改ざんされた歴史書と終わりの鐘
長いです。
「やっぱりいましたか」
ベネディクトがアンジェリーナを連れてきたのは、アンジェリーナたちの執務室に近い、ベランダで、そこにはエルネスト王が城下を眺めていた。控えめに言っても慇懃無礼な態度で、エルネスト王の隣に二人は並んだ。
「そちらの情報はどうだ。何かつかめたか」
エルネスト王は突然現れた二人に驚きつつも、余裕は失われていない。先ほど強引に取らせた睡眠により、頭がすっきりしたのだろうか。
「いいえ、残念ながら何も」
アンジェリーナは伏せ目がちに言った。ベネディクトと前世を語っていました、なんて言えるはずもなく。
「そうか」
予想通りなのか、さして落胆することもなく、遠く見つめながら言った。
「今頃、三人はどうしているのだろうか」
しばらく誰もしゃべらなかったが、エルネスト王の言葉に、アンジェリーナもベネディクトも答えられなかった。慰めの言葉は要らない。そう誰もが分かっているので、咎めもない。
「コレンス侯爵令嬢」
再び訪れた静寂のあと、エルネスト王からのその呼び名に、とっさに反応できなかったアンジェリーナ。
「――――――――アンジェリーナ・コレンス侯爵令嬢」
言い直された言葉に気付き、彼の方を向くと、何かを決意したような瞳があった。
「なんでしょうか」
アンジェリーナはその瞳に答えようとしっかりと見つめた。
「自分のことさえ疎かにしてしまうような俺だが、この事件が終わったら、結婚してくれないか」
「――――――――突然、言われましても」
かなり突然の申し出に、アンジェリーナは戸惑っていた。隣のベネディクトも驚いて固まってしまっている。エルネスト王は苦笑した。
「まあ、そうだよな。だが、本心だ―――――――心から、アンジェリーナが欲しい。もちろん、すぐに答えが欲しいわけじゃない。この事件が終わってからでもいい。一度、考えてほしい」
彼の言葉にええ、わかったわと頷いたアンジェリーナ。
少し混乱した頭をすっきりさせようと、再び城下の方を見やると、黒い影が彼方からこの王都を飲み込もうとしていた。
「なんだ、あれは―――――――」
ベネディクトの言葉に誰も答えることはできなかった。
「陛下!早く内側へお入りください!」
三人ともが唖然としている中、近衛騎士が駆け込んできた。どうやら、あれは砂嵐のようだった。
王の執務室へ戻ると、そこにはすでにルシオが待機していた。
「無事だな」
ゲオルグから始まり、行方不明者はすでに三人。皇族といえども巻き込まれるのだから、彼としては心配したことだろう。エルネスト王が自分の机につくなり、騒々しくなった。
「ああ、お前もな。いや、お前は飲み込まれそうになっても、這いずり回って逃げそうだな」
「うるさい。それを言うならお前だろ」
同年代だからなのか、ルシオとエルネスト王はこんな状況でも軽口を叩き合っている。アンジェリーナのみならず、ベネディクトもルシオと王の軽口の叩き合いに唖然としてしまった。しばらく続いたルシオとエルネスト王のやり取りの最中に、先ほどは別の近衛騎士が執務室に入ってきた。
「砂嵐はこちらにまっすぐに向かってきます。もう間もなく王宮を飲み込むのではないかと思われます。くれぐれも王宮の外には出られませんように」
彼の言葉に全員無言でうなずく。騎士は彼らの方でも何かしらの対策をするのだろう、それだけ言うと、すぐに出て行った。騎士が来る前とは異なり、シンとした空気の中、ルシオが口を開いた。
「じゃあ、一回、私は自分の部屋に戻る。二人は先ほど調べてもらったことについて報告してもらえるか。こちらからも情報を渡したい」
彼の言葉にアンジェリーナはただ頷き、ベネディクトは了解です、といった。
「では、一刻の後、私の執務室に来てくれ」
ルシオはそう言って、彼らの返事を聞かずに部屋を出て行った。
「では、私も失礼いたします」
「俺も戻ります」
アンジェリーナは少し体を休めたい、と思い、彼女の部屋に戻ることにした。すると、どうやらベネディクトも戻ることにしたようだった。
「ああ、また何かあったら、いつでも来てくれ」
エルネスト王は彼も少し疲れたようで、目を閉じたまま言っていた。
