プロローグ
『私』は常々、考えていた。
なぜか、今、『私』が存在しているこの『世界』において、知らないはずの物事について知っているということを。
例えば、過去に生きていて、歴史学の専門家でも知らないような特定の貴族の名前だったり、すでに物理的にも記述的にも抹殺されたどこか外国のお姫様の名前だったり。
「で、君はどうしてここにいるんだい?」
目の前にいる銀髪の男はそう『私』に尋ねる。
ここは『私』たちの執務室なので、『私』がいることは不自然でないはずだ。しかし、現在、王宮内で起こっている事件を含めて考えると、彼がそう問うのもおかしくない。そんな彼の質問には答えずに、『私』はうっかりと漏らしてしまった。
「あなたは、まさかあの宰相の子孫?」
普段見慣れているはずの、彼の顔はかつて『見た』ことのある顔だったのだ。それを思い出してしまった今、そう問わずにはいられなかった。
しかし、銀髪の男はその本当の意味に気付かなかったみたいで、呆れたようにため息を漏らしただけだった。
「お前、しばらくの間、徹夜していただろ。少し寝ておけ」
そう彼が言った瞬間、『私』の視界は反転した。
本当は、立っていたかったが、それ以上、立っていられる力が湧かず、どうやらありがたいことに、『彼』が支えてくれえいるようだったので、そのまま、『彼』に身を任せることにした。