感慨
アンジェリーナがジョアンと話しているのとほぼ同時刻――――
「―――――はぁ、それが結果か」
エルネスト王は自分に害をなすかもしれない確率が最も高い人物として存在しているエミリオに対して、侮っているというわけでもないが、あまり警戒せずに二人で話していた。しかし、さすがの目の前の二通の親書を差し出されたときには計算外だったので、驚いた。
「いやぁ、まさかいただけるとは思ってもいなくて、僕としても計算外でしたよ」
全く持って悪びれていないその言葉に再びエルネスト王は深くため息をつく。
「まあ、こちらが君たちを見捨てた形だからと言っても、自棄になってここまでの行動を起こすとは思わなかったんだけれど」
エルネスト王の言葉に、エミリオはそうですか?と首をかしげる。
「別に自棄になったつもりはありませんよ。偶然が重なっただけです」
「偶然にしてはできすぎだろうが」
一応、この国の頂点に立つ人物とその一族と古くから対立している一族の末裔の会話であるが、かなり親しげな雰囲気が醸し出されているのは、おそらくはエミリオのおかげだろう。彼が最初に『結果』を提示したからこそ、エルネスト王はこのように二人きりでの対話を望んだのだ。
「まあ、だが、いずれはしていかなければならないことだ。そういう意味では助かった。『余計なことをしてくれた』というジジイどももいるかもしれんが、とりあえずは俺が押さえつけておく」
「了解しました。では、コレンス侯爵令嬢とともに、もう一度、スベルニア皇国に行きますね」
エミリオの答えにエルネスト王はなんでそうなるんだ、と声をあげる。
「陛下、お忘れになっていませんか?僕たちが襲われたことを」
「つまり、今回はあちら側に犯人、黒幕がいると?」
「いいえ。キュ―――――いえ、コレンス侯爵令嬢はそう考えていませんが」
エミリオはうっかりキュシーと呼びかけたが、さすがにいろいろ不味いことに気付き、アンジェリーナ嬢と言い直したが、エルネスト王は耳聡かった。もちろん、口にはしなかったが。
「ったく―――――手が早いな、相変わらず」
「何か?」
エルネスト王の悪態に、エミリオはわざと笑顔を作って、とぼけた。
「まあいい。とりあえず、こちらの出兵時期とも合わせて行ってもらいたいから、できるだけ早く書面は用意する」
王の言葉に、エミリオはおや?という顔をした。すると、エルネスト王は、苦虫をかみつぶした顔で、
「すでに解決した案件を向こうとてほじくり返されたくないだろう」
と言った。その言葉で、ああ、なるほどですね、とエミリオも納得した。
「では、早速、彼女の方にも話をしてきますね」
エミリオは逃げるようにして、王の前を去った。
「―――――――はあ、苦手なのはこちらもなんだが」
一人になった王はため息をつき、彼は先ほどエミリオに渡された書面を見て再びため息をついた。
「あら、そうだったの」
アンジェリーナは彼を目の前にして、驚いていた。
ジョアンからニコラスを借り受け、彼を王宮内の仕事部屋に招いていた。最初は、醜聞になっては悪いと断ったが、アンジェリーナはベネディクトがいることを伝えると、あまり乗り気ではなかったが、部屋に入ってくれた。
それから、ニコラスに勢いよく謝られたが、アンジェリーナは気にしていないことを伝えて、そういえば聞いていなかったと、ニコラスに家族の話を尋ねていたのだ。
「あなたがあの有名な騎士団長のフリョ・フリュンデの子孫なのね」
「はい」
アンジェリーナの言葉にニコラスは説明していた。どうやら、男なら騎士団長を目指すのは当たり前で、娘でも騎士を目指すのは当たり前らしい。まあ、よく考えてみれば、今は引退しているが、前の騎士団長はフリュンデ姓だったはずだ。おそらく彼のおじいさんか、その縁者だろう。ちなみに彼の一族は男爵位。疑うわけではないのだが、本当に実力だけで上り詰めたのならば、非常にその道のりは険しかったのだろう。そして、また彼も同じ道を歩んでいくのだろう。
ちなみに、今話題にしている『フリョ・フリュンデ』。
彼もまた、アンジェリーナにとっては聞き馴染みのある人名だった。そして、彼の一族が代々騎士を目指す原因でもあった。
しかし、彼は黒髪に緑目という、を聞かないと、ただの平凡な少年と思われるくらい、『フリョ・フリュンデ』と似ていない容姿だ。
アンジェリーナの知っている『フリョ・フリュンデ』は、そう、この世界の元となっている『シュガトリ』、そして、その前日譚である『Love or Dead~恋は駆け引きとともに~(通称:ラブデ)』に登場する。
『シュガトリ』において、彼は、リーゼベルツ貴族の長男であるものの、一家の悪事が暴かれた後、彼自身は関係なかったものの、連座で国外追放処分となった。その後、各地で傭兵生活をし、この国においては偽名で騎士をしていたのだ。ちなみに、彼も隠されていない攻略対象の一人ではあるものの、エルネスト王の先祖、カール皇太子の先祖、エミリオの先祖、そして、もう一人を攻略しないと攻略可能にならない人物だった。
ちなみに、その彼、『ラブデ』の方でも登場しているといったが、『ラブデ』に登場した時は、偽名ではなく本名――――『ユリウス・スフォルツァ』であった。同一人物であるため、当然、立ち絵は同じだが、同一名ではなかったため、『シュガトリ』の発売前、攻略可能人物と立ち絵が発表されたときには、ネット上では様々な憶測が流れ、『同一人物で、追放エンドの後日談説』もあったし、『同一人物で記憶喪失説』、『非常によく似た他人説』、中には『転生説』や『人造人間説』まであったのを記憶している。
ちなみに、『相馬奏江』としては、『ラブデ』で思わず守ってあげたくなるようなユリウスが推しだったため、『シュガトリ』において発売前から『同一人物で追放エンド説』を信奉していたので、プレイしてみると、まさしくその通りの展開となり、かなり嬉しかったのを記憶している。
ちなみに、イベントでよくやり取りしていた彼女は、『ラブデ』の中では赤毛の騎士が好きだと聞いたことがあり、よくトレーディング商品のやり取りをした記憶がある。
そして、その子孫が今、彼女の目の前にいる。
「これ以上、嬉しいことこの上ないわね」
「どうされました?」
アンジェリーナの独り言に、ニコラスが反応した。
「いいえ、何でもないわ」
あふれてくる感情に、彼女はそっと蓋をした。
「キュシーいるかい?」
その直後、空気を読まない声が扉の外から聞こえてきた。
「どうかしたの?というか、あなた、王宮内で私に話しかけて大丈夫なの?」
そんなのんきな声にアンジェリーナは扉をあけながら、言うと、
「挙国一致って会議で言われただろう?問題ないさ。そんなことで目くじら立てるやつがいたら、それこそ公爵家としては放置しておけないな」
エミリオは軽くいなした。
「―――確かにそうかもね。で、ご用件は?」
アンジェリーナの質問にニヤリとエミリオは笑った。
「キュシー、今からスベルニアに行こう」
「は?」
突然の誘いに、貴族令嬢としてははしたないと言われそうな、あまりにも気の抜けた返事をしてしまった。だが、エミリオは気にすることなく、
「陛下から預かったお仕事さ」
と言って、書面をひらひらとかざす。
それにアンジェリーナは驚いた。あの王が彼に仕事を預けたことを。だが、彼に与えたということは、それなりに彼を信用しているのだろうと判断し、分かったわと気を取り直して、頷いた。
「そうね、分かったわ。行きましょう」




