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第8話「2008,9,22」

 安原哲司と僕の戦いは、安原の死をもって幕を閉じた。


 Xデイ−X is the day−第8話「2008,9,22」


 安原の死体は誰にも見つからない様に例の穴に埋めてきた。これにより安原には失踪か自殺という判断が下されるはずで、間違っても保険金が下りることは無いだろう。まあ保険金が下りるかどうかは僕にとってはどうでもいい事なのだが、自分の事を考えればこうするより無かった。あんな将来も希望も無い、自ら命を絶つ様な男の事を気遣っている暇は僕には無かった。

 ……と頭の中では理解しつつも、心の奥深くでは残された家族の事を不憫に思う感情が蠢いているのを、僕は自分で気がついていなかった。

 現場の処理を欠かさず行い、ようやく家に着いたのは午前4時だった。

 「ふう…」

 僕は家の前で大きく息をつき、鍵を取り出し鍵穴に差し込んだ。極限まで音を立てないように鍵を回し、扉を開く。父が自分の部屋で寝ているだけの家の中は静まり返っていて、僕はその父の目を覚まさせないように部屋に向かった。


 ――言うまでもなく、昨日という一日は僕の人生を大きく変えた。僕は岡本信二という男を殺し、安原哲司という男を殺したのだ。この先15年間、いや、死ぬまで、僕は彼らの十字架を背負って生きていかなくてはならないのだろう。それを考えると嫌気が差し後悔の念に駆られそうになったが、いつもと変わらずただ閑散とした部屋がそれらを掻き消した。僕は上着を脱いでベッドに身を投げた。

 ベッドの上で僕は悩んでいた。本当に、殺す必要があった人間なのか。――いや、まあ岡本は死んで当然として、安原。彼は殺されなければならないだけの事をしたのだろうか。本当に、殺さなければならなかったのだろうか。僕はその答えを必死に否定した。元々勝手に死にたがっていた人間なのだと、自分に言い聞かせた。そう納得する事で、僕は自分の心に浮かんだある感情を握り潰した。

 



 「………………」

 閉じた瞼の上からも感じる白い光で目を覚ますと、既に朝の10時を回っていた。どうやらあのまま眠り込んでしまったようだ。カレンダーを見て、今日が月曜日だという事を確認する。

 (大学…どうしようかな……)

 僕は起き上がらなかった。寝返りを打ち、朝日が差し込んで来る方に背を向けた。

 (まあ…今日はいいか………)

 そう考えたが、途端に花腰の事が頭に浮かんだ。21日深夜、彼女のメールでとても気が安らいだ事を思い出した。僕は即座にベッドから体を起こし、支度を始めた。

 

 

 

 「社!」

 悠然とそびえ立つ白い校門の下を通ると、正面から花腰が駆けてきた。その一人の女性の顔には不安と安堵が入り混じっていて、花腰が一晩中とかという単位で僕を心配してくれていた事が理解できた。

 「社…大丈夫……?」

 花腰はその折角の大きな瞳を細めながら、僕の顔を見た。

 「ああ…大丈夫。心配しないで」

 言いながら、こう答える事が花腰の不安を更に大きくさせてしまう事に僕は気がついていた。

 「本当に。円のメールで気が楽になったんだ。ありがとう」

 そう言うと花腰は少しだけ表情を明るくさせて喜んだ。その時の仕草が本当に愛らしくて、僕は瞬間その景色に見入っていた。

 ……こうしていると、昨日までの出来事が嘘のように思えてくる。花腰はあらゆる『負』の感情を薄めてくれる性質を持っていた。憎み、罵り、そしてそれらの命を絶ったという思い出したくも無い記憶を、花腰は僕の心の奥深くにしまい込んでくれる。

 出来る事ならば岡本信二という男を殺す前に、花腰と会っていたかったものだと感じた。そうすればきっと、僕は人を殺める事は無かっただろう。今みたいに僕の心の闇を薄め、考え直させてくれたのだろう。……少しだけ、僕は二人の人間の命を絶った事を後悔しそうになった。


 

 僕は目の前にいる女性に対して嫌悪感を抱いた。

 ちゃんとした挨拶も無く、僕は一人でその場を後にした。

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