正しい歴史とは
その後、アンジェリーナはニコラスを供に皇宮内の書庫にいた。
「しばらく待って居て頂戴」
と、ニコラスに言い、アンジェリーナは一人である書物を探し始めた。彼女がある人物に面会する前に確かめておきたいことがある。
アンジェリーナはその書物の場所にあたりをつけて探したが、なかなか見つからなかった。
「君はこの書物を探しているのではないか」
突然の声にアンジェリーナは、持っていた本を落としそうになった。
声のした方を振り向くと、そこには長い銀髪の男がいた。
(まるで仙人のようね―――――――)
アンジェリーナは過去に文学の授業で習ったことのある仙人をその人物から想像してしまった。
「――――――あなたは」
しかし、彼の容姿から、アンジェリーナは明日以降、訪問しようとした人物であることに気付き、焦った。
「うむ。君の声が聞こえた」
アンジェリーナの目の前の(年齢不詳の)男性は、アンジェリーナの心を見透かすように笑った。
「あ、申し訳ありません」
飛ぶ鳥落とす勢いのアンジェリーナでさえ、彼の眼を直視できなかった。
「いや、構わぬ。で、君は何のために我に会いに来た」
彼――――この大陸での唯一の宗教、レゼニア教の宗主、ヴァンゲリス――――は尋ね、場所が場所だけに、アンジェリーナはその問いに、一瞬詰まったものの、意を決して答えた。
「私は歴史というものが、事実で積み上げられてきているのは知っています。ですが、それを覆す方法はあるのでしょうか」
彼女の言葉に、宗主はクククと笑った。
「皇妃のことか」
誰のことを言ったのかすぐに当てられて、アンジェリーナは少しうつむいた。
「それはできぬ。たとえ私であろうともな」
アアンジェリーナの様子で皇妃だと分かった宗主はすぐに否定した。
「だが、過去に歯向かおう、という気概は良い。そのようなものは君以外に一人しか知らない」
アンジェリーナはその言葉に驚いた。宗主はああ、と言って、
「君と同じ人物だ」
と言って、宗主は彼が手にしていた書物を開いて、アンジェリーナに見せる。そこには一枚の肖像画が乗っている。
「どういう意味ですか―――――」
その人物はミスティア皇妃が毛嫌いしている人物だ。そして、過去に処刑されている。もし仮に彼女が転生者だった場合、相当、頭の中がお花畑だったのだろう。そうでもしなければ、反乱を企てたとして処刑されることはない。それに、宗主の言葉に合わない。宗主の言葉には矛盾が含まれていた。
「その意味は、君自身が考えると良い。また今宵の宴で会おうぞ」
宗主はこれ以上、何もヒントを言わなかった。彼はその書物だけおいて、音もたてずに出て行った。
(どういうことよ、本当に)
その本当の意味が分からず、アンジェリーナが残された本をただ茫然と見ていた。
「コレンス侯爵令嬢」
アンジェリーナはゲオルグ皇太子の声で顔をあげた。
「どうして、ここが――――――」
ヴァンゲリス宗主が出て行った後、どうやら、自分はずいぶんとこの場所にいたようだった。足がしびれている。目の前の本がそのまま、ということは、ただ、そこに書かれていた内容がよっぽど衝撃的だったようだ。彼もその本に気付いたようで、その本を軽く読んでいた。
「これは、おかしくないか」
内容がおかしいことに当然気づいたみたいで、どういうことだ、と言った。
「こんな出鱈目な歴史書は今まで見たことがない。だが、正式な歴史書であることも間違いがない」
ゲオルグ皇太子はやはり、一国を背負うこととなるであろう人間だ。他国の歴史書も読んでいるという。
「私にはわかりません。でも、猊下がこれを」
アンジェリーナの言葉に、皇太子はそうか、という。
「多分、『私』が解き明かさなければならない事情があるのではないのかと思います。ですので、この本は誰にも見られないようにしますわ」
彼女は手元のハンドバックから出したチーフでくるみ、持った。
「そうだな」
ゲオルグ皇太子は同意した。
「そんなものがほかの人間の目に触れた途端、あなたは不敬罪に問われることになる。たとえそれがどんな理由であろうともな。だから、あなたが大切に持っておいてくれ」
彼は今見た本については、どうやら目をつぶっていてくれるらしい。
「ありがとうございます」
アンジェリーナが礼を言うと、彼は少し赤くなった。
「いや、スベルニア皇国の皇太子としてはどうかと思うが、猊下直々に渡されたということならば、あなたにはその謎が解けるはずであると思っている。そう言えば、今夜の夜会に参加する予定だったな。今のことに目をつぶる代わりに一つ願い事を聞いてくれるか」
アンジェリーナは皇太子の言葉に昨日の件も含めて、非常に助かったと思った。
「ええ」
アンジェリーナはもちろん、と答えた。そして、ゲオルグ皇太子から言われた頼みごとに、目を瞬かせた。エミリオと同じ頼み事だったのだ。
「わたくしでよければ」
アンジェリーナは、これは周りからうるさく言われそうだな、と思いつつも、了承した。




