皇太子の失言
「思ったより早いね」
ジョアンとのやり取りについて報告のために再び、執務室に戻ると、エルネスト王とゲオルグ皇太子だけでなく、なぜかベネディクトまでカードゲームに興じていた。
「何やっているんですか」
あまりに危機感のない状況にアンジェリーナは思わず突っ込んでしまった。しかし、三人ともどこ吹く風でクスクスと笑った。その様子に改めてため息をつきたくなった。
このエルネスト王とゲオルグ皇太子の祖先は、『シュガトリ』の世界で攻略対象者だったカルロス王子とヨハネス皇太子だ。
ヨハネス皇太子は最初、彼の異母兄との関係から猜疑心の塊のような存在でヒロインと出会うが、ハッピーエンドではきちんとヒロインと結ばれる。どうやら、ゲーム制作者は彼のことが推しだったみたいで、ハッピーエンドを迎えた二人の結婚式兼戴冠式のスチルはとんでもなく力が入っていると、今では思い出すことができる。
そして、初期のカルロス王子はとても攻略対象者とは思えないほどの遊び人であり、ヒロインも『そういった目的』で近づいてきたと勘違いするのだ。そのため、非常に会話などの選択肢が難しく、『奏江』も苦戦した記憶がある。しかし、このカルロス王子のルートでのハッピーエンドはハッピーエンドと言い難い。なぜなら、彼のハッピーエンドは事件を解決後、そのまま結ばれるのかと思いきや、敵対している公爵にヒロインともども刺されて、最終的に冥界で結ばれる、というとんでもないオチが待っているのである。彼の三つルートのうち、トゥルーエンドのみが普通に結ばれる結末であるのだ。
そんな設定されたルートは対照的な二人だが、ゲームのシナリオ内のほとんどはとても友好的で、よく趣味の話題をしていたりもしていた。
そんな二人の子孫がこのようにゲームに興じているのも、分からないわけではない。しかし、時と場合を考えろ、と言いたくもなる。
「いくら宰相が毒に倒れて、僕たちも疑われているとはいっても、何もすることはないんだから、こうやって遊んでいなければ、つまらないだろう?」
そうぼやくエルネスト王。そう言うのが一国の主であるのだから、非常にたちが悪い。だが、彼の言うこともわかる。
しかし、そもそもなぜ、この二人が最も疑われる立場にいるのか。
事の発端は、3日前の夜のことだ。
その夜、スベルニア皇国とトワディアン王国間における緊張状態緩和のために訪れていたゲオルグ皇太子を囲んで夕食会が行われていた。
席順は主催者である国王エルネストは部屋の一番奥、向かって左側の位置に着席しており、その正面にはゲオルグが座っていた。そして彼らの隣、出入り口側には各国の実務担当役、スベルニア側は駐在大使と、聖騎士団長、皇国教会の大僧正、そして秘書官二人が並び、トワディアン側は宰相、兵部大臣、式部大臣、刑部大臣、そしてベルッセルナ公爵とアンジェリーナの順に座っていた。
食事は順調に進んでいたが、途中に挟まれた赤ワインを飲んだ直後、宰相が『気分がすぐれないから、風にあたってくる』と言い、退出した。その後、なかなか戻ってこなかった彼を心配して探し出したのだが、途中で倒れているのが見つかった。彼の手に握られていた金属のブローチが黒ずんでいたことから、毒物であることがすぐに判明した。王宮直属の医師による応急処置の結果、彼はすぐに死ぬことは免れたが、予断を許さない状況だった。その後、状況からすると赤ワインかその直前まで食べていた料理のどちらかに入っていることはわかったものの、実行犯だった下働きの男がすべて処分した後だった。そして男は王宮からすでに去っていて、騎士たちによって追尾されたものの、翌朝に死体となって発見された。
もともと宰相は気性が激しく、よく議会において誰かしらと口論する姿が目撃されていた。現在行われているスベルニアとの外交においても、(向こうの皇族たちもたいがいなのだが)よく揉め事を作るというし、王家とベルッセルナ公爵家の関係においても、結構な極論を言って一時期は公爵家側を非常に怒らせたという話も聞いていた。
そのため、王宮内は互いに疑心暗鬼状態になったものの、怒涛のような速さで、この世界屈指の調査力を持つ刑部と王族の直属部署である秘書官の調査の結果、最終的に三名ではないかと、考えられており、皇太子の訪問前に行われた議会において宰相の出した平民の学校に対する法案で意見が分かれていた国王、昨日昼間に話し合われた領土問題で提案した案を蹴られた形になった皇太子、つい先日、宰相にとうとう領地から引っ張られてやってきた公爵だ。もちろん、三人とも無実を主張しており、下手人が死んでいる今、背後関係を洗うのは非常に難しいのだが、当然、一国の貴人―――貴族でなくとも高貴な人物、という意味で――――が何者かに毒物を盛られたのだ。念のため、何も出てこない場合も含めて、調査を行うために監視をつけているのだ。
そして、先ほどの会話に戻る。
「そうですね。ですが、ベネディクト先輩が陛下たちに交じってカードゲームをするというのはいただけないのではありませんか?」
アンジェリーナはちらりと彼の顔を見た。気まずそうに顔をそむけたが、今度はゲオルグ皇太子が答えた。
「なかなか厳しい意見だ。さすがは『碧眼の毒娘』だね」
彼が言った自身の不名誉なあだ名に苛立ち、お前もかなり短気な性格から『癇癪王の再来』と呼ばれているだろう、と言い返したくなった。もちろん、相手は自国の人間ではない。そのため、いくらエルネスト王と気安く話せるといえども、隣国の皇太子相手には何も言い返すことはできず、ただ彼女はスカートを握りしめた。その様子に気付き少し言いすぎたことに気付いたのか、ゲオルグ皇太子はすっと目をそらした。
さすがに謝るのは一国の皇太子という地位が邪魔してできないのであろう。口をもごもご動かしているが、言葉になっていない。アンジェリーナはこれ以上、自分のせいでこの場の空気が悪くなるのに耐えられなく、
「よくご存じでしたね、その名前を」
と言った。ゲオルグ皇太子はアンジェリーナの言葉に顔が真っ赤になるが、すぐさま答えが返ってこなかった。
「――――――――――それは、その。この国に来た時に親切な令嬢が教えてくれたもので」
皇太子の言葉を聞いた時、アンジェリーナ以外の二人は、これはまずいぞ、と危機を覚えた。
『シュガトリ』に出てくるヨハネス皇太子は『転生ざまぁ』で出てきた人物と同一人物です(『ラブデ』には出てきていない人物)。