『秘するもの』
(そう言えば、さっき、ベルッセルナ侯爵は『残り二人』っていっていたよね)
階段を降り進めて行くうち、そんなことに気付いた。
(エミリオを帰したっていうことは、残りはベネディクトだけ。そして、この『ヴィルトゥエル・ベグリッフに召喚された人物のうち、ベネディクト以外では私だけ。ということは、私も帰るためにはこの質問を解かなければならない、ということか)
アンジェリーナはため息をついた。今までの質問に正しく答えられたのは、エルネスト王を帰したカルロス王、ニコラスを帰したフリョ、そして、エミリオを帰したベルッセルナ侯爵の三人。そして、正確に言えば正答を出していないが、真実を見てしまったため正答扱いされたヨハネス帝。彼らの質問は彼らに関わることがほとんどだった。
そして、もう一つ知るべき『真実』。
カルロス王の忠告が言った通り、アンジェリーナは彼らの『真実』を見極めねばならない。
歩みを進めて行くうちに、とうとう『塔』の最下部までたどり着いたようで、これ以上階段は見当たらず、ただ何もない空間がそこには広がっていた。
「誰もいない?」
さっきまでは途中に誰かしらおり、人の気配もしたのだが、今は人の気配すら感じない。
アンジェリーナは不安になってちょうど一周分、見回したところでその人の存在に気付いた。
「―――――――――あなた、は?」
それは今までで最も見覚えのない人物だった。
「初めまして」
『彼』は微笑みながらアンジェリーナに話しかけた。今まではほぼゲーム内に従った容姿をしており、彼の姿もどこかで見たことがあるような気がしたが、少なくとも『シュガトリ』の攻略対象人物ではないのだけは確かだ。
「そっか、この姿は君の記憶にないんだね」
『彼』はアンジェリーナが茫然としていることに気付き、笑いながら言った。
「ちょっと事情があって、自分の体が使えなくて別の世界の『彼』の体を借りたんだ。こちらの体の記憶も引き継いでいるみたいだから、二重で面倒なんだよね」
『彼』の姿は赤毛に碧眼。
(どこで見たんだろうか。『シュガトリ』ではない、別の世界――――――?)
過去に見たゲームの攻略対象を脳内で思い返していると、一人だけ彼の姿に合致する人物がいた。
「まさか、あなたはアラン・バルティアの姿を取っているサンドロ・アマーソン伯爵――――――――」
そのアンジェリーナの答えにそうだよ、と『彼』、アマーソン伯爵は笑った。
サンドロ・アマーソン伯爵。
『シュガトリ』のカルロス王子、マルティン(ベルッセルナ侯爵)、フリョ(ユリウス)ルートに関わってくる――――というか、ラスボスとなる存在でありながら、彼自身もまた攻略対象という、面倒くさい人物である。
見た目も中身も騙されるベルッセルナ侯爵以上に表と裏の差が激しい人物だ。
彼はもともと王太子(カルロス王のこと)の母親の遠縁の男で、その縁から彼女の傀儡となっていた。権力をこよなく愛した彼女とその一族の男たちは彼らの勢力を削ごうとした宰相・ベネディクトを、当時王太子の側近として使えていたサンドロに命じて事故に見せかけて殺した。しかし、彼女の息子であるカルロス王太子はすぐに、事故ではなく事件であると見抜き、サンドロのことを気にかけながらも真相を暴いた。
最終的に彼は王太子と取引をし、ただの『サンドロ・アマーソン』として生きていくことにした、というのがハッピーエンドであり、このゲームの中で最も平穏な終わり方をする(当時の奏江には解せなかった)。
そんな彼が、別人―――前作『ラブデ』の攻略対象の一人、『アラン・バルティア』の姿をしてここにいる。
「なぜそんなことが?」
アンジェリーナの問いかけにサンドロ伯爵は
「さあ、なんでだろうね、この塔の力でも働いているのかな?」
と肩をすくめる。呼び出された彼にも分からない、ということは、おそらくこの塔を作った張本人、ナターリエにしかわからない、ということだ。もし、彼女に会うようなことがあれば、聞いてみたいものだった。
「では、余からの質問だ」
そう『彼』が言った瞬間、彼の纏う雰囲気が変わった。
『汝に問おう。世界すべてを変革する力を持つアメジストとは何か』
彼の質問にアンジェリーナは、今までの質問と異なる何かを感じた。
目の前にいるアマーソン伯爵の持つ独特の雰囲気ではないし、『アラン・バルティア公爵子息』としての遊び人のような雰囲気でもない。
そう、まるで王のような雰囲気を出していた。
(一体、また誰か融合しているの?)
アンジェリーナにはそう思わざるを得なかった。
世界を変革する力。
どういった意味でだろうか。政治?経済?歴史?文化?
そして、『アメジスト』という無機物がそれを持つ。
アンジェリーナには想像もつかなかった。
(でも、この質問には答えがあるはず)
今までの中で最も難しい質問であるこの問いに、アンジェリーナは答えねばならない、と思って必死に読み解いていた。
(――――――まさか)
ある一つの可能性に到達する。だが、その可能性はアンジェリーナが過ごしてきた世界ではありえない。仮にありえたとしても、何かがおかしい。
「この質問は『ありえない』わ」
今までとは違って本人の姿ではなく、“アラン・バルティア”の皮をがぶったサンドロ・アマーソン伯爵。
今までと違って、召喚された魂そのものが出題するのではなく、『入れ物』が出題すること。
今までと違って、魂であっても『入れ物』であっても、史実とは全く違う雰囲気を醸し出していること。
今までと違って、質問の内容が今まで学んできたはずの史実を遡るだけでは答えられないこと。
すべて予想外のものだらけだ。
アンジェリーナの言葉に、寂しそうな顔をする『彼』。その『彼』は一体どちらの『彼』なの?
「少々やりすぎたようだな、帰れ」
そんな聞き覚えのない声とともに指をはじく音が聞こえ、『彼』の姿は消えていく。そういば、といってもう一度指を鳴らした。
「これで、あいつも帰れただろうな」
新たに聞こえた声はそうも呟く。アンジェリーナには今起こった現象がさっぱり分からなかった。
やがて、金色の光が消え、声の持ち主の姿があらわになる。
髪は銀色、瞳は緑色。そして、中性的な面立ちの青年。
アンジェリーナにも見覚えのあるその姿だった。
「あなたは――――――――」
「ああ、ここにいたのか。改めて、ようこそ『ヴィルトゥエル・ベグリッフ』へ―――――――いや、『女教皇の塔』へ」
彼は嫣然と微笑むと、アンジェリーナの方に手を差し伸べてきた。




