第五話
馬車の中には商品が入っているのであろう箱が積み上げられていた。木の実をおじさんに渡した俺はそれに寄りかかるようにして座る。
「俺は商人のマザンっつーんだ。お前さんは?」
手綱を引きながら、荷台にいる俺を振り返らずに彼は聞く。
「智得里って言います」
「そうか、チエリはどっから来たんだ?」
「えーと…日本ッス」
どう答えようか迷ったけど正直に言う。
案の定、おじさん…もとい、マザンさんは首をかしげる。
「ニホン?聞いたことねぇな、国名か?」
「…はい……まあ、…ちっちゃい島国ですから」
嘘は言ってないのに何故か心苦しい。でもここで「別の世界から転生してきました」とか言っても、頭おかしい奴認定されて終わりだろう。
最悪ヤバイ奴扱いされて馬車から降ろされるかも…いや、それは悲観し過ぎか。
「マザンさんはどこから来たんですか?」
話題を変えたくて、どんな国があるのかも全然知らないのにそんな質問をする。
「俺か?俺は一応この国出身だよ。…つっても、例の戦争で住んでた村は無くなっちまったけどよ」
「例の戦争?」
「何だ、知らねえのか?まあ、俺も商人やって二十数年だってのに『ニホン』を知らなかったからお互い様か」
マザンさん、多分この世界の誰も日本なんて知らないと思います。
そして俺のいた世界の誰も例の戦争を知らないと思います。
「例の戦争ってのは、この国、ケレンディリア王国と隣国のアリモンド王国の戦争、通称『バリダ戦争』のことだよ。国境のちょうど真ん中にあるバリダっていうでけえ山の権利を巡った争いで、なんと三百年も続いたんだとよ」
「そ、そんなにですか…!?」
「ああ、それでいくつもの村や町が滅び、何万何億もの罪の無い人間が死んでいった。…アンタ、この戦争どうやって終結したか知ってるか?」
「い、いいえ…」
マザンさんは、道を見据えたまま言う。
「女神様だ」
「!?」
「この世界の創造神、イリニカロス様がバリダを独立国としたんだ。イリニカロス様に命じられたら従わないわけにはいかないだろ?…まあ、その話には諸説あって、バリダの原住民が双方の国を説得したっていう話もあるけどな」
「………イリニ…カロス……」
脳裏に、金色の髪と、優しい微笑みが浮かぶ。
女神様は、ここを「私の管理する世界」と言っていた。
…彼女が、イリニカロス様なのだろうか。
「そんなわけで、もともと難民を受け入れるために作られて、今は世界中から冒険者達が集まるようになったのが『冒険者の街』だ」
「…………」
「……チエリ、聞いてるか?」
「あっ、はいっ!」
「お、話しているうちに見えてきたぞ」
その言葉に、俺は這いながらマザンさんの隣に移動する。
遠くに大きな塔が見えた。
「チエリ、あれが『冒険者の街』だ」
【人物ファイル No.1】
桜実智得里 (さくらみちえり)
誕生日:七月二日 年齢:十七歳
三歳のとき、父が会社の金を横領し捕まった。それをきっかけに両親が離婚。以来、一つ下の妹と中学校の事務員である母との三人家族。
醜い容姿のため、妹である学深には嫌われていた。
容姿のせいで軽いいじめを受けていたが、全部自分の見た目のせいだと割りきっていて、誰かを恨んだことはない。性格は優しいため、近所のお年寄りには好かれていた。ちなみに『智得里』という名は『智を得るために何万里も旅するような、貪欲な者であれ』という意味で、父が付けた。妹の名付け親も彼である。