真相を知るとき
「消えろ」
白色に近い銀髪の男はベネディクトに向かってそう言った。はいはい、と言いながら彼は消えていった。
「どうやら真実を知ったようだな」
ヴァンゲリス宗主はクククと笑いながら言った。その笑い方は背筋を凍り付かせるような恐ろしさがあった。
「ええ、ほとんどは知ることが出来ました。ですが、まだ謎は残っているので、いくつか教えてもらえませんか?」
先日、スベルニアで会った彼とは違う雰囲気であり、とても騎士たちを貸し出してくれた人とは同一人物とは思えなかった。ヴァンゲリス宗主は構わない、と言ってどこからか椅子を二脚出し、アンジェリーナにも座るように勧めた。ありがたく座らせてもらって、質問を切り出した。
「まず、創造主、《女教皇》はどういうモノなのですか?」
そもそもの部分が分からなかった。そんなアンジェリーナの言葉にヴァンゲリス宗主は嫌な顔を見せずに答えた。
「この『場所』を創造した主のことだ。もちろん、君たちにとっては『ゲームの製作会社』がこの場所を創造したんだろうけれど、君がアンジェリーナ・コレンスとしているこの場所は、場所につき一人の創造主がいる。ちなみに、同じ場所であっても見方や出来事に分岐されている世界があり、それぞれの『世界』を私たちは渡ることができる。
そして、《女教皇》とは場所に冠する私の称号だ。現在確認されているだけで26の『場所』があり、各創造主にはそれに対応した位階を名乗る。私の場合には《直感の場所》と呼ばれていたから、それにあたる《女教皇》を名乗った」
その答えはアンジェリーナの質問に的確な答えだった。
「そうなのですね。ということは、あなたは人間ではない存在ということでよろしいんですね」
アンジェリーナの問いに、ああ、君も同じだがな、そうだとヴァンゲリス宗主は答えた。彼だけでなく自分もまたヒトではない、と言い切られ、少し複雑な心境になったが、今はそれを論じている場合ではないと思い、気を取り直して、再び問いかけた。
「これから私はどうなるのですか?おいてきた肉体はどうなるのですか?」
アンジェリーナの問いにヴァンゲリス宗主―――――《女教皇》の創造主はゆっくりと息をつきながら言った。
「君は『相原涼音』に会いたいか?」
答えになっていない問いかけだったが、彼の瞳はアンジェリーナをその質問からそらさせない強制力があった。アンジェリーナはすっと息をのみ、ベネディクトにも問われたその質問の意味を考えたがやはり出てこなかった。
「もちろん。もっと喋りたいこともあるし、でも、会えるわけないじゃない」
全く同じ場所や時間に転生したのならば、喋ることも可能だろうが、少なくとも現在のこの世界には彼女は転生していない。
「同じ場所、同じ時にこの世界を持っていくこともできる、と言ったらどうする?」
「どういうこと?」
そりゃできるんなら、会いたい。
アンジェリーナの考えを見透かすように微笑む《女教皇》の創造主。
「私は『世界』を渡り歩くこともできるって言っただろう?『世界』一つ滅ぼすくらい簡単なことだよ」
そう言って彼は背後の宙に向かって何かを描き始めた。アンジェリーナはその言動に焦りを覚えた。
「今は何もしない。君の返答をもらっていないからね」
どうやらこちらの考えは見透かされていた。しばらくすると、一つのカラー映像が流れてきた。それはこの世界での出来事のようだ。誰かが人々の祝福を受けている。
場所は建物の形状的に見覚えがある。『ラブデ』の舞台となったリーゼベルツの王宮。
祝福を受けている人物は、栗色の髪の毛に紫の瞳――――――まるでアメジストのような。奏江の記憶にある悪役令嬢、アリア・スフォルツァと同一人物であり、あの歴史書と同一の構図だった。
「え―――――――」
「ようやく気付いたね。これは前に私がいた世界、『変革の世界』だ」
《女教皇》の創造主はその通りだ、と答える。
その映像の中での彼女は『悪役令嬢』としてではない存在で生きていた。そうすれば、長く生きることも可能だ。
