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100年後だけれど、まだ乙女ゲームの真っ最中!?  作者: 鶯埜 餡
ヴィルトゥエル・ベグリッフ

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40/52

『愛すもの』

 どれくらいの時間が経ったのか、わからない。

 だが、ようやくアンジェリーナが目覚めたころには、すでにユリウスの姿はなかった。

(いい加減、行かなくちゃ、ね)

 起き上がり、相変わらずの照明の中、彼女はゆっくりと階段を降り始めた。

(何が本当で何が嘘か、確かめたい)

 カルロス王が言った史実、ヨハネス帝が言った史実、ユリウスが言った史実。どれもが本当のはずがない。そして、この先、どのような真実が待ち受けているかもわからない。

(そう、知ることを恐れているのは私自身)

 まだまだ解き明かさなければならないことがある、そう思いながら進むと、目の前に一人の人物が座って、本を読んでいた。


「あなたは――――――」

 年を重ねたとはいえども、いまだに虫も殺せぬほどの柔らかな印象を与えるその人物は、アンジェリーナの現実の世界における人と同じ雰囲気を持つ。

「うん―――?ああ、君か。ようやく来たな」

 彼女が最初に彼の存在を知った時から、その姿は変わっていない。ミルクティ色の髪の毛に瑠璃を思わせる青緑の瞳。奏江の推しではなかったが、非常に印象に残っている。



 マルティン・ベルッセルナ侯爵。

 『シュガトリ』では最もミステリアスな攻略対象として、見た目も立場も騙された女性は数知れない。

 ちなみにヒロインとの出会いはこうだ。

 カルロス王子の元に出入りするナターリエの元に『ギュイニーヴ伯爵』として接触し、彼女を間諜に仕立て上げようとした。それが失敗すると、あらゆる手を使って彼女を物にしようとした。そんな彼のハッピーエンドは通称『18禁ルート』と呼ばれる彼が所持する城でベッドインするきわどいスチルがある終わり方だ。

 彼のルートはカルロス王子ともう一人の攻略対象のルートをすべてプレイした後でないと彼を攻略することはできず、しかも、彼にくっつきすぎず、離れすぎずの選択肢を選ばないとハッピーエンドにならない、最難関の攻略対象であった。

 そんな彼だが、『ギュイニーヴ伯爵』というのは彼の所持爵位の一つであり、知る人ぞ知る本物の爵位だ。そのため、その名前で参内する、すなわち、“ベルッセルナ侯爵”として王宮に参内していないため、王太子以外の攻略対象など本物の彼を知らない人からは『引きこもりのベルッセルナ』として揶揄されることが多い人物であった。

 ちなみに、彼の騙し要素としてもう一つ存在するのが容姿と年齢だ。発売前の情報や“お品書き”には年齢が記されておらず、彼の見た目からは20代後半くらいだと思われがちだが、実際は40代だったということがストーリー内で明らかにされる。そのため、彼のボイスをおじさまボイスで有名な声優さんが声を当てると発表された時は前作からのファンから疑問視されていたのだが、かなり当たり役だったのを覚えていた。



「ええ、はじめましてベルッセルナ公爵(デュケ・ベルッセルナ)。いえ、あなたの場合はベルッセルナ侯爵マルケス・ベルッセルナとお呼びすればよいのでしょうか?」

 そう、『シュガトリ』の時代、すなわち100年前はベルッセルナ家の爵位は侯爵だが、彼の息子の代に何かがあったらしく、公爵位に格上げされている。そのため、アンジェリーナは呼び方を迷ったが、マルティンはどちらでも構わない、と冷たく言った。

「あのぼんくらは約定を守ったようだな」

 侯爵の言葉に、アンジェリーナは首をかしげる。

「今は公爵(デュケ)なんだろう?」

 彼の問いかけに頷くアンジェリーナ。

「まあ、そろそろ俺が隠居しようっていうときに、カルロスの息子が俺のガキとフリョの息子に文武それぞれ師事したいって言ったから、だったら公爵位くれって言っておいたんよ。さすがに俺が生きているときはナターリエのこともあったから、あいつは俺に公爵位をくれんかったが、フェルナンドにはやったみたいだな」

 容姿とかけ離れた声音や口調はゲームの時と同じだった。しかし、彼が言った『ナターリエのこと』って何だろうかと思ったが、それを問う前に侯爵が続きの言葉を言った。

「それはそうと、さっさとゲームはじめようぜ、お嬢さん」

 侯爵はにやりと笑うと、


『全ての運命を導く想い、心のよりどころとなる奇跡とは何か』


「君にはわかるかな?」

 挑戦的な視線で侯爵はアンジェリーナに向かって言った。

 アンジェリーナは今までの質問のテイストと違って聞こえた。

(一般論かしら?でも、今まではすべてそれぞれの出題者の意志が感じられた)

 彼女の思考に気付いていないのか、侯爵はじっとアンジェリーナを見ていた。

「奇跡―――――――人生の喩えなのかしら。いえ、そうではないわね。質問が成り立たなくなってしまうから。でも、そうね」

 アンジェリーナは考えをまとめた。

「今までの経験則から考えると、答えはこれだと思うわ」

 その言葉に侯爵は低く笑った。

「さて、答えを聞かせてもらおうか」

「ええ、そうさせてもらうわ。奇跡、それは『主人公(ヒロイン)』ね」

 『ラブデ』のベアトリーチェ、『シュガトリ』のナターリエ、二人とも、いや、全てのゲームにおいて主人公がすべての登場人物の運命に関わってくる。

 彼女がそう答えると、侯爵は大笑いした。

「なるほどなぁ。その通り!」

 彼は笑ったまま、指を鳴らした。

「さあ、これでうちの坊ちゃんも帰還させたぞ!さすがカルロスを負かしただけはあるな!」

 侯爵は笑い続けながら言った。

「さあ、行け、お嬢さんよ、残りは二人(・・)だ」

 ベルッセルナ侯爵の指からはすでに金色の光が出ている。

 アンジェリーナは今までになく、軽い足取りで階段を降り始めた。

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