色の髪に紫色の瞳を持つわがまま姫―――――――――ってどこかで聞いたことがあるような。