妬み嫉みはどこの世にも
エミリオの推測通り、ロレンソが自供した。
この件には、第三国の関与はなかったという。ロレンソをはじめ、現騎士団長やニコラスのような出世街道まっしぐらの下級貴族・平民騎士に反発を抱く者たちが徒党を組んでの犯行であったようだ。
「ああ、アンタたち方を害するつもりはなかったさ、最後以外は」
ロレンソはあっけらかんとそう言い放った。
「普通、官僚たちは身分が出世にかかわってくる。だが、騎士団はたとえ身分があったとしても、騎士団長のさじ加減でどうにかなる。それが俺らには気に食わなかった。今の騎士団長だって、他に適任者がいるだろう?エンリケ卿とかな。
だが、前の騎士団長の覚えがいい、というだけであの男は騎士団長になった。それに、あいつだってそうだ。俺と比べりゃ、そこら辺の小石と同じだ。だが、あいつは俺と同い年、同期での入団なのにもかかわらず、騎士団長の覚えが良いっていうだけで、階級はどんどん上がっていき、陛下の警護だって任される。
だから、ちょっと懲らしめてやろうとしただけさ。
あえて言うなら、不慮の事故っていうやつで片づけられるって、誰かが言い出して、ちょうどいいタイミングで俺とあいつがスベルニアに行くことで、任されたのさ。ま、あいつなら忠誠心やら俺には理解出来ねぇプライドで、アンタたちを逃がすことは想像できたから、あいつだけを片付けるのは簡単なことだと思った」
アンジェリーナは目の前の男に対して、怒りが込み上げてきた。男よりも一応上位貴族としているが、貴族としての務めをきちんと果たしているからこそ、理解できない。同じようにエミリオもすでに剣の柄に手がかかっている。ニコラスも自分のことはともかく、騎士団長について男が貶した時にはすでに、手が震え始めていた。それに気づいているのか、気づいていないのか、ロレンソは滔々と自己弁護した。
「―――――言いたいことはそれだけかしら」
アンジェリーナはロレンソの言葉を少し遮るような形で言った。彼は今ここに、エミリオとニコラス以外に興味がなかったようで、アンジェリーナの声に驚いたようだった。そんなロレンソを冷ややかにアンジェリーナは見下す。
「『騎士団長の覚えがいいから騎士団長になった』ですって?ええ、そうでしょうよ」
アンジェリーナの言葉尻だけをあげ連なって、ほれ見ろ、と言うような表情で、エミリオとニコラスを見るロレンソに、アンジェリーナは虫けらを見るような目つきになった。
「人の話は最後まで聞きなさい――――あなたは肝心なことを忘れているわね」
アンジェリーナの感情を込めた言葉と、彼女から吹き出ている氷にも似ているようなオーラに思わずロレンソはたじろぎ、一歩後退さる。アンジェリーナはその間隔を開けたことによる気持ちの余裕を持たせまいと、ロレンソの方へ二歩詰め寄った。
「あなたが何を考えているのかわからないのだけれど、部下が上司に寵愛される要因って大きく二つ考えられるの。一つ目は片思い。もちろん、恋愛の話ではないわよ。そうね、今の文官が最もいい例ね。本当ならばやってはいけないことだけれど、上司側からでもいいし、部下側からでもいいし、とにかく、自己への便宜を図るために寵を得る、もしくは寵を受ける。今の王宮、文官たちの間でも同じね。王族付きの秘書官としては頭を抱えたくなる事実」
アンジェリーナのため息交じりの言葉に、ロレンソは彼女が王族付きである――それも国王の信頼を得て、このように国王派という意味において一人前に外交問題一歩手前の事件を解決させてもらっている―――ことにようやく気付いたみたいだった。
「それと、もう片方である二つ目の要因。それは、ごくごく当たり前のことだけれど、誰しもが見逃していること。それは純粋にその人のことを認めているから寵を与えることができるし、そして、認めてもらっているからこそ、その人の寵を受けることができる。それもあなたたちにとってみれば、いいえ、それを知らないほかの人からしてみれば、そんなのは偽善的だとか、自己欺瞞だとか言われそうだけれど。それが現実なんじゃないのかしら」
彼女の落ち着いた言葉に、ロレンソは反論の余地を探しているようだった。
