公爵子息との会話
―――――スベルニア皇国の皇都、シンテ・マグリア。そこは、閉鎖的な環境、まるで、見えない檻のようだった。
「どこかの文献通りね」
アンジェリーナは馬車から見える景色を見て、そうつぶやいた。特に返事を求めていなかったのだが、同乗者はその黒の瞳を細めて笑った。
「全くですね。誇張した文章かと思っていましたが、その通りで驚いています」
そういう彼にアンジェリーナは振り向きもせずに、ええ、と言った。
今、ここはスベルニア皇国の皇都、シンテ・マグリアにアンジェリーナたちはいる。
先日解決したばかりの暗殺未遂事件の経緯について、ある意味、巻き込まれた側であるスベルニアへ報告に来ていたのであったのだが――――――――
国王からはこの訪問に関して、アンジェリーナ一人しか命令を受けていない―――――はずだった。
しかし、その辞令を受け取った翌日、再び国王に呼ばれたアンジェリーナは、ある人物を引き合わされることになった。
『よろしくね、子猫ちゃん』
そう言って、差し出された手を思いっきり払いのけたアンジェリーナは、その彼、エミリオ・ベルッセルナ公爵子息に獲物認定された。
アンジェリーナとしては、いまいち経緯は理解していない(したくない)が、ベルッセルナ公爵がどうやら『我が家からも謝罪をしたい』ということで、国王に横やりを入れたらしく、アンジェリーナ嬢が行くのならば、むさくるしい親父が行くよりも、ということで、同じ年齢であるエミリオがついていくことになったのだ。それが決まってからというものの、アンジェリーナにエミリオはしつこく付きまとい、王宮の廊下で立ち話するだけならまだしも、彼女の執務室や果ては実家にまで現れて、アンジェリーナと話そうとするため、エミリオは同じ執務室を使っているベネディクトのみならず、ルシオからも反感を食らっていた。
『まあ、そうはいっても、国王命令だし、聞けない命令なんだけれどね』
そう笑って聞き流す彼にアンジェリーナはもはや、呆れを通り越して、同情してしまった。
そのようなやり取りがあったおかげで、できるだけ今から接点を少なくしておこうと、アンジェリーナからエミリオに話しかけることはこの道中でも少なく、王宮を出発してから5日間、必要最低限の会話しかしてこなかった。
シンテ・マグリアには二つの地区がある。かつて、北のリーゼベルツとともに二強として有名だった時代に皇宮が存在し、栄えていた旧地区と、もともと宗主が屋敷を構えていた地でもあり、宗主の権力が強まった時代に現在の皇宮に住まいを移した場所を拓いた新地区だ。アンジェリーナたちは新地区にある皇宮へ向かっていた。
「検問に少し時間がかかっているようですが、もう少しで到着いたします」
外にいる護衛騎士が中の二人へ声を掛けてきた。
「うん、ありがとう」
エミリオはにこやかに返事をした。どうやら、事前の情報にはなかったが、この町へ入るときには検問を行うらしく、確かに武装した兵士たちがあちらこちらにいた。
「何があったのでしょうか」
エミリオは父親似の顔で困ったように笑った。いくら実家の派閥的には対立関係にあるといえども、そういった意味ではあまり苦手意識を持つことはできなかった。もちろん、アンジェリーナとて、いくら苦手意識を持っていたとしても、きちんと受け答えはするのだが。
「私たちがここに来る前に読んだ、この国に潜り込ませている諜報部隊の情報には書かれていなかったから、よっぽどスベルニア上層部が秘密裏にしていたこと、もしくは、本当に突発的な検問なのか、わからない」
「ええ、そうですね。僕たちの読んだ報告書にはなかった。でも、突発的なことはないと思うよ」
エミリオの指摘にアンジェリーナは驚く。
「え―――――」
「だって、もし突発的なものだったら、兵士たちも慌てていることでしょう。しかし、実際はそんなことはありません。ですので、おそらくはほかの場所で、しかも、ごく秘密裏に準備を進めていたのでしょう。王家の諜報員といえども、そこまで入り込めなかったのでしょう」
彼の顔は非常に父親似ではあるものの、性格は母親の方が似ているのではないかと思ってしまった。それくらい、厳しい声で言った。
「でも、もちろん、彼ら諜報部隊のおかげで我が国が安寧に暮らせるのです。彼らの責任ではありません。何より命が大切ですしね」
直前の厳しい声とは裏腹に、先ほどと同じような柔らかい笑みを見せながら、続けたエミリオだった。アンジェリーナはホッとして、
「ええ」
とだけ答えた。
「では、王宮についたら、この検問について少し文句を言わせてもらいましょう」
エミリオはアンジェリーナの様子を見て、片眼をつむりながらそう言った。アンジェリーナはそのエミリオの言葉に共犯者めいた笑みを見せて、
「そうですわね。ついでに何が起こっているのか探りましょう」
といった。
初めて、二人が意気投合した瞬間だった。
やがて、検問所につき、エルネスト王から預かっている親書を見せると、検問を行っていた兵士たちは慌てて敬礼し、事の次第を詫びた。しかし、なぜ、こんなことを行っているのか尋ねると、その答えを言いよどんだ。
「実を言うと、我々にもあまり知らされていなくて」
エミリオが詳しく尋ねると、兵士は苦虫をかみつぶしたような表情をしながら答えた。
その答えにアンジェリーナとエミリオは顔を見合わせた。
「そうでしたか」
今まで黙っていたアンジェリーナがそう言うと、受け答えをしていた兵士はアンジェリーナの顔を見て、顔を赤らめた。
(やっぱりそういう反応ですよねー)
アンジェリーナは、今まで実際にされてきたことだったので、あまり驚かなかったし、内心やっぱりか、とさえ思ってしまっていたが、もちろん、表情には出さずに、
「では、皇帝陛下に尋ねることにいたしましょう」
と、エミリオに対して言った。
「ええ」
こちらはどう思っているか分からなかったものの、何やらこの状況を楽しんでいるらしく、非常にさわやかな笑みを浮かべていた。
(絶対に今度笑いものにしてやる――――)
アンジェリーナはほんのわずかだけスカートを握りしめ、心の中で誓った。