会えるかもしれない。
「どうする?君は新しい場所を作る権利はあるんだよ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて創造主は問いかける。
悪魔の囁きだ。
(惑わされないで)
突然聞こえた声にアンジェリーナは驚いた。目の前の創造主を見るが、彼が驚いていないところを見ると、彼には聞こえていないらしい。
(惑わされないで、アンジェリーナ・コレンス侯爵令嬢―――――いえ、相馬奏江お姉さま)
アンジェリーナ・コレンス、いや、相馬奏江は本気で腰を抜かしそうだった。
(私は楽しかった。あっちの世界でお姉さまと色々話せて。それに、こうやってお姉さまと再会できるなんて。でも、今は『アリア・スフォルツァ』として、いろいろあったけど私は二度目の人生を楽しめた。今度こそ笑って過ごすことができた。だから、お姉さまも『相馬奏江』としてではなく、『アンジェリーナ・コレンス』として二度目の人生を楽しんで)
そうだ。
もう、『相馬奏江』ではなく、アンジェリーナ・コレンス侯爵令嬢だ。仮に新しい創造主としての権利を持っているからと言っても、『アンジェリーナ』として生きていきたい。新しい世界なんてお断りだ。
「お断りします」
アンジェリーナのはっきりとした返答に、創造主は目を瞬かせた。そうか、と呟き、立ち上がった。一体何が起こるのか、自分が本当に消えてしまうのかと思ったが、不思議と心は凪いでいた。だが、予想に反して何もこらなかった。
「――――」
「――――――――――えっ?」
「帰りなさい」
短く言われた言葉にとっさに反応できなかったアンジェリーナだったが、二回目に言われた単語で、ようやく理解できた。
「だが、お前は創造主としての能力を持っている。いつかこの世界を背負ってもらわねばならない。本当ならば、それはベネディクトの役割だったが、女狐のせいでそれは叶わなかったからな。協力してほしい」
ヴァンゲリス宗主、《女教皇》の創造主は頭を下げた。アンジェリーナは仕方ありませんわね、と呟いた。
「そうだ、あと二つ聞き忘れたことがあるのですが、聞いてもよいですか?」
アンジェリーナの問いかけにもちろんだ、と頷いた。
「一つ目はアマーソン伯爵とフリョの記憶の事、そして二つ目は砂嵐の事。あれってどちらもあなたのせいですか?」
アマーソン伯爵の外見がアラン・バルティアであることはすでに知っていたが、ベネディクトが言っていた『なれはて』という意味がいまだに理解できていなかった。そして、フリョの記憶のこと。彼だけが著しくもう一つの『世界』よりの記憶だったこと。
そして、ここに来るきっかけになった、ほとんどの人々に影響を与えない砂嵐。
すべてはこの人の記憶に繋がっていると考えるとしっくりくる。
「そうだ。砂嵐は私が『変革の世界』を考える時間が長すぎたらしく、時々そちらに引っ張られてしまってな。この『世界』を保つために必要な精神力が少なくなったみたいだね。
そして、アマーソン伯爵のこともそうだし、フリョの記憶の件もそうだ。『変革の世界』はそれだけ影響が強かったんだ」
宗主の声にそうでしたか、と呆れた声を出してしまった。
「ということは、もしかして、アリア・スフォルツァの隣にいた男って――――」
先ほどの映像を思い出してみると、あることに気付いた。
「そうだ。あちらの世界ではもろもろ事件が起こったおかげで、アラン・バルティアが国王、アリア・スフォルツァが王妃となった」
一瞬、頭に入ってこなかった。
「だから、記憶に引き摺られて出てきたアラン・バルティアは国王としての晩年の姿だろうね」
アンジェリーナは固まった。あのチャラ男が国王で、しかも親友の夫だと。
「ちなみに、彼もまた《来訪者》だよ」
すでにアンジェリーナの頭の処理能力を超えていた。
へなへなと椅子に座り込むとなんだか眠くなってきた。
(ダメだ、寝よう)
そこで意識が途切れた。