「もちろん、直接彼と打ち合ったことがあるとかではないから、ジョアンの騎士としての実力は知らないわ。でも、あの男は同じ貴族の騎士、クラウスナ卿よりも様々な身分の騎士をまとめるだけの技量と度胸、そして、他との折衝に対して、騎士団という組織を守るだけの頭もあるからこそ、騎士団長という職務についているのだと思う。それがなければ、あの人は前騎士団長になんか目に留まるはずがない」
続けられた言葉に、ニコラスもエミリオも目をむく。特にエミリオは幼いころ、ジョアンとアンジェリーナが遊んでいたことを知っているからこそ、彼女の言い方に驚いていた。
「そう、だからこそ、クラウスナ卿よりもジョアンを選び、ジョアンもまた、地位や家柄で人を選んでいるあなたではなく、ニコラスを選んだのでしょうね」
最後の言葉に、今度こそロレンソは気力が抜けたようだった。
「言いたいことを全部持っていかれたな――――」
地面に座り込んだロレンソを見て、エミリオがつぶやく。あら、ごめんあそばれ、とアンジェリーナはわざとらしい笑みを浮かべながら、謝罪した。
「でも、あなたが言うよりも私が言った方が、要らない軋轢は生まれないと思うわよ」
彼女の言葉に、それもどうだな、とエミリオはつぶやき、この場を取り仕切る権利をアンジェリーナに渡して、ニコラスとともに、一歩下がった。
「まず、あなたは今この場で、二つの罪を犯した。それはわかるよね」
彼女の言葉に、ロレンソは頷いた。たとえ思想までは変えることができなくても、ある程度の罪は自覚しているのだろう。
「一つ目は騎士団の上官であるニコラスを貶めようとしたこと。これは、あなたは実行犯であり、それを画策しようとした黒幕もいるということだから、そちらの方は国に帰ったら、追及することにしましょう。
そして、二つ目は、最初は殺すつもりはなかったと言っていたけれど、スベルニア皇国への大使であった私と、国王陛下から直々に命令されて、スベルニアへの事情説明者として同行していたベルッセルナ公爵子息の命や職務を脅かそうとしたこと。こちらの方はあなた自身の判断でしょうから、こちらの方が罪は重くなるわね」
アンジェリーナはため息をつきながら言った。それに対して、後ろの二人は何も言わない。
「どちらも騎士団からの追放だけでは済まされない。おそらく、司法の判断にゆだねることになるでしょうけれど、よくてご実家である伯爵家の取りつぶし、最悪の場合は一族連座での打ち首を覚悟しておきなさいね」
彼女の非常な言葉に、ロレンソは自分の犯した罪の深さに気付いたのか、唇をきつくかみしめた。アンジェリーナは彼のその様子を見て、今の彼の様子ならば、彼が道を踏み外すこともなかったのではないのではないか、という思いを抱いてしまった。
「そうね、ニコラス」
そんな感傷に浸っている場合ではないと、アンジェリーナは自分を戒めた。
「は、はい」
ニコラスは急に自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったみたいだった。
「上官であるあなたには申し訳ないのだけれど、近くの馬屋にまで行ってきてもらえるかしら」
アンジェリーナはそこでロレンソや伸した破落戸を縛るための荒縄を持ってきてほしいと頼んだ。
「それ、僕が行くよ」
エミリオがニコラスではなく自分に行かせるように頼んだ。アンジェリーナには何故、エミリオが自分から進んでいきたがるのかが分からなかったが、ニコラスもその方がいいかもしれません、と言ったので、結局、エミリオにお願いすることにした。
しばらくしてエミリオが戻ってきたとき、彼は一人ではなく、何人か街の青年たちを雇ったという。
「僕たちだけじゃ、あのならず者たちを運ぶことできないからね」
彼はさわやかな笑みでそう言った。その抜け目のなさに、アンジェリーナはこの男が敵にならないことを祈った。
そうして、一行はようやくトワディアン王国へ戻ることになった。
仕事の方がようやく落ち着いてきたので、来週から毎週水曜日午前7時更新に戻させていただきます。
日曜日の更新はできる限りしたいと思っていますが、ストーリーの展開上(話数的な問題で)、事前告知なしで更新なし、とさせていただく場合もございますので、ご了承くださいませ。




