令嬢の裏表
国王の前を辞したアンジェリーナは、先ほどファナの背後にいた少女たちのもとへと行った。ファナは公爵夫人主催の茶会に招かれたようだったが、それ以外の少女たち――――イリスを含む―――は、招かれておらず、この花見に参加予定だったそうだ。
「ごきげんよう」
アンジェリーナとファナの取り巻きは無縁だ。むしろ、どちらかと言えば、ファナの取り巻きである以上、アンジェリーナとの仲が良いとは言い難い。そのため、あえて初対面のような挨拶の仕方になってしまったが、そのあたりはさすがの彼女たちも分かったみたいだ。少し戸惑う様子が見られたが、周りから怪しまれるほどの不自然さはなく、彼女たちがぎこちなくとも挨拶を返してくれたことに感謝した。
「少しスワルツァ伯爵令嬢をお借りしてもよろしいかしら」
アンジェリーナは周りから自分が注目されていることに気付いていながらも、続けた。というよりも、注目させるためにこの場でこのような茶番を演じているのだが。少女たちもその茶番に気付いているようで、ある程度の緊張はあったが、それ以上はなかった。そして、あらかじめ決めておいたようにわざと、少女たちは目を見合わせ、イリスを前に出した。
イリスは演技をすることに緊張してなのか、少し身を縮こませていたが、周囲にはそれが評価につながったらしく、『何をやらかしたのか知らないけれど、とうとうコレンス侯爵令嬢に睨まれたのね』とか『これでスワルツァ伯爵も終わりかしら』という彼女への同情の声が聞こえてきた。当然ながら、アンジェリーナは思いっきりその声に内心ツッコんでしまった。
(ちょっと待って。確かに私は女性でありながら王族の秘書官という役職についているけれど、何よ、その評価。まるで私が悪役令嬢みたいよ。確かに、悪役にならざるを得ないんだけれどね)
アンジェリーナはイリスへの評価はまあまあ望んだものだったが、自分への評価はあまりいただけなかった。しかし、今ここでネタ晴らしをするわけにもいかず、深呼吸しておびえている(ように見えている)イリスに向かって、
「あなたがイリス・スワルツァ伯爵令嬢ね。悪いけれど、ついてきて頂戴」
と言い、わざとらしく扇を口元にあてながらアンジェリーナは微笑んだ。イリスはか細い声で、はい、と言って、アンジェリーナの方へ進み出た。
「じゃあ、行きましょう」
アンジェリーナは『正解』という感じで頷き、イリスを連れて、その場を離れた。
「ごめんなさいね、少し手荒な真似をしてしまって」
アンジェリーナとイリスは花見の会場の近くにあった部屋に入っており、そこには女性向けの菓子類や、飲み物が完備されていた。
「いいえ」
アンジェリーナの謝罪にイリスは少し緊張し気味ではあったが、きちんと答えた。
「やはりアンジェリーナ様は私の父とアンジェリーナ様のお父様の関係に気付いていらっしゃったんですね」
「ええ。あなたが部屋に張り付いていることに気づいたときに分かったわ」
アンジェリーナはそうね、と頷き、炭酸水が入ったグラスをイリスに差し出した。
「ねえ、イリス」
どういうわけかイリスは一瞬、受け取るのをためらったが、ありがとうございます、と言い、受け取った。
「はい?」
「私は宰相閣下が暗殺されそうになったのをじかに見ているから知っている。あなたは見ていないはずよね?」
「は、はい」
イリスの答えには間があった。アンジェリーナは、イリスのその反応が単純にいきなりその話を振られたから戸惑ったのだと感じられた。
「あなたが犯人だったらどうやって宰相を狙うのかしらね?」
「へっ?」
アンジェリーナはイリスの気の抜けたような返事に笑った。
「いえ、何でもないわ。ところで、グレスルマン伯爵令嬢に挨拶はできた?」
イリスはその名前に頷いた。
「はい。エレナ様にアンジェリーナ様がご挨拶できないのが残念であることをそれとなくお伝えしておきました。もちろん、私からですからそれが嘘だと思われたようですが」
淡々と述べたイリスに対し、再びアンジェリーナは笑った。
「グレスルマン伯爵家には少し警戒してもらわないといけないんだから、それでちょうどいいくらいよ」
その答えに安堵した表情をしたイリスだったが、反対にアンジェリーナは硬い表情になった。そして、イリスに問いかける。
「ねえ、イリス―――――いえ、違うわね、エレナ・グレスルマン伯爵令嬢」
今まで『イリス・スワルツァ』としてしゃべっていた目の前の金色の髪を持った少女は目を見開いた。
「ど、どうしてですの―――――」
アンジェリーナは微笑んだが、その微笑みは先ほどまでとは大きく違い、かなり冷たいものだった。
「あなたは確かに職務は忠実だったわ。でも、本物の『イリス・スワルツァ伯爵令嬢』ならば絶対にエレナ・グレスルマン伯爵令嬢と会話することはないわ。もっとも、二重人格であり、それぞれの人格同士が会話できる、というのならば別だけれど」
アンジェリーナは冷たく言った。
(そう。絶対に二人の伯爵令嬢が同時に存在することはない。同一人物なのだから)
確かに『エレナ・グレスルマン伯爵令嬢』は存在する。しかし、『イリス・スワルツァ伯爵令嬢』というのはある意味、役職名なのだ。しかも、国王直属の。
アンジェリーナはその役職名のことは以前から都市伝説ものだと思っていたが、先日、貴族名鑑を見た時に、再び疑問に思ったのだ。それをエルネスト王に尋ねたところあっさりと肯定された。だが、アンジェリーナでさえ、エルネスト王に尋ねた時に、王直属の護衛部隊である『黒鷲』に命を取られそうになったくらい、裏で王家が動いているのだから、かなりの優秀さなのだろう。彼女の父親とルシオが仲がいいのにもうなずけるが、果たして、単に協力関係だけで動くとは考えにくい。
「あなたの、いえ、あなたたち親子の目的は何なのかしら」
アンジェリーナはエレナの背後に回り、耳元でささやいた。
長らくお待たせいたしました。久しぶりの更新再開です。
少し多忙な状態が続くので、週1で連載できれば良いと思っております。
あまり更新頻度は高くありませんが、気長にお待ちいただければと思います。