二人の私室があるところまで、アンジェリーナもベネディクトも言葉はなかった。
「また、後ほど」
「ああ」
二人とも前世の話をしている余裕がなかった。
部屋の前まで来ると、すぐに別れた。
彼らは安心しきっていた。
『ゲオルグは視察先のフラン大公国で滞在中の船上で砂嵐に巻き込まれた』
『コーエン卿とニコラス・フリュンデが視察中の橋の近くで砂嵐に巻き込まれた』
どちらも船内や建物内で行方不明にあったのではない、と。
だからこそ、ここにいる誰しもが建物の内側ならば安全であると信じて疑わなかった。
「―――――――すごいわね」
窓の外に見える砂嵐は王宮にだんだんと近づいてきて、パチパチと砂粒が風によって窓に打ち付けられる音が聞こえてくる。アンジェリーナは消えた三人のことを考えていた。
(こんなのにエミリオたちは巻き込まれて、どこかに消えた――――――)
「何が消えるきっかけなのかしら」
アンジェリーナ・コレンスとしてではなく『相馬奏江』として考えてしまったのは、
「『シュガトリ』の登場人物だから?」
最初に消えたゲオルグ皇太子は、100年前に実在したスベルニア皇国のヨハネス皇太子の子孫。
二番目に消えたエミリオは100年前に実在した二つの顔を持つマルティン侯爵の子孫。
そして、エミリオと同時に消えたニコラス・フリュンデは100年前に実在した傭兵フリョの子孫。
もしそうならば、次はもしかして―――――――?
(――――――――でも、何のために飲み込むの?そして、消えた先は?どうやったら戻ってこられるの)
次々と疑問が沸き上がってくる。しかし、それに答えるだけの知識も情報もない。
やがて、しばらく経った後、砂嵐が消えて静寂さが残っていた。まだ一刻もたっていないので、もう少し休もうと思っていたのだが、喧しい扉の叩く音で断念した。
扉を開けるとそこには険しい表情のルシオがいた。
「何かありました?」
ただ事ではないのはわかったが、もう少し落ち着いてほしいと思い、静かに問いかけると、
「不味い」
とだけ返された。どういうこと?と尋ね返すと、非常に苦々しい声でルシオは呟いた。
「エルネスト王が消えた。ついでにいうならば、ベネディクト・アマーソンも消えた」
アンジェリーナは頭が真っ白になった。危惧していたことが起こってしまった。これで『シュガトリ』子孫の連れ去り事件というのが確定したと思えた。
「そして、もう一つ重大なことが。歴史書が改ざんされた」
ルシオの言葉にアンジェリーナは疑問を浮かべ、首を傾げた。
「アンジェたちに情報として言おうと思っていたが、私の部屋にある歴史書に太古の時代、別の大陸において、今回と同じように不可解な砂嵐が発生したと書かれていたんだ。それを見せようと思っていたんだが――――――」
「この砂嵐の後に違う歴史書になっていた、ということですわね」
「ああ。外見は変わっていないんだが、中身だけ、な」
アンジェリーナはなるほど、と納得した。
「その歴史書、見せていただけません?」
アンジェリーナの言葉に、ルシオはああ、と言って、包みを開けた。そこには外見はごく普通の歴史書と変わらないものだったが、
「―――――――――――――!」
中身はアンジェリーナには見覚えがあった。だが、それをルシオに言うわけにはいかない。
「一度、大図書館に行ってきてもよろしいでしょうか。ほかの歴史書も変わっていないか調べてまいりますわ」
何とか平穏を保ってアンジェリーナが告げると、少し訝しんだが、それでも調べてきてほしい、という思いが勝ったのだろう、ルシオは頼むと言った。
アンジェリーナはルシオから預かった歴史書、自分が以前宗主からもらった歴史書、二つを持って王宮から近い大図書館に向かった。歴史書が並んでいるあたりは、あまり人気がなく、いるのはアンジェリーナ一人だった。
数種類ある歴史書の中で、持ってきた歴史書と同じものを探し、あるページを開いた。
「やっぱり――――――」
その歴史書もまた、改ざんされていた。
「何のために――――――?」
ほかの箇所を見ても同じだった。
その時、近くで低い鐘が鳴り響いた。
(鐘―――――――?)
