真実
一週間後、アンジェリーナはある場所を訪れていた。そこで、決着をつけるつもりだった。
優雅に出された茶を飲む彼女の目の前には、不機嫌さを隠していない髪を高く結い上げた黒髪の女性と、彼女をなだめている金髪の男性が座っている。そして、二人の背後にはアンジェリーナからしてみれば祖父といえるくらいの男性が立っていた。
「そうですわ。私はあなた方を疑っているから、こちらに参ったわけではありませんわ」
アンジェリーナは毒見のされていないだろう紅茶を飲んだ後、そう言葉をつづけた。その言葉に女性は押し黙った。しかし、完全に納得したわけではないのだろう、何も言わずにこちらをじっと見続けている。その代わり、隣の男性がアンジェリーナに尋ねた。
「では、誰かが私たちを疑っている、ということでしょうか」
その直接的な質問に、アンジェリーナは肯定した。否定する必要がなかった。
「はい。親国王派の方からすると、あなたたちに罪を着せて王宮から追い出したいみたいですよ」
アンジェリーナの歯に衣着せぬ言い方に、女性の方は何か言いたげにしていたが、男性はため息をつき、
「やはりですか」
と言った。
官位を持っているといっても、単なる王族付きの男性からしてみれば格下爵位の小娘であるアンジェリーナに丁寧に接してくれる。ベネディクトの言葉ではないが、確かにこれでは公爵の方も心配になってきた。
「まあ、そう言っても相手には信じてもらえるかわかりませんが」
ベルッセルナ公爵は頭をかきながらそう言った。アンジェリーナは、
(どうやら公爵に王家から直接連絡があったとみてもいいわね)
と、先日のエルネスト王との会話を思い出していた。
「いいえ、私は信じますわ」
彼女がすぐさま言ったことに、ファナの方が特に驚いていた。
「もちろん私は王族付きの官吏、そして、ベルッセルナ公爵に靡かない国王派の一族の娘。ベルッセルナ公爵様の言葉を借りさせていただくと、まさしく私の今の言葉は、『そう言っても信じてもらえるかわかりませんが』」
アンジェリーナの微笑みに夫妻は顔を見合わせた。一方では、背後にいる執事は先ほどよりも怪訝な顔をしている。
「私がこうやって来たのも、そして、こういうことを言っているのも、すべては先日、私の先輩がファナ夫人にお世話になったからですよ」
アンジェリーナの言葉に夫人は真っ青になった。よく表情が変わるな、とアンジェリーナは夫人の様子をずっと観察してたかったが、そういう訳にもいかず、非常に残念に思ってしまった。
「そこで、先輩はファナ夫人のことを『あそこまでの裏表のない態度は侯爵夫人としてどうなのか』と心配しておりました。それに、公爵様も先ほどからの態度から、今回の宰相様の暗殺未遂事件にかかわっていない、と判断いたしましたの」
それに、と続ける。
「おそらく私が飲んだこのお茶、どう見ても毒見はおろか、指定したお茶なのかどうかすら確認されていませんよね。もちろん、あなた様達が一丸となって、この場で私を毒殺、という風にされても別に恨みはありませんよ。まあ、勝手に捜査を続けたがための自業自得って片付けられておしまいですからね。でも、いままでの行動から、あなた方が一丸となっている可能性はすぐに捨てました」
アンジェリーナの言葉に、ファナ夫人の顔色は真っ青を通り越して白くなりつつあった。リベルトの方も愕然とした顔になっている。
「ええ。なので、最後の可能性。あなた方のあずかり知らないところで動ける誰かが勝手にあなた方のために動いた。すべてはあなた方のために、そうですよね、ティモさん」
アンジェリーナは執事の方を見た。しかし、執事はすました顔をしている。元OLの『奏江』としては、勝手に動いて最終的にあんたたちが信じている公爵家に迷惑かかるんだろうが、と相手を思い切りぶん殴ってやりたい気分だったが、侯爵令嬢のアンジェリーナとしてそこは何とか抑えた。
夫妻は、アンジェリーナの宣言に驚き、ぎょっと執事の方を見た。夫妻の視線をひしひしと感じたのか、すっと顔をそむける。
「ティモさん、いいえ、あなた方の執事であるティモ――――ゲルブヌラ家当主は素性どころか、容姿さえ偽ってまであなた方の懐に潜り込み、あなたたちの迷惑になるような人物は次々と排除してきたのですよ」
アンジェリーナの言葉に、今まで公爵家でティモと呼ばれた執事――――ゲルブヌラ男爵は事の詳細を述べ始めた。
「やはり、そうでしたか」
アンジェリーナは納得できた。彼女は外で待機していた騎士たちを家の中に呼び込み、ティモを引き連れて行った。
アンジェリーナはこう予想していた。
現在のゲルブヌラ男爵家当主は現在、病気療養中で王都を離れ、社交シーズンにもかかわらず、王都周辺に顔を出していない。そして、この男は、その男爵家当主が田舎に引っ込んだ時くらいから公爵家に仕えている。それを考えれば、あとはピースを当てはめることできる。『公爵家の執事』である彼は、一使用人として厨房に顔を出しても特別疑われることはない。そして、誰にも気づかれないように毒を仕込み、国王を暗殺しようとした。
しかし、毒を仕込んだ皿が運ばれたのは宰相のもとだった。運が悪く、ほかの二組も同じ皿に毒を仕込んでいたがために、侯爵でもあった宰相だが、その自身の毒の耐性に負けてしまったのだ、と。
アンジェリーナの推理はおおよそあっていた。
「陛下直属の諜報隊がいなかったら、この人の素性は割れることはありませんでしたわ」
帰り際に、アンジェリーナがぼそりと呟くと、公爵夫妻は押し黙った。
「ですが、その陛下は過去の王とは違ってあなたたちの排斥を狙っています。くれぐれもお気をつけあそばしてくださいませ」
アンジェリーナはそう告げると、夫妻に向かって一礼して、帰途についた。
次回で宰相暗殺未遂事件編完結です。