図書館は静寂さを守るために、防音設備が整えられている。閉館の合図だけは司書が鐘を鳴らすが、その音でもなかった。アンジェリーナは辺りを見回したが、何も変わっていない光景だった。再び歴史書に目を落とした。
しばらくして再び、低い鐘が鳴り響いた。
アンジェリーナが再び顔をあげると、そこは別世界だった。
「へ――――――――――?」
ずいぶんと間抜けな声を出してしまったが、辺りには誰もいないことを確認すると、周りを見回した。
その場所は円柱状の建築物の内部で、暖かみのある木目調になっており、ぽつぽつと蝋燭で明かりが灯されていた。もちろん、アンジェリーナにはその建物の記憶はない。
一体どこに迷い込んだのだろう、と考えていると、前方から人影が近づいてきて、やがて、その人物の正体が明らかになった。
「あ、なた、は――――――」
アンジェリーナにはその人物のもう少し若くした姿なら見たことがある。その人物は、アンジェリーナの目の前に立ち止まった。
「はじめまして、アンジェリーナ・コレンス侯爵令嬢」
赤い髪を持ち、茶色の瞳を持つその女性――――『シュガトリ』の主人公であるナターリエ・ブロヴァングは、アンジェリーナに声を掛けた。
「は、はじめまして――――――」
なんでこんなことが起こっているのか理解が追い付いていないアンジェリーナは、戸惑っていた。
「なぜ、あなたがここに呼ばれたのか、いいえ、引き寄せられたのか理解していないようですね」
ナターリエは目を細めてそう言った。アンジェリーナはおずおずと頷くと、
「そうでしょうね。すでに死した身である私でさえ、理解できていないのですから」
と笑いながら答えてくれた。『すでに死した身』とナターリエは言ったので、アンジェリーナの肉体は大丈夫なのだろうか、と考えてしまったが、ナターリエは否定した。
「ああ、あなたの身体は大丈夫です。ここに引き寄せるときに少し無理してしまったみたいで、倒れているようですが、健康状態に問題はないみたいですわ」
どうやら彼女は元の世界とつながっているようだった。
「それはさておき、ここは『ヴィルトゥエル・ベグリッフ』。貴方のために作られた塔といっても過言ではありませんわね」
ナターリエの放った一言に、アンジェリーナは凍り付く。
「もっとも、たまたまこの塔に収容できる魂が存在したからこそ、この塔は成り立っているのですがね」
ナターリエは事も無げに続けた。
「初めは兄殺しの異名をとったヨハネス帝の子孫、スベルニア皇太子・ゲオルグ、続いて私の子孫でもあるベルッセルナ公爵子息、エミリオ。そうね、今はコーエン卿と呼ばれているのでしたっけ、そして、異国から流れてきた傭兵フリョの子孫、ニコラス・フリュンデ。さらに、追加で二名。トワディアン王国に50年の平和をもたらしたというカルロス王の再来といわれるエルネスト陛下。そしてなんといっても、姿は殺された張本人であり、実は殺した方の子孫、というベネディクト・アマーソン。
彼らはトワディアン王国を取り巻く世界のために、人質になってもらっているわ」
ナターリエは歌うように言う。
「もちろん、これにも魂を探すのに苦労したし、どうやったらあなたを引き摺り込むために有効かっていうのも考えたのよね」
アンジェリーナはナターリエの言葉に戦慄を覚えた。
「でも、もうあなたの答え次第で、この『世界』が変わる準備はできているの」
「じゃあ、始めましょう、アンジェリーナ・コレンス――――――――六人目の《来訪者》さん?」
やらかしました…すみません。無駄に長いです。
切れなかった…
そして、サブタイトルに非常に困った。




